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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
救済
59/115

ただいま。

シュー・アルバート(12)

前世は看護師の西田美代子

アルビオン公爵家・アルバート家三男

母親は知らない。


マリアンヌ・レーヌ・ド・オルレアン(14)

オルレアン王国 王位継承権第3位

前世はキャバ嬢の真理亜 


シャルル・ド・オルレアン(16)

オルレアン王国 王位継承権第1位

慈悲深き王子様 マリアンヌの異母兄


セルジュ・ド・オルレアン(15)

オルレアン王国 王位継承権第2位

利発的な王子様 マリアンヌの兄


オズワルド・アルバート(16)

シューの兄 アルバート家次男


エリオットSr.・アルバート(40)

アルビオン公爵 シューの父親

 今回のマリアンを迎えに行くにあたってシューとマリアンヌの最大の懸念事項は、マリアンの兄アンドリュー・ホワイトだった。何も知らず、正義感のあるヒロインならまだしも、ヒロインに対して過保護な面がある兄の存在が不安だった。しかし、2人の懸念はなにもなかったように、マリアンがサクッと決めるとアンドリューも仕方ないと決めた。


 一抹の不安を残しながら、2日間アキテーヌの街で休養を取ったのち、来た順路で王都へと戻った。帰りはマルガリオに口添えをしてきたのか、海賊に襲撃されることは無かった。結局この旅においてシューもマリアンヌも守られる子供でしかなかった。


 オルレアン王宮に着き、正式な国の派遣では無かった小さなサロン(サルーン)で関係者のみで帰還式を行った。関係者のみといっても、参加者は錚々たるメンツだった。光属性マリアンの報告があったため、オルレアン王国国王陛下とシューの父であるエリオット・アルバート宰相閣下、騎士団団長であるウィリアムの父ジョーンズ伯爵も同席していた。

 いくらマリアンヌの言い出したこととはいえ、それが半信半疑であったため、彼らを受け入れる準備は一切なくマリアンとアンドリューは暫く王宮で預りの身となった。

 帰還式の後は小さいながらもパーティを催してくれた。シューとマリアンヌの為というより、今回同行した人間たちへの慰労の為だ。

 シューは最初に向かったのはクリストファーの元だった。今回全体指揮をし、尽力してくれたのだ。

「クリスさん、ありがとうございました。」

シューが礼を言うとクリストファーはにこっと笑った。

「次は送別会だね。またね。」

 その送別会が終わったら暫くは会えない。エリオットJr.にも許可をしてくれたのだから、送別会に行かない訳はない。

ウィリアムやグイードにも礼を言った。命をかけて来てくれた訳だから、マリアンヌから直々に御礼の品が渡される。

「マリア!」

シャルルは久方ぶりに見る妹マリアンヌに抱きついて、感激しているのを横目で確認していたところ、

「シューちゃん!」

いつのまにか王宮に来ていたオズワルドがシューに抱きついた。

「グイードと一緒で何も無かった?」

「特に何も。トーレンの方が気に入ったみたいですから。」

「トーレン?」

王宮にまでトーレンを連れてくるのは厄介だった。元精霊であることを伝えられればもう少し簡単だったかもしれないが、そうなれば今までと同じ生活はできないということで、シューの転移魔法の誤作動ということで話を纏めた。今回そのまま協力してくれたということを説明すると鍛冶屋ギルドに身分の確認を取り、パーティの参加を認めたのだ。

「珍しいタイプの人種だね。」

「ええ。鍛冶屋の方なんですよ。昔はアルビオンに居たこともあったらしいです。」

「へえ、それはすごく縁のある方なんだねぇ。」

 トーレンの姿を目に入れながら、羨ましそうに見つめる。

「俺も生徒会じゃなかったら、ついていけたんだけどな。」

 オズワルドは大変残念そうだが、シューはオズワルドが付いて来られなくてよかったと思っていた。家族が付いてくるのは正直気恥ずかしいし、オズワルドには気を遣ってしまうので、シューは笑って誤魔化した。

