白猫探し中
サブタイトルは詐欺。思いつきませんでした。
エリオットJr.(18) アルバート家長男 次期アルビオン公爵。現在は騎士団で修行中。
クリストファー・オールセン(20) オールセン家長男 次男は攻略対象のニクラス・オールセン
ジョーンズ騎士団長(38) ウィリアムのお父さん。(ウィリアム)
エリオットJr.から紹介され、ジョーンズ伯爵は挨拶をした後少しだけ交流の時間を取ってくれた。
「隊長の弟さん、可愛いですね。」
シューは身内だからとエリオットJr.の隊に編成された。そして、そのエリオットJr.の隊で1番言われるのが『可愛い』だった。それは騎士団という、男性の中でも1番男らしい人が集まった集団の中でなら、幼いシューはそう映るだろう。ちやほやとしてくれる状況に美代子だって慣れていないし、シューも戸惑うしかなく、何度もエリオットJr.に視線を送るが助けてくれる気配はない。
「こらこら、弟さんが困っているだろ。」
助けてくれたのは、クリストファーだった。仲良いとは思っていたが、エリオットJr.の隊の副隊長らしい。助けてくれたクリストファーの服を掴んで、後ろに逃げる。それが逆効果でもあった。
「か、かわ。」
「お前ら騙されているぞ。」
小さな乱入者に取り乱される自分の隊員たちにエリオットJr.は大きくため息ついた。
「シューもなんで今更隠れるんだ?衆目など慣れているだろう。」
エリオットJr.のいうとおり衆目には慣れている。だからといって、大勢に可愛がられるような状況に陥ったことはない。
「忌避や好奇の目には慣れましたが…。」
「慣れろ。どうせお茶会でもそうなるのだから。」
言い訳をしようとすると否応なく話を切られた。
「隊長、いくらなんでも可愛そうですよ。」
「何故?」
「いや、慣れていないならもっと優しくしてあげても。」
「必要ない。もう交流はいいだろう。訓練を開始する。」
隊員の言葉を切り捨て訓練が始まる。最初はウォーミングアップなのだが、これが引きこもりには辛かった。まず簡単に体操をして走り込みだ。連携云々の話をするものだと楽観視していたが、普通に騎士団の訓練にも参加することになるとは思ってなかった。
「大丈夫かぁ、弟くん。」
最後尾を一緒にペースを合わせてくれるクリストファーには申し訳ない。スピードが歩いている時と大して変わらない。返事をする余裕もなく、軽く頷く。
恐らくもうやめたいといえば、やめさせてくれる。ただこれは兄がシューに課した義務で、やめた時点で直ぐに帰らされるのだろう。これはガイルという魔族の幹部を殺すためなのだ。生半可の覚悟で、命は散らせない。
「おーい、弟くーん?」
美代子の看護師的知見でいえば、絶対に無理はしてはいけない。今まで大して動いてなかった人間が無理すれば怪我の元だ。しかも、大怪我に繋がる。
「エルー!やめさせるよ!」
クリストファーの言葉すら聞いてなくて気づけば、抱きとめられていた。
クリストファーに渡された水を飲んで、シューは漸く落ち着いた。他の騎士たちは剣を構えて素振りを始めているのを冷静になって見ていた。
「いやあ、流石エルだな。弟くんが無理するの気づいていたんだ。」
「どういうことですか。」
クリストファーも水を飲みながらにこにこと微笑んだ。
「昨日ね、絶対に目を離さないで無理をするようなら無理やりやめさせろって言われたんだよね。」
「兄さまが…。」
見透かされていた恥ずかしさと、彼がシューを見ていた嬉しさで頰が赤くなる。幸い走った後で既に赤かったから、クリストファーに見透かされないようで助かる。
「弟くんはなんで討伐隊に参加したいの?アンデッドなんてめちゃくちゃ気持ち悪いじゃない。」
シューは素直に答えられなかった。
「それだけ必死ってことは理由や目的がありそうだけど。」
きっとエリオットJr.が知りたくてクリストファーが聞いているのだろう。でも、それを答えてしまえば、シューは罪に問われて処刑される。
「僕は強くなりたいだけなんです。」
「強く、かあ。」
腑に落ちないという顔をしている。強くなりたいというものにも理由が欲しいのだ。引きこもり小僧が突然強くなりたいと思う理由が。
「…倒したい相手がいます。」
「倒したい、相手?」
「彼はとても強いし、頭が良い。でも、絶対に負けたくない。」
「だから、そんなにがむしゃらなんだね。」
「今度討伐なのがアンデッドだと聞いて光魔法が使えるから、連れて行ってもらえるかなと思ったんです。」
「騎士団にもいるっちゃあいるけど、まあ多くはないからね。」
クリストファーはうんうんと頷き、シューの「倒したい相手』には深く突っ込まなかった。有難い。
「次の魔法訓練は一緒にやるから。」
魔法訓練はそれぞれの力を対象の的にぶつけるだけの簡単なものだが困った。他の騎士たちは難しい魔法を難なく的に当てていた。そういう類の魔法は光魔法の簡易な攻撃魔法くらいしかない。そこでシューがとったものは、
