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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
アルバート家とアンデッド退治
31/115

フアナの愛子

ガイル オルレアン周辺の魔族を纏める男


フアナ 心の精霊 性格はよろしくない。


ハデス 闇の精霊 冥府を纏める闇の最高精霊



  ガジャンという金属の音がして暗い暗い空間の中で響いた。

  ジメジメとした陰鬱な地下牢にはもう僕以外いないのに、誰がこの場所に来たのだろう。

「…元気そうじゃねえか。」

 太陽で焼けた褐色の肌をした美丈夫が僕のことを柵越しに見る。

「何の用。」

「元同胞に冷えな。」

 身体に力が入らないせいで、起き上がることもできないまま男を睨む。

「元同胞を玩具にしていたこと、許される訳ないよね?」

 褐色の肌の男は何も言えなかった。代わりに男は違う言葉を僕に贈る。

「シュー、世界はお前の思い通りになったぞ。」

  この男に言われなくても僕は知っている。何故ってもうこの牢屋に誰も来なくなったのだから。僕を恨んで殺しにくる人も、なけなしの食料を地面に捨てる看守も、助命を嘆願する彼女も。もう何もない。

 男は力任せに檻を壊した。中に倒れ伏している僕がいるのに何にも気にしないで。

「うぐっ。」

 息ができない。僕とは違う真っ黒な瞳が近づいて、僕の首を絞めた。でも、苦しいのだろうか。既に手足の感覚は無く、最早いつ死んでもおかしくない僕はよくわからなかった。

「…満足したのか?」

  男はなんの抵抗もできない僕に飽きたのか、手をどかした。少しだけ咳き込んだ。それから、彼は僕に魔法をかける。僕のような治癒魔法ができない彼は僕に魔力を分け与えただけだ。それでも、僕の身体はガソリンを給油した車のように、少しずつ動きを取り戻した。

「さあ、行くぞ。」

 男は立ち上がれない僕の腰から抱き上げて、俵担ぎをすると地下牢を後にした。


  腹に来る衝撃と、口の中に広がる鉄の味でシューは意識を取り戻した。シューが薄い意識の中光の矢の魔法を唱えると、何かが飛び去った気配がして目を開いた。

「目覚めたのか、シュー。」

 シューは転移魔法で声の主人から距離を取る。

「脳を潰したつもりだったが…、無事だったか。」

「やっぱり君か、ガイル。」

 遠距離から脳を攻撃する、などこのテレパスのガイル以外ありえない。森のギャップの間を月の光が彼を照らす。何故かガイルは人族の長い射干玉の髪をしどけなく結った美しい男の姿だった。本当のガイルは緑の肌をし、目は大きく窪み、シワの多い気色の悪い鬼の姿をしている。

「…僕を殺したいの?仲間にしたいの?ハッキリしてよ。」

「あはは、殺してもいいし、仲間にしてもいい。これは魔王様の意向ではないし、私の趣味だからな。」

 森はざわざわと声を上げる。あちらこちらで鋭い視線がシューを睨みつけている気配を感じる。ここは西の森であるとは思うが、アンデッドでは無さそうだ。

「裏切った僕を見せしめにしたいのが本当?」

「私はシューを気に入っているよ。何にも心を許さないシューがね。それに、裏切られたなんて思っていない、シューは人族だからな。」

 いつもの鬼の姿では表情がわからなかったが、人族の見た目をしているガイルは楽しそうだということが分かる。シューは色々と鬼のことを誤解していたのかもしれない。

「君が僕が思っていたより愉快犯だったんだね。」

 シューがガイルから受けた傷は全て治ったが、攻撃をするか逃げるか迷う。

「まあ、もしあの時シューが闇の魔法を使っていて、その後迫害されるというのなら、私は喜んでシューを助けた。」

 シューが思った通りの目論見はあったが、その後脳を潰してここに連れてきた理由が全く分からない。

「君の無意識に働く回復魔法…、自動回復魔法というべきなのか、それに阻まれてなければシューは死んでいたはずなのだ。」

 美代子の知識でも、あれは救急にかからなければならない痛みだった。それがここまで簡単に回復するのは流石のシューも驚いてはいるが、それよりも目先のガイルの方が大事だ。