「シューちゃんは前より笑うようになったね。」

「…そうです?」

と、いっても昔は嫌味しか言ってこないオズワルドの前で笑うような出来事がほとんどなかった。

「兄様が変わられたのでは。」

「そうだね。」

 色々やらかした記憶のあるオズワルドが罪悪感を抱いたのか次の言葉が紡げなくなっていた。

 嫌だな。

 慰労会に来てくれた兄に思うことではないが、どうしても嫌だった。シューはオズワルドの手を引いて賑やかな会場のサロン(サルーン)から静かな庭の方に出た。オズワルドは大人しくシューについてきた。

「僕はオズ兄様に文句を言いますから、オズ兄様も僕に文句言ってください。その方が楽しいです。」

「え、ええ?」

 シューが文句言う度に、オズワルドは罪悪感を抱いている。それが嫌だった。オズワルドが罪悪感で心苦しそうにする度、シュー自身もまた世界で一番悪いことをしている気になるのだ。

「そんなこと…。」

「オズ兄様はアンリやグイードと一緒にいる方が楽しそう。」

「絶対ない、やめて!」

 2人の名前を出せば、オズワルドは大きな目をこれでもかと開いて、間髪入れずに叫んだ。

「僕は、エル兄様の方が話してて気楽だよ。」

「酷いな。」

「理由はね、エル兄様は、当時の自分は自分にとって最善だって信じているから。オズ兄様も僕に嫌味を言っていたのは、オズ兄様の心の平穏のための最善だったんだよ。…そのままでいいんだよ。」

 シューは酷いと思う。オズワルドが一番比較して欲しくない人間を知っていて口に出した。

「僕はオズ兄様が自分を否定するところを見たくない。」

 シャルルはシューがオズワルドに似ていると言ったし、シュー自身もこの兄と似ていると思う。人は誰かにどうしても見て欲しくて、自分に自信が持てない時、自分より弱い人間に攻撃する。それはオズワルドにとってのシューで、シューにとっての使用人だった。けれども、シューは使用人に許されたけれど、オズワルドは許されてない。ならばシューが彼を許せばいいのかもしれないが、それもわがままなことに嫌なのだ。

「…シューはいい子になっちゃったの?…いや、シューちゃんがお父様や心を入れ替えた俺を詰った感覚今分かったよ。」

「良かった。」

 整った紙をぼさぼさにすると、オズワルドはため息をはぁと吐いて、

「俺が下手に出たらいい気になっちゃってさぁ。俺に説教なんて。」

と、少しばかり演劇のように大袈裟に嘆いた。

「生意気。」

 コツンと優しくデコピンをされた。

「でも、猫可愛がりするのも楽しいっていうか、やめる気ないよ。俺としては本心…だった訳だし。」

「是非。残念なことに可愛くないとエル兄様の保証付ですが。」

「シューちゃんはゆかいな子だな。Mなの?」

「12歳の僕に性的指向を尋ねないでください。セクハラです。」

 16歳のオズワルドは慣れているようだが、20年と幾つか生きた美代子と12年生きたシューはその手の内容は苦手だ。

「おーい、シューとオーズィー、2人で何してんの?え、もしかして近親…。」

 グイードはシューがいなくなったことで探しにきたようだ。これは夜会というほどのものではないが、こういった会場から2人で抜け出すということにはそういう意味がある。

「泡となって消えてしまえ。」

シューは下世話な想像をしたグイードに冷たく言い放った。

「やだぁ、エロース様の嫁になるのー。」

「アフロディーテに嫌われろ。」

 グイードの後ろからトーレンもまたシューを探しにきたようで現れた。一緒に旅をしてきたグイードとは違って、アルバート公爵の次男を見て恭しく頭を下げた。オズワルドに声をかけることもなく、貴族相手に正しく礼をしたのだが、オズワルドはそれが目についたようだ。

