さようなら、友達
クリストファーの退団式が終わって、騎士団でのパーティーが終わった翌日に、アルバートの屋敷で同年代の親しい人のみで行われる送別会が行われた。ユーリやカーティスがまた新しくパーティー用の盛装を用意したようで、シューは冬らしい温かな色合いの服を着せられていた。
若者ばかりのせいか、前に参加したお茶会などよりももっと賑やかだ。
「弟くん、楽しんでる?」
一応シューと歳の近そうな少年もいくらかいるが、あまり話しかける気はなかった。壁際に置かれている椅子に座って、楽しそうに笑う人たちを眺めていると、つまらなそうに座っているように見えるシューを気にかけたのか本日の主役で引っ張りだこのクリストファーが声をかけた。
「楽しんだら、もう終わっちゃうでしょ?」
一瞬でこの時をおしまいにしたくなかったと言うと、クリストファーは目を丸くしてから堪えきれず笑った。
「物理的には楽しんでも楽しまなくても同じ時間だよ。」
「それでも、短く感じたくないです。」
「そこまで別れを惜しんでくれる人も珍しい。」
「クリスさんまだ挨拶まわり終わってないでしょ。僕のことは放っておいて。」
クリストファーの性格上放って置けないのは分かっている。シューは座っていた椅子を立ち上がるとさっさとレモネードをとりに行った。
「シューちゃん、ごきげんよう。」
クリストファーから逃げてきたところで、エリオットJr.の婚約者であるコゼット・マドレーヌが話しかけてきた。
「レディ・フォンティーヌ、ご機嫌麗しゅうございます。」
「さすがシューちゃん、前よりも洗練されましたわね。私としては寂しいのですけれど。今日は身内だらけの無礼講ですから、もっと楽に楽しみましょう。一応、貴方の姉になる予定もございますしね。」
「コゼット様?」
「ふふ、嬉しいですね。家族や女の子の友達しか呼ばれないもの。」
「コゼット様はエリオットJr.とこのまま結婚されるのですか?」
「今のところ2人とも破棄するほどのお方が現れてないですから。エリーは恋人にはつまらない人ですが、配偶者にはとても素敵な人でございますから、よほど愛しい人が現れない限り。」
コゼットの良いところは裏表もなく、貴族女性には珍しく言葉がストレートなところだ。シューとしても2人はそのまま結婚した方が幸せだろうと思うが、マリアンがもしエリオットJr.と恋に落ちたらこの人はどうなるのだろう。ゲームではヒロインの恋をずっと応援していてくれていたが、内実はどうだったか、作中で語られることはなかった。
「私とエリーはね、価値観が同じなの。貴族はあくまで社会のシステムの一部に過ぎなくて、それわ理解できずに私情や私欲に動いてしまった貴族から滅んでいくと私たちは考えています。」
「社会のシステムの一部。」
きっと私利私欲、私情で動いた貴族よりももっと残酷だ。
「エル兄様とコゼット様の元に産まれた子は可愛そうですね。」
それがアルバート三兄弟と同じ運命を辿るだろうと想像してしまう。
「そうかもしれませんね。」
「…いいえ、ごめんなさい。」
「いいのですよ。そうして注意をいただける方が幸せなのです。」
コゼットは気分を害した様子はなく、和かに笑ってくれた。
「シューちゃんはクリス…、トファー・オールセン卿にちゃんと挨拶しましたか?探していらっしゃるご様子ですけど。」
「しました。クリスさんが僕をあの賑やかで楽しそうな場所に連れて行こうとするから逃げてます。」
騎士団エリオット隊の賑やかな集団を指差してから、大袈裟に肩を竦めた。
「あら、シューちゃん、あの方々にもお世話になってましたよね?」
「最初に来たときに挨拶しました。」
「苦手ですか?」
「ううん、楽しみたくないだけ。」
楽しいパーティーを楽しみたくないというシューの発言には流石のコゼットも何を言っているんだという顔をした。
「楽しくないから嫌というわけではないと捉えても?」
「楽しくなったら嫌だから外から眺めてます。」
「愉快な意地ですね。」
「だよね。」
コゼットと2人の会話に、クリストファーはエリオットJr.、シャルルとマリアンヌを引き連れてさんかした。
「げぇ。」
「シューちゃん、王族とお会いしてその言い方をするのはどうかしら。」
「クリスさんが僕を絶対に楽しませようという意地が見える人選なんだもの。」
シューが苦虫を噛み潰したような顔で言うと、あのエリオットJr.を含めて、全員が爆笑した。
「いやぁ、挨拶よりも先に笑ってすみません。こんにちは、シュー。」
