子供は寝ないと大きくなれません。
番外編のような、そうでないような。飛ばして次を読んでも分かると思います。
カーティス(14) シューの側仕え。上司から休みを言い渡される。
ユーリ(19) いつまでも休まないカーティスを休ませる為に画策。
ジル(16) 神殿とアルバート家の間を走るメッセンジャー。シューのことは気に入ってる。
鍛冶屋の親方 王女殿下が襲来した時にシューが骨折を治した人。
「は、休みですか?」
なんとかシューのお茶会用の衣装を決めたカーティスは突然上司からそう言われた。
「ええ、ずっといままで働きづめだったでしょう?」
確かシューの護衛の任に就いてからはずっとシューの面倒を見ていた。けれども、大変だとか早く休みが欲しいだとか思ったことが無かった。
「おぼっちゃまからは『ちゃんと休んでね』と言う言葉を預かりました。」
カーティスの脳裏にあっさりと頷くシューの顔を容易に想像できた。シューは魔法やあの黒猫と黒い鳥以外に執着を示したことはない。いくらカーティスのことを信用し始めたと言っても、シューにとっては執着の対象にならない。
「浮かない顔ですね。」
「今まで1人の時間何していたのか思い出せないくらいです。」
シュー付きになったのは二月と少し前、どう考えたってシューの側にいなかった方が長い。それなのにもう側にいない生活を思い出せない。
「主人に忠誠を誓うのは良いことですが、人は永遠ではありません。シューおぼっちゃまが先にいなくなる可能性も、貴方が先にいなくなる可能性もあり得るのですから、一つのことばかりに囚われてしまうと危険ですよ。」
今まで二ヶ月以上休みをもらっていないカーティスに対して3日の休みというのは不足している気がするが、カーティスは3日という長さに驚愕した。
ユーリに言われるがまま、使用人の部屋に行く。ベッドは今シューの部屋の中にあるが、カーティスの私物は全て使用人部屋にある。カーティスはフットマンの仕立てのいい服を脱ぎ、シューの前では絶対にしない軽い服装になる。
「カーティス!」
中庭に出ると小さい少女、ランドリーメイドがカーティスの姿を認めると嬉しそうに駆け寄ってきた。
「久しぶり!」
母屋に上がることのない下級使用人である彼女と会うのも久しぶりだ。
「やあ、元気か?」
「うん、しごとになれたよ。」
カーティスが最後に見たのは少女の泣き顔だったから笑顔が見れて安心した。
「おぼっちゃまはどう?わがまま?」
「ある意味わがままだな。何も言ってこないから。」
むしろこの少女からの要求の方が多いくらいで、不思議なものだと思う。
「何も言ってこないのにわがまま?」
「俺も言ってて分かんない。」
「へんなのー。カーティス、ようやく休みなのね。たいへんだったね。」
12歳、彼女はシューと同い年だ。大した教育を受けてない彼女は年齢よりも幼く感じるが、それでも、やはりシューは年齢より年上に思える。
「大変には感じなかったんだけどね。休みだっていらなかった。」
「ええー、ずっとだれかと一緒なんてむりだよ。」
「女の子だな。それ言ったら貴族はすごいな。」
「カーティスも貴族のくせに。」
「俺の家は使用人は1人だけ。四六時中誰かが付いてくることはない。でも、シューたちは違う。何をするにも誰かが付いてくる。」
使用人たちは誰かの前で着替えることに嫌悪感を感じるが、貴族たちは誰かに着替えさせてもらうのは当然で、普通に使用人たちに肌も晒す。その話をすると、少女はあまり面白くなさそうだった。
「ふうん。カーティス、なんか変わった。」
「変わった?」
「もっと暗かった。今は活き活きしてる。」
