独立した意思
カーティス(14) シューの側仕え
ルル お気楽悪魔ティキの猫の姿
フィリップ 元魔族の人族 しどけなく結んだ長い黒髪がチャームポイント
同じようにゲームの記憶を持つマリアンヌと話すことはやはり楽だった。結局ゲームと現実の差異が何の意味があるのかは憶測の域を出ることはなく、シューの心に不安が残った。
マリアンヌを心配したシャルルが迎えに来て、再び会場に戻った。会場にはエリオットJr.とオズワルドが並んで軽く話しをしていた。あまり2人がまともに話しているところを見ていなくて驚いたが、会話の端々を拾って聞いたが2人ともシューの話をしていたようだ。
「王女殿下と出会ってすぐ意気投合したのはなぜだ?」
エリオットJr.は時に唐突だった。いや、シューに話すときは大体いつも唐突だ。気になった時すぐにシューに聞いているのかもしれない。シューからすれば、招待状を3週間も前から貰っておいて今更かとうんざりした。
「さあ、なんでですかね?」
「王女殿下は、婚約者がいるから無理だぞ。」
「何故、皆それですか? 王女殿下と結婚したいなんて思ってませんよ。」
カーティスも好きな人でも見つけてくればいいというし、王女殿下も興味のある方はいないのかと聞くし、その手の質問はうんざりだった。母親が自分の人生は自分が決めろと20を遠に過ぎ恋愛をしない美代子を咎めることは一切なかった。だから、か。この世界で恋愛に関して勝手に詮索されるとかなりイライラする。
「では何故だ?」
「そのうち分かるんじゃないですか?エル兄様なら。」
今の兄弟たちは嫌い、とはいえなくとも、面倒くさい。カーティスと動物たちのところに早く帰りたかった。動物というなの、悪魔と闇の精霊と元魔族だが。その文字面だけならゲームの悪役のシューと全く変わらなそうだ。
「シュー、顔色があまり良くないのではないですか?」
「王太子殿下。」
シャルルが難しい話を終えたのか、会場で唯一の友エリオットJr.のもとに来たのだが、隣にいるシューの顔色を観て、その感情を読み取るかのように右手でほおを撫でた。
病気云々ではなく、日頃の体力の無さと慣れていないことの気疲れだ。自分でも簡単に診察できる程度の症状だ。
「すまない、俺の監督不行き届きだ。」
「そんなこと言ってませんよ。私が気にしいなだけですから。」
「殿下、気にしないでください。慣れないところで気を張っていただけですから。」
「マリアがずっと君の腕を掴んだ男に憤慨しているから、余程嫌なことでもされたのかと思いました。」
あの楽団のマネージャーをマリアンヌは随分怒っているようだ。女性ならまだしも、まだ12の少年に何をすることもないだろう。真理亜のお気に入りのキャラクターであるシューだから、異常に心配しているのかもしれない。
「彼は僕に音楽聴かせたいと言っただけですよ。」
「それ口説かれてませんか?」
「え、男ですよ。」
「あ、いえ、そういう意味ではなくてですね。つけ入ろうとしているのではないかと。」
「社交慣れしてないから、お兄様たちより取り入りやすいからですか。」
社交慣れしていないが、シューに取り入っても意味がない。美代子は残念ながら音痴だった。悲しいくらい。音感も一切なく、小学生の頃は程よく全ての科目ができたが、音楽の成績だけはダメだった。美代子が住んでいた田舎の若者の娯楽がカラオケくらいしかなくって恥ばかりかいた。それから、シューは音楽とは無縁の生活をしていた。貴族なら普通教養で覚えるピアノだったり、ヴァイオリンだったりを覚えてなかった。父が寄越す家庭教師は魔法と歴史や言語などの知識と貴族でしての最低限のマナーのみだ。
「僕、音楽興味ないので、そちら方面に掛け合わせするの無理なんですけどね。」
シューを足がかりにしようとしても、大した人脈はない。魔法に関してから話は違うが、芸術方面はとんとない。
「それでも、そうなることは予想通りだな。」
「リオ兄様が対応してたんじゃないんです?」
「一介の楽師にまで対応していたんじゃ、俺が1人では足りないな、オズワルド。」
暗に非難されたオズワルドは口を尖らせた。王太子殿下の命だと言っておきながら、社交慣れしていないシューが丸め込まれないように先回りする仕事をしていたのだ。婚約者のコゼットが呆れていたのはそちらだったのか。
