シュー・アルバートの本領
バタバタと人が駆け回る音が聞こえるが、夢半ばで使用人たちがうるさいと勝手に思いこんで布団を頭から被る。
まだまだ太陽は出てくる時間ではないはずだ。
「シュー!起きてください!」
「…まだ眠い。」
「だめです!朝の祈りの時間に間に合いませんし、この猫と鳥、なんなんですか!」
その声を聞いてすぐに覚醒して飛び起きた。飛び起きたせいで、上に乗っていたルルが勢いよく床に落ちて、蛙を踏んだような可愛くない声がする。
「昨日拾った!」
「おはようございます。拾ったっていつ?私は知りませんが。」
護衛としての責務のせいか、穏やかなカーティスの顔に怒りが滲んでいる。シューに対して表だって怒りの表情を見せてくる人なんてほとんどいないから、シューは怖くてカーティスから離れようとする。
「昨日カートが寝てからだよ…。ほら、ぐっすり寝てたでしょ…。僕は夜に起きちゃって眠れないから散歩に…。」
「散歩ですか、ひとりで?へぇ。」
いつの間に般若を後ろに召喚できるようになったのだろう。初日会ったときは頼りなさそうだったのに。
「…ご、ごめんよ。」
シューが恐る恐る見上げながら答える。
「おめえさんもビビることがあるんだな!」
「ちょ。」
「は?」
先程まで静かに二人のやり取りを見ていたルルだったが耐えきれなくなったのか笑い始めた。突然不細工な猫が人間の言葉を話し始めたのでカーティスは目を丸くした。
「シュー!これは猫ではありません。即刻追い出すべきです!」
「いや、彼は確かに猫じゃないよ。元人間さ。悪魔の呪いにかかったみたいで、しかもその時記憶も一緒に飛んだらしくて自分が誰だか分からないらしい。それで取り戻したくて神殿に忍び込んだらしいよ。」
カーティスがルルを指差して非難したが、すぐにフアナが頭に直接話しかけて考えていた「設定」を教えてくれた。確かにティキの性格上完全に猫の振りをして黙っているなんて無理に決まっている。
「だとしても、醜悪な話し方。録な人間ではありません!」
「にゃんだとう。」
「カート、待ってよ。それを言ったら僕も録な人間ではないよ。人助けだと思って、ね!」
「…では、その鳥は?」
「彼の友人だよ。一緒に呪いを受けたみたい。声がでないらしいから分からない。」
フアナは声が無くても意思伝達の能力があるから、話せない方が都合がよいと彼女が伝える。
「本当に大丈夫なんですか?騙されているのでは?」
「大丈夫大丈夫。」
「俺様がシューを騙すわけないだろうが。」
お前が胡散臭いから疑われているんだろうが。とは思っても心のなかで留めておく。
「シューの品位が疑われますよ…。」
「ああ…、その問題もあったか。別に僕は気にしないけど…。」
「それに、ここは光の神殿ですから、犬や鳥は衛生上問題が。」
前世が看護師だから、不衛生さは一番気になるが、そこはシューの結界魔法でそれらが落ちないようにするしかない。
胡散臭いし無粋な話し方をするルルにカーティスは信じられないようだが、シューが何度も繰り返し大丈夫だと説明をして傍にいることを許してもらった。それから、クラウス神殿長やアレンを説得するので骨がおれた。ああいった手前、解呪の儀式もわざわざ行ったが、昨日二人で頑張った魔法は解けること無く二匹がシューの世話になることを許可して貰えたのだ。
そんなこんなで朝の祈りの時間と掃除の時間を費やしてしまった。特例措置として、それらの仕事を減免して頂けた。朝食を逃してしまったのも仕方ない。その二匹を連れて昨日と同じようにアレンが奉仕の時間だと神殿の表側にある、大きな病院に来た。大きいとは言え平屋だし、王都の患者をこの施設で賄うには不足していると思う。
「シューは何が得意?」
「毒、解毒。」
シューの即答に少し引きぎみだった。仕方ないだろう。ずっと毒の勉強をしていたから詳しくなってしまったのだ。元の毒を知っていれば解毒も簡単だ。知らない場合は術者の根性論だから、シューは好きではない。
