神殿生活初日!
中途半端な知識で書いております。
神殿というとパルテノン神殿などギリシャ神話のイメージがあるけれど、ここはキリスト教系の教会に似ている。一番似ているのはフランスのモンサンミッシェルの修道院だ。
「お待ちしておりました。オルレアンの光神殿の神殿長をしています、ポール・クラウスです。」
3人を出迎えたクラウス神殿長は横幅のある体格で穏やかそうな顔をしてて、金のにおいがした。
光の神殿はそれなりの規模の組織でトップが金の亡者の方が、世渡り上手で安定するだろうから、シューとしては構わない。
シューは完璧な笑顔をすると、クラウス神殿長と握手をかわす。
「よろしくお願いします、神殿長。」
「早速施設内を案内したいところですが、荷物が邪魔でしょうし、部屋に案内させましょう。」
「ありがとうございます。」
シューよりも幼そうな少年が呼ばれて、頭を下げる。彼は仏教でいう稚児という存在かと思ってしまった。
「どうぞ、こちらへ。」
シューは少年についていくが、建物は随分古いようで至るところに亀裂が走っている。日本人だったせいで、それを見ていると地震がとても怖い。オルレアン王国には活火山も海溝もほとんど無いので、地震が少ないとはいっても元々日本人だから仕方ない。
案内された部屋はシンプルでベッドも簡素な部屋だったが、清潔でカーテンも真っ白な1人部屋だった。シューは、大人数で男所帯の汚い部屋を想像していたから、困惑していた。
「あの、これでも、いちばんきれいなんです。」
黙ってしまったシューに、少年が不安そうな顔をした。
「違うよ。大人数の部屋想像していたから。」
「神殿長が、こうしゃくけの方にそんな部屋はダメだと。」
特別扱いされるのは親が立派な貴族だから構わないけれど、周囲から浮いてしまうかもしれない。友達や仲間を作れると浮き立った自分が甘かった。
「あのカーティスは?」
「えっと近くのしょーにんずーのお部屋に。」
「あの、我が儘聞いてもらってもいいかな?」
「はい!」
シューが要望を出すことになんの抵抗感もないということは、神殿長からそういう指示があったのだろう。
「カーティスもこの部屋にしてもらってもいいかな。屋敷とはセキュリティ全然違うと思うし、護衛に側に居て欲しいんだよね。もう一つベッドって入れられる?」
「はい、きいてきます。」
少年はすぐに聞きに行くため部屋から出ていった。
「さっすが、坊っちゃんだよなぁ。部屋でけえ。」
「あんまり茶化さないでよ。僕だって予想外だし。」
「まあ、二人部屋なら抜け放題だな!」
「私が容認すると思うのか!」
「大人しいから唯々諾々かと思ってたけど、意外とモノを言うよな。」
カーティスとジルは、これはこれで仲良くなったようだ。真面目で大人しいカーティスと、子供のように活発で悪戯坊主のジル、相性はいいのかもしれない。
「シューは1人部屋でなくてよかったんですか?」
「広い部屋を1人で使うと、周りの目が痛いし、共犯がいた方が気が楽。防犯の意味でも2人の方がいい。あ、カーティスは良かった?」
「知らない人間と複数よりは、シューと2人の方が私も気が楽ですよ。それに抜け出さないように見張れますから。」
シューも昨日からしかカーティスのことは知らない。初日は大人しくて気弱だと思っていたが、どちらかというとユーリのような人間だったのかもしれない。
「あと聞きたかったんだけど、もしかしてカーティスが次の側仕えだった?」
「はい、そうですよ。13の誕生日からと言われておりました。」
ということは、カーティスはたくさんシューの悪行を把握しているに違いない。あまり関わったことがないから普通に接していたけれど、それが分かると気まずい。
これはジャスミンがシューの苛めが嫌になって、辞める話ではなくて、この世界の貴族は、子供頃は世話係に女性が就くが、それなりの年齢になったら同性の従者になるのが普通だからだ。
「シュー?」
「僕の従者なんて嫌だったんじゃないのなって思って。」
「あの、えっと。」
ジルは使用人の中でもシューとは遠いひとだったからともかく、フットマンのカーティスなら知っているはずだ。
「大丈夫。前の僕のことを一番嫌悪しているのは僕だから、咎めたりしない。」
「前のシュー?まるで別人のように話すんですね。」
別人なのか、と言われると困る。前のシューも、美代子の記憶が戻ったシューも同一人物であることに間違いはない。親兄弟、従者に隠れて、時に死にかけながら闇魔法を覚えたことも自分だとはっきり答えられるし、側にいた使用人たちを虐げてたのも自分だ。理由だってジャスミンのようにコンプレックスを刺激されたからというのと、信用に置けない人物たちを自分から遠ざけたかったというのもちゃんとよく分かっている。ただ突然、美代子の記憶から、この世界とこの世界の人間たちがゲームと同じだと分かったとき、急激にに何かが冷めていって、客観的になってしまった。
「その事に関してはもう触れないで。自分でもよく分からない。で、僕の質問に答えてくれないかな?」
「そうですね。私は怖かったです。貴方とこうして話すことが。私が仲良かった先輩たちが窶れて辞めていったこともありました。」
聞きたかった正直な言葉だ。
