Tea ceremony
ディアナ(40) アルビオン公爵夫人
フィリップが用意してくれたお茶とフィリップの精神を落ち着かせる魔法で大分思考はクリアになった。クリアになったというくらい、やはり自分の精神は疲弊していたんだろう。カーティスとフィリップは眠いだろうに、眠れなくなったシューに付き合って、魔法やエリオットJr.やオズワルドの話をした。よく考えれば2人ともすぐそばに居るのだから、もう2人は知っていることであるにも関わらず、何も言わずに相槌を打ってくれたのである。ただ一つ不安だったのはいつもこういった時笑っていたフアナが憐憫のような瞳を向けていたことだ。
シューが部屋を抜け出し、一時行方不明となったことを知るのは一部の使用人と責任者であるマーリンのみとなって、アルビオンの2日目は何事もなかったように始まった。
朝食も家族4人が揃ってご飯を取る。最近はエリオットJr.とシューだけということも多かったから、それが少しだけ嬉しかったりする。昔だったら、一人で食べる方が良かったが、自分も随分変わったと認識した。でも、やはりご飯は少し冷めていた。
「シューちゃん、顔色悪いよ。旅疲れしてるんじゃ無い?」
「え、と、そうですか。」
「覇気もないねぇ。今日の予定はお母様とのお茶会しかないだろう。休んでいた方がいいんじゃない。」
「体調くらい自分の魔法で回復しますから何処か行くくらい大丈夫ですが。」
「俺と兄様はとりあえず久しぶりだから公共機関の視察行ってくるけど、シューはまだ子供扱いだからそういうのもしなくていいと思うし、シューが何処か行きたいと思わないのであれば休めば?」
「…ならば書斎で休んでおります。」
シューはユーリを見つけるとフィリップとカーティスを休ませる為に人を借りた。カーティスとフィリップは今朝方のこともあり知らない人間にシューは任せられないと主人の息子と上司に食い下がったが、それならばとユーリは彼女を連れてきた。
「侍従の仕事は下手くそだが、護衛としては役に立つぞ。」
「ニーナ姉様。」
騎士団を辞した後、アルビオンの屋敷で就職することが決まっていたニーナは、シューたちと共にアルビオン入りをしていた。旅路では護衛船の方に乗っていたから会うことはなかったが。
若草色のワンピースと白のエプロンのメイドスタイルのニーナを見て少々驚いた。軽く化粧もしているようだった。そのエプロンにも帯剣しているのは変わりないが、いつもは動きやすいパンツスタイルだったからだ。
「護衛兼行儀見習いとして雇われたんだ。二頭もの一頭も得ずとならないように頑張るさ。」
「若草色のワンピースとてもお似合いですよ。」
美代子の世界ではメイドは黒のイメージが強いが、この世界では基本的に仕事着は自弁。ある程度の自己判断によるが、意外と各々好きな服を着ている。黒もフォーマルなカラーとして選ぶ人もそれなりにいるが。
「シューは女性を褒めるのを恥ずかしがらないな。」
「そうですか。」
女性の扱いに関しては貴族のマナーで学んでいるし、アルバート三兄弟はそこはきちんとしているからシューには違和感はなかった。
「素晴らしいことだと思う。嬉しいしもう少し見た目を整えようと思うからな。」
「いい感情なら隠す必要はないと僕は思います。…まあ、男が褒めると下心のように感じられてしまうこともあるとは思いますが。」
美代子の感覚も中途半端であってもあるから、女の子を褒めることに気恥ずかしさなどは一切ない。だが、よく考えればシューは男だから周りの受け取り方は変わるだろう。
「はは、そういうのはシューも気にする歳だったか。」
ニーナならば腕も立つし、シューも信頼しているから、フィリップとカーティスは引き下がり、シューの寝室で休んでいると告げた。
この世界の書斎はリビングルームと同じで、本棚に囲まれているがソファやローテーブルがいくつか置かれているし、ピアノやヴァイオリンとヴィオラも置かれている。
「ニーナ姉様は音楽は?」
「この剣だこを見てくれ。嗜んでいると思うか?」
「エル兄様は弾いていました。」
