母
フアナ
シューのことを気に入っている闇の精霊
魔法で黒い小鳥姿になっている。
カーティス
シューの側仕え
真面目で良い子。
フィリップ
シューの側仕え2
元魔族のフアナ教信者
ラロシェの港町とは違い、アルビオンのサウス・プトン港町は霧で覆われていた。同じ国であるけれども、ラロシェの港町よりも少しだけ風が冷たく感じた。アルビオンの空を眺めていると後ろから来たオズワルドがタラップを踏む前にシューに手を差し出した。
「後数刻で晴れるよ、きっと。」
長年の運動不足が恨めしいが、オズワルドの厚意を受け入れ、手を取った。オズワルドがアルビオンは田舎だとは言っていたが、シューが想像する田舎よりもよっぽど美しい町だった。丁寧に作られた、組み木が綺麗な木造の建築物と、市街の方にいく前の大きな石造りの門。オズワルドに聞いた時は統一性がなくて成金臭いのかと思ったが、違和感なく石と木が調和していた。
「この国は歴史こそあれど新しい国だよ。」
「どういう、ことですか?」
「シューちゃんは多分知らないと思うけど、オルレアンの中でもアルビオンは最も魔族からの襲撃を受けている地域さ。何故だと思う?」
「オルレアンで最も魔族領に近いからですか?」
「残念、距離的に近いのはカルヴィン辺境伯だよ。接しているからね。カルヴィン辺境伯の辺りって氷点下で乾燥しているから住める地域少ないから旨味は少ないよね。勿論カルヴィン辺境伯領の方が魔族領より住めるところ多いから狙ってはきてるけど。」
「なら、最も近くて豊かな土地だから、ですか。」
シューの答えを待ってましたとでも言うような顔でオズワルドは話し始めた。
「半分違うね。アルバートの民は侵略民なんだよ。」
「つまり、元は魔族領だった、と?」
「そうそう。昔持っていた場所ってなんだか取り返したくなるものでしょ。そして、アルバートがこの土地を手に入れたから、アルバートの民はアルバート家を崇拝する。しかも、アルバートがこの地に来た時は荒廃した土地だったらしくてさ。リオ兄様も加護を受けているけど、ご先祖様は地の精霊エントの加護を受け、土地を耕したのさ。ほとんど無価値だった土地を有数の農耕地にしたんだ。いくら加護を受けていたとはいえ簡単じゃなかっただろうね。」
決して豊かではなかった土地にわざわざ侵攻するくらいだから、当時のアルバートは余程苦境に立たされていたのだろう。今の栄華を見ていると想像はつかないが。
「昔って凄く前だよね?」
「そうだね、神代より少し後くらいで文献も残ってない。でも、アルビオンでずっと伝わるお話なんだ。」
貴族も市民もずっと語り継いだ話で、アルビオンにおいてこの話だけは貴賎関係無く語れるだろうと言われているらしい。
「いくら土地を改良したとはいえ、正当性は向こうにあるのでは?」
「法律も規律も何もなかった時代の話だよ。シューちゃんは猿の縄張り争いに、正当性なんてあると思うかい?」
もう1000年はアルビオンはアルバートの民が支配しているのだから、今更くれてやる方がおかしいのかもしれない。
「僕らの家って1000年続いてるのか。」
同じ王朝が1000年も続くものか。日本だって1000年以上同じ皇室が続いているが、政権は別だ。でも、アルバート政権は変わっていないということになる。アルビオンより長い歴史のあるオルレアンも王朝は何度か変わっている。
「ああ、まあ、そうだね。政の中心は何度か変遷してはいるよ。貴族議会とアルバート家で何度か政権がいったりきたりしてる。そこらへんの妙な争いの変遷の記録は議会に行っておいで。」
オルレアン以上にアルビオンは変な国だったようだ。エリオットJr.の急かす声に頷いて、立派な木造建築を見つめながら馬車に乗った。
長い旅だった。オルレアン王都を出て10日は経った。平民たちの足ならもう少し早く辿り着けただろうに、大きな一団となってはどうしようもなかった。
「うひゃあ、寒いな。」
馬車から降りたオズワルドは外套を首まで引っ張った。いつか彼がシューの首に巻いた布を差し出そうとするとそれはいいと断られる。
「日が出ればもう少し温かいが、まあこればかりは分からないからな。」
この地域は1日に雨が降ったり、晴れたりコロコロと変わるのでエリオットJr.でもはっきりとは分からないのだという。