「ですが、昨日貴方と顔を会わせたときーーーこのような言葉は失礼かもしれませんがーーー迷子になったような様子で、気になってしまって…、今話していても凄く周りに気を遣っているようで、ああ、ごめんなさい。なんと言えばいいのか。」
もうシューのことを怖がっていない。それだけ分かっただけでも良かった。
「ううん、ありがとう。君がまっすぐな人で良かったよ。」
シューが彼を信用しきれないように、カーティスだってシューを信用しきれないはずなのに、ちゃんと話してくれた。
「シューは、私と一緒でも良かったのですか?」
「セキュリティに問題があるのは本当だし、嫌なら頼まない。」
「そうですよね。余計なことでした。」
それ以上彼は深堀しなかった。そこで、部屋が強くドンドンと叩かれた。
「おい、シュー!はいるぞ!」
それはジルの声で、そこで初めてジルが居なくなっていたことに気づいた。ジルに答えると、彼は他の神殿の人と一緒にベッドを持って入ってきたのだ。
「ジル、いつの間に。」
「なんか真剣な話してたからな。それにベッド持ってくるなら手伝おうってな。」
子供っぽくて軽薄だ、なんて思っていた自分が恥ずかしい。第一印象や少しの会話だけで人を判断すること自体間違っているんだろう。
荷物の整理はあとででいいと、少年の案内で神殿長の部屋に伺う。先ほどは簡単な挨拶しかしていなから、きちんと挨拶しなければならない。日本人は手土産の一つでも持っていくところであるが、エリオットJr.が色々手配しているはずなのでシューは手ぶらでいく。
「シュー様、あまり良い部屋ではなかったでしょう。しかし、あれしか余っておりませんで。」
「いえ、急なことにも関わらず、素晴らしい部屋を用意して頂いてありがとうございます。」
「ふふ、そういっていただけて嬉しい限りです。それではこちらのものから簡単な一週間の流れを説明させていただきます。」
このやりとり、ムズムズする。いくら貴族で最低限のマナーを仕込まれていても、シューは殆ど社交場に出ていないので、美代子としての記憶と合わせながらでなんとか対応する。クラウス神殿長に紹介された、20代後半の男がシューに頭を下げた。それから、一週間何をしていくのかを説明してくれたが、基本的に修行するか、奉仕活動のどちらかだ。それらをすべて口頭で伝えてくれた。
「分かりましたか?」
「ええ、すごくわかりやすかったです。」
現代人の感覚だと、紙面で説明してほしいと思ってしまうけれど、まだまだこの時代紙は貴重だ。
「さすがアルバート家の方は優秀ですね。」
「…いえ、そんなことは。」
エリオットJr.かユーリから説明を受けているとはいえ、どこまでシューは「アルバート家の子息」になっているんだろう。一応社交場に出てないシューのことをアルバート家は表向き「病気がち」で、人前になかなか出られないと説明されているが、出家することになってどうなったのか分からない。
「それでは、修練場へ参りましょう。」
エリオットJr.には光属性だったと本当のことを言ったが、信じて貰えなかった。だから、光の魔法なんて使えないと思われているに違いない。
シューはかなり強い光属性の性質を持っているから、ほとんど自己の修練だけで覚えられる。魔法の修練なんて必要なくて、ひたすら奉仕活動をやらせてくれればいい。神殿の奉仕活動というのは属性ごとに違いがあるが、光の属性は、主に病気の人や怪我人の治療・看護が仕事だ。だからこそ、光の神殿は他の属性よりも多くの人をささえ、そして支えられている。元看護師の美代子には丁度よい活動場所だ。
「あの、修練は皆がやるものなのですか。」
「ほとんどの方が行いますよ。ほとんど魔法を覚えたかたも稀におりますが、そういう方は新しい魔法を考えたりしておりますから。また精神統一にもなりますからね。」
すぐに活動したいなんて浅はかな考えだった。光魔法ができない人が習うものだと考えていたが、僧としての修行の場でもある。
「では、がんばりますね。」
隣にいたカーティスにも宣言する。すると、先程から黙っていたジルがそわそわしだした。
「あ、坊っちゃん、俺帰るぞ。」
「荷物と護衛ありがとう。また、坊っちゃんよびなの?」
「やー、あだ名みたいなもんじゃね?」
「もういいや。どっちでも。」
「おっす。シューが心広くて助かるわぁ。」
ジルと繰り広げられる下らない会話に神殿の人間はしばらく言葉を失っていた。
「えっと、仲がよろしいんですね。」
貴族、それも王に一番近い貴族の子供に、たかだか平民の男が普通に話すなんて、あり得ない。
「ええ、初めて対等に話すことができた友人ですから。」
友人なんて思ってないが、人族のなかでは初めて対等に話せた点では間違ってない。
「ずっとご病気だったと伺っておりますが、…大変だったんですね。」
そういって視線はジルの方へいく。邪推かもしれないが、それは貴族の友人が一切いないと馬鹿にしているのだろうか。しかも、笑えることに、シューは引きこもりだったが生まれてこのかた病気になったことのない健康体だ。上の兄たちの方が何度も風邪や病気になっている。
「大変、なんて思ったことありませんよ。だって、支えてくれる友人が居たのですから。」
そんなものは居なかったし、ジルはそうではないがジルが平民だと馬鹿にされるようなことに嫌悪した。
「どちらかというと、煩わしい礼節なんて必要なくて気楽です。だから、僕は幸運に恵まれていたのでしょう。」