「お前は『ただの』徒弟だろ。どうしてそんな礼儀を知っている?」

「あ、オージー、それは。」

 グイードはトーレンが元精霊であることを説明しようとしたが、口に出せなかった。

「王女殿下がいたから、僕らが教…。」

「違うな、シューちゃんは俺のことを馬鹿にしているのかもしれないけど、俺だって公爵家次男だよ。礼儀作法が付け焼き刃かどうかなんてすぐわかる。」

 グイードと共に閉口してしまった。シューはあまり社交界に出ていないからオズワルド程は違和感を感じてなかったが、確かにトーレンの作法は完璧だ。シューも初めて見たとき、貴族でもない癖に貴族らしいと思ったのを思い出した。

「…貴方のお兄様は流石ですね。」

 トーレンが涼やかな笑みを浮かべている傍でシューとグイードは冷や冷やと見ていた。

「ふふ、嘘のようなのですが、実は私前世の記憶があるんですよ。貴族だった前世です。」

「…は、はあ?」

 シューは固まった。まさか彼がそんな嘘をつくとは思わなかったし、オズワルドもまた変な声を上げた。

「名前までは思い出せないんですけどね。」

 オズワルドは綺麗な顔を歪ませた。

「頭、おかしい。」

 ずしり。オズワルドが少しの侮蔑を混ぜ、トーレンを狙った言葉は、真横にいたシューに突き刺さった。

「行こう、シューちゃん。」

 頭がおかしいのには付き合えないとオズワルドはシューの手を引いてパーティ会場に戻った。

 美代子だっていきなり前世がどうこうなんて言われたら「頭がおかしい」と思うだろう。分かっていても、なんの罪もないオズワルドから発された言葉はシューの心の闇を広げた。

「普通に貴族に囲われてるとか言っちゃった方が真実味あったんじゃないかなぁ。あんな突飛なこと誰も信じない。」

「貴族の名前なんて出したら罪ですよ。」

「僕なら話を合わせたけどね。」

 残されたトーレンとグイードは2人の背を見ながら盛大にため息をついた。

「グイードさんに借りを作るのは怖いので。」

「やだなぁ、僕はそこまで悪徳貴族じゃないよ。」

 にこやかに笑うグイードに対して、トーレンは懐疑的に睨んだ。2人ともお互いに一定の信頼を持ちながらも、また同じくらいの不信も持ち合わせていた。

 

 会場に戻ったシューは一度オズワルドと離れ、マリアンヌの元へ向かった。

「お疲れ様でした、王女殿下。」

「シューちゃん、マリアンが見つかって本当良かったです。」

 なかなか2人で話す機会が設けられなかったから、一緒に旅に出たのに久しぶりに話した気分だ。マリアンヌは少し周りを気にしながらその綺麗な薄茶の瞳を揺るがせた。ざわざわと賑やかな周囲と音楽に紛らわせ、マリアンヌはシューにしか届かない声で話す。

「オズワルド様、いかがいたしました?」

 少しだけ不機嫌になったオズワルドにマリアンヌは心配していた。

「トーレンが怪しすぎて苛々してる。」

「それは、まあ、確かに。」

 マリアンヌもまたトーレンのことで疑問に抱いていることは多い。特に彼が主張する人間となった時にシューが「トーレン」と名付けたことは真理亜が持つ知識と大きく矛盾するからだ。

「…調べたいのですが、この世界に、この国に『シトリ』という精霊の情報がありません。」

 マリアンヌは力は弱いといっても水の魔術師だ。きっと国内の水の精霊の本を調べ尽くしたのだろう。

「僕もシトリが纏を司ることしか思い出せない。小精霊過ぎて本に全く書かれなかったんでしょ。」

 マリアンヌとしてはシューとの関係が一番気になるが、シューが思い出せないと言っているのに無理に聞き出すこともできない。

 シューといえばトーレンよりも2年後どうして魔族に人族が負けたかというのが気になっていて、話題を変えマリアンヌに直接尋ねた。

「僕の記憶上、僕が捕まる直前まで戦線は向こうの大陸だったよ。」

「ゲームでも確かにそうでしたよ。バッドエンディングで親密度が高いキャラが目の前で死に、攻略してなくても、『王太子』シャルルは死亡し、戦局は悪くなってオルレアン王国は滅亡…、ここら辺しかゲームでは明らかになってませんね…。」