「毒って急患が多いから結構修羅場だよ。初めての人がつくところじゃないよ。しかも、解毒専任とかじゃなくて他の外来もやらなきゃいけないからハードだよ。」
「ん、大丈夫。」
「大丈夫って…。他のところが大変じゃないって訳でもないけどね。」
急患や外来は前世の美代子頼りだが、伊達に禁書を盗んだり、禁術覚えていたりしていない。それなりの修羅場は潜ってきたつもりである。
「…昨日見た限り光魔法にはよくなれているようだし、実力面では心配してないけど。」
いくら実力があったとしても、表面上は引きこもりお坊っちゃまだからアレンにそう思われても仕方ない。変に波風を立たせるのは良くないと思い、アレンの勧める病院に入院している患者を診ることにした。アレンは外部のそちらの方へ向かわなければならないというので、代わりにアイザックがやって来た。げっと口に出さなかっただけ褒めてほしい。にこやかに貴族スマイルでシューは対応した。
連れられてはいった病室はとても広いが、何人もの患者がいっしょくたに纏められていて、たくさんの粗末なベッドが並び、衛生環境はよくなさそうだ。感染症ならどんどん広がってもおかしくない。ベッドの周りを何人もの神殿の修行僧(修道士)たちが魔法を使って回復させたり、魔法が使えないものはアシスタントや世話をしているようだ。
カーティスは全く光魔法が使えていないから、シューの傍でアシスタントをしながら護衛することにしていた。彼は神殿仕えではないので護衛に徹しても恐らく誰も思わないのに、ただ立っているだけではとまだ見てもらえていない包帯の取り替えなどを行っている。シューは一人目の患者を診ていたが、戦闘中に足の骨が折れた冒険者だった。仲間たちが待っているから早く治して欲しいと頼み込んだ。重症や重傷の場合は魔法をかけるのも大変で何日も入院を迫られることが多いらしい。骨折もどのように折れているのか見えていないから、無理矢理直そうとすると骨が曲がったりと大変らしい。隣でアイザックがぼそりと言った。そんな大切な患者を何故信用もできない新入りーーーしかも、12歳の子供ーーーにやらせようとしているのか、分からない。普通は患者のことを考えるならそんなことはしない。
この世界は魔法は根性論に近いところがあるが、シューは前世のお陰で科学的な知識もある。
「…やっぱり骨の異常はレントゲンだよね。」
高校で看護師を目指す過程で一応理系を取っていたが、エックス線を作り出す仕組みを忘れたのかでよく分からない。
「えい。」
試しに作った光を近くに居たルルに当てる。
「うぎゃぁぁ、やめろって。」
「ごめん、失敗しちゃったー。」
「てめぇーーー。」
光属性が苦手な悪魔に残酷なことをしてしまった。一応弱い光だったから、特に問題は起きていないが、写し出すこともできてない。
「待てよ…。写し出す先がなきゃレントゲンの光再現しても意味ないな…。どうにかして僕の頭に映るようにならないかな…。」
「なにか考えてたことがあんなら先に言えよ。」
「ごめんってば。流石に試したことない魔法を患者には向けられないからさ。」
シューとルルが言い合っていると、先輩アイザックが苦言を溢す。
「おい、なにしている。早く治療してやれ。」
「先輩、この人は重傷患者です。僕が試したことがないものをいきなり使うわけにはいかない。理論だけじゃ失敗するかもしれません。」
「…やらなきゃ、覚えられん。」
「それはその通りですが、僕は神経を疑います。現場の難しさを叩き込もうとしたんでしょうけれど、患者をテストに使用しようとする行為は許せません。だから、僕は僕なりに『絶対』失敗しない方法を考えています。」
ルルを実験台にしておきながら、よく言うとは思うが、ティキの図太さを信用して魔法を使った。悪魔の再生能力はプラナリア並みだからだ(分裂はしない)。アイザックを睨み、患者に向き合った。