「あはは。流石だなぁ、アルバート家の方は。」
軽蔑されたと思ったから、嫌みで返したのだが、神殿の人はニコニコと穏やかに笑ってて、シューにはなにがなんだか分からなかった。ただすごくジルが嬉しそうだったから、どうでもいい。
「あの、よければ貴方も普通に話してくださっていいですよ。僕はあまり貴族のように話すのが苦手なんです。」
「へ、ええ。僕もですか…。それはクラウス神殿長になんか言われそうだからなぁ。」
「僕の言うことよりもクラウスの方が上ですか?」
「あ、違います違います。そう言われたら普通に話すしかなくなるよ…。」
「じゃあ、僕も猫被らないからからよろしく。」
彼はアレンと名前を教えてくれた。初日は猫被りも貫けるとは思うが、これからずっと一緒なら猫被りのままでいくのは辛い。
「うん、よろしくね。シュー。」
そのまま彼、アレンの案内で修練場に行くよりも先に、神殿の中心にある聖堂にやってきた。ここでお世話になる、ということを光の精霊に宣誓するためらしい。聖堂は、キリスト教の教会のように、美しい壁画とステンドグラスで飾られていて、人工的で絢爛豪華な場所だった。中央には光の最高精霊である一組の仲良さそうな男女の像が置かれていた。男女一組といっても、カップルではなく双子の兄妹で、抱き合うというよりもお互いを支え合う微笑ましい像だった。
「ここは、祈りを捧げる場所だよ。本当にすごい光属性の人は光の精霊の声が聞けるんだって。」
「この神殿にも居りますか?」
「最高精霊ではないけど、何人かいるよ。君も聞こえるといいねぇ。」
「そうですね。」
絶対に光の精霊とは会えないのは分かっている。何故ならシューは既に闇の精霊と仲が良いからだ。人族の争いに巻き込まれたのか、六属性の精霊の中でも、闇の精霊は嫌われがちだった。色魔だったり、病魔であったりするから仕方ないのかもしれないけれど。
「今日からよろしくお願いします。」
形だけでも精一杯祈りを捧げる。カーティスも隣でお付きとは思えないほど真剣に祈っていた。
「カーティス、何を祈っていたの?」
「皆様の健康…でしょうか。」
14歳で名家でフットマンになれるくらい、脚がすごく綺麗だし、イケメンとは言わなくても清潔感のある面差しはシューなど眼中にないくらい遠くを見つめていた。
「…そう元気だといいね。」
恐らく彼が捧げた祈りは1人に向けられたもの。仲のいい男なのか愛しい女性なのか分からないけれど、神殿にまで連れてきてしまって申し訳なく思ってしまった。
「もちろん、シューの修行が上手くいくことも祈ってますよ。」
そういって彼はシューの頭を撫でた。
「カーティス…、いや、長いからカートって呼ぶ。修練場いこ。」
頭を撫でられる、なんて美代子の子供の頃以来だ。凄く気恥ずかしくて、案内の彼の手を引っ張って聖堂から出ていった。
修練場は不気味な場所だった。修練場自体は石造りの武骨で、修道院らしく地味な部屋だった。不気味だったのは50人くらいの、上はおじいさんから、下は5歳くらいの小さな子供が、それぞれ光魔法の呪をぶつぶつと呟いているからだ。当たり前だが、真剣に皆行っているので私語もない。何も事情を知らなければ怖いと逃げ出すところだと思う。
「彼らには、夕食会の時に紹介するから、まずは修練しよう。」
「はい。なにをする?」
「光魔法の基本は、まず光で照らす魔法だよ。やってみようか。」
アレンが手近な机に案内して、光魔法の基本が書かれた紙を持ってきてくれた。勿論知っているが。
「照らせ、アポロン。」
簡単に告げたのだが、手から溢れるほどの光が出た。暫く使ってなかったせいで、魔力のつぎ込み方を間違えてしまうまあようで、使用者であるシューも眩しくて目を開けないほどの光量になってしまった。周りも突然の光に目が眩んでしまったらしくって叫び声があがる。目を閉じながら、詮を閉めるようなイメージで魔力を調整すると、やがてスタンドライト位の光量にすることができた。
「ごめん、時間かかった。」
「あ、いえ、え?」
「兄様たちが誤解しているだけで、僕光魔法使えるんだよね。普通に。」
「えええええ。」
カーティスもアレンも驚きが隠せないといったようだ。
「ちょっと、カートは僕の転移魔法見たでしょ。」
「あ、あの魔法は光属性だったんですね。風魔法にも似たものがあったので。」
そういうカーティスの元の属性は風属性だ。だから知っているのだろう。確かに風魔法に似たものがあったかもしれない。この世界の属性は、光・水・風・土・火・闇という順番で並び、近いもの同士が習得しやすいと言われている。シューは苦難の結果、光属性から最も遠い闇属性を習得しているので、風と土の魔法が習得しづらい。
「…失礼ですが、シューは闇属性だったのでは?」
闇属性産まれは差別対象のため、神官たちには聞こえないように、耳元でカーティスは尋ねた。
「ううん。父様は僕を隠したかったみたい。その言い訳に『闇属性』にしたんだと思うんだよね。」
ずっと光属性であることを隠されていたことには疑問だった。そして、兄はその事には関わってないことは昨日の反応から分かる。兄が言っていた司祭は、父と仲のよい人だから彼がシューを隠したかったというのが一番納得できる。
「え、エリオットJr.様もユーリ様もなにも。」
