Er ist Shoue Albert.
スペルミスなどの報告お願いします…。
既に懐かしくなった知識で書いています…。
ウィリアム・ジョーンズといえば、騎士団の団長子息で、オズワルドと同い年のとても文武両道の優秀な男だ。寡黙ではあるがしっかりと芯のあって、ゲーム開始時では魔法学院で生徒会で書記をしていたはずだ。ゲームの視点で話してしまえば、シューをパーティーメンバーにいれると、ほぼ必ずといっていいほど彼も入る。何故なら攻略対象の中で最も堅い壁役で、敵の攻撃を引き付けて守ってくれるのだ。シューは前述の通り紙防御だから、彼が居ないと敵の特殊技で即死してしまうので、ゲーム中のシューはお世話になる人だ。
しかし、問題は今そこではない。
「なんで彼がここに。」
「…毒蛇のモンスターに噛まれたらしい。…学院にあった血清を打ったらしいんだけど間違ってたみたいだ。」
「毒蛇…。」
神殿に連れてこられてからも、外来の人間が解毒を試みたものの、ゲームだったら解毒できていただろうが、現実の毒は複雑だったらしく失敗したらしい。
だが、彼は攻略対象で、シナリオが始まるまで死ぬようなことはあってはならないはずなのに、どうして目の前で死にかけているのだろう。
「…見たところ神経毒と出血毒ですね。」
彼の体には至るところで内出血が起こっていて、呼吸が浅くなっている。素人目でも分かるほどに危険な状況だ。
「こりゃあ、ハンティング・ホラーに咬まれたな。」
重態の男の体にぴょんと飛び乗ったルルにクラウス神殿長がたしなめたが、ルルはそんなことを素直に聞かない。興味深そうに彼の様子を確認すると楽しそうに笑った。
「にしし、早く解毒しねえと、消化器官が腐って、助かっても一生病院暮らしだぜぇ。」
「…消化器官が腐る、ね。なんとなくどういう毒なのか分かった。」
シューとルルの会話をクラウス神殿長やアレンは怪訝そうに見ていた。しかし、静観していたのは、シューが必死にウィリアムを助けようとしているのが分かったからだ。
「光の精霊、アルテミスよ。」
シューが、解毒の呪を唱えるとまず消化器官を解毒した。内視鏡があるわけでも、身体の体が見えるわけでもないから、はっきりとは間に合ったか分からないが、恐らく間に合ったのだろう。ルルは少しつまらなそうに笑っていたし、内臓が腐ったような臭いはしてこない。
それから、体全体にへと出血毒を解毒し、出血箇所を治す。身体中あちこちにできていた痣は消えていく。
シューは1つ、この状況で忘れていたことがあった。朝からルルの解呪の儀式を行ったり、数十人の治療を行っていた。
シューが魔力量が通常人よりも多いとはいえ、魔力が切れそうなのだ。先程まで昼寝をしていたとしても完璧に魔力が回復はしない。何度か経験したことがあるから、このままだと倒れるということがよく分かった。それでも、解毒と回復を止めなかった。
あともうすこしなのだ。今ここでやめてしまえば、彼は命は助かっても騎士としては致命的な障害が残る。フアナが何度もシューに止めるように忠告をしているが、全て無視した。いくら彼女やルルが病気や毒に詳しくても回復魔法なんて知るはずもない。
「…き、みは。」
新緑の色をした瞳がシューを見つめた。先程までは焦点があっていなかったが、かなり回復してきた。しかし、彼の質問をシューには答える余裕もない。
暗闇に身を委ねそうになるところを、気力だけで彼の解毒を続け、最後の毒を追い出して回復をさせた。
「シュー・アルバート。」
自分の名前を名乗ったところで、シューの視界はブラックアウトして覚えてない。
「おーい、リアム!」
騒がしい声でウィリアムは呼び止められた。
「…なんだ、オズワルド。」
