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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
アルビオン
72/114

期限切れ


フアナ 心を司る闇の精霊

 ディアナには悪いが、エリザベスの研究は気になるのだ。ディアナが研究員だったのは、どんなに最近でも13年前だから、処分されている可能性がある。それでも探せる範囲で探したかった。シューは側仕え2人に眠りの魔法をかけると、自分の上着は見つからなかったので寝るために置いてあったカーティスの上着を手に取った。フアナを手に抱えると、前に一度フアナと共に魔法で飛んだことがあったが、まだ完璧と言えるほどの実証は得られてない為確認を取る。

【フアナ、いい?】

【ええ、いいわよ。ドキドキするわね。】

 転移魔法でアン市の中央まで飛ぶ。真夜中の街は静かで恐ろしい。少し前までしゅーの活動時間帯だったのだが、こんなにも人が少なかっただろうか。

【誰もいないわ。さて、早く行きましょう。】

慣れたオルレアンならまだしも、アルビオンはまだ未知の土地だ。地図の情報もほとんど手に入っていない。

【今日は場所を知る手立てを得るだけでおしまいかな。】

【ええー、つまらないわ。トーレンでも呼び出せばいいじゃない。召喚魔法で呼べるんだから。】

【トーレンが知ってる街だって少し前だよ。】

【研究所の場所はそんな簡単に変わらないでしょ。というか変わっていたらそもそもエリザベスの研究は残ってないわ。】

【そうなのかもしれないけれど、僕は元の場所に送還ができない。トーレンを保護したらお母様やお兄様たちにバレてしまうでしょ。】

【放置したって生きていけるわよ。あの男。】

 フアナの発想はまさしく悪役。使えるものは使うのが憎むべき悪役だ。

【…嫌だよ。そんなことしたらトーレンが望む僕になってしまう。】

【…は?】

 都合の良い時に呼べる精霊だった、気がするのだ。

【尚更いいじゃない。】

【よくない。トーレンはとことん放置!それが一番良いんだって。】

 シューはそばにいる人を使い分けている。こうして親に叱られるようなことをする時はフアナ。ゆっくりと慰めてほしい時はカーティスやフィリップ、子供のように甘えたい時はエリオットJr.、悪戯や家族のことを相談したい時はオズワルド。トーレンが入ってくる余地はシューの中には無い。

 しばらく街を歩き回っていたが疲れて広場の噴水に腰をかけた。冬だから日はまだ登りそうにはないが、屋敷に戻ろうかと思った。

「…昼間抜け出して地図でも買いに行こうか。その方が体力使わない。」

「貴方がいいならそれでもいいけど。」

「いやぁ、もうちょい粘ろうよぉ。」

 突然月明かりに照らされた噴水の影がボコボコと泡立ちそれは徐々に人影と変わる。

「…ダン。」

「やあ、元気?全くぅ、なっかなか情報が手に入らないもんだねぇ。」

 長い髪を一つに結っているあたりは最後にアキテーヌの街であった姿とほとんど変わりないが、服装だけはブラウスにベスト、トラウザーズと格式高くお洒落だ。ただこの冬の夜の寒さの中で上着を着る気がないのが悪魔的だ。