「そうなの。多分この出家を許してくれた兄様たちは全く知らない。きっと話を父様としてたら上手くいかなかったよねぇ。今、屋敷の権利をエリオット兄様とユーリが握ってて助かったよ。」
宰相の父エリオットが決算期と最近あった戦のことで忙しくて泊まり込みをして片付けていることを狙ったのが功を奏した。
「だから、あんなに急いで。」
「あのー。」
すっかりここが修練場であったことを忘れた。置いてけ堀にされたアレンは戸惑いながら二人の間に入った。
「ごめん、ちょっと家のことで。」
「いいよいいよ。でも、最初から光魔法使えるなんて有望株だね。しかも、まだ12歳!」
本当は元から光属性だから、修得するの簡単なんだけれど、違う属性だと思われているせいで、有望だなんて思われている。
「次、次もやりましょう。」
次は簡単な回復魔法。ヒロインが最初に覚えている、最も回復量の少ない魔法。勿論シューだって簡単にできる。その後の状態回復の魔法も全てできた。
「即戦力だよ、君。」
流石最強のパーティーメンバーだ、と美代子はゲーム視点で思ってしまう。設定的に最強の攻撃魔法と最高の回復魔法持ちだったけれど、実際に凄く使えるキャラだった。強いて言うなら、通常攻撃が弱すぎるのと紙防御くらいが弱点だ。魔力が切れえしまえば、役立たずになるのも弱点だが、魔力量だけならヒロインも越えるので対して問題ではない。
「即戦力って回復できるだけだよ。」
覚えている攻撃系魔法は闇属性ばかり、流石にまだ捕まりたくない。
「そういう意味じゃなくってさ。ここの奉仕活動。なかなか最初からできる人いないから。」
「…そうなんですね。良かった、活躍できる場所があって。」
簡単にできてしまえば、ヒロインがあそこまで盛大に歓迎されることはないだろう。(因みに先程シューが最強のパーティーメンバーとは言ったが、このゲームのヒロインは鍛えると世界最強になれる。そこだけは攻略対象の男たちがなんだか哀れに感じるゲームだ。)
「君には指導する必要はないかな?上級者と同じように自主練習あるのみかな。」
「カートに教えて。」
「カーティスくんは風属性だから、見込みもあるけど難しい。大丈夫?」
「はい、それは覚悟の上です。」
とはいってもカーティスの使命はあくまでシューの護衛及び側仕えだから、奉仕活動が上手くできなくても関係ない。
「カートは程ほどにね。」
「シューに迷惑をかけることはしません。」
魔力が切れると、動きも悪くなる。ゲームにそんな設定はないが、ここは現実だ。魔力が不足すれば貧血のように倒れてしまう。
元々カーティスは魔法よりも剣術など物理攻撃がメインだったと思うから、魔法に関してあまり無理してほしくはない。
魔法が一朝一夕でできるはずもなく、そもそも産まれ属性でもないから、カーティスが光魔法が使えなくてもどうということはない。
そのあと二時間程度で修練の時間が終わり、田畑の管理の時間だ。いくら光の神殿には豊富に寄付が得られる神殿とはいえ、基本的には自給自足だ。
「シューは見ているだけでもいいよ?汚れちゃうでしょ。」
「今日着ているのは、従者の服ですから汚れても大丈夫です。買い取りますし。」
いつも着ている普段着、1着で平民の月の食費くらいに値するから流石に汚れるのは恐ろしかったが、今日はユーリが借りてきた下級使用人の私服だからどうということはない。
「そうだったんだ。シューが着ていると高そうに見えちゃうからね。」
安い量販店の服でも、スーパーモデルが着ると高級そうに見えるものと同じような理論だろうか。残忍な性格で容姿の利点を全て排除してしまっているけれども、シューは美少年であるし、貴族として所作も丁寧だから綺麗に見えるのだろう。
「気まぐれ坊っちゃんの家出なんてても、ちゃんと精霊に仕えるつもりだから仕事する。」
それから、上から目線でアレンに畑仕事を学ぶ。美代子のお祖父さんの家が副業で農家をしていたけれど、シューの身体では思うように動かない。
「暑い…。」
帽子もない、炎天下で簡単な雑草を抜く作業をする。夏ではないが、汗が止まらない。
「シュー、こっち見てください。」
言われるままにカーティスの方へ向くと、カーティスは何故か魔方陣を出していた。
「…え、なに?」
暑さで思考回路が麻痺していて、呆然としていたが、突然シューの周りが風で包まれる。暴風ではなく、肌に優しい風だ。
「ありがとう。」
幾分か風で涼しくなった。カーティス自身にはその魔法をかけなくてよいのか、と尋ねると
「普段鍛えているので大丈夫です。」
まだまだ余裕そうだった。魔法以外、脚引っ張ることしかしない弱い身体が腹立たしい。
「僕も兄様たちのように鍛えようかなぁ。」
「ええ?! いえ、貴族の男子たるもの、騎士として動けなければなりませんよね。」
「っていうか、普通貴族の男は文官だったとしても教養として学ぶよね。」
「シューは身体が弱いから仕方ないのでしょう。」
「僕が身体弱いのは長年の引きこもり生活のせいで、それ以外は超健康的だからね。」
闇属性の精霊と仲がよいから病気に詳しく、更に闇属性を得たお陰で、病気への耐性は強いから、普通の人間よりも健康なのだ。
「そうなんですか?」
「じゃなかったら、屋敷なんて抜け出せないし。」
「…疑問ばかりです。」
「それは僕も同じ。君の上司に相談してもいいよ。」
「難しいです。誰に報告するか、でシューの取り扱いが変わりそうです。」