「アルバート隊長殿…いや、アルビオン伯爵はこの王国で限りなくトップに近い方、比較しないでほしい。シューはどうだ?」
「全く。魔法以外は平民と同等と考えて欲しいです。」
「こんなに品のある平民もいないさ。」
前世の頃から音楽は全くダメだったが、楽器を弾ける人に憧れたものだ。ピアノの前に座るとポーンと音を鳴らしてみた。それから幼稚園生にも劣る程拙くキラキラ星を弾いた。もちろんモーツァルトの方では無い。
「よくお母さんが歌った歌だ。少し前に流行ったんだよな。」
「僕のナニーも寝る前はよく歌ってましたね。…ニーナ姉様も自分の子供に歌うのでしょうか。」
「わたしが子どもを?」
「ああ、ごめんなさい。気分を害しましたか。」
「いいや、気にしてない。騎士団にいた時も結婚と子供はと何度も聞かれたものだ。」
ニーナは20歳、貴族ばかりの騎士団とはいえ女性は16歳から結婚する人が多いから言われることは多かっただろうと察する。晩婚化したとはいえ美代子も20代半ばを過ぎてから患者からも、親戚からも言われることは多くなった。それが凄く煩わしさを感じていたから、ニーナの気持ちは察した。
「ニーナ姉様が綺麗なので探りを入れていたのでは。」
「なるほど、都合の良いように解釈しよう。」
美代子と違うのはニーナが本当に綺麗な人だということだ。着飾らないし、相手を貶すこともない。偏見かもしれないが、生粋のお洒落と男性が好きな女性と、お洒落を程々に男性に頼らず自立を目指す女性とは男女以上の溝があると思っていたが、ニーナは後者側の人間でも、前者の女性を憧れ、尊敬するといった。
「でも、僕はニーナ姉様の子供は見てみたいけど、まだ結婚しないでほしいなと思う。」
「ん?何故だ。」
「だって、寂しくなるもの。」
「あははは、そうか。私もシューに慣れてしまったから、そこらの男性が粗暴に見えるようになってしまったよ。」
シューがニーナを慕う気持ちはエリザベスを慕う思いと変わらない。それでも、ニーナの隣に立つ男性には嫉妬をするだろうと予想できる。
「僕が人を雇えるほどの金持ちだったらニーナ姉様をずっと雇いたいですけどね。」
「ん?シューは家を出る予定でもあるのか?」
「いつかは身を立てなければならないでしょ?」
「それならばシューが家を出る時は違う家を婿として継ぐ時だろう。気にする必要はなさそうだが。」
「え、貴族の家を継ぐのは嫌ですよ。僕にはエル兄様のようには生きられない。領地があっても領民のことよりも自分の周りの人たちの方が大切ですもん。」
ディアナやコゼットのように生きている女性ならまだあり得るかもしれないけれども、この世界で彼女たちのように生きる人も多くはない。
「なんとかなるさ。アルバートの人間だからな。」
いざとなれば家が助けてくれるだろうと言っているのか、アルバートの人間を高く評価しているのかは全く不明だ。しかし、ニーナの言葉だから、称賛の言葉として受けておいた。
それから、シューはカエルの合唱とチューリップを弾いてからディアナが用意した冒険小説を開いて読んでいるうちにうたた寝をしていた。夢の中で言葉を話す白い兎が出てきても変わらずに本を読み続けた。
冷たい空気の中、太陽の光をはキリッと鋭く庭の薔薇の木を照らしていた。白いベンチと白いティーテーブルは光を反射して輝いて見える。白いティーテーブルは白いレースの布がかけられ、その上には上にはオート麦が使われたバノックと薔薇の香りのする紅茶が並んでいた。
シューが訪ったことに気づいたディアナは椅子から立ち上がって、こちらへと和かに椅子に案内し、ディアナの侍従が椅子を引いたのでそちらへとかけた。
「来てくださって嬉しいですわ。晴れたから外に用意してしまったけど、昼とはいえ寒いですね。左官との話し合いはつきまして?」
書斎でうたた寝をしていたシューだが、応接間に呼ばれて左官と商人に会ったのだが、シューは答えを出せなかった。あのライオンと犬の壁紙は、全く接点のないシューのナニーだったエリザベスを思い出させた。あの壁紙を替えてしまうのはまるでエリザベスを捨てるようにも思えてしまったのだ。
「いいえ。せっかくお母様がご用意した壁紙やカーテンを替えるのも残念で決められませんでした。」