「骨折は安静に過ごせば数ヶ月で治ります。あまり無理に回復させようとはしないでください。」
痛みで顔を歪ませている患者は、早く治してほしいと懇願する。この世界に麻酔薬はない。光魔法には感覚を弱らせる魔法はなく、闇魔法にはそれがある。美代子は痛みを堪える彼の顔を見ていられなくて、そのあとのことは考えずにその魔法を使った。(美代子が考えたのはこの魔法に副作用がないことだ)すーっと消えていく痛みに、冒険者の男は驚いていて
「治った?!」
と上体をあげようとしたのを、隠していたナイフーーー護身用に常に持っているーーーを喉元に突きつける。
「おい、うごくな。治ってなんかない。感覚を鈍くさせて痛みを感じてないだけだ。」
「…はい。」
さすが(未来の)魔王の腹心になった少年の顔は恐ろしいようで、大の男、しかも、修羅場を潜ってきたはずの冒険者の男でもしゅんとなって大人しくなった。
「明後日!明後日までに問題なく動けるように魔法を考える!」
「明後日。」
とにかくそれ以上に動かないように、魔法で彼の足が動かないようにがっちりと固定した。
大体は魔法で治すことができるこの世界で入院患者がいるのは、光の魔導師の数が圧倒的に不足しているからだ。神殿の人間は皆修行しているから、ある程度は使えていたりするが実力は様々だ。先程のように長い時間かけて魔法を使う必要がある場合もあれば、その魔法が使える担当者待ちだったりする。しかも、毎日のように外来の窓口には人がわんさかと集まる。王都以外からの人も含めているから仕方がない
「とにかく他の患者を診るか。なるべく多くの人をだよね。」
フアナも居るが、なるべく自分の闇属性習得で培った知識で判断する。間違っていると横からフアナの訂正が入るから安心して、患者を診てあげられる。診察してどうやって魔法を使うのかの判断の的確さが他の神殿に人間より数倍早く、どんどん患者を診て回わった。
「これでどうですか。」
「はぁ、楽になりました…。ありがとうございます。天使みたいな人だなぁ貴方は。」
シューが治したご婦人は何度も何度も頭を下げて感謝の言葉を言ってくれる。シューは無言になってしまって、ご婦人が帰られるまでずっと見送ってしまった。
「どうした、シュー? 前世の自分に食われたかぁ?」
「食われてない。あと、声をもっと小さく!」
「護衛のアイツも井戸まで水汲みにいったし、周りの奴等も治療が忙しくて聞いちゃいねえさ。」
「前世の記憶があっても、僕は僕だし、美代子は美代子。…ただ美代子はああいう人のたちの為に頑張ってたなぁと。」
美代子は看護師だったから、治すことはできなかったが、それでもああ言われることも時にはあった。
「骨を見るってどうすればいいのかなぁ。」
「最初のやつか。レントゲン、なんとかっていってたな。レントゲンって人の名前っぽいな。」
「特殊な光を当てると骨が浮かび上がって見えるんだよ。レントゲンさんが発明したから、レントゲン。」
「ふーん、とりあえず骨が見えればいいんだよなぁ。」
「ルル、知ってるの?」
「んん、知らねぇよ。ただアンデッド系の吸血バットにそういう特殊な目を持ったやつが居たんだよ。」
「魔法じゃなくて特殊な目ね。」
かりとって、解剖すれば特殊な目の仕組みを調べられるだろうか。美代子の記憶にそのような生物はいないけれど、ゲーム外にもこの世界独特な生物がいるのかもしれない。
「それどこにいるの?強さは?」
「ありゃあ、どこだったかぁ。そういうの記憶すんのも面倒なんだよなぁ。」
フアナにも知っているか尋ねると、
【アンゲル山のアンゲルフレダーマウスじゃないかしら】
と答えてくれた。
「アンゲル…e、n、ge、……l、angel天使か。天使の山って良い意味かな?」