「僕のことは気にしなくていいよ。どう転んでも構わない。」
「…心配です。」
カートの心配を他所に、一心不乱に草取りをする。根が深くまで伸びていて、抜きづらいのは魔法で空気を地中に送って槌を柔らかくして抜く。
「シュー。」
「どうしたの?」
「もう少し誰かに頼ってもいいと思います。私が、ユーリ様から任命されたから、信用しきれなくても、ジルが恐らく連絡係として頻繁に行き来すると思いますから、彼にでも相談してください。」
ジルは悪い人間ではないし、ちゃんと気遣いができるようだから、普通に話す分にはよいが、それが心の底まで見せられるか、という問題だ。カーティスの言うことが、うざったくて返事をしない。
「どうして、信用しないのですか。」
「じゃあ、どうして信じられるの?カートだって、僕のこと怖かったでしょう。」
ぶちっ、ぶちっ。修練の時間ではなくて、農業の時間で良かった。根が残らない程度に荒々しく草を抜き取る。
「さっき言いました。」
「怖くなくなっただけ。急に態度が変わった人間なんて恐ろしいよ。悪魔に憑かれたみたいだもん。」
「どちらかというと悪魔から解放されたようですが。」
美代子の記憶が戻る以前のシューが、主観的すきでもうよく分からないけれど、素なのに悪魔浸きに間違えられるとは余程酷かったに違いない。
「本質はそんなに変わってない。だから、油断しない方がいい。」
「そうでしょうか…。いえ、この話題はやめましょう。信じる信じないは理論ではありませんから。」
先に彼が打ち切って、話は終わった。
「シュー、雑草抜くの上手ですね。」
「ただ抜くだけじゃん。」
「…そうかもしれません。」
元々カーティスも、人と話すことは得意ではないのでシューが続けなければ会話は終わる。ただでさえ公爵家の人間で近寄りがたいのに、カーティスとアレンが注意深くシューを見ているせいで、他の人間はシューに話しかけてこない。分かってはいたが、面白くない。
「畑が終われば、休憩だから頑張って。」
不機嫌なシューを、アレンが優しく声をかけてくれる。
「大丈夫です。」
畑仕事を終えて、部屋に戻ったり、図書室に行ったり、食堂に行って仲間たちと話をしに行ったりしていた。
「シューはどうするの?」
「部屋に戻るよ。荷物解かなきゃいけないから。」
「それは私の仕事です。シューは慣れない作業で疲れたでしょうから、少しでも休んでください。」
「甘やかさないで。僕は真剣に修行するつもりだから。」
仲間ができない以外、修行僧のイメージでいたシューにはここの生活は全然苦ではない。公爵家の立場があるから、特別扱いするなと言って他の人と合わせたところで、シューが大ケガをしたり誘拐されたりするなどの問題起こして公爵家と神殿がトラブルになるのは避けたいところだ。ヒロインのように立場なんて気にせず動けば、もっと楽しいかもしれないが、そこまでお気楽な脳はしていない。
「カートは護衛に専念してくれていいからね。」
と、言ってもカーティスは承服しかねているようだ。カーティスの立場も分かるが、ここにいる限り上司の目なんてあってないようなものだから、最低限でも大丈夫なはずだ。
アレンは他の仕事のため離れ、二人で部屋に戻り、クローゼットの前にたって呆然とする。
「ここはパリか。」
自分の前にあるクローゼットはどうみても小さい。着るものは10着で収めなさいという位に小さい。
「ぱり?」
「なんでもない。…あ、一応支給の服が入ってる。服なんて必要ないじゃない。」
既に二着ほどの服が入っていた。神殿の人は皆白い服を着ていたから、制服のようなものだろう。サイズをみてもどちらもシューの服で、カーティスの分はまだ入ってない。
「シュー、これはローブなので下の服は自分のものが必要です。」
「…真面目か。それはそうだけど、どうしよう。使わない服はそのままトランクでいいと思うけど、ジャスミンが張り切っていたからなぁ。カートのもいれるでしょ?」
「いえ、そんな、シューと一緒のクローゼット使うなんて。」
「皺のよった服なんて恥ずかしいよ。とりあえず使うものはクローゼットね。」
パリジャンヌだって、この大きさのクローゼットを二人で使わないだろう。
トランクを開けようとして、先程まで土いじりをしていたことに気づいた。流石に手は洗ったし、靴の汚れも落としてきたけれど、服はかなり土汚れが付いていた。これでは綺麗な服も汚れもついてしまう。
「…この服は麻、だよね。流石に合成繊維なんかじゃないはず。」
「はい、恐らくはそうだと思いますが、合成繊維?」
「よし!思い付いた!」
あまり洗濯は得意ではないが、昔の天然素材は荒々しく洗うのは良くなかったはずだし、アイロンもあまりよくはないはずだ。シューは自分の着ている服に集中する。
「なにを?」
カーティスの疑問が口に出たところで、シューの服が光に包まれ、カーティスは目を閉じた。
「成功、さすがは天才。」
シューの満足げな肥で目を開けると、シューの着ていたシャツが見違えるほど綺麗になっていた。
「魔法で洗濯したんですか?」
「そうだよ。結構綺麗になったね。着る前よりも綺麗だ。」
シューの豊富な魔法や物質の知識と、現代日本で生きていた美代子のアイデアが組合わさった結果、洗濯する魔法をつくることができて、シューは満足だった。
「カートにもかけてあげるよ」
「そんな、迷惑を…。」
