Chou à la crème
シュー・アルバート(12) 主人公 前世に遊んだゲームの記憶がある。
マリアンヌ・レーヌ・ド・オルレアン (14)前世は真理亜としてゲームで遊んだ記憶がある。
カーティス(14) シューの側仕え。美代子のことも、ゲームのことも知ってはいる。
フィリップ・アヴァロン 世界がゲームであることに一度絶望した。
クリストファー・オールセン(20) シューの実兄、エリオットJr.の親友。何も知らないけれど、協力している。
グイード・デ・ガスペニ(16) 変態芸術家 神話を調べるのが趣味。シューの実兄オズワルドとは仲が悪い
ウィリアム・ジョーンズ(16) 守護騎士 オズワルドの親友。喋るのが好きな人たちに囲まれているせいか、彼自身はほとんど喋らない。ずっと旅路中はずっとマリアンヌをエスコートしてました。
ギー 10代後半 海賊の手先。現在グイードの魔法にかかっているところ。
あれから海賊と何度かニアミスしたものの、ちょっとした小競り合いで終わり、大きな被害を受けることはなく、シューやマリアンヌが出る幕もなかった。お陰で再び自分に自律神経を整える魔法をかけられるようになって、自身の足で立てるまでに回復した。甲板に出て外の様子を見に行く。
「弟くん、ほらあれがアキテーヌの街だよ。」
クリストファーが見えるようにとシューを抱き上げた。土壁と小さな簡単な窓が特徴的な2、3階建の建物が多く並ぶ古い町並みだ。
オルレアンとアルビオンの貿易の中継地として栄えた街だが、今は造船技術の発達や操舵の魔法技術も上がっている為、徐々に街として力は衰えつつある。しかし、その一方でオルレアンとアルビオンの貿易船を狙うには絶好の位置にあるので、海賊の居住地となっている。
「この街に流れる物品の何パーセントが正規品なのかねぇ。かなりの数は盗品だと思うよ。」
ジョーンズ伯領とは名ばかりで、実質的な支配権は海賊たちなのだろう、グイードはウィリアムに対してにっこりと笑いかけた。
「弟くんやマリアンヌ様だけじゃなくて、全員に言うよ、絶対に一人で行動しないでね。」
シューやマリアンヌもそうだが、それ以外の従者たちに使いっ走りに行くのも気をつけるようにと念を押す。
「クリス様、服をお借りして申し訳ないです。」
トーレンが帰れないのなら行動を共にするしかないが、着ていた日本の直衣では目立つので、背格好が一番似ているクリストファーが服を貸したのだ。一介の職人(しかも徒弟身分)でしかないトーレンが伯爵家の息子の服を借りるなんて非常識にも程があるが、元精霊という特別な存在であることがあって誰も疑わない。
「いえ、気にしないで。目立つような真似はしたくて、こっちの事情に巻き込んだんだ。」
「僕のせいで、クリスさんに迷惑かけてごめんなさい。元々兄様に頼まれただけなのに、まさかポセイドンと喧嘩することになるなんて。」
グイードはまだ志願しているものの、ウィリアムやクリストファーは完全に巻き込まれただけだ。その上こうなるとは頭が上がらない。
「それも気にしなくていいよ。俺だって自分からエルに言ったんだ。エルからは引き継ぎを優先するように言われてたんだ、本当は。」
「何で?」
「伯爵になったらこんな風に少人数で旅に出たり、戦ったりできないからね。」
クリストファーは幼い弟にするように優しくシューの頭を撫でた。
「さ、係留の準備をしようか。」
「オールセン卿ばかり、かっこいいところ見せつけてずるいなぁ。シュー、ギーを起こしてくれないかな。町の案内の為に連れてきたんでしょ?」
「うん、そうだね。」
ギーの眠りの魔法を解くと丁度船が着港した。船をボラードに綱をくくり、岸壁に固定すると、シューはカーティスに担がれながら船から降りた。グイードもギーに肩を貸して、船から下ろす。
「地面が動かないなんて幸せだよ。」
「シューが船を嫌いなら、僕の家の領地が内陸でも幸福だ。」
「君のおかげで陸地なのに海の上にいる気がしてくる。」
「僕の魅力にクラクラしちゃったかぁ。」
長く艶のある濃い茶髪の触りながら話すグイードに、トーレンが腰の刀の鯉口を切った。
「グイード様、あまりシューに入れ込まない方が宜しいかと。これは貴方の為でございます。」
「だからねぇ、記憶のない僕に対して友人とか、同志とか言わないでくれる? しかも、僕の友人を名乗るくらいなんだから、どうせ同じ穴の狢でしょ。」
「ふふ、私は貴方を悪く言ってませんよ。」
シュー以外の人間はシューに手を出すふりをしているグイードを牽制するようにしか見えなかったが、シューは違った。彼はシューに対して牽制したような気がしたのだ。
「ぶん殴りたい。」
「美代子、美代子。」
シューが拳を強く握ると、美代子の名前を呼んで真理亜がその手を握った。
「ねえ、忘れないで。美代子。」
「え?」
「貴方はシューだけど美代子。」
