休憩
トーレン・スミス
元精霊の人間
グイード・デ・ガスペニ
王都から南東にあるアドロの領主の息子
美しいものが大好き。
シューがいなくなった部屋で、いるのはクリストファーとカーティス、マリアンヌと幾人かの側仕え、後はマリアンとアンドリューだけになった。マリアンヌはマリアンに王都について教えているし、アンドリューも熱心に耳を傾けていた。
「カーティスくんはシューの側仕えになって長いの?」
クリストファーから突然聞かれたカーティスはドギマギとしながら、4ヶ月ほどだと告げる。
「あれ、案外短いね。」
「密度は濃かったです。それまでの14年間の時間の中でも一番長かった気がします。」
シューの側仕えでなければ、きっとこの優しげなクリストファーですらカーティスは戦々恐々としてうまく話せなかっただろうと4ヶ月前の自分を振り返る。
「いいね、生き生きとしてて。そうだ。カーティスくんはアルビオンの貴族だろう。」
「そうですね。オルレアン貴族の正餐会には招待もされませんし、アルビオンでも滅多に参加しないので認識もされませんが…。」
「それもそれで大変だね。」
クリストファーはカーティスに同情を寄せ、労わる。それはクリストファー自身にかけている言葉でもあった。カーティスもシューの側で控えて聞いていたため、クリストファーが父親の跡目を継ぐ話は聞いていたし、カーティスには恐ろしく映るエリオットJr.に軽口を叩ける人だとも知っていた。
「やはり不安、ですか。」
カーティスは下級貴族で、領地すら持たないから、同じ長男でも彼の抱えているものは違いすぎる。
「ああ。俺って1番っていうの向いてないんだよ。」
クリストファーはどちらかというと人を引っ張ったりするというよりは間を調整する方が得意だというが、カーティスは今回のクリストファーを見てそうだっただろうかと思う。
「今回は王女殿下がいたからだよ。これまではエル…エリオットJr.がいたけど、これからは1人でやらなきゃ。」
今回においていうならば、マリアンヌも立派な方だ。指揮や責任はクリストファーにあっても、求心の旗頭はマリアンヌがいたから、マリアンヌの為になるのならと頑張れた。ただクリストファーの不安はそれ以外にもあるのだ。シューは知らないようだが、クリストファーと彼の弟である二クラスは仲が良くないと貴族では専ら評判だとカーティスの上司である見習い執事のユーリは教えてくれた。
「クリストファー様もお疲れなんですよ。おやすみになってください。」
カーティスにはクリストファーの懸念も不安にも何か言うことができず、休息を勧めるしか出来なかった。マリアンヌも聞こえていたようで、クリストファーにお礼を言って休息を勧めた。
「ありがとう。ビルくんが戻ってきたら部屋に戻るよ。」
程なくしてウィリアムが戻り、クリストファーは後を託すと自室に戻った。
「ウィリアム様もお疲れでしょう。御茶をお持ちしますね。」
「シューの側にいなくていいのか。」
戻ってきたウィリアムは給仕するカーティスに心配そうであるが、カーティスは首を振った。
「シューが何かあれば私を頼ると言っておりましたので、今はお一人にさせたほうがいいかと思いました。」
カーティスが知るシューの周りは賑やかだった。それはカーティスが心配性だからというのもある。カーティスが側につくまでは、殆ど誰も側に寄せ付けなかったのだから、大人数に囲まれていては落ち落ち悲しむことすらできないのかもしれないとカーティスも考えたのだ。だから、今回はあっさり引き下がった。
「…そういうこともあるか。これでも、一応オズワルドから頼まれていたから、気になってな。」
オズワルドが最も不安視しているのはグイードの存在だ。
「無理強いをする方ではありませんから、そこまで気にしなくても。」
カーティスもそれなりに気を配っているから、少しでもウィリアムの負担を減らせればいいとそう話したが、ウィリアムは考え込むように手を組んだ。