ただのフットマンとして備品の整理や、侍女長クラリスの御用聞きのようなことばかりしていたころとは違って、シューの為に仕事をしているのは楽しかったのだ。
「確かに。今の仕事好きだ。」
「つまんなぁい。」
祖母の為、ランドリーメイドは頑張って仕事をしている。だけれど、辛い体仕事に愚痴が出るのも当然で、カーティスが楽しそうに仕事しているのが恨めしく感じるのだ。
「あたしも貴族だったら、楽しい仕事できたのかなぁ。」
「さあ…。俺は貴族だけど、フットマンの仕事を楽しいと思えたのはシュー付きになってからだよ。」
「呼び捨てなの?」
「あ、シューがそう呼んで欲しいって言うからついつい。一応人がいる前では気をつけてたのにな。」
「あたしは言いふらしたりしないよ。」
妹のように可愛がっていた彼女にいつものように話してしまった。カーティスはシューとは違う水仕事で荒れに荒れた働き者の手を見て思い出した。
「今日非番?」
「あ、やばい。忘れてた。カーティス久しぶりに見てテンション上がっちゃって…。」
幼いランドリーメイドは手で口を押さえると、走ってきた方向へと戻る。
「またね、カーティス!」
駆けていく幼い少女の後ろ姿を見て、ローブを翻しながら神殿の中を走り回るシューの後ろ姿を思い出す。神殿で治癒魔法で人々を癒すシューはどこか楽しそうだった。
「はあ、これが職業病か。」
もしシューに衣装決めを頼まれず、イールゥイと出て行くシューに付いて行ったら、そのまま仕事していたような気がする。カーティスはため息をつくと、従者用の門から出ようとした時また違う人物に声をかけられた。
「カーティスじゃん。坊ちゃんのお守りから外されたのか?」
既に聞きなれた下男の声。日に焼けた浅黒い肌と耳につく話し方は1人しかいない。
「ジルか。仕事は?」
「俺は非番だ。で、お前は?」
「私も非番だ。」
「折角の非番なのにつまんなそうだな。」
カーティスはうんざりとしながら、門を開いた。
「無視かよ、カーティス。」
「お前と話すことは無い。」
「けっ、堅苦しいな。」
ジルもカーティスの後に続いて門から外へ出た。
「なあなあ、仕事じゃねえなら飲みに行かねえか?」
「まだ昼間だぞ。」
「いいんだよ。」
この世界に飲酒可能な年齢など設けられてない。飲みたければ飲めばいいのだが、カーティスもシューと同じようにあまり酒を好まない。
「水だと高えし。酒場ならワインが安いだろ。」
「何故私がお前と酒場に行くことになっているんだ。」
「だって暇そうだし。あと、酒場は色んな情報の溜まり場だ。知ってて悪いことは無い。」
この男と共に行くのは癪だったが、暇だったのは確かだ。
「…魔族の情報も欲しいな。」
「おうよ。冒険者の仲介場所でもあるから、そういう情報を得るにも持ってこいだ。」
不本意だがこの男と酒場に行くことする。カーティスが魔族の情報が欲しいと言ったのは、シューや王女殿下が話していた「バッドエンディング」が気になったからだ。話しぶりから察するにきっとカーティスはシューに置いていかれてしまう。
「俺もなんとかしなきゃな。」
カーティスの独り言を聞いたジルがカーティスの顔を覗き込んだ。
「お前普段一人称『俺』だったんたな。」
「最近は『私』がすぐ出てくるようになった。最初は俺と言っていたんだ。」
「へぇ、なんか親近感わくぞ。そっちの方が。」
「お前に親近感湧かれてもな。」
ジルとは別に仲良くする気はカーティスには無い。ただまっすぐな彼がシューは気に入っているみたいだから、カーティスはこうして彼と付き合っているだけだ。
「お前ってほんと大人しそうで弱気な奴にみえたけど、はっきりいうよな。」
「あまり言葉は得意ではない。」
「そのせいか。ああ、最初は弱気そうな奴って思ったけど、今は全然違うように見える。シューの影響か?アイツ無駄に自信マンマンだからな。」