シューがユーリの手を借りて馬車を降りると、オルレアンの王城よりも無骨ではあるが、荘厳な石造りの建造物が聳え立っていた。端から端まで何メートルあるのだろうと駆けて確かめたくなる程に大きい。
「…これは、屋敷というよりも城ですね。」
「アルビオンで一番立派なのは軍事拠点になったセバスチャン城だが…まあ、あれは最早街か。」
古い戦役で築城された城は今アルビオン内でも有力な貴族が管理しているが、町人の避難所として使われて以来徐々に店などが増え街らしくなってきたのである。軍事拠点としての防衛機能は衰えさせないまま、住人の増加に伴い城は大きくなっていったという。
「見てみたいか?だが、あそこはアルバートの人間でも入城には申請と検査が必要だ。先先代が、例え自分の家族でも疑う必要があるって言ったからな。」
「昔からアルバートはアルバートなんですね。」
ダブルエリオットがアルバートにおいて特別ではないというのが分かってなぜか愉快だった。ディアナがエリオットSr.の目に留まったのは正しかったのだと思う。「愛されたい」人であったのなら、すぐにこんな家見限るだろう。逆に色んな人に愛を振りまくタイプのオズワルドが珍しいのかもしれない。
「なに、シューちゃん?俺が異端児にでも映った?」
「いいや、エル兄様はオズ兄様に奥さんとられないように頑張った方がいいんじゃないって思ったくらい。」
シューが言うと、2人は目を逸らした。エリオットJr.はコゼット以外の浮いた話はなかった筈だが、過去には何かあったのかもしれない。
「ええ、エル兄様、コゼット様がいるのに浮気なんてしたの?」
「してない。」
元々コゼットとはお互いの風除けとして婚約した筈だから、厳密には浮気ではないのかもしれないが、大真面目にエリオットJr.は否定した。エリオットJr.は咳払いをすると、ユーリを急かして屋敷の戸を開けさせた。
「おかえりなさいませ、私の可愛い息子ちゃんたち。」
深い緑の落ち着いたアフタヌーンドレスに身を包んだ美しい年嵩の女性、エリオットJr.たちの母親にしてエリオットSr.の妻であるディアナ公爵夫人が3人の姿を見て歓待した。それからシューの前に立つと屈んでにこりと微笑んだ。
「お久しぶり、なんですけれど、貴方にとっては『はじめまして』かしら。貴方の母であるディアナ・アルバートよ。よく来ましたわね。」
はっきりとした目鼻としわを隠さず堂々と笑う彼女が美代子には素敵に感じたが、母と名乗られてシュー は動揺した。見たこともない彼女を憎んだこともあったのに、実際に目にするとその感情は少しずつ解れているのが実感している。
「そうですよね、初めて会った女を母と呼ぶのは辛いですよね。何とでも呼んで頂戴。」
「いえ、お母様。お会いすることができてとても嬉しゅうございます。」
貴族には恥ずかしいくらいシューが俯き加減で挨拶すると、ディアナはシューを強く抱きしめた。
「まあ、ありがとう。緊張なんてしなくていい、と言いたいですが、難しいですよね。少しずつでいいから慣れていってくださいね。長旅で疲れたでしょうし、お部屋に行きなさいな。エリーとオズも好きに過ごしていいですよ。」
「ええ、母様。マーリンをお借りします。」
エリオットJr.は家令のマーリンを連れてどこかに行ってしまった。早速仕事する気だとオズワルドとシューは顔を見合わせた。
「シューちゃんは暫く寝る?」
「え、と、まあ。そうします。」
「なら、俺も寝よう。シューの部屋は俺の隣の空き部屋ですか?」
アルバートの屋敷を管理しているディアナにオズワルドが尋ねると、ディアナは少し不満そうに答えた。
「そうですけど、空き部屋ではないのですよ。私がいつ来るか分からない息子ちゃんのために用意していた部屋です。ああ、シューちゃん、ちょっと今の貴方には幼い雰囲気かもしれませんが許してくださいね。明日左官と商人が来るので自由に整えて頂戴。」
「え、と、ありがとうございます。」
オルレアン王都の自室は全てナニーだったエリザベスの手配で、青を基調として薄茶色の木でできた家具のみで子供部屋には思えないほど落ち着いた部屋だったから、今も同じ内装だ。自分で内装を考えるなんて思ってもみなかった。
「母様は意外と少女趣味ですもんねぇ。」
「だから、貴方たちに任せると言っているのですよ。」
今年で40になった女性の凛としたカッコ良さの中にどことなく可愛らしい雰囲気も残っていて不思議な魅力のある人だと思った。王都ではプライドの高く我儘な夫人だと言われていた人とは思えない。