「グイードは俺たちが知る中ではかなり手が早い。…流石に王女殿下とアルバート家子息の御前でそんなこともないか。」
「シューは男ですし。」
「グイードは俺ですら好きだというレベルだぞ。」
ウィリアムは確かにかっこいいが、強面でもある。カーティスもウィリアムの男らしさは憧れるところがあるが、それを飛び越えるグイードはウィリアムですら恐ろしさを感じてる。
「…そうでしたね。」
シューがこの国1番の貴族の息子でなければ危険はもっとたくさんあったかもしれないとは、夜会に出たことのないカーティスだって思う。それだけでも、彼があの家に産まれた価値はある。
「ここまで言っておきながらだが、グイードは敬虔な宗教家でもある。精霊に近しいシューを穢そうとは思わないのかもしれない。」
「…それもまた面白い話です。」
カーティスは程々でウィリアムとの会話を切り上げたところに、丁度よく街へ出て行っていたグイードとトーレンも連れ立って帰ってきた。
「お帰りなさい。」
「あれ、シューは?」
グイードはシューが見えないことにすぐ気付いてカーティスに尋ねてきた。ウィリアムと同じように説明すると、凄く残念そうだった。トーレンはどこで何を買ってきたのか分からないが大きな荷物を持っていて、カーティスの言ったことを無かったことにするように
「そうですか。会いに行っても?」
と平然と言ってのけた。
「トーレンは中に入らないで頂きたい。絶対に。」
カーティスはついこの男が元精霊であることを忘れ、普段フィリップやジルの相手をするように返してしまった。
「トーレンは何したの。礼儀正しいシューの従者くんがこんな態度取るなんて僕でもなかなか無いよ。」
「寧ろ仲良くなったとは考えません?」
「僕はそういう発想好きだけど。」
シューがいたなら、発想ではなくてトーレンの見た目だろうと冷たい目で見られたかもしれないが、カーティスはグイードに強くいうことはできない。
「仕方ありません。細かいところは後で魔法で手直し致しましょう。」
「どういうことですか?」
トーレンはにっこりと微笑むとその大きな荷を下ろして中から立派な絹糸と鮮やかな空色の絹布を取り出した。目利きはまだカーティスにはできないが、相当な値打ちもの、アルバート兄弟が礼服として着るくらいのものだろうと推測した。
「…それいくらしたんですか。」
「お金は持ち合わせていなかったので刀と交換してきました。」
「いやぁ、あの見事な業物を手放すなんて僕は惜しかったなぁ。」
「とはいってもあれは自作の刀ですから。また打てばいいんです。」
「その腕うちで雇いたいよ。あれは見事だ。」
どうやらグイードは見た目と元精霊という以外にトーレンの持つ技術力に惚れたらしい。確かに彼の持っていた刀は武器とは思えないほど美しいものだった。
「残念ですが、貴方の家専属になってしまったら武器ではなくなってしまうので。使えこなせない方に渡しても意味ないでしょう。」
「ただの徒弟がここまで伯爵家に楯突くのも凄いな。逆に感心。」
といってもグイードが気分を悪くしたわけではないようだ。マリアンヌとシューが集めたとはいえ、よくも身分の高い人が狭いところに収まっていると今更ながら実感する。
「反論されるのは嫌いですか?」
「いいや、嫌いだったらアフロディーテともシューとも付き合えないよ。」
精霊アフロディーテとシューは並べられているのに、あまり違和感はない。
「ふふ、まあそうですね。」
椅子に座りトーレンはその綺麗な布に鋏をいれる。
「…そういうのって型紙作ってからやるものでは?」
「何百年も繰り返せば無くても大丈夫なんです。」
どういった目をしているのか全く分からない。印もないのに綺麗に様々な形に布が裁断されていく。グイードは感嘆し口笛を吹く。
「仕立て屋が泣いて欲しがるね。」
遠くで見ていたマリアンヌも、トーレンが何をしているのか気になったようで近づいた。
「和裁じゃなくても作れるんですね。」