「アイツや無駄っておい。」
いくらなんでも仕える家の息子に何を言うのだと思う。ただ確かにシューと出会う前のカーティスはもっとたくさんの不安や恐怖がいっぱいあった気がする。
「坊ちゃんは気にしない。」
「シューは魔法以外に何も頓着しないからな。」
魔法と、カーティスには不思議でたまらないが、肌だけは気をつけている。本人に聞くと健康そうに見えないのが嫌らしい。よくわからない。
「坊ちゃんは相当変わり者だな。いっそ独立して研究家でもなった方が幸せじゃねえか?」
「いや、それも不安だ。着替えも1人ではやらないし、ご飯すら忘れそうになるし。」
「坊ちゃんは世話焼かせだなぁ。」
アルバート家の研究員エディと同じようなことをジルは言う。誰から見てもあの子供は世話を焼かせる気になるらしい。
酒場までの道すがら、カーティスとジルが話すことはシューのことばかりだ。生まれも生き方も違う2人の間で唯一の共通項だから仕方ない。
「俺が思うのはシューは生き急いでる感じはする。」
「…それは私も同感だ。」
中心街、俗称貴族街と呼ばれる地域を出て、狭い道をずっと歩く。すると、今度は平民たちの中の繁華街に着く。貴族街と比べれば、汚くて騒がしくて、楽しそうなごちゃごちゃした場所だ。カーティスはあまり慣れていないが、ジルは慣れた足どりで一つの酒場にに入った。
「いらっしゃい。あら、ジルじゃないの。」
「よ、マダム。元気そうだな。」
酒場の女性店主は、ジルを見つけるとすぐに声をかけてきた。それから、後ろにいるカーティスを認めると、
「あら、連れ?カッコいい男の子ねぇ。」
「うちの屋敷のフットマンだ。」
女性店主は気を良くしたように、2人を席に案内した。
「とりあえず、ワインな。」
「この子は?」
「あ、私は。」
「同じもので頼む。」
昼間からお酒を飲む気は全くなかったが、ジルが制してワインを頼んだ。それから、ジルは耳打ちする。
「腹壊したくなかったら酒がいい。」
貴族街の水は水の魔導士が完璧に管理しているが、平民の繁華街の水は良くないらしい。知らないカーティスには有難い。
「おー、ジルじゃねえか!坊ちゃん元気かー?」
酒が運ばれるのを待っていると1人の大男に話しかけられた。よく見るといつだったかシューが骨折を治した鍛冶屋の親方だ。
「ああ、親方さんですか。」
「ん…、ああ、坊ちゃんのそばにいた奴か!そんななりしているとわからねえな。」
親方はフットマンではないカーティスをしばらく分からなかったみたいで、随分頭を捻っていた。
「いやぁ、坊ちゃんにはすげぇ助けられた。あ、ママ、この2人の代金俺が支払うぞ。」
「あら、太っ腹だねぇ。」
「え、そんな、申し訳ないです。」
「いいってことよ。そんだけ坊ちゃんには救われたからな。」
親方はカーティスとジルが座っていた席に座ると、シューのことを褒め称えた。
「いやぁ、本当に助かったんだわ。実は冒険者ヘクトルから武器を頼まれてたんだ。難しい工程があって、弟子たちに任せるわけにもいかなくてよお。」
「あの有名な冒険者、からの注文ですか。」
12年前、魔族がアルビオンに攻め入ったことがあった。公爵のアルビオン軍が苦戦しているところにヘクトルが助けに入ったことによって、難局を突破したと言われており、アルビオンでは公爵家と並ぶ人気者で、またオルレアンでもその噂は瞬く間に広がった。その冒険者の武器製作に携われるのは名誉なことで、成し遂げたいと思うのは職人の性だろう。
「本当は直接お礼言いたいところだがな。」
「伝えておきます。シューは不思議がっていましたよ。いくらシューの名声が届いたとしても、シューは幼い子供なので不安だと思うはずなのにって。」
