花冠
番外編よりも先に研究の話を書いたのはこちらです…。
エリザベス・ノーランド
ディアナの友人であり、シューのナニー。
かつてはアルビオン魔法研究所の研究員
ディアナとアフタヌーンティーを過ごしたシューは翌日ディアナとともにアルビオンのギルドや神殿の視察に向かった。初めて見るアルビオン公爵家三男の姿に皆驚きは隠せないようだ。それでも、オルレアン程奇異の目では見られなかった。
「まるで天使のようだ。」
その日あった人に見た目を褒められるのも少なくない。
「ありがとう、サー。貴方もとても恰好いいですね。」
謙遜する気はない。折角人からもらった褒め言葉を自分から受け取るのを拒否するなんてシューにはできないからだ。
「サー、良い日を。」
オルレアン訛りのあるアルビオンの言葉で微笑んで返す。訛りがあるのは誇り高きアルバートの人間としていかがなものかと視察する前は思ったが、母がシューは属性の都合でオルレアンに療養していたという説明があったことと、オルレアン訛りが都会的という印象があったことでマイナスのイメージとなることはなかった。
鍛冶屋ギルドで話を聞いている中でシューは『トーレン・スミス』を知っているかどうか尋ねた。何年も昔の話だから、誰も分からなくても仕方ないだろうと思っていたが、初老の男が知っているようだった。
「ああ、オリエンタルな雰囲気のある子供なら覚えていますよ。雨が降っている最中鍛冶屋ギルドに飛び込んできて、ずぶ濡れで『失礼な乞食』だと思ったんですが、オルレアンの言葉で『私には武器を作る力があるから、就職先を教えてください。』とね。」
「自分から『拾われ』たのか。」
「なんとも小生意気な子供だと追い出そうとしたのですが、あまりにしつこく粘るものだからある親方がなら作って見せろと仰ってね。皆期待してはいなかったし、諦められるだろうと思ったんですけどね、出来上がったものがとても見事だったんですよ。」
トーレンは精霊らしくない。精霊だったのはシトリで今は違うといえばそれまでだが、この世界で有閑貴族以上に「何も考えないで生きている」存在が、庶民のようなど根性で雇われたのだと聞くと何故そこまでできたのかが謎だ。
教えてくれた初老の男性に感謝してディアナが手を招く方へと向かった。
視察の途中でディアナはある花畑で馬車を止めた。カーティスに手を引かれて馬車を降りると、白い傘を広げて待つディアナの元へ向かった。
「珍しく天気がもってますね。まるでシューちゃんがこの国に来たことを天が喜んでいるようですわ。」
「アルビオンはこんな天気の国なのにどうして農業の国となったのです?」
アルビオンは1日に四季があると言われるほどの天気の移り変わりが激しい国だ。なのに、安定とした農作物が取れている。しかも、オルレアンのほとんどや地域で不作と喘いでいるのにもだ。
「農業の国と言われるのは少々間違いに思えます。ただ毎日毎日違う天候に戦い、工夫を凝らしてきた我が国は多少の気候の違いで不作になるはずありませんでしょう。」
オルレアンは平和な国だ。そして、アルビオンは常に何かしらと戦い続けている。それは天気だったり、大国オルレアンだったり、魔族だったりだ。それらの存在はアルバートを中心にアルビオンを1つにした。
「そして、エリザベスもその研究をするために、アルビオンの研究所に入った。」
「リズが…。」
「ええ、彼女はとても優秀な研究員だった。今でこそそれなりにいる女性研究員ですが、当時はとても珍しかったのですよ。リズの他に3人。中でもとりわけリズが優秀でしたね。そして、私がアルビオンでできた初めての友人でしたわ。」
「ノーランドは裁判官の家柄だと伺いましたが。」
「そうですね、リズの生家は裁判官でした。しかし、元は学者の一族だったそうです。とにかく勉強が好きな家なのです。リズもその1人でした。」
「追放されたのは僕を身篭ったから、ですか。」
「そう、ですね。」