「だから、逆に興味が湧いて、傷つけて遊んでたのだ。これで、シューの疑問は解消されたか?」

  これはものすごく嫌な予感がする。それから、とガイルは続けた。

「仲間としての価値はないし、殺してしまおうかと思った訳だが、持ち帰って研究したいって思い始めてたところだった。さあ、どうする?」

 最悪だ。研究材料にされたくなければ、仲間として協力しろという脅しだ。

「分かった。」

 本当なら光の攻撃魔法を覚えてから彼と対峙したかったがこうなっては仕方がない。アルテミスがまた協力してくれるなら光魔法で戦ってもいいのだが、そうもいかない。

「冥府の門、オープン。」

 シューの足元から暗闇が現れ、シューの周囲に沢山の本がずらりと並ぶ。それは今までシューが必死に集めた闇の魔法の本だ。一番力のある魔道書はハデスから直接貰った冥王の書であるのだが、あれは持っているだけで魔力が持っていかれる。今のシューにあの本をどれだけ持っていられる力があるか分からない。代わりに違う魔道書を手に取る。これは精霊が作ったものではないが、過去の天才が作った闇の魔道書で色欲や心を操る魔法が沢山載っている、通称幻惑書だ。

「心に巣喰う闇から生まれし、幻惑を司る女神、フアナ! 我が心より顕れよ!」

 シューの前に違う黒い闇が生まれ、ざわざわと心が揺れる。それは彼女が来た証だ。

「あら、今日は留守番だと思っていたのだけれど。」

 黒い鳥ではない、赤い髪と赤いドレスを纏った美しい女性がシューの目の前に現れる。別人ではなく、いつもシューを助けてくれるフアナ本人だ。

「ごめん、事情が変わった。」

「そうみたいね、私の信徒ガイルもいるようだし。」

 フアナを目の前にしたガイルは目を丸くして、言葉を失っていた。

「闇の精霊が顕現するほどの力を得ていたのか…。」

 ガイルにとっては自身が信仰する精霊が初めて目の前にいるのだ。フアナは加護を与えているくらいだから一方的に彼を知っている。

「ガイルからしたら、私は初めましてになるのね。私は信徒だから知っていてもね。」

 よく考えれば、闇属性でテレパスの力があるガイルが、心を司るフアナを信仰していない訳なかった。加護を与えた者を信徒と呼称したりするのだが、信徒は精霊の力になるらしく、精霊は自分の信徒というものを大切にしている。だから、ウンディーネはニーナを助けようとしているシューに力を貸してくれたし、ウンディーネと仲がいいアルテミスも手を貸した。

「ごめん、フアナ。帰る?」

「いいわよ。長く精霊やっていれば自分の信徒同士が争うこともあるし、厳密に言えばシューは私の信徒じゃないしね。」

  加護や信徒など精霊のことは精霊たちでも何となくしか分かっていないし、精霊は子供のように感情のままに生きている。ハデスが作った冥王の書も、それまで魔道書を作ったことがないにも関わらず気紛れにシューの為に作ったら、使用者の魔力を吸い取るという恐ろしい物が出来た。それと同じようにフアナも気紛れでシューの元にいる訳だが、信徒というよりは彼女のオモチャというだけだ。呼びかけには答えてくれるくらいにはシューのことを大事に思っているらしい。

「だから、ガイル。私の加護しばらく外させてもらうわ。私は愛しているものの味方なのよ。」

  ガイルは悔しそうに顔を歪めるが、フアナはケラケラと笑う。そのガイルの感情もフアナの好物でしかなく、いつかシューもそう言われるのだろうなと思うと他人事には思えず笑えない。

  ガイルは何かの呪文を唱えている。恐らくシューの脳天を再び潰す気なのだ。それが彼にとって一番の攻撃魔法だ。

  未だシューが得意ではない、色欲や心を操る魔法の魔道書を手にしたのは、ガイルのテレパスの力を封じる為だ。シューの脳を潰したのもこのテレパスの力であるはずだ。その魔法は契約したシューであるから使えたようで、フアナが登場した時に契約を破棄できたようだ。ガイルの魔法は不発で終わった。