「ああ、オズ。最後にあの人は元気かしら?いい加減領民は領主の顔を忘れそうですよ。」
「元気だとは思いますよ。お母様には悪いですが、あの人は仕事と再婚したみたいです。」
「それは気にしないで。あの人の最愛は昔から仕事ですから。」
可愛そうなのはここで1人で屋敷と領地を守り抜くディアナなのか、家族全員が敵に回っている父親なのかシューには分からなかった。
オズワルドと屋敷の侍従に案内された部屋に入ると、シューはオズワルドが妙に引き気味だったのは分かった。
色は白と水色と黄色のパステルカラーで整えられており、壁紙は男児に向けて作られただろう可愛いライオンや犬の絵柄だ。
「3歳から5歳くらいの男の子が住んでそうな部屋だね。」
シューがそれくらいの年に想定されて作られた部屋だとしたら、ずっとディアナはシューのことを待っていたということだ。綺麗に埃も被っておらず、壁紙や床に多少の年月の風化はあるが放って置かれたようには見えない。
シューに連れ立った屋敷の侍従はためらいがちだが、シューに言う。
「奥様はいつシュー様がいらっしゃるかとお待ちだったのです。最初はベビー用のお部屋で、次はこのお部屋です。本当はもっとおもちゃだったり絵本だったり置いてあったのですが、それは片付けさせ、お勉強用の本や冒険小説などに変わりました。お洋服はサイズが合わないと大変ですので、暫くはオズワルド様が昔から着ていた服をお使いください。明後日に仕立て屋が参りますので。」
ディアナの評価がすぐに変わったとは言い難く、内心は光属性という希少性によって大事にされているのではないかという疑念も完全には消えてはない。
どうして12年間こうはならなかったのだろう。
屋敷の侍従が出ていき、自分付の使用人とフアナのみになると、シューはフィリップからフアナを預かってごめんねと謝った。ずっと兄のそばにいた為彼女とはほとんど話せなかったからだ。寝る前には少し話せたものの、彼女を使用人と同等の扱いをしてしまった。
「それはいいわ。まだ別に興味を失ったわけじゃあないからね。それよりもアルビオンはオルレアンよりも空気がいいところね。あの女がいる所は居心地が悪かったし、こちらに暫く居ようかしら。」
「…マリアンか。」
「ええ、いくらシューが好きで側にいてもあの女の力がどうしても嫌なの。」
最初会った時からフアナはマリアンを毛嫌いしていた。光の力を持つシューでさえも、マリアンと触れるのも大変だったから、純粋な闇属性のフアナは辛くて仕方ないのだろう。
「君は僕を捨てたっていいのに、よくそばに居てくれたね。」
「捨てるのはいつだってできるって思ってるところでずるずると続いている感じ。」
「ああ、納得するよ。」
いつだって捨てられるのなら今じゃなくていい。それにシューはいなくてもフアナを盲信しているフィリップもいるから去る必要もない。
「アルビオンは土と火の匂いがするわ。ここに住んでいた魔族は魔族といっても闇属性ではなかったのかしらね。」
「フアナもここが魔族領だったことは知らないんだね。」
「どこがどうだったかなんて一々覚えてないわ。そう言われればそうだったかも、ってね。」
精霊に尋ねたのが間違いだった。
「ああ、ほらもう疲れたでしょ。眠りなさい。」
フアナは小さな嘴でシューの体に布団をかける。黒い小鳥の姿は、ティキがいなくなった今シューと彼女の2人の魔法で、今度神殿の解除魔法をかけられてしまったら精霊の姿に戻ってしまうかもしれない。
「今はその心配をする必要はないでしょ。貴方のことみんな信用してるのだから。」
シューの不安をすぐにフアナは読み取ったが、シューも初めて何も言葉にしていないフアナの不安を見つけた。
「…フアナがお母様だったら、何も考えずに幸せだったろうね。」
フアナはシューの呟きに目を瞬きさせると、
「貴方の不幸を喜んでいる女に、母である資格は全くないのよ。」
シューに聞こえるかどうかも分からない程にフアナは呟く。
「きっと、きっとマリアンと一緒にこの先を歩んでいけたらあなたは幸せになれる。でも、私は。」
それを許せないのです。
許せない自分もまた許せない。
傷ついて悩む貴方が好きな自分をいつから愛せなくなったのでしょう。
「せめて、人の幸せを祈って幸せを感じられる精霊になれれば良かった。」