「あら、嬉しいですわね。でも、可愛すぎてしまうでしょう。」
「ならば、アドバイスをお伺いできればと存じます。今まで魔導書ばかり読んでいたものでとんと疎いんです。」
「あら、それでしたら力をお貸しさせて頂きますわ。まずはシューちゃんの好みをお聞かせください。」
シューが好みをを告げたのはほとんど無かったように思える。自分でも驚く程自分のことが出てこなかった。
「何色を見ていると落ち着くかしら。」
「はい?」
「だって寝る部屋ですから落ち着く色ではないと。」
「…なら、緑でしょうか。」
人の心理上緑は落ち着く色だ。
「いい色ですね。なら。」
どんどんとディアナはシューのことを聞いて、てきぱきと話を進めた。ものの15分もしないうちにシューの部屋の内装は決まり、近くのフットマンに予算と共にディアナは企画書となった紙を渡した。
「お母様は決めるのが早いですね。」
「時間をかけなければならないこととかける必要のないものの見極めは大切なのです。特に私達のトップの人間が迷っていたら下は何もできないですからね。悩むことは側近に任せるのです。」
そう言ったディアナは堂々とした所作で紅茶を嗜んだが、不躾にもじいと見入ってしまった。
「シューちゃんの言葉が嬉しくて脇に逸れてしまいましたが、私が今回貴方を呼んだ本題についてお話ししましょう。」
「本題、ですか。」
「ほうら、あの馬鹿な人が自分では真実をしっかり教えられないと申し上げたでしょう?あんな人でも私の旦那様だから、協力はして差し上げないと。そして私は貴方を育てることは今まで無かったけれども、私は貴方の母でいたいから、私が話させていただきます。」
父エリオットのようにはなりたくないと冗談めかしているが、ディアナは真剣だった。
「まず初めに、貴方が知っての通り、私は貴方を産んでおりません。」
「はい。」
そんなの、下級貴族だって知っている。
「貴方を産んだのは『エリザベス・ノーランド』、貴方のナニーだった彼女です。」
それは確かに疑ったことがある。それでも、シューは否定した。
「そんなはず、ありえない。だって彼女は火属性だったんですよ!」
ジャスミンのように水属性なら、エリオットJr.だって一番に彼女を疑っていただろうが、彼は彼女を見落とした。何故なら火属性だからだ。ほぼ、光属性が産まれることはあり得ない。
「お父様もイフリートの加護を持つ火属性です。属性違いが産まれたとしても…。」
「それでも貴方はエリザベスの子です。ただ一つ彼女の親友だった私が弁解するのならエリザベスは不義を犯したわけでも、私を裏切った訳ではございません。」
それが真実だったとして、シューは実の母親に殺されかけたということだ。
「…エリザベスは苦悩しておりました。貴方を愛しているからこそ、貴方を苦しませているのではないかと、ずっと。」
ディアナがシューに対してあまりアクションを取らなかったのはシューの実の母であるエリザベスに気を遣ったのかもしれない。
「エリザベスはアルビオンを追われ、オルレアンで貴方を私の子として育てました。それは彼女にとって大変孤独な戦いでした。親友として冷たいのでしょうね。魔族の襲撃も頻繁に起こっており、アルビオンにかかりきりで、旦那様の他に唯一全てを知っている私が彼女に何もできなかった。」
さらに悪いことを告げるのならば闇属性だと思われていたシューが使用人に嫌がらせを受けていたことはエリザベスを追い詰めたのを加速させた。
「僕が闇属性である、と言うことにしたのが全ては悪だったと思いますが…。」
例えどんなにディアナが否定したとしてもあの2人の子供であると察することは当時の人間なら可能だっただろう。ならば光属性の子なんてあり得ないのだから、元々不義の子が更には忌むべき闇属性だったならば当たり前に「排除」されるだろう。それを、頭の良い彼らが分からないはずがないのだ。
「…ええ、そうですね。私たちは大局ばかりを見ていて小さな事が見えてなかった。人間の感情というものを一切の考慮をしてなかったのです。私たちはオルレアンにあなたを奪われたくなかった。あの国を騙すためについた嘘。」
