我有朋友。
カーティス(14) シューの側仕え兼護衛 現在休みなく働いている。ブラック労働中。
ユーリ(19) アルバート家執事見習い ちゃんと休みは取っている。
「你们好!我は李宜兴(Li Yixing)でス。こちらが息子の李宜锐(Li Yirui)でス。」
「よろしくネ。」
シューはあんぐりと口を開けた。美代子の記憶よりも背丈の小さい、黒髪の三つ編みの少年、攻略対象の一人、イールゥイ・リーが目の前にいることが信じられなかった。
「こんにちは。」
動揺で声が上ずりながらも笑顔を見せる。応接間には彼ら以外にもうひと組の業者がいたのだが、全く視界に入ってこない。彼らを説明してくれるユーリはなぜか楽しそうだ。
「坊っちゃま、彼らは東の遠い国から来ていて、とても珍しい布を持ってきてくれました。今アルビオン(アルバート家領)で主に商売しているのですが、アルビオンから、駆けつけてくれたのです。」
「待って、僕がお茶会に行くって決めてからアルビオンから呼び寄せても間に合わない距離でしょう?」
「アルビオンの魔术师が魔术使てくれたネ。很早。」
その話を聞いてユーリに食いつくように質問する。
「それは光魔法ですか?」
「風と光の合わせた魔法らしいですよ。複数人で行う魔法だとか。今度のオルレアン魔法研究会で発表するのたと楽しそうに研究員が話しておりました。」
エディが嬉々として話す様子を思い浮かべる。エディは恐らくその研究には関わっていないが、それで彼は魔道書で光の転移魔法を見て興味が惹かれたのだろう。
「その研究会見てみたいなぁ。」
「别忘了我们(私たちを忘れないで)。我たち、忘れル、忘れテル?」
不慣れなオルレアンの言葉でイールゥイの父イーシン(宜兴)は悲しそうに眉を下げる。
「ごめんなさい。」
「ごめんネ。我、オルレアン語、下手。」
「いえ、理解できます。大丈夫です。」
シューの返答に嬉しそうにイーシンは笑った。
「今天、今日、我の国から、非常好…いいものデス。」
イーシンは部下らしい人たちに言って品物を持ってこさせると大仰に並べた。イーシンが並べた生地の中に彼の国のシルクがいくつもあった。シルクは既にオルレアンでも伝播され作られているが、滑らかな風合いと模様、色がまた違う。
「お気に入りの色や柄はありましたか?」
「僕に似合うならなんでもいいよ。」
「似合ウ、これドウ?」
「しれっと1番高いの差しましたね。」
確信を持って言った訳では無かったが、イーシンはぎくりと肩を揺らす。商人の性かもしれない。
「坊っちゃまには少し派手かもしれません。」
「高イですゲド、似合ウヨ。」
ユーリとイーシン、またもう一つの業者、仕立て屋がシューをそっちのけで話し始める。仕立て屋の女性がシューの外見を興奮するように話しているのを後ろから黙ってみていた。
「カート、どう思う?」
と、カーティスに話を振ってみるが、カーティスからの返事がなくて振り返って確認すると、カーティスは頭がパンクしたように考え込んでいた。シューが全てカーティスに任せると言ってしまったからだ。シューが申し訳なく思いながら、前を見るとイールゥイと目があった。
「こんにちは。」
「啊、コンニチハ。」
ゲームではひたすらテンションの高い明るいキャラクターだったが、しらない場所に連れてこられたせいか借りてきた猫のようだ。
「転移魔法どうだった?」
「我怕。えーっと、コワいネ。」
シューよりも背の高い少年が元気がないのはそれも原因かもしれない。転移魔法は失敗すると大怪我じゃ済まない。
「…あー、アナタは衣服…着る、こと、興味ナイ?」
着る服にあまり興味がないのかと彼は尋ねているのだろう。ゲームの世界では訛ってはいるものの、ここまで片言ではなかった。
「あ、僕のことは『シュー』でいいよ。」
自分を指差して、シューと名乗る。異国の人間であるし、彼は攻略対象の1人だから対等な立場で話したかった。
「书(shu)?」
「それ本って意味で話してない?…まあ、発音似てるからいいけど。本好きだし。」
「书ハ『本』。分かタよ。…书は我たちの言葉、分かル?」
「わからないよ。」
イールゥイは不思議そうに首を傾げた。
「採寸終わったら、一緒にお茶でもしない?」
「…サイスン?」
「服を作るために僕の身体を測る。」
身振り手振りを加えながら話せば、イールゥイもわかってくれたようで、そして、お茶ということも了承してくれた。
イールゥイ・リーはゲームの年齢から逆算すれば15歳だ。商人だから大人たちと同じように仕事をしに来ているのだが、シューが声をかけてしまえばイーシンを含めて全員了承してくれた。