「ああ、そういえば坊ちゃんは随分背が低かったな。」
今更親方はシューが幼い子供であることを認識したらしい。
「俺が不安じゃなかったのは、坊ちゃんが不安じゃなかったからだな。」
「え…。」
「坊ちゃんはオーラがあったし、確固たる自信があるようだった。他の奴らは『大丈夫、安心してください』って言ってる割にどこか不安そうだったから、余計にシューの堂々とした態度に安心したんだよ。人を食うような態度に弟子はちょっと憤慨していたがな。」
カーティスはシューが冷たく『腕が取れたわけでもあるまいに。』と弟子に言い放ったところを思い出す。シューとしては骨折は比較的治しやすい範囲にあるから、他の人の不安に寄り添えないのだ。でも、シューが不安を感じていないから不安ではないということはカーティスもよく分かる。シューがもっとディーンに怖がっていたり、神殿の慣例に不安を抱いていればカーティスも伝染していた気がするのだ。シューが自信満々で歩いているから、カーティスも自信を持って歩いている。
「また坊ちゃんの自信話になるな。」
「シューを評価する時、魔法・容姿・自信が三要素だからな。」
「容姿とあの絶対的な自信が、人外感生み出してると思うわ。」
「人外感って?」
「んー、神さまっぽい?」
2人のシューの話に親方も頷く。
「シューの見た時、修道女院に来たかと思ったぞ。焦った。」
オルレアンに光の神殿の修道女院は無く、水の修道女院に纏まっている。この修道女院が光の神殿と違うところは患者や参拝者も男子禁制で、唯一許されたのは旦那などパートナーから逃げてきた女性の12歳未満の子供のみだ。この規則を違えた男は、厳罰が下るから、親方は最初恐れたという話だ。
「正真正銘男なので安心して下さい。」
「良かった良かった。」
親方は大笑いする。
「ウチの工場の女職人よりも美しいから、びっくりすんだよなぁ。」
「多分力もそちらの女性の方が強いですよ。」
「ガハハ。付き合ったら丁度良さそうだな!バランスが取れる!」
「確かに。」
シューに婚約者はいないが、どのような人が彼の隣に立つのか想像するが、なぜか女性らしい女性が似合わない。
「女剣士や女職人の方が彼に向いていると思います。」
「俺もそう思うけど、なんでだろうなぁ。」
本人がいない中で下世話な話だが、どうしてだかこうして話すのが楽しいわけだ。
カーティスが久しぶりの休みを満喫する中、シューは眠気と戦いながら、マナーを覚えていた。悲しいことに最初から実践というわけでは無く、座学だった。
「シュー、起きていますか?」
まだシューが追い出したことはない貴族の家系から連れてきた家庭教師は30くらいの落ち着いた雰囲気のある紳士なのだが、淡々とした口調が眠気を誘う。
「はい、ヴィクター先生。起きてます。」
「寝てましたね。」
「寝てないです。」
「恥をかくのはあなたですよ。」
「存じてます。だから、寝てもいいですか?」
「いや、どういう理屈ですか。」
「本能なので理屈では語れません。」
「怒りますよ。」
「どうぞ、ご自由に。」
ヴィクターは盛大にため息をついた。どんなに怒っても眠いことに開き直られてどうしようもない。もっと声を上げて怒ってもいいし、なにか罰を与えてもいいとは思うが、この頭の出来のいい坊ちゃんにはあまり効果的ではないように思える。
「ちゃんとできていない子は家から追い出されますよ?」
と、ため息をつきながらシューを見るとうつらうつらと船を漕いでいた。
「シュー!」
後ろでフットマンの男は苦笑いを浮かべていた。
カーティスとジルだけというのが新鮮で楽しかったです。そのおかげで筆が進みした。物語は進んでないですが…。