「フアナ、力を貸してくれる?」

「ふふ、まあいいわ。私のいう通りに魔法を使いなさい。」

 何がフアナの中で納得したのかは全く分からない。

「シュー、私の力を貸してあげるから精霊魔法でやりなさい。」

「分かった。」

 フアナはそれよりも先に口を開いた。

「弱き者たちよ、強者にひれ伏し静かにしてなさい!」

 森のざわめきが収まる。フアナはどんなに偏愛であろうと、本物の精霊だ。力のない魔族や獣たちはフアナによって心を掴まれ(比喩ではなく)、従わざるを得ない。シューや、魔族の地方官であるガイルには効かない。

「さすが本物の幻惑は違うな。」

「いやーん。褒められるなんて、フアナ嬉しい。」

 フアナはガイルを揶揄うように、渾身の可愛らしさをアピールする。しかし、ガイルはそのフアナの横でシューが魔法を唱えようとしているのに気付き、人の姿から弾力のない肌の鬼に戻る。

「させん。」

 シュルシュルと蛇のごとく腕がシューに伸び、大きな手はシューをなぎ払おうとする。シューは魔法を中断して、転移魔法でそれを避ける。

「あんまり人を殺すのとか、向いてないのよね。私の力って。」

 ふわふわと浮いているフアナは、ここでティータイムに来ているのかというくらい落ち着いている。

「シュー、貴方前衛が居ないとだめね。」

 転移魔法でガイルの腕を避けるが、フアナの言う通りだ。一番シューとして有難いのはウィリアムにいてもらうことだが、そんなことも言っていられない。

「冥府の門!」

 再び魔術書を取り出すと、冥王の書を取る。手に取るだけで痛みが走る。これでは一つの魔法だけしか使えない。

「ハデス、少しの間だけ冥界の入り口を開けて!死者よ、踊れ。ハロウィン・パーティ!」

 シューの前の地面に闇が現れると、潜水艦が浮上してくるように五体のゾンビが現れる。アンデッドを討伐しに来たシューがアンデッドを呼び出すなんて本末転倒もいいところだが、背に腹はかえられぬ。

「ふふ、この絵面。悪役っぽいわねぇ。」

  ゾンビたちはシューを守るように動いてくれ、ガイルは大きく舌打ちをする。シューは冥王の書を再び仕舞うとフアナの教えてくれた呪文を唱える。

「我が心を巣食う闇フアナ、心を封じよ。」

「行くわよ!」

 ガイルはシューとフアナの射程範囲から逃れようとするが、転移魔法が得意で距離や地形感覚に優れるシューと精霊の力にはどうといったこともない。テレパスの力が封じられたガイルは迷い子のような幼い顔をする。しかし、すぐにガイルは親の敵のような目でシューを見つめた。

「人族の、光属性が、闇をだと笑わせる。これが本当の闇の力だ!」

  ガイルの身体が肉が切れるようなメキメキと嫌な音を立てる。それから、シューが冥府から読んだ死者たちを飲み込み、隠れていた彼の部下も何人も飲み込んだ。緑色の皮膚は割れ、闇しか見つめていない瞳はシューを捉え、変容こそ闇属性ともいいたげな、シューの何倍もの大きさの化け物になった。フーフーと苦しそうな鼻息は、火山の熱のように熱く、シューの白く怪我のない肌をジュワジュワと嫌な音を立てて焼いていく。