「君、誰に取り憑いていた?」

「誰だろうねぇ、知らない。エリオットJr.にばれたくなくて今回移動のために取り憑いただけだし、ちょっと怠いくらいだから、安心しろよな。」

 シューの側にいる人間だったらすぐに分かるが、恐らくニーナが乗っていた護衛船の誰かだろう。

「…なんの情報を探りに来たの?」

「前も言ったけど、15年前からアルビオンで研究されている最新兵器さ。」

「…それは僕からの報酬代わりだったでしょ。」

「俺は悲しいことにか弱いからよぉ、お前にばっくれられると思ってなぁ。」

 シクシクと泣き真似を始めたのがうざったらしく、シューは光魔法を使うと、彼は血を吐いた。

「テメェ、ほんっと手ぐせ悪りぃな。」

「その僕に態々絡みにくるんだから、君ドMだよね。」

「悪魔に性欲なんてありっませーん。」

「君たちはどうやって種を存続しているんだ。」

「細胞分裂?」

 悪魔という種族の特徴はティキが話していたことしか知らない。精霊から見捨てられた種族として、この世界の生物を取り込んで大きくなって行くのだ。

「で、ドMじゃないならなんで僕のところに来たの?」

「魔族にこないだ情報売ってきたからさ、人族にも売ったげよーって思っただけだよん。俺ってばバランサーだから!」

 シューはケラケラと笑うダンタリオンを冷たい目で見やる。魔法をいつでも発動させてやるぞ、という意味で魔法陣を出しながら。

「そのどっちつかずの立場が気味が悪いって言われない?」

「だから信用できるって言われたこともあるぜ。」

「ふうん、君の本当の目的を教えてくれれば、協力するかどうかを検討してもいいけど。」

「おん?」

 ダンタリオンは素っ頓狂な声を出した。いつだって彼に言われる言葉は「協力してほしい」ということばかりで辟易していたからだ。

「なんで?」

「何故スピリット陣営についたの?そして、もうとても昔のことで、捨てることができるんじゃないの?」

「ふうん、悪魔という種への興味か。偶にお前みてえな変人いるよな。」

「どうも。」

 噴水の水面が風で揺れる。

「あくまで俺だけだけど、俺は人族と魔族両方とも潰し合えばそれでいい。」

「へえ、つまらないね。」

「だろ。」

 おちゃらけた顔がひどく真面目に返した。

「シューは何故生きているんだ?」

「知らない。」

「心臓が動いて、目が動いて、手足が動いて、その機能を存続させるために食事をとり、その食事を得るために金を得る。金を得るために仕事をする。人族や魔族が生きている理由なんて、『生命が存続しているから』に過ぎねえじゃん。じゃあ、俺たち悪魔は?悪魔は何をするために生きるんだ。この心はどこへいく?」

「君たちはなんの制約もないからなんでもできるという話じゃないの?」

「なんでもできるが、何ができても意味がない。所詮人が剣が上手い、魔法がうまい、言葉が上手い、音楽が上手い、そう言ったなんでもできるっていうのは金を得て食事を得るため、生命を存続することに重要だ。でも、悪魔には何ができても、なんの意味もねえ。」

「歌がうまいのも、剣が上手いのも、それが好きだからじゃないの?誰かが褒めたから、自分を認められてくれるからであって、生命の存続というのはまた違う話でしょう。」

「へぇ、そんなんだねぇ。」

「君が言ったんでしょ。」

「そうかもしれねぇ。ああ、折角だからザッキーの話してあげようか。」

「何? 君が脅さないで話をするなんて珍しい。」

「あはははは、凄ぇ。それで普通に人族の中で生きていけんのか?」

 ダンタリオンはいつもと同じだった。ザカライアの話をすると言った彼は、勿体ぶることもなく話し出した。

「どうやらザッキーってさ、闇属性の癖に超超病弱だったらしいよぉ。」

「ええ、そんなの珍しい。」

「だろ。病気に対する抗体?はあるらしいんだけど、それが体内に異常発生して、本来なら殺さなくてもいい体内の臓器?まで殺しちゃうんだってよ。だから、病気の研究とかしてたよーだぜ。」

「…誰がその話をした。」

「魔王様だよー。魔族は人族と違って悪魔に拒否反応薄いからねぇ。まあ、強いやつオンリーだけど。」

「…魔王が?」

「ふぁああ、人族の王族ともコンタクト取れりゃあなぁ。エリオットJr.はダメなわけぇ?」

 ダンタリオンは好き勝手に喚いているが、魔王の話に意識が向かってしまっている。

「まるで光の魔道士みたいだ。」

「ん? 魔王が?」

「魔王が。」

「へぇ、だったら面白いね。ねえ、エリオットJr.は?」

「勝手に取り憑いて勝手に死ねばいい。」

「うっわ、ひっどい。兄にも俺にも酷い!最低!」

 こんな発言と軽薄で派手な見た目だが、よく考えればいくつもの人族や魔族を食った上級悪魔だ。シューが光属性で悪魔の耐性が強いからこんな呑気に話しているとはいっても、エリオットJr.はそうではない。