「…僕はリズの不幸の象徴でしかなかった、ということですね。」
「それは違います。いいえ、むしろリズの希望の象徴だった。貴方は知らないとは思いますが、彼女はお父様以上の合理主義だったんですよ。天才でしたが、その非人間的なところが彼女にはあって魔女とすら恐れられたのです。」
「リズが合理主義で非人間的?」
彼女をシューは好きだった。優しく頭を撫でて、眠れない日にはずっと子守唄を歌い、どんなことがあっても自分の望みを口にすることは間違いではないとシューに伝えた。
「彼女は貴方を身篭り、産み、そして、貴方を愛し、魔女と恐れられた女は優しい母になったのです。」
「彼女は何の研究で、魔女だと恐れられたのですか。」
「精霊の核の研究です。」
はぼ不老不死の精霊にも、生命の源が存在する。それは宝石なのか水なのか、はたまた人の願いなのか分かってはいない。しかし、それを絶てば不死の精霊は消滅する。だが、精霊の研究は禁忌と呼ばれるものの一つだ。アポロンが話していた親の罪というのは彼女の研究だったのではないだろうか。
「リズはどうしてそんな研究をしていたのでしょうか。」
「人に従順な精霊を産み出し、国を守り、国を豊かにする。彼女にとってそれだけだったようです。」
「それだけ?」
「魔族に恨みがあるわけでも、飢えたことがあるわけでもない。ただ、豊かにしたい、とても純粋で子供のような目的です。」
子供の頃誰だって読むような英雄譚のように、平和で豊かな国を望んでいたのが、エリザベス・ノーランド。普通は大人になったら諦めてしまうような純粋で大きな夢をただ叶えたかった。
「不思議ですね。それが禁忌の研究になるのだから。」
「しかし、この世界の下地は全て精霊。解き明かしてみたいと、思うのも人の性なのかもしれませんよ。」
闇魔法が禁術となった理由はつい最近で、精霊の研究が禁忌とされているのは神代の頃の話だったはずだ。シューとどちらが罪深いのならばエリザベスだろう。
「成果はあったんですか。」
「この国の現状が全ての答えです。」
何もない。人工の精霊なんて無茶苦茶な話だから、それで当然なのだと思う。
「…お母様から見て僕とリズは似てます?」
「ええ、よく。しかし、お友達が多いのは似てませんね。」
「友達?」
「ええ。リズに理解者なんて殆どいなかったのです。それこそ旦那様しか。いいえ、旦那様は彼女を利用していただけだったのですから、やっぱりリズは1人だったんですわ。」
「お母様がいたじゃないですか。」
「そう、私にはリズがいました。でも、リズにとってはどうだったんでしょうかね。リズは私に裏切られたと思ったかもしれません。リズが一番苦しい時に私は寄り添えなかったんですもの。」
エリザベスの苦しそうな顔と涙ばかり出てくるが、シューの記憶にあるエリザベスは基本的に笑顔だった。
「お母様、僕は魔法研究所に行ってみたいです。リズが生きていた場所に。」
「ダメです。」
今まで穏やかにしていたディアナが、きっと顔を歪ませてシューの肩を掴んだ。
「お、かあさま。痛いです。」
「ご、ごめんなさい。でも、ダメなんです。関わらないで、貴方がリズと同じ目にあっちゃダメ…本当に、もうダメです。旦那様に私は貴方を返さない。」
「…おかあさま。」
「ねえ、お願い。もう戦わないでください。リズも貴方ももう旦那様の犠牲にならないで。」
エリオットJr.と同じ色の瞳が泣きそうだった。
「僕の顔はエリザベスに似てますか。」
「…え、ええ。金髪と強気な瞳が、とてもよく似ています。」
「僕も大人になったら金髪が茶髪になるんですね。」
シューの記憶にあるエリザベスは薄い茶髪だった。染めているわけではない。人種として子供の頃金髪でも大人になると茶髪になることが多いのだ。
「そう、でしたわ。私は初めて会った時の彼女ばかり覚えてる。」
美代子の知識で花冠を編み、美しく結い上げれた彼女の頭に載せると、彼女は涙を流した。