「…あら、これはどうしましょう。」

 心の精霊のフアナも圧倒される姿だった。シューは鼻息から逃れようと森の奥へと魔法で移る。

「…命を削る魔法、僕が耐えらればあっちが勝手に死ぬ。」

「その前にその身体が死ぬわ。」

 腕を振るうだけで、木々が倒される。フアナの力で動けなくなっている魔族たちも御構い無しだ。

「これだけの見やすい巨体で森の中なら、エル兄様が来る。」

「エリオットJr.は地属性の中の森の精霊がついていたわね。私がいたら不味いわ。でも、このまま放置したくないのよね。」

 フアナにとってはシューと敵対しているときだけは違うが、ガイルも彼女の信徒の1人。

「テレパスもあるし、フアナは失いたくない?」

「ガイルはとっても卑屈で、他人に嫉妬ばかりしているような男だったわ。まあ、私はそういうの好きなのよね。」

 でも、美しさを除けば貴方たちそっくりよ、フアナは凶悪な男の姿を見ていう。焼けていく肌が痛い。いつだってこの美しい女性に振り回される哀れな男たちの1人でしかないのだろう。

「開け、冥府の門。闇の王の招待を受け、闇の宴に参加せよ。ダウン・イントゥ・ザ・グラウンド!」

 転移魔法を駆使して必死に避けながら、闇の魔法を発動させる。地面にブラックホールのような大きな黒い沼のようなものができ、そこから無数の手がガイルを手に入れようとする。

「…弱いわね。」

 ガイルの巨体はその手を全てちぎり、黒い沼にははまることなく、なにかを唱えるとそれは消えた。

「僕の今の魔力じゃダメか。」

「元々貴方は光属性なのだから、威力は弱いわよ。」

 フアナの台詞を聞いてガイルがニヤァと笑った。ガイルの思考が読み取れたのか、フアナは小さく「不味いわ」という声を出した。その直後、シューは足が何かに捉われる感覚がした。

「ダウン・イントゥ・ザ・グラウンド!」

 それはシューの綺麗な声ではなく、嗄れて不気味なガイルの声だ。

「やられた。」

 シューの足元に黒い沼が現れ、無数の手がシューを連れて行こうとする。それがシューと同じハデスの元に送られる魔法なら、ハデスと仲の良いシューは助かる見込みがあるがこれは違う。純正なハデスの闇魔法ではなく、見よう見まねの偽物の魔法。きっとただの何もない空間に引き込まれるだけだ。しかし、ガイルの闇の力は強く、生まれが光属性のシューのものとはレベルが違う。無我夢中で光の回復魔法を唱えたりしてみるが、怪我や疲労が治るだけで何も変わらず、膝、腰、肩、闇の手たちはシューを黒い沼に引きずり込む。

「ちょっと私のお気に入りなのよ!」

 最早心のない存在になってしまっているガイルに、心の精霊であるフアナにできることはない。

  シューの為だけに作られた冥王の書に、ハデスの召喚も書かれているくらい、ハデスはシューのことを気に入っているが、シューにそれを扱う力は無かった。元々光の人間だ。いくら後天的に闇属性になろうと、生まれながらの力には勝てない。悔しいが、深い闇の中でどんどん意識は刈り取られる。


  褐色の肌の男は僕を連れ出した。僕も何度も見たことがある街、のはずだが、その光景は本当に僕が知っている街なのかと疑いたくなった。

  静かだが華やかな外壁やステンドグラスがある建物が並ぶ中心街は、激しい物音と、女性や子供の泣き叫ぶ声と下卑な言葉を言う魔族の男の嗄れた声が響き渡り、中心街から狭い路地をずっと歩いた先の平民たちの汚くて楽しい雰囲気の繁華街は、人々の苦しみに喘ぐ声と暴力と略奪に喜ぶ魔族たちで蔓延していた。オルレアンの整った美しい街並みは消え、焼け焦げた匂いと肉が腐った匂いでむせ返りそうだった。

「全部お前が望んだ世界だ、シュー。」

 気持ちが悪い。男に降ろされ、地面に膝から落ちる。

「本当だ。」

 笑った。笑ったが、何故か自分の目から熱い何かが溢れた。

「本当だよ。」

 褐色の肌の男は大きくため息をついた。

「今のお前をここに置いて行ったらどうなるか。人族に内臓が飛び出るくらいに殴られるか?それとも魔族にその力を欲され、惨たらしく犯されるか?」

「…どっちがお似合いかな。人族にも魔族にもなれなかった、愚かな人形には。」

 男は再び僕を担ぎ上げる。

「どこへ連れて行く気?君のお気に入りの人族?」

「俺はお気楽悪魔じゃねえよ。」

 僕とは違うエキゾチックな黒い瞳はすごく悲しそうだった。

「俺たちを嵌めたあの男のところだ。」


  先ほども見た未来の夢。これはマリアンヌが話していたバッドエンディングの話なのだろう。美代子はバッドエンディングは見ていないはずなのに、何故だろう。でも、それ以上にシューには気持ちが悪かった。