「あー、エル兄様に手を出したらとりあえず光の解除、解呪と排除魔法3連発だからね。」

「テキトーな割に悪魔にはエグい魔法を。慈悲ってものがないねっ!」

「悪魔には適当でしょ。」

「本当だわ。」

 魔族の情報と言っても金を払わないシューにはそれくらいの情報しか寄越さなかった。これ以上は未払いがあるため新たな契約はしないと妙にきっちりした悪魔だ。

「ねぇ、ダン。これは情報を売って欲しいわけじゃないんだけど。」

「あん?」

「道に迷った。道を教えて欲しいな。善意で。」

「うっわ。それも情報でぇす。」

「チップで君のささくれ直してあげよう。」

「それ脅しじゃん。」

「悪魔以外にはお礼になるんだけど。」

「俺は悪魔だから嫌がらせです。」

 よっぽど中級悪魔のティキの方が大物ぶっていたように思える。ダンタリオンの方が普通に悪魔らしく人間に取り憑いて力を奪うのだから危険であるのには変わりはないが発言が小物だ。

「まあいいや、シューが知りたいのってアルビオン魔法研究所でしょー。ちゃあんと親切で教えてやるよ。はあー、優しいなぁ、俺はよう。」

「親切にどうも、上級悪魔のダンタリオン。」

「今日はダニエルだよ。」

「ああ、そう。トイレットペーパーにでも書いておいて。」

「どんだけ覚えておきたくねえんだよ、テメェは。」

 悪魔の情報屋ダンタリオンは、シューをわざわざ案内するということはしなかったが、情報屋を名乗るだけあって情報を渡すのは上手い。ムカつくくらいすんなりとアルビオン魔法研究所に着いた。

 町の外れにある大きな木骨造の建物で、庭は広く、門と石垣は高い。まるで小人になった気分だ。

「これは馬車が入るための門よね。なら、ちゃんと使用人が使うような人間1人が通るようの門もあるはずよ。」

「ダンと話し込んでしまったし、今日はその門を見つけたら帰ろうか。」

「慎重ね。」

「沢山のスパイを雇っているお母様に見張られたくないもの。」

 あの様子だとディアナは絶対にシューが研究所へ行くのを許す気はない。

 石垣は苔むし、木骨造の建物は蔦が伸び、地味な色合いに緑を足し、アルビオンの屋敷とはまた違う風格を感じさせた。

「シュー。」

 研究所の周りを歩くシューに立ち止まったフアナが後ろから声をかけた。振り返れば、彼女は黒い小鳥ではなく、赤髪の小人の姿に変わっていた。

「どうしたの、帰る?」

「ううん、帰らないわ。」

「…ここから?」

 人の顔になったフアナの瞳は、どうしてだろう。寂しそうだ。

「私は未だ夢を見てる。」

「どんな?」

「ティキと貴方と3人で、笑っていたあの頃を。こうして貴方と2人で夜の街を歩くと尚更思うわ。」

 ティキがいなくなったことを笑ったのは彼女だ。

「…私は、貴方の足を引っ張れない。」

「何言ってるのさ、引っ張ったことなんて一度も。」

 フアナは首を振った。

「…貴方を救えない。カーティスのように貴方の苦しみを背負えない。フィリップのように、貴方の悲しみを和らげない。マリアンのように、貴方を救えない。」

「違うよ、何故そうなるの。」

「ずっと思ってたわ。闇属性の精霊は人族に畏怖される。バレなければいいって皆は言うけれど、ばれないように本当はついていきたいけれども、留守番することも多くなった。貴方がマリアンと道を歩むのなら、私は隣で歩けない。」

