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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
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46/114

Fra' Angelico


オズワルド・アルバート(16) シューの兄 色好きではあるようだが、シューの前では見せない。


ウィリアム・ジョーンズ(16) オズワルドの親友、オルレアン騎士団団長の子息 奥手な様子。


カーティス(14) フットマンとして主人に尽くすことを叩き込まれている。


フィリップ・アヴァロン フアナ狂信者なので色には興味ない。


エリザベス・ノーランド シューのナニー

エリザベスの愛称は(リズ、ベスなど)

「シュー・アルバート卿。」

そう呼ばれてシューは怪訝に顔をしかめながら振り返った。精霊の下では平等であるという高潔な思想の下、神殿では基本的に名前で呼び捨てされるからだ。神殿でシューを名前で呼ばないのは、権力者に弱いポール・クラウス神殿長と、シューを目の敵にしているアイザック・ベーカーのみだ。

「何故ここにいるんです、グイード・デ・ガスペニ卿。」

「僕は美しい人が居るところに現れるんですよ。」

厄介な人間に目をつけられたとシューは頭を抱えた。


そも、美代子が原作ゲームをしていたから知っては居たものの現実のシューと彼は知り合いではなかった。そして、彼が攻略対象だからといって、前述したように変態キャラクターであるが故に会うのは避けたかった。

彼と会ったのは本当に偶然だった。冬になる前に、具体的に言い換えるとあと2ヶ月内にアルビオンに行くことになったのだが、何故かそれをもう1人の兄オズワルドに話したいと思ったのだ。護衛の任をフィリップに任せ、カーティスが学院に走って伝えてはくれたが、何分突然のことだった。オズワルドは学生とはいえ、生徒会や寮のこともあり忙しかった。事前に連絡したものの、シューは玄関ホールで待つことになった。

王立魔法学院は既に五十年以上の歴史がある立派な学校で、美代子の世界でいうロマネスク様式のような厚い壁と半円アーチの開口部が特徴的な少し無骨で厳かな雰囲気のある建物だった。その中央にある玄関ホールに入るとまず目に入ってきたのは、大きな宗教画だった。しかし、キリスト教やユダヤ教のような美代子の知る宗教では勿論ない。こちらの世界の宗教、つまり精霊の絵である。それはシューの知らない、黒髪と黒い目、少し浅黒い肌を持つとても美しい青年の姿をした精霊が、天と地の間に立っているだけの絵だ。しかし、とても神秘的かつ荘厳。シューは魂を取られたかのように見入った。

「おや、その絵が気に入ったのかい?」

シューは夢から現実に引き戻されたように驚いて、後ろを振り返った。そこにはオズワルドと同じ学年の制服に身を包んだ10代後半の少年が、長くウェーブした茶色の髪をしどけなく結び、妖艶な茶色の瞳をシューに向けていた。シューが呆然として男を見ると、彼は嬉しそうな声をあげた。

「精霊アフロディーテ、このような美しい人に会わせていただき誠に感謝します。」

彼はシューの手を取ると、甲にキスをする。そこでシューはようやく言葉を取りもどし、彼の手を叩いた。

「誰の許可を得て、僕の手を取ったんだ。」

その男がすぐにグイードであることにシューは気づいていた。グイードは名のある伯爵の子息で大抵のことは許されるのだろうから、何も気にせずシューの手を取ったのだ。

「これは失礼した。僕の名前は、グイード・デ・ガスペニ。次期ガスペニ伯爵だよ。」

自己紹介されてもシューはつーんとそっぽを向いた。公爵家の人間は、本来仲介人を交えなければ挨拶できないのだ。シューの後ろで控えるカーティスと人間姿のフィリップも、シューより前に出ることはできない為何も言わなかった。

「これは困ったなぁ。嘘だと思っている?」

シューが神殿のローブを着たままだから、貴族であってもあまり強い貴族ではないと勘違いしているようだ。

「グイード。」

シューにとっては聞き慣れた、低く落ち着いた声が彼を呼んだ。

「ビル様。」

「あれ、ウィリーの知り合いの子だったの?」

グイードの向こう側からやってきたウィリアムが困ったように眉を顰めた。恐らくウィリアムがグイードに声をかけた時、グイードが話していた相手がシューであることに気づかなかったのだ。通常声をかけるなら、立場の高いシューにまず挨拶するのが貴族としては普通だ。