真理亜はシューの握っていた拳を解くと、傷ひとつない綺麗な手を両手で挟んだ。何かに祈るようにその手にキスをした。
「ミヨコってシューのあだ名?コトカ(地名)の名前みたいだね。」
「そうだよ。アンヌがもらったコトカの人形に僕がそっくりだからって偶にその人形と同じ名前で呼んでいるんだ。」
グイードに聞かれてしまったとマリアンヌは呆然としてしまっていたが、シューは間髪入れずにグイードの質問に答えた。
「変なの、シューの方が呼びやすいのに。」
「アンヌはshの発音が苦手なんだよ。」
「へえ、意外だなぁ。僕は綺麗な発音だと思うけど。」
「グイードって詮索好きだよね。」
「いやぁ、美しい人のことならなんでも知りたいでしょ。」
「秘密が人を美しくするって言わないかなぁ?」
「女をね。」
「美しさに男女なんて関係ないでしょ?」
「その通りだ。あはは、シューと同じ認識で嬉しいなぁ。」
グイードがシューに絡むのを見て、鯉口を切ったままのトーレンははあと大きくため息をついた。
「忠告なんて聞く耳無し、ですね。」
「具体性のない忠告なんて意味もないですよ、精霊様?」
「もう人間ですから敬わないでください。貴族様が一介の徒弟に敬語なんて。」
「分かった。不躾かもしれないけど、貴方は本当にシューの友人なのかな?そうは見えないけど。」
トーレンは少し驚いたようにした後、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。
「どうして?」
「シューの態度も冷たいけど、貴方も冷たく感じるよ。」
記憶のない相手から唐突に友人だと言われても戸惑うのは当たり前だ。だから、シューがトーレンを遠ざけるような態度をするのはクリストファーにも分かる。それ以上に側仕えたちはシューの記憶では曖昧だが、ティキを殺していることを知っているから至極当然だ。けれども、仮にシューの為を思って彼に嫌われたとしても悪魔を殺したトーレンがシューに対して冷たくするのは違和感が大きい。
「そう見えてしまったのならそうなのかもしれません。私は今のシューを認められていないのですから。」
「今の、シュー?」
「それでも、彼はやはりシューなのだと思うこともありますので、私の心情も矛盾ばかりなのです。」
クリストファーは暫く考えてから、投げかけた。
「シューは何歳なの?」
断片的な言葉の中でシューやマリアンヌ、それからトーレンが未来を見てきたのだろうという事が奇妙だが何故か納得がいっていたのだ。
「さあ。」
普段のように曖昧に濁した言葉だったが、トーレンは誤魔化すような様子ではなかった。
「精霊にとっては興味ない事柄です。」
アキテーヌは海賊の街であるが、歩けばどこかで喧嘩をしている男たちがいて、金のありそうなクリストファーやグイードを誘う女性たちがいて(マリアンヌをエスコートするウィリアムには流石に寄ってきていない)、その周りで普通にパンや野菜を売る店があって、王都の繁華街と対して変わらない。
「宿屋ならあの左手の宿が高いところだ。マルガリオの本家が出資してるんだ。」
ギーが指を指すところは、確かに他の所よりはロマネスク様式の無骨さに加えて随所に彫刻が刻まれ綺麗で荘厳な建造物だった。
「ま、金さえちゃんと払えば、別にマルガリオが手を出してくることもないし、警備もちゃんとしてるぜ。」
あまり大々的に来た仕事ではないから、予算もそれほどあるわけではないが、シューやマリアンヌが居て下手な安い宿にも泊まるわけにもいかない。
「彼らも商売だから、上客に不躾なことはしないだろうね。まあ、子飼いの船1隻沈ませちゃったけど。」
ギーの案内で見つけた宿にチェックインしたところで、空は赤く染まっておりすぐに夕餉の時間となり、一同は食堂へと案内された。カーティスとフィリップは相席をせず、ギーを連れてシューの代わりに周囲を探ってくると二人で宿を出て行った。
「久しぶりな豪勢な食事です。」
職人街の徒弟として雇われているトーレンが豪奢な生活をしているはず無かった。先程まで来ていた直衣は高級そうな絹糸の織物だったが、先日職人街であった時はサイズの合っていない麻布の洋服だった。彼が人として質素な生活をしているのだ。
「トーレンはどうしてオルレアンの職人街にいるのさ。スミスと名乗るくらいだからアルビオンの職人なら納得するんだけど。」
シューと同じことをグイードも気になっていたようだ。
「人として生まれた時にアルビオンの方にいただけですよ。」
「人としていくつ?みたところ僕と同い年位に見えるんだけどね。」
「はぁ、しかし私も知らぬのですよ。およそ10年ちょっと前に幼子の姿でアルビオンの街にいたのです。そこからアルビオンの職人に運よく拾っていただき、オルレアンの現在の親方の所の職を斡旋して貰ったんです。」
「そりゃあ確かに運がいい。普通は職人になるなんて伝手がなきゃ無理だもの。それにその容姿なら、人攫いに攫われて奴隷として売られてたよ。」
