救済
シュー・アルバート(12)
公爵家三男 光属性兼闇属性
カーティス(14)
シューの側仕え 風属性
心配性で尽くしたがりな面もある。
フィリップ・アヴァロン
シューの側仕え 闇属性
食人鬼に連れ去られ魔族に変容したが、シューに人族に戻された。その事に恩を感じている。
心を読む力があることもあり、フアナの狂信者。
フアナ
闇属性の心の精霊
シューのことを大切に思ってはいるが、フアナは揺れ動く不安定な心を愛しているため、必ずしもシューの為に動くとは言えない。
トーレン・スミス
元精霊・シトリの人間 水属性
トーレンはシューから名付けられた名前だと言うがシューは覚え知らない。
シューのことを友人、同胞だと主張しているが、シューからは真っ向から否定されている。
ヒントは悪魔ダンタリオンが教えてくれた山奥というのと、ゲームの知識のみ。ただゲームのマップ知識は意味がない。実際村を歩くと、変な話だが村には見えない壁もなく、行きたいところに行けるから、どうしようもない。迷子にならないように、シューが歩いた道の左側にヘンゼルとグレーテルの小石の如く小さな光を置いていく。
「昨日の段階ではザカライアは推測でしかなかったが探しに行くというと、何か確信があったのか?」
「村長の病気は、正直見たことがなかった。僕が見たことがないのなんて普通だけど、フアナが知らないというのと、自然発生した病にしては強い闇の力を感じたんだ。基本的に病原体は闇属性なんだけど、あくまで基本で、違う属性が少し混ざっている複合的なものなんだよ。」
「闇属性が基本で?」
「闇属性って吸収性があるんだよね。核となるものが闇属性であって、そこに自然界の色々な属性が付くんだよ。」
そして、人々を癒す力を持っているが、光属性は排除性がある。そのため光魔法の呪文は他者を排除するような大体冷たい言葉が多い。
「そうか、あの村長の病気は純粋な闇の力しかなかったために、人工的な病の蓋然性がある、ということだな。」
「その通り。だから、ザカライアがいる可能性が高い。マリアンがいて良かったよ。病状からいって時間はかけられなかったし、僕一人じゃ治せなかったね。」
カーティスとフィリップは現場にいなかったからなんとも言えないが、神殿での活躍を見ている2人にはその話を聞いても信じられなかった。
「シューは落ち着いてますね。」
カーティスはシューのことを魔法の天才だと思っているし、シュー本人も魔法に関しては自信があり、彼がその魔法で負けると言うことが信じられなかった。自分の得意分野で負けるというのに、シューがあっさりとしていて気にしていないように見えた。
「ああ、まあ、知っていたからね。」
「未来の記憶、ですか?」
「そう。未来でも勝てなかったから。」
少なからず、マリアンと会った時は勝てないと思いながら悔しさも覚えた。しかし、彼女と出会えたことはシューにとっての救いでもある。それは、ゲームの知識ではなくシューとしての感情だ。
静かな山の中を3人で進むと、背後からガサガサと落ち葉の上を走る足音が鳴り響いた。フィリップが眉を顰め、フアナがなんの反応をしないのを見てシューはその人物が何者か分かった。
「トーレン。」
月明かりに照らされて、その艶のある黒髪が輝いた。
「シュー、置いていくなんて寂しいじゃないですか。」
トーレンの形のいい眉が歪む。カーティスやフィリップがシューを心配するのと根本的に違っている。トーレンが心配しているのはあくまで昔のシューで、今のシューではない。それが気にくわない。
「なんで僕が君を連れて行かなきゃいけないの。」
「こちらに勝手に呼んだのはシューです。それなのにいくらなんでも知りあいが居ない場所に置いていくのは酷いでしょう。」
「クリスさんも、グイードも、僕と大して変わらないよ。寧ろグイードは君の顔と精霊が好きみたいだから、僕よりマシじゃないかな。」
カーティスとフィリップはトーレンに関していい感情を持っているとは言いがたいが、シューがザカライアを探して歩いている今の状況的には、守護結界が使える彼が居てくれた方が安心だと考えていた。
「シュー、トーレンは結界魔法が使えますから、今回同行を許可されてはいかがでしょうか。」
「シューが私たちを信頼しているのには感謝しているし、私たちが最大限動けるように魔法をかけてくれたのも知っているが、万全を期す為について貰った方がいいだろう。」