「誰だよ!」

 よく分からない感情だった。何にそう思っているのかすらシューは分からなかった。誰だと叫んだとき、沈んでいったシューの意識が暗闇の中ではっきりしてくる。

  熱い。背中が熱いのだ。

「美代ちゃん、一緒にいられなくてごめんね。」

  遠くでパパの声がする。それは子供のころ入院がちだった美代子の為に、面会時間ギリギリまで居座ってくれたパパが、その日の最後美代子の頭を撫でながら謝る声だった。

「美代ちゃんが好きな本を買ってきたよ。」

 美代子も本が好きだった。シューと同じように。

「パパ!」

 手を伸ばしてももう手は届かない。だが、そこでシューの意識が完全に戻った。完全なる闇、水の中のようにどちらが上なのか下なのかも分からない。寒さも暑さも感じないが、背中が熱いのは、

シュー、頼ム、だ。」

 イールゥイから受け取った光の魔道書だ。暗闇で何が何だか分からない中、熱だけを頼りに背中にある包みを前に持ってきて落ちないようにそれを手にする。光属性の加護のついた魔道書は、それだけでシューの光の強さを強化してくれる。この暗闇で開いたところで文字は読めない。いや、もともとイールゥイの国の言葉は読めないのでその点に関してはどうでも良い。

「力を貸してくれるんだね。」

  魔道書を撫でると、今度は腰に下げていたカーティスが贈ってくれた華美な短剣の宝石がシューの目と同じ色に輝いた。

「ハッピー・リバースデー、です。」

 二つ違いの護衛のカーティスの声が頭で響く。ルルとカーティスの喧嘩する声が酷く懐かしく感じる。

「油断と慢心はしないでください。」

  油断と慢心。カーティスの言う通りだった。いつも足を引っ張る癖に最後に助けてくれるティキにいつしか自分は大丈夫なのだと思い込んでいた。

「…笑い話にしてあげないとね。」

 死んだらそれで終わりだぜ、とその悪魔は言った。

  シューは短剣を抜いた。

「あーもー、こう言う根性論とか精神論とか大っ嫌いだけど、短剣キミに任せるよ。この闇を切り裂き、僕を導け!」

 理論のないものは大嫌いだが、シューは絵を握り強く信じる。すると、短剣の碧い光とともに、シューが持っていたその魔道書はシューの言葉に反応して勝手に開いた。シューは見たことない筈の書物や文に目を見開いた。

「…亡き光の王、ゼウス。テュポーンが作りし闇を切り裂く力を僕に与えよ。」

  知らぬ精霊の名前を呼びながら、魔法を唱える。そもそも亡くなっているものが力を貸すはずもないが、それしか分からない。短剣は大きく一筋の光を発すると、空間を切り裂いた。

 

 シューを闇に連れた後、全ての理性を失ったのかガイルはがむしゃらに森を壊す。シューの長兄は何をしているのだろうかと、フアナはいつもの黒い鳥になり上空から確認したが、湧いてでるアンデッドに足止めを食らい、シューのいる森の奥にはまだまだ来れる気配はない。何もできないフアナにはただ黙って自分の信徒が壊れていく所を見ていることしかできなかった。

  普段から闇の中に棲むフアナは突然の光に思わず身体を隠した。

「…シュー?」

 この強い光はあの子しかいないだろうとお気に入りの少年の名前を呼ぶ。しかし、いつもの可愛らしい声は帰ってこなかった。

「大気よ、巡れ。裁きを受けよ。地を分けよ。我が力に慄け、アルゲス!」

 一瞬昼間のように辺りは明るくなった。しかし、それを知覚する前に雷鳴と周囲が破壊される音がフアナの鼓膜を破る勢いで轟き、地面が大きく揺れた。フアナが恐怖に陥っていると焦げ臭い匂いが漂う。ゴムが焼けるようなきつい匂いと草木が燃える匂いだ。それから、巨体のガイルが倒れ、再び地面は大きく揺れる。

