He should not have met to her then.
Enchantée
闇属性の人族の可能性についてはクリストファーが門番を担当する衛兵にそれとなく尋ねるようにエリオットJr.が指示を出していたので、シューが考えるべきは悪魔だ。他の属性が悪魔に太刀打ちできないかというとそうではないが、圧倒的に光属性が悪魔に対して優位に働くからだ。
悪魔が取り憑くことを考えれば、下級使用人や汚物処理業者など、王宮内で地位が低い人間の方が可能性が高いと見て、カーティスを伴い二人は普段入ることはしない下級使用人の部屋に向かっていた。
「悪魔が取り憑いている人は末期以外は分からないぞ。」
「…一番いいのは光魔法の状態異常回復魔法をかけたら分かりやすいです。かなり苦痛らしいので。」
ティキにはかけたことはないが、人間に取り憑いた悪魔ダンタリオンには幾度かかけている。その度に彼は悲鳴をあげた様子だった。
「回復魔法か。同じ毒だとして、ウィリアムの時お前が助けていたが、その時犯人はシューが解毒できること知ったはずだ。ならば、何故真っ先にシューを狙わない?」
「確かに。確実に殺すなら僕を狙ってからの方が良い。しかも、今日僕の周りの警備は凄く手薄でしたね。カーティス以外はマリアンヌの部屋付きの侍女しかいませんでした。」
「いくら王城といえども護衛が少ないのは問題だな。戦争の引き金にお前が殺される可能性もあるのだから。」
「それよりも僕を犯人にしたかった可能性もありますね。自作自演で自分の名前を売っている、という風に見せかけようとしたのかも。」
「正直俺も考えなかったわけではないしな。」
一度は疑ったとしても、エリオットJr.は同情なんかではなくシューが白であると判断した。それで十分だ。
「ということだ。アルバートを貶めたい連中の仕業かもしれん。」
下級使用人の部屋は地下または屋根裏に存在することが多い。この王宮もそうだった。昼間であるのに屋根裏部屋は暗いなと思いながら、下級使用人の部屋からの扉すぐそばにあった灯り取り用の小さな窓をふと眺める。
「…あれ?」
窓の下には幼い少女の姿が見えた。シューのくらいしかない幅の窓に首を突っ込んで下を見た。
8つくらいの少女で、太陽に嫌われたような白髪は、結われておらず風によって靡いている。レースのスカートを履いているが破れたり、土に汚れていて明らかに浮いていた。下級使用人の子だとしても、それならば手伝いしているのが普通の年頃だが、少女は庭の隅で座り込んで何かを見ているようだ。
「兄様、おかしくありませんか?」
シューの呼びかけにエリオットJr.も窓を覗き込んだ。
「ああ…おかしいな。」
見逃すわけにはいかない。今から階段を降りてぐるりと回った時に彼女がいなくなられたら困る。
「兄様、後から必ずついてきてください。」
「あ、おい。」
エリオットJr.の制止を無視して、シューは転移魔法で彼女の目の前まで移動した。少女は突然現れたシューに消えそうな赤の瞳でじっと見つめたが、特に声を上げるようなことはなかった。
「はじめまして。」
そう声をかけると、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「はじめまして。」
少女はスカートについた土をはたいて、立ち上がった。にこりと微笑んだ少女の腕ににゅるりと一匹のクサリヘビが巻きついていたのを見てぎょっとした。毒蛇であるが、彼女に噛み付くような意思は見えない。
「この子はね、トビーっていうのよ。あたしのお友達なの。本当はもうひとりいたのだけれど、レディ・レッド。レディったらどこか行っちゃったわ。」
テディ・ベアのお友達を失くしてしまったとでもいうように彼女はそういった。マリアンとは違って王都訛りで、気取ったおませさんのようだった。
「君は迷子なの? よらしければお手をどうぞ。小さなお姫様」
差し出されたシューの手を彼女はとても喜んで掴んだ。その瞬間、力が吸い込まれ、ぐちゃぐちゃになりそうな強い闇の力を感じ、一瞬だけ顔を顰めたが直ぐに優しく微笑んだ。
「君の親御様は?」
「おかあさんなら、知らないわ。」
「お父様は?」
「おとうさんったら酷いのよ。かならず迎えにくるって言ったのに、なかなか帰ってこないの。だから、探しにきたの、町まで。」
