可愛いライオンと犬
シュー・アルバート(12) 主人公
カーティス(14) シューの側仕え
フアナ 心を司る闇の精霊
フィリップ フアナの信者であり、シューの側仕え
思考を読む力がある。
夕餉の時間だとアルビオン城の侍従が告げ、寝てすっかり皺よれてしまった服をカーティスが取り替えてくれた。
「カートとフィルは休めた?また暫く仕事だろうけど頑張って。」
「お気になさらず。シューも慣れぬ場所ですので疲れているでしょう。無理はしないようにしてください。」
「私も疲れていないから気にしないでくれ。」
彼らにはプロフェッショナルの意識があるから、例え疲れていても本当のことは言わない。ただ少しティキの疲れたというぼやきが懐かしい。
「ん、なら行こうか。」
ディアナはシューが食堂に入ると嬉しそうに微笑んだ。
「よく休めました?」
彼女が稀代の名女優であるならこの微笑みは嘘だと言えたかもしれないがシューには分かりえない。
「ええ、お心遣いありがとうございます。」
部屋には既にエリオットJr.とオズワルドもいて、シューが最後だったようだ。
「遅くなり申し訳ございません。」
「いいや、こちらも来たところだ。」
「気にしなくていいのですよ、シュー。」
詫びを入れるとディアナも兄2人も簡単に許してくれた。ディアナは揃ったところを見ると給仕に合図を出して料理を運ばせた。台所が食堂よりも遠くて残念なことに少し冷めている。
スープとパンが運ばれたあたりで、ディアナは思い詰めたように頭を下げた。エリオットJr.とオズワルドは慌ててディアナに顔を上げるよう言った。
「いいえ、これは大切なことです。私は貴方たちの母である前にアルビオン公爵夫人でございます。それを、賢いあなた方には強いて来ましたが、やはり間違いだったのでしょう。」
「それは。」
エリオットJr.は言葉を迷った。
「旦那様が不器用な人だと知っていたのにも関わらず、私はあの人に貴方たちを任せてしまいました。特にシューは幼い内から寂しい思いをさせましたね。」
シューはその言葉を受け取るには幼稚だった。
「お母さま、折角のスープが冷めてしまいますので。」
エリオットJr.もオズワルドも何も言わなかった。特にオズワルドはシューの感情がよく分かったのか、嬉しそうな声を上げてスープに手をつけ、エリオットJr.は何も言わず黙々とスープとパンに手をつけた。ディアナも人の心が分からない人ではなく、一言「そうね」と言って運ばれた料理に口をつけた。
それからディアナは雑談を始めた。今年の夏は庭の薔薇の木が綺麗に咲いたことや番犬の子犬がたくさん生まれて躾をしてもらっていること。初夏に作ったベリーのジャムが美味しいということなど、本当に他愛無い話だ。話はアルビオンの話から王都で暮らす兄弟の話に変わり、妙齢の男子がいる為そちらの方向へと向かう。
「私はレディ・マドレーヌを娘に欲しいわ。ねぇ、エリー。」
「見放されぬよう気を付けます。」
取り乱してはいないものの、あのエリオットJr.が少しだけ視線を泳がせた。どんな世界、どんな時代であろうと息子は母に弱いのだ。
「あら、楽しみですね。オズはそろそろ1人にお決めになったら?」
「はひ?」
エリオットJr.とは違って大きく咳き込んだ。
「女性を泣かせてはいけませんよ。いつか貴方が泣かされますよ。」
「手は出してないし、泣かせたのはリオ兄様です。」
「期待させるのも結局泣かせてしまいますからね。」
シューは知らないことを、何故かこの母は知っているらしい。王都の社交界には顔を出してないはずであるのにも関わらずだ。
「でも、お母様、泣いている人を放置するのも騎士ではないでしょう。」
「その志は立派ですが、場合に分けてくださいな。女友達に慰めてもらう方がいいですよ。」