「ビル様、ごきげんよう。」

シューは全く気にしていないことを彼にも伝えるために出来るだけ笑顔でウィリアムに挨拶をした。

「あ、ああ。すまなかった。シューだと気付いていなかったんだ。」

「いえ、そちらからだと丁度彼が居て見えてなかっただろうから。」

「シューの寛大な心に感謝する。」

ウィリアムの恭しい態度を見て流石にグイードも鈍感ではない。

「…あれ、もしかして。」

シューの名前くらいはグイードも知っていたようだ。

「アルバート卿の弟君?」

「そうだが、分からず声をかけていたのか。」

シューが貴族の集まりに出たのは、こないだの王女殿下のお茶会のみで、絵姿なども描かれたことはない。だから、グイードが知るはずもないことで、彼が目上の人に声をかけたのも責められるべきことではない。

「それは大変なご無礼を致しました。どうかお許しください。」

シューは謝罪の言葉を口にする彼に目を向けず、ウィリアムの名前を呼んだ。

「ビル様。」

「ああ、済まない。彼はグイード・デ・ガスペニ。オルレアン王都から南東にあるアドロという領地を治めている伯爵家の子息だ。それから、グイード、彼がアルビオン公爵家の三男シュー・アルバート卿だ。」

シューはいつもなら礼儀なんて気にしない質だが、積極的に関わりたくない人種に対してマナーというのはいい盾になる。ウィリアムはあまり人を紹介する、というのき慣れていないようだったが、それでも腐っても伯爵家の人間だ。すぐに彼をシューに紹介した。

「シュー、とても響きのいい名前だ。」

「そうですか、ガスペニ卿。」

中途半端な貴族に生まれなくて良かったとこの時ばかりは思った。グイードよりも下の家に生まれていたら、セクハラすらも泣き寝入りしたかもしれない。

「ううん、嫌われてしまったかな。美しい人。」

「その、身の毛がよだつ言い方止めてください。」

「怖がる必要なんてないのに。」

「…いや、そう迫られれば怖いだろう。」

カーティスが表立って怒れずにやきもきしている中、ウィリアムがシューを庇うようにグイードを止めた。男らしく逞しい美しさを持つウィリアムにも言い寄った人物だから、ウィリアムも危機感を持っていた。

「リアム、シュー!」

頭上からシューの待ち人であるオズワルドが二人を呼んだ。オズワルドは玄関ホールにから伸びる階段の上からグイードと絡む2人を見て焦って降りてきた。

「オズ兄様、急がなくても。」

「オーズィー、君の弟様は天からの贈り物のように美しいねぇ。」

「その呼び名で呼ぶなって何度言ったらわかるんだ。グウィードウ。」

「オーズィーこそ、変なアルビオン訛りで呼ばないでよ。」

基本的には人あたりの良いオズワルドが(昔のシュー以外に)、声を荒らげるのは珍しい。伯爵夫人の前ではグイードをアルビオン訛りをつけないで呼んでいたのに、わざわざアルビオン訛りに聞こえるように発音しているあたりに下さらなさを感じる。ウィリアムに仲が悪いのかとこっそりと聞くと、彼は呆れながら肯定した。

「幼い頃同じ女子を好きになって大喧嘩して以来仲が悪い、らしい。」

結局家の関係で伴侶が決まったとしても、大貴族の息子だろうとそういう可愛らしいエピソードが出てくるらしい。しかし、シューにとってはどうでもいい話だ。

「シュー・アルバート卿が君に似ていなくて僕は幸せだ。」

「ちゃんと話してもいない証拠だよ。シューちゃん自身は僕と似ていると認めているんだから。」

「それは大変な謙遜だと思うよ。」

2人の言い争いを見ていたら、なぜ自分はアルビオンに行くことをオズワルドに報告したかったのか分からなくなった。伝令に走ったカーティスには悪いが、ウィリアムに礼をして玄関ホールを出ようとした。

「ごめんよ、こんな馬鹿に捕まってしまって。」

シューが退出しようとしているのに感づいて、呼び止めた。

「いいえ、お気になさらず。大した用でも無いので。」

元々生徒会やら社交界やらで忙しいこの兄の時間を潰すほどの話でも無いのだから、余計な手間を取らせるのも違う気がした。しかし、オズワルドは帰ろうとするシューの手を取った。

「それなら尚更シューの話を聞きたい。」

シューは今まで大事な用事でなければ、わざわざ兄と話そうとしなかったし、仲の良いと言われるマリアンヌでさえもーーーこちらは性別が違う上に王女であるからというのもあるがーーーマリアンヌの気まぐれ以外に会って話をする時は余程の用がある時だけに限られていた。