「まるで、オルレアンが敵国かのような言い方。」
「同盟国ですわ。でも、同盟国の家長を人質にしているのですよ。あの国は。」
「人質というにはすぎた椅子なのでは?」
ディアナは沈黙した。ディアナが面倒くさがってオルレアンの社交界に出てこないという真実は、家長のエリオットとエリオットJr.が何かあった際にアルビオンを守る為なのかもしれない。
「僕が、勝手なことをして、お母様に迷惑をかけました?」
「いいえ、今まで貴方に迷惑をかけていたんですもの。もう12歳ですもんね。いつまでも部屋に閉じ込められてしまっては嫌になるのは当然です。」
「…説明はして欲しかったです。でも、何故オルレアンで育てられたんですか。」
「アルビオンは火や土の属性の土壌なのです。光属性の貴方が病気になりやすくなってしまいますから。治せる人も少ないですし、ミカが貴方に病気耐性の魔法を掛けていても万全ではありません。エリザベスと貴方を引き離したくもなかったというのもあります。ただ一番の理由は旦那様が貴方を傍で見ていたかったから、です。」
「待ってください、あの人が?」
「エリーからちゃんと聞いてます。旦那様がどんなに貴方に対して冷たかったかを。だから、私は憤慨して貴方を呼び寄せたわけですが。でも、貴方は、望まれて生まれてきた子なんです。」
話をするのが得意なディアナが、あまり言葉を重ねなかった。彼女はシューを説得するつもりはなく、ただ事実を知らせたいだけであるという立場を貫いたのだ。
「4年も空けてしまった私を信用する、というのは無理な話でございましょう。でも、旦那様の元に帰したくございません。ねえ、シューちゃん。15歳になるまでここにおりません?」
シューは手にしていたバノックを落とした。
「ここで、ですか。でも、今神殿で。」
「ええ、知っておりますよ。でもアルビオンには光の神殿はなく水の神殿ではございますが、医療活動をしておりますし、協力頂ければ嬉しいですし、クラウスに気をつかう必要は一切ありませんよ。ディーン・ターナーと仲がよろしいのであれば呼び寄せましょう。それともアレン?」
「お母様、どこまでご存知で。」
「私はアルビオン公爵夫人ですよ。」
何もかも筒抜けだとシューが戦慄しているが、ディアナは続けた。
「ああ、ごめんなさい。ミス・ホワイトは勘弁してくださいね。オルレアンに喧嘩を売るようなことは出来ないので。」
エリオットJr.は彼女を「レディ」と呼んだが、ディアナは「ミス」と呼んだ。アルビオン公爵夫人にとってあの少女はそれだけの子でしかないのだろう。
「レディ・ホワイトの魔法はまだ未熟です。まだ、教えてあげなくては。」
「貴方でなくても大丈夫よ。だって光の最高精霊の1人アポロンの加護を持っているシャルル様がどうにかしてくださります。」
マリアンを教えるのは自分の役目だとずっと思っていた。ゲームでマリアンがシューに拘るのはシューが彼女に学院で生活するための知恵だったり、教養を教えていた繋がりがあったからだ。もし今手放してしまったら、彼女はゲームのようにシューを助けてくれるだろうか。
「シューが彼女に拘泥するのは何か理由がありまして?」
その理由を、ディアナには説明できない。たといディアナがゲームの世界を知っていようとも、シューがマリアンに救済を求めていることを言えるわけがない。
「…人に執着するのに、理由なんて必要なんでしょうか。」
すると今度はディアナの方が面を食らったようだった。ディアナが言葉を失っている間に違うことを投げかけた。
「お母様、何故リズが僕を産んだのに貴女を裏切っていないということになるのでしょうか。お父様とお母様には愛がないからということなのでしょうか。でも、お母様の話を聞くに”love”はなくても、”love”はあるんでしょう。」
「まるで哲学者ですわね。」
「そうですかね。どちらかというと文学者だと思いますが。」
「そうかもしれませんわ。」
ディアナはそれ以上シューをアルビオンに誘うこともなく庭の花の木の話とアルビオンのお茶会の話に変わった。