「光の庭、アルテミス、我が領内を汚すものを排除せよ。ヒーリング・サークル。」
範囲回復魔法で朝からウォーミングアップをしていた隊員たちの体力を回復させる。それくらいしか、闇魔法が表立って使えないシューにはできなかったが、隊員たちからは歓声が上がった。
「うぉぉぉ、一気に体が軽くなった!」
「これが光属性の光魔法かぁ!」
その盛り上がりようにシューは後ろに下がった。美代子的に言うなら、神殿はどちらかというと文化系の集まりで、騎士団は体育系の集まりの違いに驚いたのだ。
「はいはい、皆落ち着いて。騎士なんだから、無闇に騒がない。」
「騒ぐなら終わってから騒げ。」
クリストファーとエリオットJr.の言葉ですぐに静かになる。
「いきなり大魔法使っちゃって魔力は大丈夫?」
「え、何も。」
神殿でも気にされたことが無かったので、きょとんとすると、クリストファーは苦笑する。
「流石自称天才。」
「馬鹿にしてます?」
「心の底から驚いています。」
戯けながらシューの魔法の力に感嘆しているクリストファーの横から顰めた顔のエリオットJr.が出てくる。
「精霊魔法を使った割に効果量が伴っていない。」
エリオットJr.の指摘にシューは図星をくらい、言い淀んだ。
「光の精霊の力は借りられないのか?」
「…はい。」
闇の精霊と仲良くなってしまったから、敵対する光の精霊には嫌われてしまう。だから、精霊魔法を使っても精霊の力を借りることはできない。
「借りられないなら使うな。」
「…そうします。」
エディが言っていた魔力量の無駄の話だ。どうせ借りられないのだからと分かっていても、昔からついた癖が直らないのだ。
「回復したものはもう一セット追加で。」
エリオットJr.の無慈悲な命令で、騎士たちはショックを受けながらも文句は言わないで再び追加する。そして、シューも自分の番が来ると仕方がないから範囲回復魔法を使う。
「ヒーリング・サークル。」
指摘通り精霊魔法の呪文を使わなかったが、やはり不慣れなせいで少し狙いよりもブレて範囲が狭まる。
「弟さん、エグい!」
回復魔法が当たり、もう一セット追加されることになった隊員たちが悲鳴をあげる。とはいってもシューも何をすれば良いのか分かってないから、困り果てる。
「元気になってるんだから仕方ないでしょ。」
「副隊長ー…。」
いくら体が元気になっても『追加』という言葉に精神的ダメージを食らってしまっている。
「簡単な魔法でいいから的を狙え。火でもいい。」
この訓練は当たればいいだけの話で、威力や魔法のレベルは問われてなかったらしい。騎士団の魔法のレベルが高くて気づかなかった。
「ライト・アロー。」
光の矢が寸分の違いもなく、的の真ん中に吸い込まれるように当たった。
「うわぁ、流石隊長の弟…、最初から完璧だ。」
「まあ、範囲回復を苦もなくやり遂げちゃうくらいだもんねぇ。」
それに関して訓練した記憶は無いが、魔法の制御はティキと何度か行った二重魔法で大分鍛えられていた。ティキに感謝なんてしたくないが、あれのおかげだったのは確かだ。
「ちゃっちゃとやって行こう。」
素振りと魔法訓練が全て終われば、一対一の模擬戦闘だ。魔法訓練が上手くできていないと模擬戦闘の魔法で誤って仲間を殺す可能性がある為、その日の魔法訓練でコントロールできなかった人は模擬戦闘に参加できないらしい。らしいというのも隊員全員できていたから対象者がいなかった。(普段上手くできていてもアルコールが抜けていないことや、病気等で対象者が出てくるので毎度確認しているらしい。運送系の会社か。)
「弟くんもやる?今日騎馬戦じゃないし。」
やりたいと言いかけて、声にはならなかった。剣など体術ができるわけでもないし、光の攻撃魔法なんて大したことない。先ほどの魔法訓練でそのことを察したクリストファーが、
「ああ、2対2で戦うか。遠距離の方が得意のやつもいるし。」
「いいんですか?」
「エル、組んでやれば?」
「コイツの魔法に関して俺も詳しくないから誰と組んでも同じだろう。」
エリオットJr.の中ではそうだろう。シューはゲームでエリオットJr.が物理攻撃が得意なのをよく知っている。能力的な相性は悪くない。ただそれを知っているからと言ってエリオットJr.と組みたいか、と聞かれると頷けない。
「お兄様ひどいんじゃない。じゃあ、俺と組もうか。」
「お前に兄など呼ばれたくない。」
「クリストファーさん。お願いします。」
クリストファーの実力は未知数だが、若い男が副隊長ということは実力があるはずだ。
「あ、クリスでいいよ。戦闘中呼びづらいでしょ。」
「はい、クリスさん。」
シューがクリストファーと組むことが決まると、エリオットJr.が手近の2人を組むように指示した。
「おう、あっちは仲良しコンビじゃないか。これはチーム戦としては不利、か。」