アンゲルとどこかで聞いたことがあったが、どういう意味だったかと思い出せなくて、頭にアルファベットで思い浮かべるると、すぐにわかった。
【んんと、確か人族たちには神様のお使いが天国に連れていってくれるっていう伝説の山だったわ。】
アンゲル山は仲の悪い隣国の領地にあって、アルバート公爵領からも遠い。その恐ろしい蝙蝠の目を解剖して仕組みを調べられなかと思ったが厳しい。
【闇魔術を書いている奴にそいつの頭を解剖した、とかそういう話は聞いたことない?】
【恐ろしいこと言うのね。】
【ごめんごめん。この世界だと体を切り開くのは禁忌だよね。】
【…闇魔法が禁術になる前は禁忌ではなかったのだけれど。】
シューとフアナは、会話をしているのだがはたから見たらシューが黙りこんでいるので、水を汲んできたカーティスが心配そうに声をかけてきた。
「シュー!大丈夫ですか?」
「おかえり。大丈夫、超元気。」
「では、考え事ですか?」
「うん、さっきいってた魔法作れないかなって考えていた。」
明後日と言ってしまったからには、それまでには完成させたい。
「3日で魔法を作るなんて、無理ですよ…。光の転移魔法なんて作成までに10年かかったと言われていますからね。」
「それって何のベースも無い状態からでしょ。一応具体的なイメージとベースは出来てる。あとは細かいところなんだけど…。」
説明したのだが、魔法があまり得意ではないカーティスには理解されていないようだった。残念なことに、フットマンに選ばれるには頭よりも容姿が優先されるから仕方ない。
「いつまで話している。早くやれ。」
カーティスと話していると、アイザックが睨む。アイザックよりも多くの患者を診て治してきたから、上から目線で早くやれと言われるのは腹が立つが、実力者が他の人よりも動けるから当たり前のことだと、アイザックには何も言い返すこと無く、新しい患者のもとへ行く。
自分に対して助けてほしいとすがる人々に、少し前までだったら、蔑んで足蹴にしたはずだが、今は必要されているのが自分が存在していると安心させてくれる。
シューの実力を認められて、昼食後も奉仕活動に時間が宛てられた。修練の時間で調べたいことがあったが仕方ない。しかし、そのあとの畑作業も奉仕活動になったから、昨日ほど体力を失わないので、そこで調べものをすればよい。
シューが昼寝の時間を終えてから戻ると、アレンがシューを見や否や般若のような鬼気迫る様相で、走るわけにもいかないから、競歩なような歩き方で迫ってきた。
「シュー、毒得意って言ってたよね!」
「うん。」
彼の迫力に肯定せざるえない。
「来て。」
アルバート家子息であることをすっかり頭から抜け落ちたように、シューの腕を掴む力は強い。カーティスが慌てて付いてくる。彼に引っ張られ、前につんのめりながら彼に従う。
外来の診察室のなかでも、立派な装飾がされた部屋だ。この部屋専用の出入口もあるから、貴族専用の診察室なのだろう。
「クラウス神殿長、入ります。」
アレンがクラウス神殿長の返事を聞くと、シューの背を押してその部屋に入る。
「サー・アルバート?!」
神殿長がシューの姿を認めると驚いて飛び退く。
「シュー様は毒に詳しいようで、また回復魔法も得意なので読んで参りました。」
「…あ、いや、しかし。」
シューはまだ12歳の子供だ。クラウス神殿長の反応は至極当然だったが、シューは内心気にくわない。
「そんな反応しているより、患者。」
すっかり神殿長に対する態度すら忘れて呆然としていた神殿長を押し退け、患者の前にたった。そして、目の前で苦しそうに悶えながら寝ている男を見て愕然とする。
「ウィリアム・ジョーンズ?!」
攻略対象の1人、騎士団長子息の息子がそこにいた。
シエスタの時間があるのは、学生時代の世界史資料集を参考にしてます
朝は2時起きとかでした。他はかなり自分用に改編してます。
ドイツ語のスペル間違って覚えてました。気づいて訂正しました。