黒い鳥と黒い猫。悪役っぽいもの揃いました。
深夜、隣にいるカーティスがすっかり寝ていることを確認して、更に起きないように深い睡眠の魔法をかける。これは闇の魔法だ。
「いるんでしょ、フアナ。」
ワザワザ彼を眠りから起こさないようにして、読んだ相手は部屋の闇から浮かび上がる。
「あら、気づいていたのね。さすがだわ。」
「君がいると心がざわつくからね。」
赤い髪に赤い目、そして真っ赤な赤い爪。扇情的な黒のドレスを来た女性。しかし、全体的な大きさは中型犬くらいだ。
「光の神殿に来たら、君に嫌われるかなと思ったけど。」
「光の子達は闇の精霊のこと憎んでいるけれど、私にはどうでもいいのよ。知っているでしょ。」
「知ってるし、そういうところが好きだけどね。」
フアナは闇の精霊だ。魔族ではないのだが、魔族と同様に人族から嫌われている。闇の精霊は、色魔だったり、病魔だったりするが、全部がそうではない。フアナは心を覗くことができるが、そういったものではない。
「でも、面白いわね…ここが誰かによって作られた『ゲームの世界』だなんて。」
「やっぱり見たんだ。」
「当たり前よ。で、シューはどうするの?」
人の心が揺り動いているのを見て楽しんでいる彼女からすれば、ここ最近のシューの心がゆらゆらと変わっていくのが凄く楽しいのだろう。
「心を覗けるのなら見たんでしょう。僕は、何の目的が持てないんだよ。」
物心がついてからずっとシューは、人間を憎んでいた。今のシューからすれば何故あそこまで強い執念があったのか謎で、そのシューの犠牲になった人や動物たちが哀れでこうして罪を償いたくて神殿に来た。今はそれしかない。しかし、フアナは納得しない。
「心が覗けたとしても、言葉は大切なのよ。心とは違う言葉を紡いだら、何故か心まで言葉と同じようになるときがある。心が先か言葉が先か分からないものなのよ。」
「例えそうだとして、僕はまだ言葉にもならない。」
フアナの言葉は間違っていないと思うし、闇の精霊というだけで嫌う光の精霊よりも彼女の方がとても素敵だと思う。昔からシューは彼女のことを一番信頼していた。
「まあ、いいけどね。そうだろうと思ってたし。それよりも、ティキがあなたに会いたがってたわ。」
「え…。」
シューは顔を歪ませた。少し黙って思案したあと、ため息をつく。
「我、汝と契りを交わしたもの。以て汝応答せよーーーティキ。」
召喚の呪文を唱えると、楽しそうなしゃがれた声が響き、彼は現れた。尖った耳に頭には羊のような大きい立派な角、蝙蝠のような羽に、冒涜的で醜悪な容貌。彼は中級悪魔の一人、ティキ・シルヴィアだ。
「ひゃっはー!待ちくたびれたぜぇ!」
嫌々召喚していたが、その声を聞いてさらにげんなりする。
「五月蝿い、静かにして。」
「いいじゃねぇか、久しぶりなんだしよぉ。どうだ、また禁書盗みに行くか。」
「ここどこだと思ってるの?」
ティキを呼ぶ前に、部屋に結界を張って良かったと思うくらい彼の声がでかい。昔、彼と一緒に闇魔法の魔導書を盗みに行ったが、録な事にならなかった。最終的には助けてもらったが、ギリギリまでこの悪魔は足を引っ張り続けた。
「どぅえら、俺様の敵、光の神殿じゃねえか。どうした?!」
「あー、もう、うざ…。」
「でも、教えてあげなきゃ、分からないわよ。私と違ってね。」
ティキなんかに信じられなくてもいいので、包み隠さず全てを話す。しかし、シューとは違って目をキラキラ輝かせた。
「なんかすっげぇ面白ぇな!」
「お前は低級か!」
それなりの力のある悪魔のはずなのに、子供のようにゲームの世界であることを楽しんでいて、うんざりする。
「だってよぅ、魔族も人族もあんなに一生懸命生きてやがるのに、誰かの物語の世界だったなんて哀れで滑稽じゃねえか。」
「はぁ、お前はそういうやつだった。」
ティキという悪魔は悪魔のなかでも変わり者に分類されるだろう。他の悪魔は人族にちょっかいかけて破滅させることを好むが、彼はあまり手を出さない。ただ人の失敗しているところが好きなようで、人を観察しては失敗しているのを見ては笑っているのだ。実害という実害はないのだが、ひたすら腹が立つ。シューも禁書を盗みに行った時、何度も失敗しかけてその度に横で大笑いされるので気が散って仕方がなかった。
「あー、やっぱお前の側って面白ぇわ!暫くお前の側にいるわ。」