確かにアルビオンやオルレアンにおいて、縄文系の日本人顔なんて珍しいし、乙女ゲームの攻略対象とされるくらいだから容姿は綺麗だ。聖なる力が彼を害するものを寄せ付けなかったのかは分からないが、トーレンの謎は深まるばかりだ。
「いつもは麻の服を着ていたのに、今日はなんで直衣だったの?」
精霊を召喚する魔法で喚びだしてしまったのはシューだが、あの恰好を見るに彼は精霊としての力を完全に失ったわけではないのだろう。
「私に聞かれても。喚ばれる前は普段通りの恰好でございました。シューが知らぬのなら私が知る由もございません。」
もしかしたら、彼の知るシューであるなら知り得たのかもしれないが、シューにも分かり得ないことだった。
そうして得体の知れないトーレンについて談笑していたところだったが、クリストファーが厳しい顔をしながら席を立った。
「あのさ、この場をビルくんに任せてもいいかな。」
「オールセン卿、貴方が一人で行くんです?」
「グイード、付いてきてくれるか?」
「そういうだろうと思った。前菜出てくるところなのになぁ。」
文句を言ってはいるが、行動は素直でさっと立ち上がった。
「じゃあ、シュー、マリアンヌ様。あと頼むよ、ウィリー。」
「ああ。」
マリアンヌの側仕えや護衛は違うテーブルなので、同じテーブルに座るのは、シュー、マリアンヌ、ウィリアム、それからトーレンのみとなった。そのテーブルが一瞬静かになったが、トーレンが口を開いた。
「そういえば貴方たちはなぜこのような場所にいるんです?」
ポセイドンと戦うために呼ばれたトーレンは結局十分な説明を受けないまま、王都に返すことはできずこうして随行していくことになったのだ。マリアンヌが不憫に思ったらしく、
「これは人探しの旅なのです。」
と目的を説明し始めた。
「貴方ももしかしたら知っている人物かもしれません。未来で『英雄』もしくは『聖女』と讃えられた少女でございます。」
「名前をお伺いしても?」
「恐らくマリアンという名です。」
件の人物が思いつきそうでつかないようで、眉間にしわを寄せてトーレンは唸る。
「もしかしたらという記憶に当たる人はいるけれども、申し訳ない。私は過去では精霊でしたので、細かい人族の名は覚えておりません。」
というので、マリアンヌはゲームで彼と結びつきのある人物ではとアレックスの名前をあげる。
「貴方はアレクサンドラ・リースはご存知?」
「アレ…、ああ、アレックス。ふふ、そうなんですね。貴女は本当に過去を知っているんですね。」
アレクサンドラ・リース、通称アレックスは攻略対象の一人で、美しい女性もとい男性だ。ゲームではアレックスのルートを攻略しない限り、トーレン・スミスはストーリーの中で出現しない。
「今回私は彼と関わってませんよ。今ではただの見知らぬ他人でございます。」
「え、何故です?」
「アレックスは私の探し物を手伝ってくれたのです。とても優しい方でした。しかし、もう必要無いのです。あまり巻き込みたくも無いですからね。人間ではあまり彼に返すこともできませんし。」
彼もまたマリアンヌと同じで未来を変えるために今まで生きていた1人だった。だが、シューはアレックスの良き理解者がいなくなってしまったとも取れる。これが必ずしも好転するとは限らない。
「アレックスは今孤独かもしれないよ。」
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。どちらにしても、私は現在鍛治師ですから会えないのです。」
身分制度の無い現代の日本でも不良とされる人とは仲良くするなと親が子供にいいすくめたりするものだが、身分制度のあるこの世界では更にそれが顕著で、今こうして同じテーブルについているのが本当はありえないことだ。
「僕やマリアンヌと知り合った今なら、僕達に頼めば会えるとは思わないの?」
「そうですね。過去を知るマリアンヌ様に頼むことは可能でしょうね。」
それでも、やはりアレックスとは会わないのだと言う。
「過去で彼と会ったのは幼い頃です。今はもう彼は大きくなってしまったので、信じられないと思います。私は酷い性格でありますから、もう2度とあの時の関係が手に入らないのであれば、きっと彼を壊してしまうんです。」
このゲームに登場するキャラに、シュー以外のヤンデレらしいヤンデレはいないなんて言ったのはどこの誰だ。そうやって言うこの男も十分危険な性格をしている。しかし、それを自分でも理解しているということだ。
「僕ならいいんだ。」
「壊れませんから、貴方は。」
理不尽な信頼だ。シューだって知らない男に友人や同志だと言われて戸惑っている1人に他ならないのに。
ここで気をつけなければならないのは、アレックスの話は一切合切変わるということになる。
「もしかして、彼に会った時別人かもしれないね。」