カーティスの答えなんて聞くだけ面倒だと、遮って魔法を使う。まだ成功例が1度しかないから2回目を試したかったのが本音だ。
カーティスの服も見違えるほど綺麗になった。この時代、手洗いと簡単な石鹸しかないから元々汚れが洗濯で落ちないのだ。
「これで貴族相手にクリーニングの商売できそう。今始めれば、独占市場じゃない?」
「商売したかったのですか?」
「いや、面倒。貴族として生きていくなら金はいくらあっても足りないくらいだけど、いつアルバート家が滅んでも僕は構わないし。」
「それ、エリオットJr.様やユーリ様が聞いたら嘆きますよ。家の繁栄に力を入れてますから。」
「…そもそも兄様たちからは戦力外通告されてるしさぁ。」
「されてませんよ。」
「じゃなきゃ、直ぐに神殿に追っ払うなんてしないと思うよ。」
結局父の狙いは分からないが、ほとんど領地と王宮で過ごしてタウンハウスに帰ってこないあの人に、シューがどうなるかなんてどうでもよいに決まってる。色々考えたが、光属性産まれでも正妻のプライドを刺激しないように、秘匿にしようとしただけが正しいのではと考えていた。
「ユーリ様は心配しておりました。道案内をする下男選びにもかなり迷っておりましたし。」
「ユーリはすごく貴族の中の貴族なんだよ。自分の領地の児童養護施設には寄付は欠かさないし、街で可哀想な物乞いには絶対金子渡すから。」
「よく知っておりますね。」
「ああいう人って調べたくならない?弱点とかないかなぁって。」
「そんなことしたんですか。」
カーティスはシューのしてきたことに呆れているようだった。話ながらシューは手を動かす。これをカーティスに任せるときっとシューの服のみになるから仕方ない。
「ユーリは僕のことを可哀想って思ってるわけ。嫌がらせをしてくる使用人よりは100倍マシだけどね。でも、思うだけだ。」
関係ないちゃんとした使用人にまで八つ当たりしていて、全く可哀想という同情の余地なんて一切ないのが事実だから、放置してしまえばいいのだ。
とりあえず、必要最低限でクローゼットの中に押し込んだ。それは良いのだが、ジャスミンが気合いを入れて詰め込んだトランクは、彼女の収納術によって計算されていたので、シューが取り分けた特に必要ないものだけでも入らなかった。
「ちょっとあの子どうやって入れたの。」
美代子は残念なことにあまり収納が得意ではなくって、生前の部屋は綺麗に保つためにそれこそ修行僧のように必要以上の物が無かった。
「シュー、そのようにやっては…。」
「ていうか、要らないっていったのに、水差しと僕専用カップ入ってるし!」
「それは出してしまいましょう。サイドテーブルが空いてますから。」
「転移魔法で送り返すっ!」
「それは向こうも困りますでしょう?空き箱でも貰ってきますから。」
バタバタとカーティスが部屋から出ていった。
「おい、お前の仕事は護衛だ。」
カーティスの背にぼそりと呟いたシューだったが、闇魔法さえ使ってしまえば負ける気はない。
その後カーティスが空き箱を持ってきて、なんとか全ての荷物を片付けることができた。片付けたのはシューではなくてカーティスだが。
「これ僕が管理するの…。無理なんだけど。」
「シュー、片付けることは私に任せて下さいね。」
「全部カート任せってのもねぇ。」
「いえ、このくらいの物が管理できなくてフットマンは勤まりません。お任せください。」
そういえば、カーティスの休暇はどうなるんだろうか。ユーリもああ見えてきちんと休日は取っていて、代わりの人物が仕事をこなしている。
「これカートの休みってどうするの?僕一人でもやってけるけど、ユーリが許すはずないでしょ?」
「ユーリ様が二週に1度でも家に戻ってくるようにと。神殿にもそのように伝わっているかと思います。」
分かってはいたが、予想以上にエリオットJr.やユーリにはシューの出家を本気にされなかったらしい。全く帰る気はないから、ジルを捕まえて、一日くらいカーティスの護衛を代わってもらうしかないだろう。
「そろそろ、休憩終わるか。次は夕飯だったよね。夕飯の準備に行かなきゃいけないんじゃないのかなぁ。」
「担当者以外は祈りの時間ですよ。」
「そうでした。」
シューは上着を脱いで、支給されたローブを着る。カーティスの分がまだないのでカーティスはそのままだ。そこへアレンが二人のことを迎えに来て、もう一度聖堂へと向かう。綺麗になった二人の服には驚いていたが、面白い魔法だねというだけで終わる。
「二人ってずいぶん仲がいいよね。気の置けない仲みたい。」
昨日今日の付き合いしかないのだけれど、カーティスが正直であり、立場を忘れてシューも気安くカーティスに話しているから、そう見えるのかもしれない。
「相性はいいかも。」
「いいね、そういうの。羨ましいな。」
「アレンにはいないの?」
「あはー、よく人を食った態度をしてるって言われるんだよ。しかも、ほら、一応神殿長の秘書っていう立場もあるからね。」
「もしかして僕は不遜な態度過ぎるのかな。一応神殿長にはちゃんと敬語使ってるし…。」
「大丈夫大丈夫。だって、アルバート家子息には負けるからさ。」
「その地位と実力が伴ってないから聞いてる。」
というと、アレンは耐えきれなくって笑いだした。