「はぁ?僕を処刑させたいの?」
「処刑はつまらねぇなぁ。」
実害はないとしても、悪魔は悪魔だから、繋がりがバレれば処刑は免れない。しかし、ティキはシューのことを酷く気に入っている。シューの失敗を横で大笑いしては、いつも最後は助けてくれる。闇属性習得で一番お世話になった人とと言っても過言ではない。そういうところがあるから、シューも嫌いになりきれない。
「人族になついている動物にでも変化するかー。シューも手伝えよ。」
「なんで。」
「俺様一人でやっても、バレて魔法が解かれるかもしれねぇが、二人でやれば複雑になるからな。…んー、なるのはなにがいいかなぁ。」
動物になる変化魔法は闇で、幾度かお世話になった魔法だから使えるが面倒だ。
「側にいるなら犬か猫じゃないの?」
「んじゃあ猫だな。」
「即決か。」
「猫のが木に上れる。」
「ああ、煙と馬鹿はって奴ね。」
「高いところ上れた方が役に立つだろ。」
ティキが行使する魔法に合わせるようにシューも彼に魔法をかける。二重行うとより複雑化して簡単には解けにくくなるというメリットがあるものの、重ねがけするにはそれなりの技量を求められる。この悪魔に言われて覚えたが、やはり最初のうちは失敗して魔法が暴発して大笑いされていた。
「一発成功かぁ、つまらねえ。」
「あれだけ失敗してれば、嫌でも覚えるには決まってるでしょ。」
悪魔は黒い猫に変化したのだが、元々の醜悪がそのまま出て、随分なぶさねこになった。
「目付き悪。暗闇の中なのに。」
「うっせうっせ。悪魔に美しさなんて必要ねーんだっつの。」
「これ程醜悪なのって、前世で随分悪いことしたんじゃない?」
「はぁ?」
仏教の輪廻転生で、前世で徳を積んだものは美しい人間に生まれ変われるという言い伝えがあったはずだ。それを伝えるとティキは指をさして笑う。
「んじゃあ、シューは来世はブス決定だな!つーか、人間として生まれ変われねぇかもな!」
「五月蝿い。来世も不細工だろうやつに言われたくない。それにまだ時間はある。これから取り戻せば良いし。」
「はっはーん。貴族の寿命は60くらいかもしれねぇが、最下層階級の人間じゃあ30で死ぬやつ多いからな。貴族から転落しなきゃいいなぁ。」
シューとティキの不毛な争いに、フアナは呆れた顔をして大きくため息をつく。
「本当仲良いわねぇ。悪魔と光の属性の人間同士には見えないわよ。」
大抵の悪魔は、対抗力の強い光の属性を嫌う。他の悪魔はそれでシューには近づかなかったが、面白いことの大好きなこの悪魔だけはシューと何時でも喚んでもいいという契約を結んだ。
「やめてよ…。ティキと仲良しになんて思われたくない。」
「いーじゃねえか。俺様とお前の仲じゃねえか。」
ぎゃんぎゃんとティキは騒いでいるが、見た目はブサネコで、あまり怖くないし、いつもよりうざさは減少している。
「いくら中級悪魔とは言え、悪魔ティキはそれなりに有名だよねぇ…。」
「そうね。人間たちにしてみれば一番身近な悪魔とも言えるわ。」
教科書や騎士団のリストに乗るような上級悪魔ではないが、ティキは性格上一番人の近くに表れるものだから、人間によく知れ渡るのだ。町人たちが作るコメディ草子にはよく出てくるらしい。それが彼の自慢でもある。
「ティキじゃなくて、猫の君はルルって呼ぶよ。」
「おう、別に構わねえけど、なんで『ルル』なんだ?」
「前世で読んでた漫画に出てくる『美人』な猫。」
「まんがぁ?」
「凄く良い猫。君と違って。」
「そりゃあいいや。シューとも違って良いやつってことだろ。」
彼の厄介なところは嫌みが一切通用しないし、馬鹿にしていてもへこたれることはない。向上心の欠片もない奴だから、上級悪魔になろうとも考えないお気楽な悪魔だ。
猫になったティキを見て、フアナは羨望して嫌みったらしく不満をぶつける。
「にしてもティキはいいわね。私も変化できれば鳥にでもなるのだけれど。」
「フアナはできないの?」
「出来ないわけではないのだけれど、闇の力が強いから光の子にバレちゃうわ。悪魔は元々人族に憑いたりするので気配を隠すのが得意だから早々ばれないのでしょうけれど。」
「うーん、フアナは病気について詳しいから教えてくれると嬉しい。美代子は医師ではないし、この世界の特有な所は未知の領域だから。」