「先日は助けて頂き、ありがとうございます。」
「シャルルさんに、マリアンヌ様、ご挨拶が遅れて…。」
「ええ、シューちゃん、お兄様はシャルルさんなのに、私はマリアンヌ様なのね。いつものようにお呼びしてもいいのに。」
「流石にシャルルさんの前でアンヌって呼べないよ。」
「シュー、今日は無礼講だ。チャーリーも許せ。」
「禁止した覚えないんですけどねぇ。」
身内の人がいるところで、親しい愛称で呼ぶのは流石に気が引ける。シューは男で、マリアンヌは女性だから尚更だ。
「む、ちょっとアンヌと仲良さそうなこと言ったら、押しが強くなるシャルルさんが怖いもの。」
「あら、そうでした?」
「そうだ。」
シューの言葉にエリオットJr.が頷く。エリオットJr.もシャルルのシスコンには苦労していそうなくらい全力の肯定だ。
「怖がらせてごめんなさい、シュー。妹が可愛くて不安なもので。」
「シャルルさんもエル兄様を見習って少しくらい放っておいてもいいと思いますよ。」
「嫌ですよ。マリアに家を出たいなんて言われたくないです。」
「いや、アンヌもいつかは結婚してオルレアン出ていきますよね。」
エリオットJr.に自由に生きていいと言われたシューと違ってマリアンヌはオルレアンの王女として、隣国アウグスの第三王子のミヒャエルと婚約している。
「それを言わないでください。」
肩を落として泣き真似をする。どうやらシャルルにはこのネタで暫くからかえそうである。
クリストファーの思惑に流され、シューと比較的仲の良い彼らと談笑していると、マリアンヌがシューに耳打ちをする。
「シューちゃん、いつ言えるか分からないから言っておきます。あのヘビの少女はゲームの続編にあたる『光と闇を繋ぐもの』のヒロインです。」
美代子はやったことなくて、マリアンヌが今は一作目のバッドエンディングを回避することが重要だからと詳細を話さなかった話だ。
「よく、分かったね。」
「無理を言って面会させてもらいました。ゲームでシューが救ったのはあの少女だけなの。」
唯一シューが救ったヒロイン、彼女がシューを
「今回僕は救えなかった。」
「ゲームで2人が会うのは少なくとも今から6年後です。どこかで歯車が狂った…。」
風吹けば桶屋が儲かる話なのか。何かの拍子に、それこそ、シューが街中で転んだ、くらいのどうでもいい事象で変わったのかもしれない。
「彼女は過去の記憶を持っていた。それでマリアンヌとエリオットJr.に逆恨みをして殺そうとしたんだ。生温い僕らとは違って『確実』に未来を変えるために。」
登場する人間が減れば、確実に歴史は変わるだろう。
「真理亜、僕の絶望は思い出した?」
「いいえ、全く。でも、思い出してはいけないもののような気がしてしまうの。私は、美代子でもある今のシューが好きだから。」
「ありがとう。美代子が知らないのが痛いな。」
「ずっと聞きたかっんたけど、美代子はどうしてストマジを始めたの?聞いてるとあまり乙女ゲーム興味なさそうなのに。」
「ああ、それはーーー。」
「シュー、ちょっといいか?」
シューが言いかけたところで、クリストファーに声をかけられた。ずっとコソコソと話をしているのも外聞よくないたろうとそこで打ち切った。
「遅れて悪いけど、俺の弟が到着したから紹介しようと思って。」
クリストファーの弟、つまり、攻略対象の二クラス・オールセンだ。爽やかで人懐っこく、最初にヒロインのパーティーメンバーに入る人。
振り返って挨拶すると、クリストファーよりもほんの少しだけ背が高い少年がニコニコと笑って手を差し出した。
「シュー、我が弟の二クラス・オールセンだよ。学院に入るまで慣れるように暫く王都で過ごすから宜しくね。ニック、こちらが俺の親友の弟のシュー・アルバート、優秀な魔道士さ。」
「シュー・アルバートです。よろしく。」
「おう、俺は二クラス・オールセンだ。王都には何回かきたことはあるけど、慣れてないからよろしく頼む。」
シューにしては珍しく見ず知らずの人間に飾らずに笑って握手することができた。
「僕も外に出るようになったのは最近だから、あまり頼りにはしないで。」
「見た目通りなんだなぁ。」
「ニック、初対面でなんて言い草だ。」
「ええ、無礼講だからつったの兄貴じゃん。」
軽口を叩ける仲の良さそうな兄弟に見えるが、いつもより少しだけクリストファーの表情が硬い。仲良くならなければ気づかなかっだろうというくらい小さな、しかしだからこそ、真実性のある事実だった。クリストファーが気付かれたくないようだから、気付かないフリをして仲の良さそうな2人に微笑むしかできなかった。