見たところ、筋肉隆々の男と少し細身のーーといっても騎士団の中ではの話だがーー男のコンビで、エリオットJr.が采配したところを鑑みると、筋肉隆々の男が前衛、比較的細身の男が後衛といったところだ。
「…あの、クリスさん。前は任せていいですか?」
「いいよ。最初からそのつもりだったしね。あのガタイの良い方、ビリーは俺に任せな。で、そのコンビの方がイスコっていうんだけど。」
イスコはビリーに比べて細身の男だが、しっかりと筋肉が付いているし、先ほどの素振りでも太刀筋はとても綺麗だった。魔法で来たなら対処はできるかもしれないが、普通に剣術で迫られたら分が悪い。魔法には1秒程度のタイムラグがあるからだ。
「イスコは魔法も得意だけど、彼はどちらかというと中衛タイプなんだよね。」
「さすが兄様性格が悪い。」
エリオットJr.は父親がシューを試しているようだといいながら、今正に彼に試されている。
「そうだね。でも、きっとエルは君の魔法の力を認めているから、後衛タイプを選ばなかったと思うんだ。ついでに言うと騎士は弓矢隊だろうと皆一通り剣術を学んでいるから、宮廷魔導士とはまた違って体術ができない人はいないんだよね。」
シューは絶対に騎士になれないと思いながら、自分の魔法のことを振り返る。闇魔法は使用不可なのだから使える魔法は限られる。光魔法のあらゆる回復・治癒魔法、転移魔法。簡単な攻撃魔法。それから簡単な火を出すだけの魔法。
「弟くん?」
どう言う作戦でいくか思いつかないが、人は健康的な状態が1番良く身体が動くことに変わりない。
「クリスさん、疲労、睡眠不足、怪我、病気、ストレス等ありますか?」
「ん…え、急に言われても。」
「昨日はよく眠れました?」
「ああ、ちょっとだけ眠りが浅かったかな。」
「肩は凝ってませんか?」
「大したことはないけど。」
「関節は痛みがありませんか?」
「うーん、たまに膝が痛いかなぁ。」
「左右どちらも?」
「いや、左だけかな。」
診察を終えると、シューはクリストファーに天使のように微笑んだ。
「前は任せましたから。」
クリストファーは何が何だか分かっていないうちに、シューが発した光に包まれた。その温かい光に妙な懐かしさを感じながら身を任せる。
「まさかこれって。」
光から解放されると、クリストファーは信じられないと言葉を失った。鎧で酷使されていた肩、踏み出す時に力が無駄に入っていた左膝、副隊長という重役でストレスによる睡眠不足、気づかないうちに彼も体に負債を溜めていた。そして、今の魔法によってそれらから解放され、子供のように身体が軽くなったのだ。
「人は健康でいることが、パフォーマンスに差をつけますから。」
「こんなにバンバン回復魔法を使って良いのかい?」
「模擬戦は10分、頑張ります。」
「たかが模擬戦闘なんだから、無理しちゃだめだよ。」
「魔力量的にはまだ大丈夫です。」
神殿で一日20人の治療をしてきたのだ。あの人数を回すために回復・治癒魔法は『無駄』がないようにすることができていた。
仲間の強化という魔法ではないが、ある意味本来の全力が出せるだけで十分違うはずだ。ただ戦闘中に仲間の不具合なんて聞いていられないから、こうした準備時間でなければできない。後はどうシューが戦うべきか。
「多分イスコは君に魔法を使わせない方向にするんじゃないかな。」
「魔法が使えなくなったら、僕は木偶の坊ですからね。」
「その感じでは対策があるのかい?」
「ないわけではないですが、微妙なところです。」
2人で相談していると、エリオットJr.に呼ばれる。大した案が出ないまま、模擬戦闘が始まってしまう。
「俺もそれなりにできるつもりだから安心して。」
「僕は戦闘しながらの魔法に慣れてません。」
「ん、何とかフォローできればしていくよ。久しぶりに身体がめっちゃいい感じだし。」
クリストファーのフォローに安心する。遊びたいだけのティキとは違うと感じる。
ふかふかのベッドの上で毛繕いをする猫に、フアナは呆れていた。
「なんでついていかなかったの?」
ずっとついて行ったり、置いていかれると文句を言っていたルルが静かに部屋にいることが驚きだ。
「騎士団は天敵中の天敵だっつの。」
神殿は現代的にいうなら病院で、騎士団は軍隊や警察でもある。討伐対象だと気づかれれば直ぐに殺しにかかるのだ。
「ああ、そうだったわね。」
「誰かに取り憑いても良かったんだが、抜け出す時が面倒なんだよなぁ。」
「悪魔って凄い面倒なのね。」
「それ以外なんのしがらみもねえから、悪いことばかりじゃねえけどぉ。」
「貴方悪魔であること嫌そうだけれど。」
「鶏だって空飛びたくなる時もあるだろうし、リスだってバイオリンを奏でたくなる時もあるし、人間だって猫のように昼寝をしたくなる時もある。」
「それなら、貴方は今何がしたいの?」
猫は体を伸ばして大欠伸をする。
「100万回いきてみてえ。」
そろそろ次話投稿が遅くなりそうです。というかつぎは戦闘回なので…。