「…そこの猫とシューが協力するなら、隠せるかも。ただ二人と重ねがけしたことないから上手く行くとも限らないわ。」
「僕は失敗して暴発しても大丈夫だよ。回復する。」
「えー、俺様も協力すんのかぁ。面倒。」
「ほらね。」
「ルル、フアナは心が覗けるから、人にバレるとかの対策たてやすいよ。いくら二重にしたからといっても、リスクは避けるべきでしょ。」
「俺様の存在がバレそうになるのを必死に隠してるの面白そうかと思ってたんだが。」
「は、消滅しろよ。」
「まぁ待てよ。これに関しちゃバレれば一発アウトってところがあるからな。しゃあねぇな。失敗したらもうやらねえからな。」
三人という人数で重ねがけなんてするのも初めてで不安は強いが、二人は凄く強い魔導師であることに変わりはない。
「じゃあ行くよ…。地の底の精霊、ハデスよ。我に変貌の力を与えよ。」
するすると呪文を二人に合わせるように唱える。フアナは鳥になりたいと言っていたが、フアナの心を読ませる力によってイメージの共有がなされる。面倒と言ったが、彼女の力があればタイミングなど合わせることは難しくなかった。
「完成、だな。」
そうブサネコが言うと、先程いたちいさな美しい人は、可愛らしい黒い小鳥になった。
「やっぱりフアナは元がいいから綺麗だね。」
「うぉい。」
不細工な猫は、不細工な声で不満を訴えるが、綺麗な幼い少年はふぁぁと眠そうに大きくあくびをする。
「もう、僕眠いから寝るよー。変化魔法に結界魔法、それにスリープ…魔法一杯使ったしなにより畑仕事とかしてたから。」
「シューは体力つけよろこんにゃろー。お前、こないだの禁書窃取失敗はお前の体力不足が原因だからな。」
ルルの猫パンチを食らいながらも、強い眠気に襲われて何も言い返すこともせずにベッドに入った。
「昨日今日は忙しかったから仕方ないわね。」
「…闇の聖母は優しいこって。」
「聖母は優しいでしょうよ。はぁ、私あんたのことだいっきらいなんだから…。」
フアナはパタパタと羽を動かしてシューの枕元に降りた。それを追ってルルもベッドの上に乗り込んだ。
「俺様は面白ければなんでもオッケーなんだけどよ。闇の精霊って人族に対してすっげぇ恨み持ってるだろ。それは敵対している魔族以上にさ。」
「あんた面白がってるでしょ。闇の魔導書は…禁書なんて言われているけど、昔は普通に使われてたし、闇属性は病気に強いから子供に産まれたら喜ばれたもの。闇の精霊も厄払いとして喜ばれてた。…だから、最近の人族に疎まれている状況は腹立たしい。恨めしい。これが普通の闇の精霊ね。」
「知ってるわぁ。」
「でしょうね。…シューは人族だけれど、人族から疎まれてた。」
フアナが言葉を濁らせると、ルルは面白そうに尾を動かした。
「つまり、似た者同士ってところな。」
「…ぶっころ。」
「キャハハ。全員見事にはぐれもんって事だな!」
黒い小鳥は目をぱちくりとしながら、楽しそうにしっぽを振るブサネコを睨む。
「はぁ、まあ貴方も拗らせているのかしら。」
「ぬぬぬ?俺様は真っ直ぐ自分の幸福追求してるんだぜ!」
「人族に実害のない悪魔ってそれだけで変だわ。」
「いやいやいや、なんで悪魔は絶対人族に憑いて破滅させなきゃいけねえんだよ。それこそ偏見だろうがよ。」
シューの寝ている上に座り込んだルルはしっぽでびたんびたんと不満げに叩く。しかし、シューは余程疲れているのか起きる気配はない。シューが起きそうにないことを確認してフアナは続ける。
「そもそも人族に憑くって面倒なことを悪魔はやってる。人族は悪魔の愉快犯だと誤解しているけど、きっと悪魔にとっては必要なこと、違う?」
「そりゃあ、悪魔といえども生きていますからねぇ。…養分とかそういうのじゃねえよ。悪魔には元々魔力が少ないんだ。」
「あら、そうなの?知らなかったわ。魔法をよく使っているイメージだったから、驚きね。」
「悪魔はプライドの種族ですから。後は想像通りだな!」
「人族に憑りついて魔力を奪う…。その後破滅するのはあくまで副作用ってことかしら。」
悪魔は黒い小鳥の言葉には何も答えず、眠る少年の上で自身も眠るように蹲る。それを見たフアナも少年の眠る隣で羽を下し、目を閉じた。
美猫ルルは「三途の柵」がでてくる、あの漫画の子。私が一番好きな漫画です。たえちゃんが友達にほしいです。