「私が一番得意なのは結界魔法ではなく、防具や武器を強くする武装強化ですね。」
カーティスはどこかで聞いたことある魔法だと思って、元精霊の男をまじまじと見た。
「どうかしました?」
穏やかで落ち着く声で彼は尋ねた。こんな優しげな男が慈悲もなくルルを殺したと想像しにくいと考えていたところでカーティスは息が止まった。
「貴方は精霊シトリが人間になったんですよね。」
「そうですよ、そうお話ししたつもりでしたが?」
「ルルさん…、ティキが貴方の魔法を使ってましたが…。」
カーティスは湧き上がった好奇心でつい聞いてしまった。ティキの名前を出した時、ガラリとトーレンの顔が大きく歪み、このまた鬼にでもなってしまうのではないかと後ずさった。
「ちょっと待って。悪魔は精霊から力は借りられない筈だよ。ティキが本当にシトリの精霊魔法を使ったの?」
カーティスの前でルルが使った魔法は、当時シューは寝ぼけていたから、シューも知らなかったのだ。
「…正確に言えば私は精霊ではありませんでした。かつては精霊と戦った、スピリット或いは神です。悪魔の信仰対象でもありましたが、ティキはそう言ったものではない。」
「ティキがなんだって…。」
「私の加護を持った仲の良かった神を取り込んで、力を奪った!」
ティキは昔トーレンとあった記憶があると話していた。それが恐らく取り込んだ相手の記憶だと話していた。
「どうしても、許せるはずありません…。」
前にも一度見たトーレンの憎悪で覆われた瞳と声は心の防衛のために忘れていたものを呼び起こした。シューの中で急速に体が冷えて、手に抱いたティキが、猫の姿のまま消えていく情景が脳裏にくっきりと映し出される。今いないのはいつもの気紛れではない。もう二度と会うことはできないのだと気付いてしまった。美代子に生きろといって、シューには何も言ってくれなかった。シューの魔法は届かなかったのだ。
怖い。
そのシューの異変にすぐカーティスが気づいて、肩を抱いた。
「シュー、ゆっくり息を吸って!」
フィリップがシューに落ち着かせる魔法をかけていた時だ。良くないことはなぜか重なるものだ。
排泄物のような刺激的な異臭が周囲に立ち込める。カーティスが気持ち悪くて風で吹き飛ばそうとしたが、シューの手が伸びた。言葉にはできなかったが、カーティスの手をしっかりと掴み首を振った。フィリップが恐らく病原体であると伝え、なるべく吸わないように袖を引っ張って口と鼻を塞ぐが厳しい。
「清らなるものを守れ。」
トーレンの声とともに彼らの周りに薄い膜のようなもので包まれ、彼らの元に異臭が届かないようになった。
手が動かない。今きっと近くにシューが探していたサガライアがいるはずであるのに。そして、彼に対抗できるのは光属性の自分だと分かっているのに動かない。
「フアナ様、我に力を!」
「いきなさい、フィリップ。」
「悲しみ、苦しみ、憎しみ全てを吸い込め、アブソーブ!」
フィリップが呪文を唱えると、臭気が黒い穴に吸い込まれていく。
ビュンと間髪入れずに飛んできた黒い槍のようなものをカーティスは剣で弾き返し、勢いよく跳ね返ったそれをトーレンは優しく水で包むように勢いを殺し、手にした。
「それは。」
ドロリとした黒い粘着質のある液体で覆われており、トーレンは絶対に触らないようにと言った。カーティスが自身の剣を見るとただ一瞬触れただけだったはずなのに、腐蝕していた。
「手が焼けますね。」
トーレンは手を離したが握っていた掌は赤く皮膚が爛れ、落ちた地面の草花も変色した。
「私は水属性ということもあり、毒が回るのは速いんですよね。」
ティキを殺した彼の手を、シューは治せなかった。
「カート…。」
酷いくらい弱い声が出た。
「戻りましょう。この状況では勝てません。」
槍が飛んできた方向を見つめながら、カーティスはシューを背に庇い、少しずつ来た道を後退をする。他の3人もそれに伴う。
「あの槍の液体、放置したらここらへんの草木や虫は死にますね。」
トーレンは忌々しそうにその黒い槍を見て吐き捨てた。しかし、それをトーレンがどうすることもできない。光属性であるシューしか対処はできない。腰にある刀をを抜き、静かに構えた。
「水分神よ、我が眼前の敵を貫け!」