「貴方は誰。」

  光の少年は、護衛に貰った短剣をもう一度ガイルへ構える。フアナが尋ねる頃にはシューは普段の雰囲気を纏っていた。

  雷の魔法を唱えたシューだったが、まだ終わっていない。倒れたガイルはまだなにかを喚いているようだ。

「光を汚すもの、討ち払われよ。リカバー。」

 食人鬼の人化はこれで解除された。同じような闇の魔法による身体変化なら、シューの状態異常回復魔法で治せるはずだ。範囲回復ではないが、食人鬼のそれよりも中々難しいが、少しずつガイルは元のサイズに戻り始めた。飲み込まれた彼の部下は、出てくると同時に意識を取り戻し、恐れからかその場から一目散に駆け出し何処かへ消えた。シューが喚んだゾンビは、今回復魔法をやめられないシューには返せない。

「ハデス、無責任でごめんなさい。彼らを呼び戻してほしいな。」

 フアナやアルテミスたちを呼び出すように念じた訳ではない。まるでその場に彼の精霊がいるように話す。

「しょうがない奴だ。」

 それでも世界の冥府を治める精霊には聞こえるようで、すうっとその死者たちは霧のように消えた。

  シューの回復魔法もギリギリだ。ガイルから受けた熱傷も治ってはいないため、皮膚が突っ張ったままだった。

「ああ。私は、やさしい、ヒトに、なりたかった…だけなのに。」

 譫言のように呟いたそれに、シューは耳を疑った。

「どういう、こと?」

「ガイルは元々人族なのよ。聞いたことないかしら、食人鬼が人を攫う話。」

 シューの様子に圧倒していたフアナは、漸くふつうに話せるようになった。

「聞いたことある。でも、食人鬼に育てられると食人鬼になるっていう話だ。彼は食人鬼じゃあないみたいだけど。」

 食人鬼は時に人を攫うが、それは食うためではない。自分の子供のように育てて、食人鬼にするのだ。

「どこにだって『例外』はつきものよ。たしかに人族だったし、食人鬼に攫われ、食人鬼になる様に育てられた。でも、ならなかった。人から違うモノにはなったけど、この通りね。食人鬼も集団で暮らし、ある程度の文化がある種族よ。その出来の悪い何かに対してイジメがあるのはどの種族でもありえること。元々闇属性の人族だから人間の集団にいてもそうなってたとは思うけど。」

  テレパスの力があったのは彼にとって、それは虐めに拍車をかけるだけだった。フアナで慣れてしまったけれど、シューも勝手に心が読まれるのは好ましくはなかった。いつしかガイルは卑屈で他人に嫉妬する醜いモノに変わる。それがフアナには面白く映ったのだろう。ガイルに加護を与え、ガイルのテレパスの力が強化された。それに目をつけたのが魔王だという話だ。しかし、それを今回フアナは奪ったのだ。誰にも認められなかったガイルが漸く周りに認められる力を得たのに。フアナが奪わなければ、もっとシューも苦戦していたはずだったから強くは言えないが、それでもガイルが哀れだった。

「ルルが君の性格を非難していたけれど、同意するよ。」

「私が居なきゃ、また頭を潰されて研究材料にされていたわよ。」

「僕は感謝しているよ、勿論。」

 漸く元の鬼の姿にまで戻った。シューの魔力が尽き、倒れる前に戻ってよかった。今日初めてあった時の人族の美丈夫姿は、彼の憧れだったのかもしれない。

  鬼は苦しそうな声を上げ、目を開けた。

「何故、殺さない。」

 ヒューヒューと苦しそうな声を上げるガイルがシューを睨むが、それに力はない。

「僕はフアナの信徒じゃない。友達と言った方が正しいと思う。彼女に嫌われると結構困るんだよね。」

  闇魔法の知識を今は最大限使わせてもらっている。大分フアナを頼らなくても病気に関して詳しくなったが、まだまだ足りない。

「それで人族になることを望むなら僕が手を貸すよ。」

「…は?」

 ガイルは目をパチクリとさせた。フアナは普通表層意識しか読み取れないが、信徒は別だ。信徒の感情は、本人以上によく分かるらしい。譫言で呟いた「やさしいヒトになりたかった」という言葉は本当にそのままの意味だった。優しい人間として生きていたかったのだ。