「取るに足らない身分だが、用心に越したことはない。調べてみるか。」
「エル兄様調べることばかりですね。」
「リオ兄様。」
それだけアルビオンに仕えられるのも尊敬もするが、滅私奉公過ぎて気味が悪い。クリストファーがシャルルを苦手と言っていたのそういうところなのかもしれない。これはクリストファーの親友殿のエリオットJr.だが。オズワルドも兄の発言に呆れ顔だったが、エリオットJr.は反撃のするように挑発的な顔で笑う。
「オズワルド、ミシェル男爵夫人のレディがお待ちだが?」
「行ってきまーす。」
舞台のように大仰に肩をすくめて、オズワルドはエリオットJr.の話していたご令嬢に話に行った。色好きと言われるオズワルドも普通の男で、女性の集まりの所に入りに行くのが嫌なのだろう。だから、自然と男同士で集まってしまうのだ。
「…兄様はこれが嫌で婚約者がいらっしゃいます?」
「ある程度の色恋沙汰は楽しいが、煩わしい方が多いだろう。」
「楽しい、んです?エル兄様が。」
「お前は本当俺への評価が厳しいな。」
何があるごとにいつもこのやり取りをしている気がする。最早兄弟漫才の1つだ。
「エリオットJr.、何をしたんです?」
「違います、何も一切、してないんです。」
シューのエリオットJr.の評価の理由をはっきりと告げると、エリオットJr.は気まずそうに目を逸らした。
「マリアが、シューには殊に優しくと話していましたが、もしかして仲が悪いのですか?」
「悪くもありません。何もありません。」
思慮深い優しい王子はそれだけで大体察したらしく、可哀想なものを見る目でエリオットJr.を見た。
「何故マリアがそれほどシューに優しくと言ったのかよく分かりました。」
シャルルがそういうと、エリオットJr.は降参だと手を挙げた。
「分かった。態度に関しては改善をしよう。」
「あ、大丈夫です。」
兄が優しくなると思うと逆にゾッとした。会話ができるようになったのだから、もうそれでいいのだ。オズワルドの変化だけでも受け止めきれないのに、鉄のようなエリオットJr.が軟化するのが恐ろしい。
「ふふ、仲良くなったんじゃないですか?」
関係ないはずのシャルルが嬉しそうだった。シューはそれが何故か嫌だった。でも、そんなシューが美代子はもっと嫌だった。
上手くいかない、とシューは自室のベッドに沈み込んだ。
「なーんか楽しそうだなぁ。俺様も付いて行くべきだった。」
ルルはシューの背に乗っかってぴょんぴょん飛び跳ねる。腹が立つのでそのままごろんと横に転がって猫を踏んだ。シューに潰されたふぎゃああと悪魔は叫ぶ。
「自業自得です。」
カーティスの冷たい目がルルに刺さった。
「ルル、それは私もそう思うぞ。」
カーティスとルルの喧嘩に、フィリップも入るようになって更にパワーアップした。
「で、どうだったんです?」
「社交は僕には向いてない。」
向いてなくても頑張らなきゃいけないのは上流階級であるから仕方ないのだが、自分の部屋でくらい泣き言くらいは許されるだろう。
「はぁ、帰りたい。」
「帰ってきたじゃないですか?」
違う、美代子の家だとはカーティスに言えなかった。美代子はシューが手に入らないものを手に入れていた。でも、それを嘆いたところでシューは戻れない。何か役に立つものを手に入れたいと思ったお茶会だったが、マリアンヌと話せたこと以外は殆どシューには意味のないものだった。
「ご婦人たちの世間話で興味深かったのが、エドガー子爵が異例の大出世ってくらいだったしなぁ。」
「人族の小さい貴族なんて覚えてらんねえな。」
「出世した理由が政略結婚で、エンリケ侯爵の娘が嫁いだとかですっごいどうでもいい。」
「エンリケ?」
その名前に貴族のカーティスは知っていたし、人族のことをよく調べているフィリップも、人族の草子にでていることが自慢のティキも知っていた。
「ディアナ公爵夫人の生家で、嫁いだのは姪だよ。」
だからといって、これがシューになんの関わりがあるわけでもない。ただこの姪がデビュタントしたばかりの16歳のご令嬢であることが、美代子に心の影を落とす。