むすっと頬を膨らませているが、きっと彼女の父親は、
「そうだったんだね。どこでお父様と別れたの?」
「うんと奥よ、森の奥。」
彼女を捨てたのだ。今年は不作で農村部では口減らしが多くなっただろう。とはいえ、彼女は汚れてしまっているが元は上等だっただろう服を着ているから、貴族の家の子供だったかもしれない。
「…そうなんだ。そういえば君の名前は?」
「ええ、酷いわ。シューったらあたしを『知らない』のね。」
「あれ、どこかで僕たち会ったことあったかな。」
ぞわりと背筋が凍った。
「あはは、変なの。会ったことある人に『はじめまして』なんて言わないわ。」
「でも、僕のことを知ってるんだよね。」
「だって、知ってるわ。シューがあたしを助けてくれるのよ。だから、あたしはシューを助けるの。」
それは彼女にとって確定事項であるらしかった。繋いでいた手から少女の友達がシューの手に纏わりついてきた。ただじゃれついているようでシューを咬む気はなさそうだ。
「…そう、君がマリアンヌを殺そうとしたんだね。」
「違うわ。マリアンヌがシューを殺すから、私がマリアンヌを殺すのよ。」
その幼く綺麗な面差しを少女は歪ませる。少女が何を見ているのか全く分からなくて、怖かった。
シューの恐怖を消すように、2人の足音とシューを呼ぶ声が聞こえた。
「エリオット・アルバート…。」
エリオットJr.をどこで見たのか分からないが、顔を見た瞬間、恨み籠もりながらフルネームで言ってのける。(Jr.というのもあくまで父親と同じ名前だから、呼び分けるのに使っているだけで、正式な名前はエリオット・アルバートだ。)
「シュー、このレディは?」
「お前がシューを殺した。」
シューに半分巻きついていたトビーがシュルシュルと抜け、エリオットJr.に牙を向けた。
「…エル兄様、見ての通りです。マリアンヌを殺そうとしたのは彼女だよ。」
「そうか。それでどうして俺がお前を殺したことになっているんだ。」
少女はエリオットJr.からシューに視線を変えると、無垢な天使のような瞳で訴える。
「シュー、騙されちゃあだめよ。この男は貴方を殺したのよ。シューは助けようとしただけなのに!」
「ええっと、今君と手を繋いでいる僕は死んでいるのかい?」
「まだ死んでない! あたしが殺させない!」
彼女はどうやら「シューを殺した」エリオットJr.を大層憎んでいる。だが、今彼女と手を繋いでいるシューは生きているのだから、全く見当違いもいいところだが、矛盾していても彼女にとっては両方とも真実らしい。ただ「狂っている」と突き放すのは簡単だが、恐らくそうではない。
「君も…『未来』を知っているんだね?」
「…みらい?」
シューがエリオットJr.に殺された未来をシューは知らない。シューが覚えているのは、曖昧だが、ゲームの事とエンディング直後の様子まで。その先を彼女は知っているということだ。だから、シューのこともエリオットJr.のことも知っていたのも肯けるのだ。
「分からないわ。みらいなのか、むかしなのか、それとも別の世界なのか分からないよ。でも、うそじゃないよ。あたし知ってるの。エリオットがシューを殺したの。シューがちょっとお行儀の悪いこに怪我させようとしたら、横から出てきたあの女が勝手に死んだ。それで、エリオットがシューを殺したのよ。シューは殺す気なんてなかった!マリアンヌが勝手に死んだのに!」
例えば現代の刑法の問題であるのならば、マリアンへの傷害する意思を人に対する傷害する意思と捉えられる。そして、傷害の結果マリアンヌを死に至らしめたのだから、シューの罪は傷害致死にあたる。
つまり、シューはどう弁護したって罪人であることに変わりないのだ。
それはあくまで未来の話に過ぎないが、彼女にとってはどっちも同じようだ。
「それは僕が罪人だから裁かれたに過ぎないのだから、君がエル兄…、エリオットJr.・アルバートを恨むのはお門違いにも程がある。」
「だから、騙されちゃあダメだって言ったでしょ。大丈夫、たすけてあげるから。」
シューは繋いでいた手から離れると、魔法でエリオットJr.の横に移動する。
「エル兄様。」
「言いたい事は様々あるが、とりあえず現行犯で捕まえる。」
「援護します。」
シューは回復魔法をエリオットJr.にかける。少女はギリっと歯ぎしりをすると、叫んだ。
「トビー!」