派手な見た目だが、それでもこのオルレアンで一番力のある貴族の次男だ。見た目を裏切らず、彼は軟派な男だけれど、何故か口下手で堅いウィリアムを気に入っているようで、なにかとあればウィリアムに声をかける。
「ジョルゼ伯のお嬢様がお前を呼んでたぞ。」
「…どうにか断ってくれないか。」
「言うと思ったぁ。まあ、既に断ってるから気にしなくていいよ。」
「そうか。助かる。だが、何の用だ。」
「リアムが居たから声かけた。」
用はないのにわざわざウィリアムに声をかけるのは彼が知る限り、オズワルドだけだ。口下手で堅いし、強面なのにさらに無表情だから男女共に怯えられている(とウィリアムは自己を評価する)。
「…物好きだな。」
「残念だけど、家には父様とリオ兄様がいるからねぇ。」
「そうか。」
言葉にしていないのに伝わってしまった。オズワルド自身は気づいてないようだが、彼の観察眼は大したものだ。
「そういえば、今年の騎士隊の女子率高いねぇ。流石ですよん。」
流石と言われてもとウィリアムは困る。騎士隊というのは、魔法学院にある自主的に学生が作ったら警ら隊で、学内に不審者や魔族が入り込んでいないか見回っている。この世界には立身出世を狙う女戦士もそれなりにいるが、それでも圧倒的に男子が多い。だが、今年は例年1割満たない女子率が2割を越す勢いだ。それも、口下手ではあるが、見目麗しくーーーウィリアムにその自覚はないがーーー立派な次期伯爵様がいるせいだ。
「生徒会も女子の希望者が多いときく。」
「推薦がないと無理だからねぇ、生徒会。でも、雑用くらいなら募ってもよくない?女の子が多いのは楽しいし。残念なことに会長がそういうの嫌いなんだけどねぇ。仕事が滞るってさ。」
「同意する。」
「えー…。まあ、騎士隊だと動けない子はそうかもね。」
男顔負けの動きをする女戦士もいるから、全ての女性が悪い訳ではないし、万年人不足な自主組織として、志願した人間を無下に扱う訳にも行かない。
「でもでも、ただのファンでも警ら隊の仕事が楽しくなったりするから必ずしも悪いことばかりじゃないよ、きっと。根性のない人間ならすぐ辞めてくしね。」
「…お前のようにか。」
「騎士隊なんてお堅い組織、俺には無理無理。」
最初こそウィリアムは、この軽そうな男を軽蔑していたが、すぐにそれは間違いだったと気づく。
「生徒会はお堅くはないのか。」
「騎士隊よりもよっぽどましさ。あとそれなりに頑張らないとリオ兄様に色々言われて面倒だから。」
それなりに優秀だが長男には遠く及ばないというのが周囲の評価で、彼の兄はきっとぐうたらな次男坊だと蔑視している。けれども、本当にそうなのかとウィリアムは疑っている。
「どうしたの、じっと俺の顔なんて見て。」
「あ、いや。お前の好きな弟はどうなのかと思ってだな。」
「シューちゃんってば勝手に神殿仕えになってた。」
「の割に、晴れ晴れしているようだが。」
すると、オズワルドはウィリアムに背を向けた。実はこの男オズワルドはウィリアムにシューのことを可愛い可愛いと自慢ばかりしていたのだ。だから、ウィリアムはオズワルドとシューの仲が拗れていることを知る由もなかった。
オズワルドは気まずそうに、本来のシューとの関係を話始めた。一度もオズワルドはウィリアムの方を向かず、どこを見ているのか分からないその横顔はとても寂しそうだった。
「お前は…。」
「やめて!好きな子に意地悪しちゃう系とか思われたくないっ!」
「思っていない。」
少しだけ冗談めかして、けれども、本気でオズワルドは弁明する。しかしウィリアムの返答に勢いを殺されたのか呆然として動きが止まる。ウィリアムにはその彼に「あ」や「う」としか言えなかった。
「やっぱりお前いいやつだわ。」
いつもの軽そうな雰囲気を出すことなく、彼は踵を返した。
「おい。」
「大丈夫。」