「ふふふ、あはは。いや、ごめんよ。君は何かコンプレックスがあるのかもしれないけど、アルバート家に生まれたときから、どんなに実力がなくったって周りからすれば君は『アルバート家子息』だからさ。」
励ましているのか貶しているのか分からないが、シューには重く感じた。
「そうだね。じゃあ、君より僕が上ってことで終了ー。」
アレンに心が読まれたくなくって、明るく返した。
「ということで、アレンは僕のトモダチだからー。」
「えええ、僕君より一回りも年上だよ?」
美代子なら殆ど同い年だ。
「そんな心が狭いんだ…。慈悲の光神殿の神殿長秘書が…。」
「あ、うん。全然守備範囲だよ!」
「…それは変態…。」
「よく言われる。」
「ヤバイ人じゃん。」
「いやいや、20代独身男とかそんなもんでしょ。」
心なしか、控えているカーティスが後ろから目を光らせている気がする。
「独身なんだ。」
「そうだよー。どうしても男所帯の中にいると出会いがねぇ。」
「見合いしないの?」
この世界は自由恋愛の方が少ない。家の繋がりで結婚するのが殆どで、それは百姓でも変わらない。強いていうなら最下層階級は自由恋愛かもしれないが、夢のある恋愛では全くない。
「あはは。見合いを蹴って親とは絶縁中ー。残されたのはこの地位だけってね。」
「そんなに好きな人がいた、とか?」
「まあ、そんな感じかな。」
追求したいわけではないから、そこで止めた。ちょうど聖堂の前までたどり着いたので、それ以降は誰も口を開かなかった。
祈りの言葉は、殆ど光の精霊への賛辞と感謝でシューは周りの真似をしていたが、全く心は篭っていない。仲良くしていた闇の精霊は今頃何をしているのか、なんて考える始末だから、あまりにも冒涜的だ。しかし、ただの精霊が心を読めるわけではない。
退屈な祈りの時間が終わってしまえば、夕飯だ。そこへ違う神殿の人がカーティスの為に1着ローブを持ってきて、彼はシューに恐縮しながら上に着た。
食堂につくと、100人くらいの修道士がいた。夕飯時は、患者の看護しているもの以外が全員が一緒に食べる決まりらしい。
「こちらへ。」
案内される席は神殿長のクラウスや司祭、アレンを含めるその補佐がいるテーブルだ。勿論最初に考えたことは、「最悪だ」ということだけ。シューがぎこちなく感謝の言葉を述べるとアレンがさっと前に出てくれた。
「神殿長、シュー様はまだ幼く、こうして大人たちに囲まれるのは可哀想だと思います。」
アレンの言葉を聞いた神殿長は強く頷いた。
「そりゃあ、そうでした!いやはや、気を使えなくて申し訳ありません。」
そういうとシューと年の近い少年のグループの席に案内される。また、配膳されていた食器も可愛い稚児たちが運んでくれる。というか稚児なんて思ってしまったから、邪推してしまうのかもしれないが、神殿長のお気に入りなのかもしれないと思うくらい、中でもとりわけ可愛い子達だった。
「ありがとう、やってくれて。」
「はい。」
同じテーブルの少年たちは人種も性格もバラバラそうで掴みにくい。シューは頭を下げて用意された席に座る。
それから、神殿長からシューの紹介が簡単にされて、直ぐに祈りの言葉が始まる。祈りの時間よりはとても簡単な言葉だけれど、目の前にご飯を出された後だと長く感じてしまう。
神殿長の言葉が終わって、皆食べ始めるのだが、
「…あの、お前なんできたの?」
ここは合宿か、とでもいうように話始めた。仏教だろうがキリスト教だろうが、食事中は話さないものだと思っていたが、神殿はそうではないらしい。それにシューは家でも誰とも話さないので、二重で驚いたのだ。
「聞こえてる?」
「ああ、うん。聞こえてるよ。食事中に話すっていう習慣が無くて驚いてるだけ。」
「へー、寂しいな。家族から嫌われてんの?」
いくら大人たちの目がないとはいえ、カーティスもいるのによく軽口が叩けるものだなと感心していた。
「嫌われてるよ。だから、一緒に居たくなくて抜け出した。」
「抜け出した?」
「光の神殿なら家から出るの許してくれないかなって思っていったらこの通り。」
シューが余りにも楽しそうに言うから、良識のある少年たちは引きぎみだった、
「その年で隠居?」
「確かにお家騒動からは逃れるかなぁ。でも、色々と僕の思惑は阻止されてるんだよね…。呼び方困ったら普通に名前を呼び捨てでいいからね。カートもそう呼んでいるから。」
「え、あ、はい。呼んでます。」
全く自分は関係ないと一人黙々と食べていたカーティスは名前を呼ばれてびくりと体を揺らした。
シューが気安くタメ口で話していると、ジル同い年ぐらいの少年が眉をひそめていた。
「おい、お前いくつだ。」
「12。」
「俺は15、敬語を使え。貴族だかなんだか知らねえが偉そうに。」
郷に入っては郷に従えであるし、シュー自身貴族扱いはされたくなかったのに、アレンと気安く話せていたから忘れていた。
「すみませんでした、サー。」
素直ではないシューは、貴族らしく美しいしなやかさを持った動きで彼に対して謝る。
「てめぇ…。」
それを見て数人が吹き出した。彼はその人たちを睨んだが、
「凄んでも怖くなーい!あ、俺も一応伯爵の息子だよ!ディーン・ターナー、15歳ね。」
一番肩を震わせた明るい茶髪の人がそう自己紹介した。シューも彼には頭を下げておく。15歳ということは、来年学院には行くのだろうか。
「そっちの偉そうな黒髪は、アイザック、アイザック・ベーカー。アイザックは覚えなくてもいい。」