「リアム、グウィードウのこと頼んで良い?」

「僕としてはウィリーが相手をしてくれるのはとても嬉しいけれど、今は弟様が…。」

と、言ってシューに声をかけようとしたところをウィリアムは大きな腕で、グイードのことを抑えつけた。

「任せておけ。」

「ごめん、助かるよ。」

ウィリアムは言葉少なだが、オズワルドにはそれで十分というように目で会話をしていた。少しの対抗心でカーティスに目を向けたが、カーティスは首を傾げた。その隣で心の読めるフィリップが苦笑いを浮かべていた。

オズワルドはどこが良いかと悩んだのち、仕方ないからと生徒会室にシューを通した。美代子の知るような書類や文化祭の時の生徒会制作物が溢れかえるような汚い部屋ではなく、沢山の書類はあるものの綺麗に整えられていた。事務仕事をするようなデスク以外に、客人を招くためのソファーやローテーブルもあって、彼らの仕事内容が気になった。

「おや、オズ。帰ってくるのが早いじゃ無いですか。大切な弟さんとの面会だと伺っていましたが?」

部屋には1人だけしかいなかったが、シューは目を見開いた。

「悪い、ヘンリー。弟が目立つのが嫌いだから、連れて来ちゃったよ。」

「悪いと思うならアルビオン訛りで私を呼ばないでくれますかね?」

ヘンリーと呼ばれたその男子生徒は、シューと同じように追加コンテンツで仲間になるアンリ・ブローシュだった。ゲームでは生徒会の会長だとは知ってはいるが、こちらの追加コンテンツもダウンロードしたものの、結局クリアせずに放置したキャラクターでトーレン程に美代子は知らない。アンリがシューに挨拶して、シューは我に帰った。

「はじめまして、シュー・アルバートです。兄オズワルドがお世話になってます。」

「アンリ・ブローシュと言います。『アンリ』ですよ。」

「はい、アンリさん。」

アンリ・ブローシュは純粋なオルレアン貴族で、王党派として有名な侯爵家。アルバート家に敵対する貴族では1番力がある。

「素直でよろしい。行儀が悪いと聞いていたのですが、存外普通ですね。」

それはシューが家庭教師を虐めていたという噂だ。ある程度アルバート家で火消しをしていても悪い噂だけは直ぐに広がるもので、特にアルビオン嫌いの貴族には早い。根も葉もない噂なら憤るが、それは消しようも無い事実だからアンリの言葉をそのまま受け取った。

「発音しない文字なんて必要ないじゃん。俺は丁寧に言葉通りに発音しただけだ。」

「そうですか。それなら、いいえ(no)と知る(know)も同じ表記にするべきですよ。」

「いいえと知るが同じ発音なのはヤンキーだけだ。耳が悪いんじゃないかい?」

グイードがいなくなったと思ったら、今度はアンリだ。どうやら意外とオズワルドは敵が多いようだ、

「あの、兄様。」

シューが呼びかけてオズワルドはハッとなって謝った。

「ヘンリーはこれでも生徒会で副会長だよ。口は悪いけど優秀な男だから。」

「アンリです。悪いのは私ではなくオズでしょう。グリンダに頼んで直してもらいなさい。」

「それは元々俺はとても心の優しくて綺麗な言葉を使う人間だと褒めてくれているのかな?」

「曲解が過ぎますね。」

仲が良いとは思えないが、どこか2人は楽しそうで愉快だった。シューが思わず笑って、

「仲がよろしいんですね。」

と言うと、声を揃えるように2人で否定した。

「良くない(です)。」

家同士が仲悪くなければまだ仲よかったもしれないが、ウィリアムとはまた違ってこれはこれで気安いようだ。

「いいじゃないですか。同じ人族同士なんですから。」

何気無しに言ったが、後ろで控えていたカーティスはひゅっと息を呑んだ。切なかったのだ。

オズワルドは口を尖らせて、アンリに背を向けて来賓用のソファにシューを座らせた。

「全くさ、グイードから逃げてきたところだったのに、まさかアンリに捕まるとはね。」

オズワルドはシューの向かいに座る。本人を目の前にしない時はちゃんと彼らの言うとおりに発音しているのが、徹底していると呆れながらも感心した。アンリは近くにいるので、オルレアン風に呼んでいるのが勿論聴こえて、最初からそうしろと小声で文句を言っている。オズワルドはその小声を聞かないふりをして、シューに笑顔を向けた。