引き留めたけれど、オズワルドはそのままどこかへ歩いていってしまった。
その日の午後、当番で警らをしていたが、足どこか身に付かなくて、ただ時間を消費するように学院の中を歩いた。
学院の北側一階は、太陽の光が入ってきづらく、陰惨としていて、そのような雰囲気のせいかほとんど学生や教師が居ない。人が居ないせいでさらに一層雰囲気は暗くなる。だが、これはいつものことなので普段なら気にしない。ただその日は違った。妙な胸騒ぎがウィリアムにはあった。
そして、その胸騒ぎを肯定する女子生徒の叫び声が近場であがる。しかも、ウィリアムには聞き覚えがあった。名前は覚えていないが、ウィリアムと同じように今年騎士隊に入った女生徒だ。
声と共に弾かれたウィリアムはすぐに駆けつけた。
「ジョーンズ様!」
廊下で立ちすくんだ、女生徒は恐怖に目を開いてそれを指差した。
「なんだ、この魔族は。」
騎士団団長父と何度も修行したことがあるウィリアムですら見たことのない、身長が180センチ以上もあるウィリアムよりも2まわり以上も大きな巨大な蛇がそこにいた。蛇はクサリヘビのような奇妙な模様の鱗があって、蝙蝠のような皮膜の片翼で空を飛んでいる。尾の方は威嚇するようにビタンビタンと床を叩く。ウィリアムは女生徒を庇うように蛇の前に立つが、長年修行した成果で分かる。ウィリアム一人で勝てる相手ではない。
「君、人を呼んでくれ。」
「で、でも!」
「早く!」
ウィリアムにも余裕はなく、最早脅すように言葉で彼女を叩きつけて、呼びにいかせた。
蛇の魔族で困るのは毒がある可能性があることだ。学院で戦闘訓練用に魔族を飼っていて、中には毒を持つ魔族もいるので何かあった時のために血清もあるし、この学院勤めの保険医は魔物やその毒についてそれなりに詳しいが、見たことのない魔物に対応できるのかは怪しい。
根っからの騎士であるウィリアムは剣を巨大な蛇に構えた。
「リアム!」
同じように女生徒の悲鳴を聞いてオズワルドが駆けつけた。
「丁度真上の教室にいたんだよね!」
オズワルドの周囲に七色の炎が浮かび上がる。中でも赤い色と青い色の炎が大菊燃え上がり、蛇の魔族にまとわりつく。
「カラーパレット、レッド&ブルー!」
「…さすがだ。」
蛇の動きが先程より多少鈍くなり、叩きつける尾の威力も弱まった。
「攻撃は頼んだよー。」
「期待はするな。」
蛇は鬱陶しい魔法をかけた憎たらしい相手に噛みつこうと襲いかかるが、ウィリアムの守護結界によって阻まれ、できた隙にウィリアムの太剣が叩き込まれる。
「堅い鱗だ。」
「装甲を下げる魔法使ったんだけどなぁ。」
「オズワルド。」
鱗に多少の傷はついたのだが、大したダメージは与えられていない。大蛇は太剣で鱗を傷つけた自分の近くにいる男に渾身の力を使って尾で振り払った。いくら人間のなかでも、体格のいいウィリアムであっても堪えきらず、思い切り肩から壁に突っ込むように叩きつけられた。
「炎の精霊…、力を貸してください。ファイアーストーム!」
ウィリアムが壁に叩きつけられているのを横目で確認しながら、尾を振り払ったせいで隙のできたところにオズワルドは詠唱を続けていた炎の竜巻で蛇を包み込んだ。
ギャオオオと苦しそうに悲鳴をあげながらも、蛇の闘志は治まるどころか更に憎しみを抱いて強くなった。
「うっそーん。」
オズワルドは惚けたように発するが声は震える。
「下がれ!来るぞ!」
魔法を発動したばかりで動けないオズワルドの腕を引っ張り、炎がたぎる蛇の凶暴な歯をウィリアムお得意の守護結界で防ぐ。守ることに特化しているウィリアムにとって相手の攻撃は防げないほどではないのだが、どうしても倒しきる力がない。
「ファイアウォール!」
ウィリアムの結界に守られたオズワルドは違う炎の魔法で攻める。炎の壁が二人と蛇の間に生まれ、本能で蛇は後退する。