「男で良かった。女だったら僕もデビュタント早々に結婚してたんだろうなって思う。」
ニーナやコゼットのように自分で身を立てる女性と結婚するならともかく、そうで無い場合、男はある程度甲斐性が無いと結婚すらできないから、結婚年齢が女性よりも高い。自由でいられる時間は女性より長い。
「そうですか?シューが女性だったらさっさと魔法研究で独立してたような気がしますが。」
カーティスはそれを慰めで言っているわけではなかった。シューの性格や力を見た素直な感想として言ったのがシューには伝わった。よく考えたらそうだ。今まで親兄弟に素直に従う可愛げのある子供では無かった。
「そうだね。それが僕だ。お茶会で随分疲れたみたいだ。」
何故か会う人会う人にいい人はいるか、と尋ねられて、予想以上に精神的にきた。
「そうですね。暫くまた神殿に戻るんですよね?」
「まあ、予定では。でも、アンドリュー・ホワイトを見つけたいし、ニーナ姉様ばかりに任せるのもな。」
神殿で人々を癒したい、広くて窮屈な家にいるのは嫌だとばかり思ってはいるが、神殿で月日を過ごすのは得策では無い気がした。本当にバッドエンディングを回避したいなら、無理矢理に動く必要があるとマリアンヌが話していた。あと2年、ゲームのシューは何をしていたのか、強くなった方法がシューには分からない。
「ルル。」
「んあ?」
ティキにはシューのようにゲームの記憶はない。が、美代子の記憶が戻る前のシューのことを1番知っているのは彼だ。
「もし僕に美代子の記憶が戻らなかったら、今僕は何をしていた?」
「てめえのことなんざ知るかよ。つーか、良いのか?それを今聞いて。」
シューが美代子という前世、この世界の未来を知っていること、闇魔法を覚えていることをカーティスには伝えていたが、過去の窃盗行為、ガイルと協力関係にあったことをカーティスは知らないし、設定ではルルと知り合ったのは神殿に行ってからということになっている。
「僕とルルの仲なんて今更だよね、カート?」
「…旧知の仲だろうということは流石に察しますよ。」
関係性を隠すようなことをしたことは一切なかった。いくらなんでもずっと側にいればカーティスだって察する。
「そりゃそうだわ。んで、過去のお前なら?お前の想像以上のことは流石の俺様も考えつかねえよ。過去の所業の繰り返しじゃねえの?」
ルルが言っているのは、恐らく闇魔法の研究と魔道書の窃盗、ガイルの指示に従って動くことくらいだ。悪業というのは少しずつ深みに嵌っていくものなのだろう。魔族のつながっていたけれど、その筆頭がこちら側に着いているから二重スパイも考えることはできない。
「あなたはシューが変わったところで、シューから離れなかったんですよね?何故ですか?」
「変わったつっても、目的が変わっただけで性格が変わったわけでもねえから、俺様にとっちゃ些事だな。俺様がシューの側にいるのはコイツが面白いからってだけだから、何してようが別に構わねえ。」
シューの性格が変わってないとはっきり言うのはこの悪魔くらいだろう。カーティスはどうしてもそれが羨ましく、腹が立つことだ。でも、前のシューにカーティスが付いていけたかというと無理だった。
むーっと悩むシューに、フィリップはそれよりもと話を変えた。
「シュー、ゲームとはなんだ?」
「ちょっと勝手に僕の心を読まないでよ。」
いつでも連絡して良いという彼との契約は破棄したが、フアナの加護が前よりも強いのか、フアナレベルとまではいかなくても、かなり読まれるようになってしまった。
「すまない。何故かシューの心だけは読みやすいようだ。」
でも、だからこそフィリップはシューのことを心の底から信頼している。シューのどこにもフィリップへの侮蔑や嫌悪など一切感じないからだ。そして、心を読んだことに対しても口にした非難の言葉程度で、フィリップを拒絶することがない。それをまたフィリップが馬鹿正直に口にするから、シューは何も言えなかった。
「game、遊び、賭け事、試合、競技、策略、駆け引き…さあ、どれだろう?」
「怒るぞ。このイメージはどれとも当てはまらない。」
「ゲームブックが伝われば1番分かりやすいのになぁ。」
相手が伝えようとしているなら具体的なイメージがフィリップにも分かりやすくはっきりと映るらしく、すぐに彼は理解した。