 シューはオルレアン王国と魔族領の経済事情から見て、マリアンヌに2年後負けるのは何故かと素直にぶつけた。

「政は少ししか勉強してないのですし、国家予算なども私は知らないのです。」

「興味を持てば教えてくれるんじゃないかな。」

 この国は貴族以外の女性の就業率は高いが、政治を行なっているのは貴族で、その貴族女性の就業率はかなり低い。それもこの国には貴族女性は働かない方がステータスという文化があるからだ。アルビオンは近年、ディアナ公爵夫人が先陣切って働いているため変わってきてはいるが、それでも貴族女性の1割程度だ。

「…戦局が変化する、ってなんだろう。」

「エボラ出血熱が流行った、とか。」

「何故エボラ?でも、未確認の感染症っていうのはありえそうだ。魔族の6割は闇属性だから、病が流行ったら圧倒的にこちらの方が弱い。なるほど、真理亜冴えてるね。」

 となると、エリオットJr.に託した闇属性の耐性付加の魔法が重要になってくる。

「そのバイオ兵器が登場するのにあと2年はかかるのかな。」

「もしそれができてしまうのならこの国、人族は終わりです。」

 ただ開発するほど魔族領には資金がないはずだ。少し飛んだ考えのような気がするが、もしそのバイオ兵器がアルビオンの新兵器で、ダンタリオンの情報によって魔族に奪われてしまったのではないか。

「仮定が多すぎるから、エル兄様にもシャルルさんにも報告できないな。」

何が将来を変えていくのか全く見当がつかない。

「…そうですね。どちらにせよ、マリアンの教育が重要になってきますね。」

 今はまだマリアンはやる気だ。しかし、この先マリアンに期待をかけ過ぎて彼女が全て嫌になってしまうのは避けたい。

「教育熱心な親が子供を不幸にしたりするし、加減は難しいよ。僕もマナー教育逃げ出したことは何度もある。」

「シューちゃんでもそうなのですから、マリアンは恐らくレディ教育嫌がりそうですしね。」

 マリアンは今、このパーティーに出席するにあたってはコルセットありきのドレスを着せるのは不可能だと判断したマリアンヌの機転により男装させたのだ。慰労会と称した身内だらけの小さなパーティーであるので、マリアンの格好をどうのいう輩は居なかったが、この先はこうもいかないだろう。

「ここからはどうやって敵対する貴族からマリアンを護るかというのも重要になります。」

 ただの農民だったマリアンが、王家に護られることに少なからず嫌悪感を感じる貴族はいるはずだ。

「そこはシャルルさんと、セルジュ王子は?」

 ゲームでもシャルルルートに突入しないと会わない第二王子セルジュは、未だシューは会ったことがない。ゲームでは利発的で堂々としたセルジュが現実でどのように行動するか全く読めない。

「セルジュお兄様はこの国のことを一番よく考えてますわ。シャルルお兄様は国民のことを一番に考えてますから、お二人の考えがぶつかることはございますが、マリアンの保護に関しては足並みは揃うと思います。」

「なら、現実起こっていることは2人に任せよう。僕らがやるのは未来に起こりうることを防ぐだけ。あ、エル兄様にはあまり関与させないで。あの人ワーカホリック過ぎるから。」

 エリオットJr.はこの王宮ではあくまで騎士団の人間であるし、マリアンはオルレアンの人間なのだから、オルレアンに任せるべきだ。そしてなにより、なんでもかんでも自分でやろうとしてしまうエリオットJr.を看護師美代子としても、光の魔術師シューとしても看過できるものではない。