「リアム、良い案ないかなぁ。」
「俺の魔法は守護結界のみだ。」
そんなことは既にオズワルドだってよくわかっている。相手の蛇は火の魔法はあまり効いていないし、そもそもオズワルドはトリッキーな魔法のほうが得意なので、純粋な攻撃魔法はあまり知らない。二人にできることはこの魔族を逃がさないようにすることだけだ。
「アイス・グナーデ。」
焦るオズワルドを嘲笑うように、その横を氷でできた城塞のような壁が走る。氷の壁はそのまま大蛇の腹部を貫き、赤い色が濁りのない氷を色づける。
「無様だな、オツヴァルト。」
その魔法にも、憎い呼び方もオズワルドはよく知っている。
「ミヒャエル殿下、なぜここに。」
オズワルドの後ろで、仲の悪い隣国アウグスからの留学生ミヒャエル・フォン・ヨハネスが意地の悪い笑い方をしていた。
「オルレアンの『可哀想な』女の子が叫びながら走っていたから、紳士として当然だろう。」
「そうですか。それはとても優しくていらっしゃいますね。さすが、アウグスの『第三』王子様です。」
内心ミヒャエルの脛を蹴りつけていたが、いくらオルレアン随一の公爵家だろうと、ましてや彼の王家よりも規模が大きくても、彼は一応王族なのでそれなりの敬意は示す。
きっとミヒャエルからすれば、そのオズワルドの態度も気にくわないのでいつも彼に食いかかるのだが、オズワルドは知らん顔だ。
「闇属性の魔族だね…。」
ミヒャエルと話すことはないと直ぐに話を打ち切ると、魔族に近づいて生死を確認する。既に脅威はさり、ウィリアムはミヒャエルとは話す仲でもないので、オズワルドのことをただぼんやりと見ていた。
それらのせいで全員判断が鈍っていた。
「オズワルド!」
腹を貫かれて即死したと思われていた蛇の頭がギョロりと目をむいた。恐らく最期に一矢報いようとしたのだろう。腹を貫いたミヒャエルではなく近くにいたオズワルドに向かって噛み砕こうと歯を剥いた。冷静なウィリアムだったら、結界で防ぐことができたはずなのに、焦った彼はなにも考えずにオズワルドを突き飛ばした。
「おい、リアム!」
「ジョーンズ!」
腹を貫かれたままの蛇の攻撃はそれほど痛くはないが、蛇の歯が制服を破り、肉まで達し、肘を伝って指先まで血が垂れる。
ミヒャエルが腰に差していた剣を抜いて抜くと思い切り頭から叩ききった。
「ごめ、リア…。」
「早く医務室へ。あの手のものは毒がある。」
「はい。行ってきます。」
怪我をした当人は、自己のミスを悔いつつも冷静だったが、慢心で怪我をさせた彼は震えていた。
「気にするな。俺のミスだ。」
「でも。」
「これだからオルレアンの人間はなぁ。騎士なのだから怪我くらいは当たり前だろう。それよりも、公爵閣下の次男様は生徒会への報告もあるのではないのか。」
オズワルドは言い返すこともできず、頷くと左足を庇いながら走って報告に行った。その後ろ姿を見て、ウィリアムは自分の失敗を深く後悔していた。
「何をぼんやりしている。早く医務室へ…。」
ウィリアムは医務室へ向かおうと足を動かした瞬間、自分の身体が動かせないことに気づいた。あ、と思ったときには足下が崩れて、狭くなる視界のうちに、ミヒャエルが焦る顔が見えた。
再び彼が意識を取り戻すと、金髪と碧眼の美しい少年が厳しい顔つきでウィリアムを見ていた。
「君は…。」
すぐに少年は答えなかった。しばらくしてから、蛇の魔族に咬まれたことを思い出して少年が必至に解毒をしていてくれているのが分かった。しかし、ウィリアムは医務室ではなく、更になぜ自分より幼い少年がそれを行っているのか、全く解らなかった。
疲労困憊しながら少年は「やり遂げた」という少しだけ不気味な笑顔でウィリアムの質問に答えた。
「シュー・アルバート。」
主人公はシュー・アルバートくんです。