彼は刀を振り切ると、轟音とともに大量の水が唸りを上げて、槍が飛んできた方向に向かって木々をなぎ倒し進んだ。
「流石元精霊だ。」
精霊の怒りというものは恐ろしい。それが人間になっても迫力は引けに取らない。
「しかし、当たった感触はしませんでした。避けられましたか。」
ただ彼には見えない敵に力任せに攻撃してみた、というだけらしい。
「ザカライアは隠密のような魔法も持っていなかったが。」
「しかし、この力闇属性でしょう。夜の闇に紛れるのは彼らのお得意技ですから。」
闇に隠れてこちら側に攻撃を仕掛けているのなら、シューが探し出すしかないし、そもそもこれはシューが始めたことなのだ。
「止まれ…。」
弱々しく震える己の手に叱咤する。
そのようなシューの葛藤を余所に再び黒い槍が虚空から飛んでくるのを、トーレンが結界で弾き、フィリップが手を竜のかぎ爪のように変え、それを掴み取った。
「強力な毒素で構成されているが、射出間隔は長いな。」
「へえ、同属性にはあまり効果は薄いようですね。」
手を変化させているとはいえ、トーレンのように肌は爛れていない。ただ光属性でもあるシューには恐らく触れられない。
「フアナ様、読めませんか?」
「明らかに敵意がある人間が一人いるのは分かるのよ。それから彼が認識している場所が森の中とまでしか分からないわ。」
心を読む魔法は索敵するためのものではない。どうしても限界がある。フィリップはフアナが彼から戦意や高揚を奪ってくれればすぐに終わるのだろうとは考えたが、フィリップの考えなど筒抜けでありながらそれをしていないということはする気は無いということだ。
「お二人はその敵意のある人物の大体の方向は読めますよね。」
「すまないが、私はザカライアとの相性が良くなく読めない。」
「む、その黒い鳥だけでは信用できませんね。」
トーレンは疑いを素直に口にすると、フアナは彼女らしくなく激昂した。
「私だって貴方のこと信用なんてしたくないわ!」
カーティスの裏に隠れてトーレンとフアナが言い合っているのがとても恐ろしい。お互いシューの味方だと言いながら疑いあっている。シューの心も妙に騒ついて落ち着かない。心の精霊フアナがいるせいでもあるのだが、ティキがいないということを肯定してしまったが故の不安だ。
「…助けて。」
シューの呟きは誰にも、背中越しでカーティスにすら届かなかった。
その時シューの背後からくる黒い闇の気配に驚いて、前にいたカーティスを突き飛ばした。
正しく音を表現するなら、ぐしゃりだろうか。次に感じたものは体を貫く鋭い痛みだった。
「シュー!」
4人の悲鳴が上がった。すぐにシューは自分の背から生える黒い槍を抜いた。普通なら刺さったものはすぐには抜いていけないのだが、これは毒の塊だ。それが身体に巡る前にすぐに引き抜いた。シューの前にすぐにトーレンが立ち、かばう。
「反対からとは…。」
「シュー、大丈夫ですか!」
カーティスの目には涙が溜まり、すぐにでも決壊しそうだ。毒や病気に耐性のないカーティスに当たらなくてよかったと口にしたかったが、音にはならないし、口の中の血が邪魔をする。致命傷が避けられたため、シューの魔法により少しずつシューの血は止まっていってはいるが、失った血の量のせいか上手く体が動かない。
「…撤退しようにもどこから飛んでくるのか分からないと危険ですね。」
「トーレン、シューにだけでも結界は用意できないないのか?」
「ウィリアム様と同じレベルを要求されてもできませんよ。強度はあってもずっとは続きません。それができたらシューにこんな傷を負わせることありませんでした。」
この場の責任は絶対にシューにあるのは間違いない。シューを置いていけと言えれば簡単だが、それは絶対に許されない。シューは重い体を気力だけで動かして、言葉の代わりに地面に自分の血で魔法陣を描く。
「動いては!」
カーティスが叱責しようとしたところで次の槍が飛んでくる。カーティスは無我夢中で魔法を使い、槍を吹き飛ばした。
「見事だ。しかし、カーティスも無理してはいけない。」
フィリップが賞賛しつつも、カーティスがあまり魔法を得意としていない為、心配の色を滲ませた。
「この程度の魔力、隠れていなければさっさと消せたのですが。」
トーレンが柄巻がぎしりと悲鳴をあげるほど刀を強く握りしめる。その彼をシューは音にならないのに、昔の名前と呼ぶと彼はシューに合わせて屈んだ。