オズワルドは頷くだけ頷いた。それ以上はディアナも追求することはしなかった。
「シューちゃんはマリアンヌ王女殿下や光の少女と仲が良いとか?」
仲が良い、とぼやかすようにいうのはやめてほしい。マリアンヌは美代子の友達であるし、現状マリアンには国を救ってもらう事しか考えてないのである。
「僕はあの2人と話すことはとても好きです。」
「そう、それは素敵なことですね。話したい友人がいるのは重要ですから。シューちゃんは女の子の方が話しやすいかしら?」
「そうかもしれません。あまり意識したことはないです。」
シューにはそうしか言えなかったが、ディアナはシューの返答にとても喜んだ。
「シューちゃんは無理に結婚する必要はありませんから、母の戯言なんて気にしなくていいですよ。」
「…はぁ。」
それからディアナは会いに行けないことを詫びた。
「転送の魔法の安全性が高められれば、私だって魔法で行くのですけれどね。」
アルビオン魔法研究所からオルレアンの屋敷までの一方通行の転移魔法は8割型成功はしているが、事故率も公爵夫人が使えるほど低くはない。
「事故でアルビオン公爵夫人が亡くられたら困ります。」
エリオットJr.が苦言するのも仕方ない。
「船でお越しになられればいいじゃないですか。妃殿下がお会いしたがってましたよ。」
「正式な招待状を頂ければお伺いしますわ。船で行ったらオルレアンにいることがバレるじゃない。あちこちから招待状やら訪問カードやら届いて面倒ったらありはしません。」
その数多の誘いを断って、ここまで権力闘争で勝ち抜いているのがディアナ公爵夫人の手腕だ。
「普通、貴族女性の仕事といえばそう言う横の繋がりを広げていくことだとは思いますがね。」
「アルビオン貴族のお茶会はちゃんと主催していますし、必要な情報は優秀なスパイで充分。」
これがわがままでプライドの高い公爵夫人像の原因だ。オズワルドの言う通りただの面倒くさがりであっただけである。
「夜会で下手なダンスを笑われたくないのですしね。」
それが一番の本音。素晴らしい技術を持っていてちやほやされる人は良し。ただ笑われるだけの人には苦痛でしかない体育の時間とダンスパーティーは同じなのである。とはいってももう40になるのだから、ダンスは踊らなくてもどうとでもなるだろうし、若い人が注目を集めるだろうから、そこは気にしなくてもいい気がするが、若い頃受けた屈辱は拭えないらしい。
だが、流石の公爵夫人だ。話は尽きることなく続いていったため、変に気を遣わなくて楽だった。
「ああ、シューちゃん。明日一緒にお茶しませんか。」
夕食が終わり、去り際にディアナはシューに声をかけられたが、父エリオットとは違ってシューが穏やかに返答できたのも彼女の会話スキルによるものだった。
「ええ、喜んで。」
茶色の髪を揺らせて彼女は泣いていた。
「…り…ズ。」
苦しくて息ができないし、意識も朦朧としていたが目の前のエリザベスが涙を流しているのには気づいていた。
ごめんなさい、と手を伸ばそうとしても力は入らない。
そのままシューは意識を失った。
ガバリとシューは勢いよく体を起こした。荒れた息を整えながら次第に見慣れない淡い色の部屋が見えてきた。
「…ゆ、め。」
壁の可愛いライオンと犬の絵柄が妙に恐ろしく思えた。
「りず。」
寝ぼけているせいか、舌がうまく回らない。ベッドから降りシューは寝巻きのまま部屋の戸を開けた。近くで休んでいるカーティスやフィリップも旅の疲れのせいか目を覚ます気配はない。
石造りでできた冷たい廊下を靴も履かないで歩く。月明かりで薄ぼんやりとは見えるものの、屋敷の明かりは消えていて暗い。また使用人たちも寝静まっていて屋敷はまるで100年眠っているような寂寥感で支配されていた。