「は、はぁ…。」
しかし、軽そうなディーンよりも、アイザックの方が印象に残る。そして、問題は他の数人も一気に自己紹介されるから混乱する。とりあえず、勝手な妄想を付けて覚えることにする。申し訳ないが、覚えるには何かしら関連づけないと大人数では全く覚えられない。
「よろしくお願いします。」
「うんうん。普通に話せそうな子で良かったな。」
「話せない、て。」
「昨日明日で来るって聞いて我が儘そうな坊っちゃんなら困ったよねぇって話してたから。」
「それは確かに僕の我が儘です。」
「そうなの、でも、それが言えるってことはそんなに我が儘ではないね。」
折角褒めてくれたのだから、とディーンに笑顔で返す。口にはしているものの、シュー自身も我が儘ではないと思う。ただ性格が悪いだけだ。
「あの、ディーンさんとアイザックさんは学院に行かれるのですか?」
「俺は親に行けって言われているから行かなきゃ行けないけど、ザックは行かないんじゃない?」
「魔法の勉強くらいここでできるからな。」
「アイザックさんは平民出身ですか?」
「そうだよ。ザックは神殿が管理している児童養護施設出身。小さい子はそういう子が多いかな。お世話になる代わりにこうして奉公するって感じ。」
この神殿の少年たちは、極端に分かれるらしい。この世界、宗教の力、つまりは神殿の力が強いから、貴族から神殿へと召し遣わされる少年たちがいる。彼らはその後家に戻る場合もあるが、アレンのように神殿の重役に着くことが多い。そして、もう1つが孤児が神殿に拾われるパターンだ。修練で優秀な魔導師になれれば話は違うが、そうでなければ、ほぼ一生神殿で下働きだ。下働き、というと聞こえは悪いが、親のいない子供が全うな職に就くのが難しい世界だから、一概に悪いとも言えない。
「ここでは貴族も平民も同じものを食べるし、同じように働く。あんまり貴族って意識強いとしんどいかもね。」
「だって、カート。」
「それ私ではなく、シューに言っていますよ。」
「僕は真剣に出家する気で、カートは護衛でしょ?意識の違いっていうならカートの方が強いと思うんだけど。」
「とはいっても私は金持ちの平民に劣る下級貴族ですし…。」
その下らない応酬に、ディーンもそしてアイザックも毒気が抜かれた。
「まあ、大丈夫そうかな。シューは貴族っぽくないみたいだし。」
「誉め言葉として受けとります。」
「勿論。この流れなら最大の賛辞だよ。」
わざとらしくディーンは大きく手を動かすが、アイザックは気に入らないと舌打ちする。
シューにとってはディーンのお陰で、他の少年たちと比較的普通に話すことができてとても有難かった。もしゲームと同じように、2年後に魔法学院に入学するのなら、ディーンと仲良くなっておきたい。
「ああ、夜の見回りの後に俺らの部屋においでよ。」
「…今日はちょっと。」
「初日で疲れただろうしね。いつでもいいよ。貴族同士仲良くしよう。」
アルバート家との繋がりを持ちたいという狙いはあるだろうが、それでも構わない。
食事が終われば、皆さっさとそれぞれの場所へと行く。修練をするもの、祈りに行くもの、図書室で勉強するものや奉仕活動、病人のもとへ行ったりするのだ。
シューはというと、風呂に入りたかった。日本人と言えば、寝る前にお風呂に入る人が多いはずだ。美代子だってそうだった。
しかし、 薪だって貴重だし、清貧尊ぶ神殿にちゃんとした湯屋などない。浴場はあるが、冷水だ。昼間に入らなければ風邪を引く。
「風呂に入りたい!」
「昨日入ったばかりなのでは?」
そう、施設以上に人の感覚が違いすぎている。日本と違って湿度が高くないので、あまりベタベタしないとはいえ、週に1,2回程度が普通なのは辛い。
「子供はすぐ汚れるの!」
「はぁ、確かに土いじりで汚れましたが、手や顔は洗いましたでしょう?」
文化の違いとは大変なものだ。風呂に入りたいと喚いたシューだが、カーティスが綺麗な布を絞って持ってきてくれた。疲れた身としては湯船に浸かりたかったところだが、ここは日本ではないから妥協をせざる得ない。誰かが現代日本人は昔の貴族よりも良い暮らしをしていると言っていた気がするが、その通りだと思う。
「カートは拭かなくて良いの?」
「私はそれほど気にしてませんから。」
二人で寝間着に着替えてベッドに入る。覚悟はしていたが、とても硬い。入るときに「硬い」と叫んでしまった。
「シュー、大丈夫ですか?」
シューとしてはそれほど大きく発したつもりではなかったのだが、カーティスに伝わってしまって恥ずかしくて布団を頭数まで被る。
「…カーティスは?」
「フットマンになる前まではこんなベッドでした。大丈夫です。」
「貴族相手にも容赦ないんだ、アルバート家。」
「実は側仕えになれば、近くで待機する必要があるので良いところで眠れるんですよ。」
「側仕えになったのに、降格したベッドでごめん。」
「あ、いえ、すみません。フォローしたかっただけなんですが。」
家令や執事が母屋に部屋を持っているのは分かるし、行ったこともあるが、下級使用人の部屋なんてシューも知らないし、美代子だって知らない。
「もういいや、おやすみ。」
「はい、おやすみなさい。」
当初美代子が考えていた出家とは全く違っていたが、悪くはないなと思う。明日からは本格的に神殿の生活が始まると気合いを入れる。