「和裁の方が得意ですよ。でも、こちらの着物も作ってみたくなり、アレックスに作り手を紹介してもらいました。」
「今回」、トーレンは彼とは知りあってないにも関わらず、普通にその名前を出したが、アレックスはよくあるあだ名だから、誰もまさかリース伯爵家の御令嬢(ご子息)であるとは思わない。
ミシンもない世界だ。トーレンは愛おしそうに1針1針丁寧に繕っていく。
「魔法でばばーんと作らないんだね。」
「この方が魔力を込められますから。」
「はぁ、細かい作業ですね。」
「気が遠くなりそうです。」
ミシンの如く縫い上げる魔法も存在するし、出来たものに加護を付加する魔法もある。しかし、完成した時にどちらが魔力が込められるかと言えば全て手作業で縫うことの方だ。武器だってそうである。裕福な冒険者はそういったものを身につける。
「精霊様が自ら作るなんて思ってもみませんでした。」
「ええ、まあ。自然を司る精霊様は人の生業に興味はないでしょう。」
「え、ああ、確かに?」
グイードは色々と神話を思い出し、疑問が残りながらも頷いた。精霊たちもまた衣服を身につけてはいるが、彼らが神殿での貢物だったり、もしくは誰かから奪ったものでもある可能性もある。しかし、精霊自ら作った話はグイード聞かない。
「でも、トーレンもまた元精霊様だよね。」
「私は若いので、新しいものが好きなんです。古き精霊ほどこういった手工業は興味ないですね。」
「精霊に新しい、古いがあるの?」
トーレンはあははと笑う。
「私は自然では無く、こうした布などを司るんです。これは人が作った物でしょう?少なくともわたしが生まれたのは人が生まれた後です。」
「へえ!初耳。生まれた頃の記憶ってあるの?」
「自我ができた時に生まれたのか、自我ができてる時には既に生まれていたのか私には分かりません。最初にあるのは水の音、水の中で手を動かすチャプチャプといった音です。」
グイードが最初に聞いていたが、精霊の話に気になったのかいつの間にか全員が静かにトーレンの話に耳を傾けていた。
「当時は分かりませんでしたが、恐らくあれは糸を洗う音だったのでしょう。」
「布を織る前の糸を洗うやつ?」
「何分昔のことなのではっきりとは覚えてませんよ。」
話しながらも彼は手を止めることはなく、作業を進める。漸く脇の部分と前の部分を縫いつけた。
「凄い、綺麗だ!」
こういった物に目がないのがグイードだ。美しい人が好きと言って憚らないが、自分自身の着るものにも余念がない。
寝室の方から扉が開く音がし、カーティスはすぐに反応した。眠気まなこシューが目を擦りながら出て来たのだ。シューは人が集まっているのが気になったのかトーレンの方に寄って来て、覗き込んだ。
「また服を作っているの、シトリ。」
「ええ。」
なんでもないようにシューは言ったが、言葉として口に出した瞬間青ざめた。
なんと自分は言ったのだろう。
さも旧知のように、当然のようにシューが話した瞬間は周りの人間も「自然」過ぎて気づかなかったが、シューが青ざめて、またトーレンもはっと我に返ったような様子を見て、おかしいと気づいた。
「…今、僕。」
困惑を口に出すと、トーレンはシューの額に人差しと中指の先をくっつけた。
「シュー、その記憶は忘れてください。」
トーレンが呪文を唱えるとシューはその場で意識を失い、トーレンは針が刺さらないように細心の注意を払って抱きとめた。
「トーレン?」
カーティスが怪訝そうにトーレンを見た。
「いや、無理に記憶を消したというわけでもないですよ。もう一度眠らせただけです。」
寝ぼけていたようなので、寝たらまた忘れるでしょうと弁解するが、カーティスの冷たい目はトーレンを突き刺した。
「シューは『シトリ』が服つくるの知ってたんだねぇ。」
どこまで本気か分からないが、グイードが流石精霊発見機だと褒めて他の人間たちもそれで納得した。ただ1人マリアンヌは眉を顰めていたが、その考えを口に出すことはなかった。