「…これは。」
美代子が見慣れた、黒い髪と黒い目、黄色っぽい肌の綺麗な男がシューの描いた魔法陣を見ると微笑んだ。
「お借りします。」
今のシューが使うには魔力と安定が足りない。雷の魔法が使える彼ならばきっと使えるはずだった。
「太陽に道を切り開く者、汝の光を持って闇に隠れし怪物を裁け!」
トーレンの低く安定した声が響き、周囲が真夏の太陽が照らしたように明るくなる。その範囲が大きく広がっていき、途中で醜く嗄れたぎゃああという声が上がった。
「見つけました!」
彼が地面を蹴り、森の中を駆ける。カーティスはトーレンがいなくなった所を埋めるようにシューの前にだった。
「む、闇属性が弱点であるのは光属性だが、対をなす光属性は闇属性を排除する力がある。ある意味、水属性が一番闇属性を苦手とするはずだが。」
といっても今の魔法で、フィリップはその敵を見つけられていないので彼に代わることはできない。
「トーレンは忠犬で狂犬だな。」
呆れるように零した。緊迫した状況だが、カーティスは思わず笑った。
「シューの周りは動物ばかりですね。」
シューも横槍を入れたくなったが、まだ話しづらい。すこし緊張が和らぎつつあったそこへ焦ったようなトーレンの声が上がる。
「カーティス、フィリップ!そちらへ逃げました!」
トーレンの声と共にそれはシューたちの前に現れた。
大凡の形は人間だが、顔の右半分は口が裂け、瞼から目が落ちそうなほど目は蛙のようにギョロリとシューたちを捉えた。恐らくトーレンから一太刀食らっただろう、大きな傷がさらにその恐ろしさを増やす。
「ひっ。」
カーティスが本気で怖がるのも無理はない。
「…堕ちたな、ザカライア。」
「な、何がどうなったら…。」
「闇魔法の暴発だな。過度な力を求めるとこうなるわけだ。」
かつて魔族としてザカライアと知り合いだったフィリップは残念と思いながら、侮蔑していた。
ザカライアは何か喚きながら魔法を唱えた。
「カーティス、鼻と口を塞げ!」
霧のようなものが辺りに包まれるが、十中八九毒霧だ。健康なシューであれば問題ないが、先ほど黒い槍で負傷したせいもあり、血を吐いた。
「動くのを止めなさいよ!」
フアナは鳥の姿から元の姿に戻り、ザカライアに向かって叫んだ。しかし、ザカライアは止まらなかった。
「フアナ様の力が効かない?どういうことだ。」
考えることもできず、フィリップが腕を鞭のように変化させてザカライアに巻き付かせようとしたが、するりと通り抜けてしまう。
「なにっ。」
「シュー…!」
全ての報いを受けるかのようにそれはシューに飛びかかった。
たかが1人の闇属性の魔族にここまで苦労するとは思わなかった。いや、シューが全力で最初から戦っていたら殆ど苦労しなかっただろう。
「とりゃああっ!」
全てを跳ね返すような元気な声が聞こえた。その声の主はザカライアを殴り飛ばした。
「なんでここに。」
シューの代わりにカーティスが呟いた。シューとマリアンヌがここまで一所懸命に探していた光の少女は鍬を担いでそこにいた。
「大丈夫か!」
ザカライアが倒れこむのを確認してからマリアンが、血まみれのシューに駆け寄った。
遅れてトーレンがその場に戻り、マリアンがいることに驚きを隠せなかった。
「何故貴方もここにいらっしゃるので?」
「誰だ?それより、シュー、大丈夫か。俺はどうすればええんだ。」
立ち上がれないシューの前でオロオロとマリアンが困っていた。恐らく傷を治すというのは具体的なイメージが彼女にもあるが、それ以外は全く分からないのだろう。シューはマリアンに手を伸ばした。
「ああ、また祈ればええのか。」
言葉が出せないのでただ頷く。マリアンと手を繋いだ途端、先ほどの光以上に明るく、しかし、不思議と眩しさは感じない。シューだけでは消せなかった身体中にのたうち回る苦しみが解けていく感覚だ。心の底から救われた思いだった。
「ありがとう。」
その時のシューがどれほど穏やかで優しげな笑みを浮かべたのか、本人であるシューには全く分からなかった。側仕えや自称シューの友人がなんとも形容した難い感情に陥った。
「ああ、今度は助けられた。よかった。」
マリアンの笑顔も柔らかく、過去の聖女と同じだった。
赤い血が舞った。
「…トーレンさん。」