「ふふ、シューちゃんはアルバート伯爵を気にかけておりますのね。シャルルお兄様がアルバート伯爵に頼らないように見張りますわ。」

 従者カーティスは壁際で控えているから2人の会話は聞こえていないが、聴いていたらエリオットJr.だけでなくてシュー自身にも言えるとのちに苦言を呈したかもしれない。



 未成年のシューやマリアンヌがいるため9時になる前にパーティはお開きになった。この時間既に神殿の門はしまっているので帰るのはアルバートの屋敷だ。なんだかんだ言って、頻繁に帰ることになってしまっている。それから、トーレンに関してはシューが言付けしなくてもアルバート宰相閣下が口添えしてくれるらしく何もしなくてよくなったので、帰るだけだったのだが父エリオットは先に帰宅するシューを呼び止めた。シューは父親というよりも相手がこの国の宰相であるというように頭を下げた。

「よく生きて帰った。」

他の何をいうでもなく、父エリオットはまるで戦地から帰ってきた息子を讃えるかのようにシューに言った。

「なんで?」

 ポセイドンに睨まれた時、動揺して魔法が使えずザカライアの黒い槍が刺さった時、確かに生きた心地はしなかった。だか、それはイレギュラー中のイレギュラーで、この国の王位継承権第3位のマリアンヌがいた時点で、危険で過酷な旅にはならないように組まれていた。にも関わらず、父がそう言うので意味がわからず、奇妙なものを見るように父を見る。

「はっきり言ってください、宰相閣下。」

「…これは私の息子に言っているのだ。」

 一介の神殿の魔術師でしか無いのであれば、エリオット・アルバート公爵閣下には声すらかけられない。宰相閣下にこの言い方はありえないとシューの反省は父エリオットが望むものではなかった。

「シュー。」

「はい。」

「お前に名前をつけたのは私だよ。Jr.は私の父がつけた。オズワルドは決められなかった私の代わりに細君が名前をつけたのだ。ただシューの名前をつけたのは私だ。ノーランド女史は断固反対し、細君はセンスの欠片もないと私を非難した。」

 父エリオットは述懐した。議会で饒舌に披露される彼の口とは思えないほど、子供のように稚拙だった。

「シュー、私はお前が活躍するのを嬉しく思う。だが、反対に恐ろしいのだよ。」

「恐ろしい、ですか。」

「…失う日が来るかもしれない、と。お前には私の事が滑稽に見えるだろう。」

 もう半分は既に父エリオットはシューを失っていないか、とはいえなかった。エリオットJr.は父エリオットは『何か』からシューを守りたかったという意思はあるようだと話していた。その何かから守るというのはシューには分からず、結局シューは父の意思を抜け出して屋敷を飛び出した。アドバイスをくれたオズワルドには申し訳ないが、彼をただ不器用たと非難するだけではシューの心は落ち着かなかった。

「滑稽に思える程僕はまだ大人じゃないです。使用人から首を絞められたことがありました。お父様はあの日すぐに使用人を放逐しましたが、僕には声すらかけませんでした。僕の誕生日は最後に祝われたのは7つの時です。そもそも、貴方は覚えてますか。僕がやってきた家庭教師に魔法で悪戯して追い出した時、エル兄様は怒りましたが、貴方はなんと言いましたか。僕が女性使用人の髪を切ったり、家の備品を壊したり、貴方はなんと言いましたか。」

 ネグレクトした父を滑稽だと馬鹿にして笑ってやれるほど、シューには過去じゃない。現在に至るまでずっと途切れることなく感じている痛みだ。美代子の記憶があって、パパやママの記憶が、シューはその痛みをある程度俯瞰して見れたからこそ、父の意思の近くへと戻ってきたのだ。

「…ごめんなさい、もう帰ります。」

 父を責める自分が嫌になった。答えない父に縋るのは惨めだし、彼に謝られたいというわけでもない。謝罪されたところで受け入れる程心に余裕はない。

「気をつけてくれ。」

 少し離れた所でオズワルドは父と弟を見ていたが、少なくとも2人が完全に和解するまで10年はかかるのだろうなと思っていた。

 

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