「シューちゃんは何気ないつもりなんだろうけど、俺は嬉しかったんだよ。今まで一度だってシューちゃんから俺に話をしようとしてくれたことなんて無かったから。」

シューはそういえばと頷いた。それこそ、シューが自分から人を尋ねたいと行動に移したのは、マリアンヌにマリアンの話をしに行ったときが初めてだった。ティキやフアナだってシューから会いたいと言ったことはほとんどない。

「少し前まで僕はどうせ誰も話をしてくれないと、どうせ離れていってしまうのに自分から話す意味なんて無いと思ってたんです。」

「俺の、俺たちの、せいだね。」

オズワルドは申し訳なさそうに、肩を落としていた。

「そうでしょうか。リズが僕のそばにいた時、僕は他の誰にも手を伸ばさなかった。マクシムさんだったり、他の人だったりいたはずなのに。」

「…リズ、エリザベス・ノーランドか。」

今まで優しい瞳を浮かべていた彼の目が冷たく光った。

「どう、したんですか?」

シューはその目を見て黒く憎悪に満ちたトーレンの瞳を思い出した。今までシューが大切にしていたものに新しく大切にし始めた人による憎悪が怖かった。

「ここまで俺たちの仲を狂わせたのは、彼女だと思ってるんだ。」

ーーーベスに罪はない。

シューの耳にティキの声が聞こえた。その声に縋りたかったのに、彼の姿は消える。

「おぼっちゃま。」

カーティスの声がシューを呼び止めた。

「オズワルド様、口を挟んで申し訳ございません。」

「いや、ごめんね。俺もシューの大切な人を悪く言って。」

オズワルドがそう思うのも無理はない。実際シューだってエリザベスのことをナニーとしては失格だと考えていた。悪魔ティキはいつもシューに欲しい言葉をくれただけなのだと、頭のいいシューは分かっている。

「思っていてもシューに告げる言葉じゃ無かった。」

「…甘やかさなくて大丈夫です。僕も、リズは碌でもない人だって思ってはいましたから。」

「いいじゃないか。世界中がエリザベス・ノーランドを憎んでも、シューくらい彼女のことを愛しすることくらい。」

そう言ったあと、オズワルドは普段のウィリアムや学院の何でもない日常生活の話をした。シューは代わりに神殿のことと、エリオットJr.から言われたアルビオンに行くことを話した。オズワルドも冬場マナーハウスに帰る予定だから一緒に帰ろうと安心させた。

「グイードは悪いやつではないんだけどさ。」

グイードの話をしようとしたオズワルドは眉間に深くしわを作っていた。オズワルドより10年近く年上の美代子だって、12歳の男の子にどうグイードが危ない人間かは説明できない。

「僕、あの人のこと苦手です。」

アルバート家三男のシューが自分から遠ざけて仕舞えば、伯爵の跡取りである彼がどうこうすることもない。それを聞いてオズワルドは安堵した。


凡そ2時間くらい生徒会室で話をした後、隣でずっと仕事をしていたアンリに礼をして帰ろうと玄関ホールに戻った。

「あ、シュー・アルバート卿にオーズィー。」

「あの腐れ変態画家…。」

「まだいらっしゃったんですか。」

「すまない、2人とも。」

酷く疲れはてたウィリアムを見て、オズワルドとシューはとても申し訳なく思った。

「いやぁ、だって次いつ会えるか分からないじゃないか。」

それだけのために2時間近くも玄関ホールで待ちぼうけしていたのだから、シューもオズワルドも変態の執念を甘く見ていたようだ。

「まあ、目の前にウィリーもいたし、飽きることはなかったよ。」

「リアム、無事か。」

「スケッチされただけだ。」

「…今度何かしでかしたらシャルルに頼んで学院から追放してやるぞ、グウィードウ。」

「ヤダなぁ、僕を追放するよりも先にウィリーを殺そうとした鼠さんを早く追い出してくれなきゃあ。」

ウィリアムを殺そうとしたという話はシューも看過できなかったが、殺気立つオズワルドの雰囲気から聞き出すことはできなかった。




フラ・アンジェリコである史実のグイード・デ・ピエトロさんについては全く関係がございません。名前をつけるときに、イタリア人とGから始まる名前を探していた結果グイードさんの名前をお借りしました。

元々はティチアーノのとつける予定でしたが、トーレン(Tohren)がいたので辞めました。攻略対象だけは全員イニシャルを被せたくなかったので…。

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