「街の外に出たいことがあれば、いつでも呼んでくれよ。護衛くらい引き受けるからさ。」
ーーー『街の外に行きたいなら付き合うぜ。こう見えても腕には覚えがあるからな。』
ゲームでヒロインに対して言った台詞と似ていた。しかし、違う。美代子の知る二クラスではない。エリオットJr.もゲームより不器用だったり、社交界では紳士的に笑顔を振り向いていたり、シャルルもゲームよりも少しだけ性格が悪かったり、シスコンだったりしていたりするので、単純にゲームをコピーした世界ではない。だけれど、第一印象で「違う」と感じたのは初めてだった。
「それは嬉しいです。その日を楽しみにしてます。ああ、いつも二クラス・オールセン卿のお兄様にはお世話になってます。」
二クラスがあまりに無礼だと思ったから慇懃に振る舞っているわけではないが、直感的に遠ざけたくなったのだ。
「…ごめん、シュー。悪いやつじゃあないから、非礼を許してやってな。」
「ううん、クリスさん、気にしてないよ。」
わざと兄のクリストファーにはいつもより砕けて話してみる。クリストファー自身もシューの意図に気づいたようであるがそれ以上掘り下げることはなかった。
「僕も今度アルビオンに行くので確約はできませんが、機会があれば頼みます。」
「いいや、無理には誘ってないから気にすんな。」
無遠慮にシューの頭を撫でた。撫でられるのは好きだが複雑な感情だった。
「これから長い付き合いになると思いますがよろしくお願いします。」
クリストファーとお別れをしたのは寂しかった。幼い頃から美代子が入院していた病院で同室だった子と仲良くなって、その子の親が買ってきた人形で二人で遊んでいたのに、その子の方が先に退院して凄く寂しかった思い出が蘇った。あの頃は一番の親友だと思っていたのに、もう2度と会うことは無かった。今の世界では、あの頃よりももっと連絡取れないし、会うことはたやすくない。兄2人とともに王都の門まで見送りに行って、馬車が見えなくなってもシューは立ち尽くした。
「俺嫉妬しちゃうぞ。クリス兄さん恨むわ。」
「因果応報だ。というかお前もクリスに懐いていただろう。」
「どこぞの兄貴とは違って優しいからです。」
「最近お前もシューに似てきたな。」
「遠慮するのはおかしいって、俺も気づいたんですよ、兄様。」
「お前も俺が怖かったのか。」
「怖かったですよ。いつも眉間にシワ寄ってるし、鞭を常に持ってるし。」
「それは乗馬用のだ。」
「わかってますよ。でも、小さい頃よくあれでバシバシ音たてたじゃないですか。俺がちょっと悪戯したり、マナーを破ったりしてただけで。」
「それはむかついたからだな、お前が。」
シューの知らないうちに2人の蟠りも減っていたようだった。よくよく考えていれば、シューが居ない期間で、オズワルドが帰宅日なら屋敷に兄たちだけなのだ(勿論使用人は100人以上常に待機しているが)。エリオットJr.もどうやら自省しているようだし、元々シュー程は関係が拗れてなかったから不思議ではないのかもしれない。
「風が冷たいな、早く戻ろう。フランシスがポタージュを作って待っているから。」
アルバートの屋敷で執事の次に高給取のシェフフランシスが得意料理のポタージュを作る。多種多様の調味料がある美代子からしてみれば美味しいものではないが、前よりは楽しみになれた。ニーナが作った砂糖と小麦粉でできた菓子と同じだ。
「南瓜ですかね、楽しみです。」
氷の魔法があったとしても保存方法は限られる為、季節の野菜しか出てこないのでそういうと、兄2人は穏やかな顔をした。
「クラリスが喜びそうな一言だな。」
「それよりユーリですよ。ユーリが一番シューのこと気にかけてましたから。」
「そうか。」
「兄様は対外関係には詳しいけれども家のことは全然ですよねぇ。」
「悪かったな、財布事情しか知らなくて。」
「悪いとは思わないですが、この家が破滅するときは内部からだろうって思いますね。」
「分かった。気をつけよう。」
そう言ってエリオットJr.が軽々とシューを抱き上げた。アンデット討伐をした後もそんなことがあったかもしれないが、あの時は怪我人だったから嫌には思わなかったが、
「あと5年早くやって欲しかったな。」
後3年で15になる12歳の少年としては感激の声は出なかった。