「…ダンタリオンの話で何が気になったの。」

 ずっと思っていたが口にしていなかった感情を今吐露した理由は大したものではなかった。

「懐かしかったわ。懐かしかったのよ。」

 でも、彼女は決意をしてしまったようだった。

「ここで終わり?」

「…ええ、きっと。私達は永遠とわを願う。もう期限切れよ。」

 ティキとの関係はフアナにまで広がった。ティキがいなくなって、もしかしたら彼女もと言う思いは存在はしていた。

「例えば僕が全てを捨てて、フアナを選んだら。」

「言ったでしょう。私たちは永遠を願うわ。」

「死んでハデスの世界に行けば、闇の精霊フアナなら一緒にいられるってことかな。」

 フアナは沈黙した。

「私は不安定な心を喜ぶ精霊よ。私を選んで安定した道を行くのならば、私は今度こそ貴方と決別する。」

「あははは、そうなんだ。そっか、もうとっくに終わってた。そうだよね、君は言ってた。捨ててもいいけどいつでも捨てられるからずるずる引きずってるって。今まで君の気紛れで延長していただけで、とっくに終わってるんだ。」

 シューは笑った。とても乾いた笑みで笑った。ティキと同じように、いつかは捨てられると覚悟していたのにいざとなればこの様で滑稽だと笑った。 

 でも、フアナは笑わなかった。

 エリザベスの夢を見て、苦しくて逃げ出したあと部屋に戻ったら、笑うだろうと思ったフアナがシューを憐憫の目を向けていた。それがエンディングだ。

「私は、今日久しぶりに2人で夜の街を歩いて、まだ大丈夫だと思っていたの。でも、だめだった。」

「君と、エンディングまで迎えられるとは思ってもなかったけど、オープニングくらいは一緒に見られると思った。」

「なに言ってるのかしら。もうとっくに始まったじゃない。」

「確かに2作目の主人公まで会えたんだもの、始まってるか。」

 勝気で性格が悪くて、シューが嘆いているのを嬉しそうに歌って微笑んだ彼女の瞳が月明かりに照らされて光輝いていた。

「私、一つだけ後悔しているのよ。」

「教えてくれるの?」

 フアナはニコッと笑って、

「マリアンヌがシューと同じだなんて言わなきゃよかった。」

 物語が急速に動き出した真理亜との出会いをフアナは吐き捨てた。あれはフアナが居なければシューはマリアンヌを恐怖の対象としか見ていなかった。だが、フアナがシューと同じように前世の記憶を所持していると言ったから、シューはすぐマリアンヌと仲良くなった。

「ティキとシューとカーティスと4人でずっと神殿で暮らしてても良かったわ、今思えば。」

 マリアンヌと出会って、お茶会に参加する為に実家に戻って、オズワルドと和解して、勢いのままアンデッド討伐に参加して、クリストファーと出会い、それがエリオットJr.との和解につながり、エリオットJr.からシューの報告がディアナに伝わり、ディアなにアルビオンに呼ばれた。そして、ディアナからエリザベスの真実を告げられ今に至る。

 全てが動き始めたのはフアナのたった一言だ。

「ま、ティキとエリザベスと違って死んでないし、どこかでまた逢うわね。」

 彼女は最後にはあっけらかんとしてそう言って、闇に溶けていった。ずっと静かだった夜の街が一層静かになり、遠くの噴水の水たまりに虫が落ちたような小さなちゃぽんという音が聞こえるような気がした。

「面白え場面を見たわぁ。」

「今僕は機嫌が悪いけど?」

 光の魔法を発動する振りをすると、上級悪魔は笑い声を上げながらそそくさと何処かへ行ってしまった。ダンタリオンはティキと違っていい声をしているが、ティキとダブってしまい無性に腹が立った。

 その笑い声も聞こえなくなって、シューはフアナの加護のある魔導書を闇から取り出した。魔導書から煙が出ていて慌ててそのページを確認すると、フアナを召喚する魔法が煙とともに消失していった。

「…これは。」

 シューは力を失ったようにそのページに額をつけて膝をついた。

「…僕には君を魔導書無しで喚ぶ力なんてないのに。」




Bye,Love(可愛い子).

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