「フアナ、魔力を貰いたいんだけど。」

「それは加護ではなくて、本当にただの魔力ね。」

 夢の中で回復魔法が使えない男がシュー自身に回復魔法を使わせるように魔力を与えたようにと願う。フアナはその情景が読み取りづらいと文句を言いながらも、心の精霊はやり方や内容を理解したようだ。フアナはシューに抱きつくと精一杯魔力と愛を伝える。

「分かれよ、相反する2つの力魔と人よ。」

  シューにもそれが変化させる闇魔法なのか、状態を治したり、異物を排除する光魔法なのかよく分からなかった。でも、そうすればよいとなんとなくわかった。ガイルが食人鬼になれなかったのは、人でいたいと願ったからなのではないのだろうか。

  緑の皮膚が少しずつ人のそれへと変わる。射干玉の髪とエメラルドの瞳が美しい、彼が望んだ姿に戻るのだ。

「ああ、やっぱり。綺麗な色だった。」

「私は…。」

 フアナから貰った魔力も消え、シューは自身を支えることができなくて倒れた男の上に被さる。

「シュー。貴方。」

「意識はある、けど、もう動けないや。」

 代わりにガイルがゆっくりと上体を起こす。

「すまない、シュー。」

 手や顔、露出しているところには至る所に熱傷があり、ガイルはそれをすまなそうに傷に触れる。光属性ではない彼にはそれを治すことはできない。

  単騎の馬の鳴き声と足音がする。フアナはそれが誰だか悟り、側にはいるが姿を消した。

「シュー…。」

 急いで馬を走らせたのだろう。乗馬の名手は部下を置いていき、一人で駆けてきたようだ。しかし、ガイルには彼がなんなのか分からないので動けないシューを背に庇った。

「貴様は何者だ。」

「それはこちらのセリフだ。お前の背にしているのは私の弟だ。」

「エル兄様、無事でしたか。」

 ガイルに敵では無いと知らせるために、シューはそういった。

「それもこちらのセリフだ。クリスが顔面蒼白でお前を探していたのだぞ。」

 一人で部下を置いてくる隊長様に、クリストファーもダシに使われたくはないだろう。機械人間機械人間と、何度も心で罵倒していたがもうそうは言えそうには無さそうだ。

「それでこの男はなんだ?先程大きな落雷があったが、シューがその男にくらわせた魔法ではないのか?」

「見てもないのに、僕の魔法だって気づいたんです?」

「あれほど強い光の力は、現状お前くらいしか考えられない。その男があのレベルの光の魔法を使うとも思えん。」

 命を削るあの魔法で身体強化されていたお陰でガイルも死なずに済んだが、かなり強い落雷だったせいか、周囲は焼け焦げてしまっている。山火事にならなかったのが幸いだ。

「そして、この男はなんだ?」

「えっと、この人は。」

 何を言っても隠し通せる気がしない。ガイルは人族に戻ったとは言え、怪我の状態やその恰好は明らかに誰かと戦いましたという装いだ。

「元人族の魔族で、僕をここに攫ったんですけど、人族になりたいようだったので無理やり人族にしました。」

「意味がわからん。」

 頭の良いシューの話がめちゃくちゃだったのは兄を混乱させて誤魔化したかったのだが、上手くいかなかった。

「つまり、新しい僕の下僕です。」

 時が止まったように世界は静かだった。



戦闘回は本当苦手です。ガイルの強さを全てフアナさんが封じてしまったから、超弱体化された敵との戦いでした。お、面白くない…。

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