「選択肢のある小説という意味か。それで、読者の選択次第でエンディングが変わる。」
「そう、それ。」
「…それがこの世界の真実ということか?」
フィリップは自分の体を抱き寄せる。
「さあね?でも、この世界が虚構かどうかなんて分かり得ないから、考えるだけ無駄じゃない?」
「でも、誰かによってその通りに思考するように作られていたのなら…、この感情も嘘なのか?」
フィリップのエメラルドのような緑の目が、徐々に光を失い、シューに答えを求めた。カーティスだってそれをなんとなくは知っているが、混乱していたし、常識が虚構であることを拒否した。しかし、フィリップは心が読めるせいで、ゲームであるということを正しく理解してしまったのだろう。自分よりも50センチメートル以上も背の高い男が、耐えられないとシューに縋る。
「この世界が誰のものでもない、ビッグバンから産まれたオリジナルだったとしても、君の思考が作られたモノではないなんて殆どあり得ないよ。色んな本を読んだり、色んな人から影響を受けて、思考は何かに偏るものでしょ。」
「いや、それは自ら選んだ偏りだろう。」
「そうかな?人って結局は選んでいるようで、選ばされてるものだとおもうよ。」
シューはそう言うと、辞書を3つ取り出した。1つはアルビオン語辞典、1つはアルビオンーオルレアン語辞典、最後にオルレアンーアルビオン語辞典だ。
「とりあえず君が学生だったとしてアルビオン語をオルレアン語訳しなさいって言う課題が出されるとするでしょ?で、性急にアルビオンーオルレアン語辞典が必要になったの。書店に行くとさ、全ての辞典は50フィル(オルレアン通貨、1フィル≒1ドル)だった。でも、店員が言うんだ。『アルビオンーオルレアン語辞典とオルレアンーアルビオン語辞典を買うとおまけでアルビオン語辞典をつけるキャンペーンをしています。キャンペーンは今日までです。』」
「アルビオン語を学ぶ必要があるなら、セットで買ってもいい気がする…が。」
「ね、分かるでしょ?しかも、そう思うのは君だけじゃない。辞典を持ってない学生なら、多くの人がそう思うでしょ。50フィルがタダになるんだもの。服屋で2つ買ったら更に10パーセントオフ!なんて言われれば、一つしか買う予定の無かったのに2つ買ったりするしさ。だから、本当に、思考が独立することって大事?自分だけの意思ってさ、そんなこと現実でできる?できたとして、ただの空気読めない人じゃないの?」
フィリップに言い聞かせながら、孤独に怯えた自分にも訴える。作られた世界だと1番怖がっているのは自分だ。そして、作られた世界から少し抜けてみようとしたら、兄のちょっとした変化でも怖くなった愚かな子供だ。
「…フィル、僕の知っている世界では、君は魔族のまま死んだ。協力してたけど、僕と分かり合えないまま死んだよ。だから、僕の知っている世界じゃないの、今は。だから、何が起こるか全く分からない。また違う誰かが僕たちの人生を新たに書いたり、誰かが編集していたとしても、何も分からない。それって、普通の人生だよね。」
今更シューは気づいたのだが、エピソード2のボスがガイルだった。混乱、麻痺や火傷など状態異常攻撃が嫌らしいが、ボスの中では体力は高くなく比較的倒しやすかった敵だった。それが、今やこうして人族として、泣きそうになっているのだから本当に何が起こるか分からない。
「そうか、その人生でも私はシューの味方だったのか。」
「そうだね。」
冗談っぽく笑うと、フィリップも力が抜けたように微笑んだ。
「…え、魔族だったフィリップと味方だったんです?」
そこを知らなかったカーティスが固まると、シューも口をあんぐりとして開けて止まった。
カーティスが居ることをすっかり忘れていたのだ。ずっと側にいるのに。
「…あのう、今は違いますよ。僕、ちゃんとアンデット討伐…してないけど、魔族を殺し…てもないけど、全力で魔族と戦いましたよ。」
悪戯が母親にバレた子供のように、シューはおずおずとカーティスを見る。
カーティスは一度だって分かりやすく説明されたことがない。ずっと混乱するしかなく、シューの弁明も耳には届かない。
進まないお話…。