「うわ、おめえ何してんだ。」
トーレンは地面で喚く人間ならざるものになった怪物に最期を齎し、カーティスとマリアンが非難に近い言葉をあげる。しかし、トーレンはそれは御構い無したった。
「捕まえたところでマトモなことは話しませんよ。フィリップさんやその赤い髪の方も分からないのでしょう。」
「貴方嫌な性格ね。」
フアナが睨んだところで彼女は30センチメートルくらいしかない為凄みはない。しかも、マリアンが来たことによって、フィリップの陰に隠れている為、少々情けない姿だ。トーレンはにやりと笑った。
「そこはお互い様ですよ。彼に関して言うならシューも旅の道中話していましたが、彼もまた中途半端に救ったところでどうしようもありません。しかも、この村に不幸を齎した張本人ですから。」
「私刑を下すのは、正義でもなくトーレンの加害意識だよ。」
シューは普段の調子を取り戻すことができ、トーレンにも非難した。それはティキを殺した自称友人に向けてもいる。
「人間とは難しいものですね。」
「僕の為に怒ってくれたのは嬉しいけど、全く感謝はしないよ。」
「…シューもまた酷い人です。」
トーレンはシューよりも大きな身体を縮こませた。ティキを彼が奪ったことを再び忘れたわけではないが、トーレンに対する恐怖はなくなった。
それからザカライアの死体を放置するわけもいかなく、ハデスへ送還するとハデスも呆れたようにシューを叱る。
色んな人間に迷惑をかけ、シューは自分で言うのもどうだろうと思いながら、
「さあ、帰ろうか。」
と、全員に声をかけ、シューが置いていった光を頼りにテントや家に戻った。マリアンはザカライアを殴りつけた棒、農業用の鍬を大事そうに背負っていた。
「聞いてなかったけど、何故マリアンは来たの?」
トーレンに聞かれた際は、シューのことが気がかりでマリアンは答えずにいたのを思い出した。マリアンは少し言いづらそうに頬をかきながら答える。
「んん、寝てたら『助けて』って言われて、なんか知んねえけど行かなきゃって思ったんだ。」
おかしいだろうと彼女は自嘲するが、シューは一切笑うことなく大真面目に頷いた。
「君を慕う精霊が呼んでくれたのかな。」
背を向けていたカーティスに届かなかった「助けて」は、マリアンに届いていた。
幼い頃嫌いだった、シューのお守りである絵本の主人公は皆から愛されていた。それが許せなかった。でも、今マリアンを前にして思う。嫌いになんてなれるはずないのだ。
「世界から愛された、完璧な主人公だね。」
「ひろいん?」
マリアンは分からないと首を傾げても、それを詳しく説明する気はなくて笑うだけだ。
「お菓子の家が見つからなかったのだけが残念だって話。」
「ん、その話聞いたことあんな。にいちゃんが話してくれたやつだ。お菓子って食べたことねえけど、美味いのかなぁ。」
「熟した桑の実くらいには甘いよ。」
お菓子を食したことない人間にどうやったら伝わるのか分からず、野生でもよく生える実で伝えるとマリアンは目を輝かせた。
「そっかぁ、食べてみてえな。」
「王都に来る気があるならアンヌが食べさせてくれるよ。」
「おう、楽しみだな。」
逡巡せずにすぐ様答えるのに、逆にシューが驚いた。
「マリアンは来る気になったの?来月の祝言は?」
「にいちゃんは無理すんなって言ってたし、女将も大変だって言ってたけど、やっぱり行ってみたい。…それに、祝言っていうのも元々なかったんだ。」
「え、無かったの?」
「相手がマルコだったんだ。先月死んじまった。」
結婚する前に亡くなって、全てマリアンの結婚については白紙に戻ったのだ。それを断る口実として使ったという事だ。
「にいちゃんはずっと俺のために働いてて、自分は結婚してなくてさ。ようやく、にいちゃんに楽させてあげられるって思ったところに、マルコは死んじまって困ってたところだったんだ。」
マリアンにとって結婚は兄アンドリュー・ホワイトの負担を減らすためのものだった。今死が蔓延しつつあるこの村では次の結婚も考えるのも難しいのだろう。この村で病気を撒き散らした原因は排除しても、不作や元々オルレアン全域で流行っている病に関しては意味がない。
「これから、よろしく頼むな。シュー。」
「こちらこそ、長い付き合いになると思うから宜しく。」
シューとマリアンは約束をするように手を固く握った。