シューは近くにあった階段で一階を、駆け下った。シューの部屋のある2階よりも更に暗く、シューは魔法の小さな光で周囲を確認した。警らの人間がいてもおかしくないのだが、誰もいないのである。近くの大きめの窓から外に出ると、外に小さな火がゆらゆらと揺れていて人影を一つ浮かばせていた。不審者だと思いながらも恐る恐る近づいた。
よく見れば長い黒い髪に褐色の肌の美丈夫だ。アルビオンやオルレアンの装束ではなくて、古代の人のような布を体に巻きつけているだけだった。
「こんばんは。」
挨拶をしてしまったのはシューの貴族としての性だった。男はゆったりとした動きでシューの方に顔を向けた。夜と同じ色をした瞳がシューを捉えると、愉快そうに、しかしどこか悲しげに、まるで道化師の微笑みを浮かべた。
「君はだれ。」
男は口をぱくぱくと動かしたがシューの耳には届かなかった。
「聞こえない。」
シューが不満げに伝えると、少しだけ驚いた様子を見せた後シューの手を取り、文字を書いた。だが、シューの知る文字ではなかった。
「何語?」
古代の言葉だとしてもアルビオンやオルレアンの字ではない。美丈夫は困ったように眉を顰めるとしばらく考えた後、またシューの手に文字を書いた。
“Survive”
「…え?」
それから、男はシューの肩を押した。突然のことに身体は対応できず宙に浮く。そして、白い光の中に男が消えていった。
「シュー!」
強く体を揺さぶられて、シューは目を覚ました。目の前には焦った顔をしたカーティスが必死にシューを呼んでいた。
「カート。」
「ああよかった。全く裸足で何をしていたんですか。」
カーティスに言われて辺りを見回すと、あたりはまだ暗いくて判別しづらいが、そこはアルバート邸自慢の庭だった。夏になれば美しいだろう薔薇の木に囲まれていた。
カーティスによれば、戸の閉まる音でフアナが起きてシューがいないことに気づき、フィリップとカーティスで探しに出たところだったという。真夜中だが、屋敷の主人であるディアナを起こして大捜索が始まる直前だったらしい。
「何があったんですか。」
カーティスはシューの手足が冷え切っており、精神的に衰弱していることに気付き、着ていた上着を脱いでシューに巻きつけると背負った。
「とにかく部屋に戻りましょう。フィル!」
【見つけたのだな。暖炉には薪をくべたし、コックには温かいお茶を頼んである。】
カーティスとともにシューにもフィリップの思念が伝わってくる。
「…心配かけた。」
「心配するのは当然です。」
エリザベスよりも大きくて高い景色で、屋敷の様子を見た。ちゃんと警らの人間もいて、シューを担いだカーティスを見て、よかったですと声をかけてきた。
「…エリザベスが僕を殺そうとした時の夢を見た。」
エレベーターやエスカレーターというのもなくて、カーティスはシューを背負ったまま階段を上っているところでシューは怖かったことを吐露した。
「…それは、悲しいですね。」
「悲しい、か。リズが僕のことを愛してくれていたのは僕も知ってる。だから、大好きだった。」
「恨まないのですか。」
「…半分くらいは恨んでるよ。リズは中途半端だった。」
カーティスは階段を上り切って少しだけずり落ちたシューを担ぎなおした。
「私は恨みます。」
温かい背中にシューは悲しさもあった。この感情は彼とは分け合えないのだと。
「シューに深い悲しみを残したことは、いくらシューが赦していても赦せません。」
「僕が赦しても…。」
「シューの思いを無視したいわけではありません。」
「…そう、なら恨むのはカートに任せようかな。」
カーティスは一瞬歩く足を止めたが、すぐ歩き出した。
「ええ、だから、シューは温かい感情だけ持っていればいいのですよ。」