少女が大切な友人の名前を呼ぶと、蛇は彼女の腕から離れ、ぐんぐんと大きくなった。優にエリオットJr.を越す大きさだ。キシャァァと威嚇している蛇の大きな目が血走っている。
「あたしが目を覚ましてあげる。しあわせにしてあげる。」
「幸せって。」
「だから、あたしの名前を、あたしだけの名前を呼んで!」
名前と言われてもシューには全く記憶がない。いつどこで彼女と出会い、助けたのだろうか。
いくら彼女が強い力をもつ闇属性の魔術師でも8歳。歴代最強の騎士と称されるエリオットJr.の敵ではない。彼は驚くほどにあっさりとお友達の首を撥ねた。
彼女は目が飛び出て転がりそうな程見開き、小さな白い手が何も行先を失い止まった。
「なんでなんでなんでなんでなんで。」
「拘束する。」
「兄様、気をつけてください。闇属性です。」
それは大きな失言だった。いや、シューにとってはただの事実で、闇属性は簡単に姿を変えることができるから取り逃さないようにくらいの意味だった。しかし、少女には聞き慣れた差別の言葉だった。
「なんで、シューが、あたしを拒絶するの。」
彼女は乾いた瞳を見開き、小さな体が劈く程の声で絶叫した。シューは彼女の手をもう一度取った。
「未来の僕は君に優しかったんだね。ごめんね、君の望む僕になれなくて。」
「シュー、いやよ、あたしよ。あたしの名前を呼んで。」
見た目とは似つかぬ程の力でシューの服を掴まれる。離そうとしても離れる事はないだろうと思ったシューは彼女の腕を掴んだ。
「なら、名前を教えてよ。僕がつけた、君だけの名前を。」
少女は涙で輝いた瞳をシューに向け、シューを掴んだ腕から力が抜ける。
「マティルド…。マティルドよ。二度と忘れないで。」
「そう、マティルド、おやすみ。」
シューの魔法によって闇属性の少女、マティルドは深い眠りに落ちた。闇属性には効きづらい筈だが、シューへの信頼の深さによっていとも簡単に落ちた。
「シュー、聞きたいことはたくさんあるが…。」
タイミングよく少女の絶叫を聞いた衛兵たちが集まってきた。エリオットJr.が彼らに事情を説明し、マティルドは衛兵たちに連れて行かれた。少女が犯した罪はかつてのシューよりは軽いが、王族の殺人未遂だ。あの暗くて冷たくてジメジメした地下牢に繋がられるのだろうか。あそこではこれから来る冬にとうてい生きていられない。
あの少女はシューが選ばなかった未来の犠牲者だ。闇属性だと言った時の少女の絶望した顔が忘れられない。まさかマリアンヌを殺した残虐な過去のシューが誰かに温もりを与えていたなんて想像できなかった。
「シュー、顔色悪いですよ。」
ずっと従者としてそばに控えていたカーティスがシューの顔を覗き込んだ。
「…僕は助けられないことの方が多いね。」
「仕方ないじゃないですか、シューの手は小さいのですから。いくらなんでも見たことのない人を助けるのは精霊様でも難しいですよ。」
それでも、差別され捨てられたマティルドにとって、シューはお伽話の王子様だったのだろうと思うと胸が痛む。
「白雪姫の王子はどうしてあの場に通りかかれたのだろう。人魚姫の王子のようにナイフで胸を刺せばアリエルは救えただろうか。」
「それは物語の中だけですよ。毒を謝って飲んでしまった死体にシューはキスできないでしょうし、アリエルがナイフをシューに刺す前に、私らがアリエルを殺してしまう。」
カーティスは悲しげに微笑んだ。
「どうにもならなかったんですよ。今じゃなくて、もしもっと進んだ先にシューと彼女が出逢えていたら違ったのかもしれませんが、今こうして彼女と会ってしまったからこうなるしかなかったんですよ。」
それでも、シューの顔色が良くなかったことで、神殿には戻らずアルバートの屋敷に戻ることになった。エリオットJr.が全て処理するということで、ユーリの迎えにカーティスと共に戻った。シューはフィリップを1人神殿に残しておくことが不安だと告げるとジルがわざわざ神殿まで走った。
屋敷では知らせを聞いていたジャスミンが温かい紅茶を用意していた。こうしてシューが手にしたものもあるが、フアナとフィリップを見て失ったものも幾つか存在するということを実感した。
「未来を『少し』知ってるというのはとても不幸なことだね。」
それを聞いたフアナは美しい声で鳴いた。
【だから、私がそばにいるでしょ?】