「服の最終判断はカートがするからさっさと採寸して欲しい。」
カーティスは緊張で顔を強張らせるのを見て少し可哀想に思った。でも、シューよりはセンスが良いから、シューは自分で決めたくない。
「では、先に採寸しましょうか。」
ユーリがシューに微笑むと、仕立て屋の夫妻が準備をして測り始めた。
誰も使っていないので、サルーンにイールゥイを連れてきた。カーティスは未だに応接間で業者と頭を抱えているため、違うフットマンがシューとイールゥイに給仕をした。元々側仕えも一人で担当する役職ではないが、シューが警戒するだろうからと実家でもカーティスに付いている。それはユーリの独断で行われていることもあり、シューはそれは知らない。ユーリが簡単にシューに採寸だけを許可したのは大丈夫かと見極めるためだった。今いるフットマンは20代くらいの青年だ。シューは彼に対して何も言わない。今の興味は全てイールゥイに向かっていた。
「イールゥイはいつまでいるの?」
「分かる、ナイネ。」
分かりづらいが、その後もずっと話を聞いていれば2、3年はここで留まって仕事をするようだ。いざこうして目の前に攻略対象がいると、なんと声をかけるのが正解なのかが分からなかった。
「商人の仕事好き?…えっと、なんと言えば良いのかな。」
辞書という便利なものがあれば持ってきてもらうのだが、オルレアンーアルビオン辞典くらいしかない。シューがこれを聞きたいのはゲームで、イールゥイが商人の仕事について疑問を持っていたからだ。それは優しい彼はだからこそだ。商売については嫌いではないが、貧しい暮らしをしている民に心を痛めていたのだ。
「这是。」
イールゥイが差し出したのは、小さいよれた紙の束だった。中には手書きで書かれたオルレアンの単語とイールゥイの単語だった。その紙の束から仕事という文字を探し出して、指を差す。
「これ!好き?」
「好キだヨ。楽しイネ。」
ゲームの中とそれは変わらない。ただゲームではその好きに陰が映っていたのに、まだその気持ちは澄んでいる。
「书は本好キ。なんの本?」
「一番は魔道書…魔法が書かれている本だよ。」
「好。我たちには少ナイ。デモ、あるヨ。」
「なんの属性!」
光の魔法の属性なら、今は喉が出るほど欲しい。
「6属性揃ってるネ。不是、5ダネ。」
6属性と言って慌てて5だと訂正したということは恐らく闇属性もある。アルバート家が闇属性について研究したいと思っているのだから、闇属性も扱っててもおかしくはない。シューはすっとイールゥイに近づいて耳打ちをした。
「闇のもあるの?」
イールゥイは明らかに目を泳がせる。
「僕それ欲しいな。」
「不行!(だめ)」
彼に囁くと、彼は驚いてシューを引き離した。その勢いに今度はシューが驚いて首を傾げた。
「なんで?」
少しだけ顔を赤らめて、ごほんと彼は咳払いする。
「違うヨ。闇はナイ。」
「まいいや。光が欲しいなぁ。」
「どうしタラ、反対の欲ス?」
「気にしないで。光もあるんだよね?」
「アル。デモ、光は高イ。」
「そっか、ユーリに聞いてくるか。」
高かろうが安かろうがシューには支払い能力が無いからどっちにしろ聞きに行かなければならない。
「啊、稍等、我の国の言葉。」
と言われて止まる。彼の言葉なんてほとんど分からない。
「分かった。買うことが出来たら、君の国の言葉勉強する。いつまで君はオルレアンにいるの?すぐ帰っちゃうの?」
「啊呀、你说的很难(何を言っているのか分からない)。」
彼が困ったようなジェスチャーをするので、まくし立て過ぎたと気づく。彼の単語帳をもう一度借りて、何度も繰り返しで説明して伝わった。そして、彼の返答を要約すると『もう少しだけオルレアンの王都にいるが、数日でアルビオンにもどる。国には帰る予定が今のところ無い』らしい。ゲームでは学院に入学するから、そこはシナリオ通りなのだろう。
「言葉、教えて。」
「教えル?我が、书に?」
「是。」
「覚エル、早イ。」
「じゃあ、代わりにアルビオン語とオルレアン語も教えてあげるね。」
「谢谢。」
と言いながら、教えて貰える時間も教える時間もほとんどない。来週までに騎士団で連携に支障が出ないように勉強しなければならないし、お茶会の勉強もしなければならないので彼がオルレアンにいる間にはあまり言語を教えてもらえそうにない。
「今度アルビオンに会いに行くよ。」
彼はシューの言葉を理解するととても嬉しそうに喜んだ。
「アルビオン、オルレアンに、朋友持ってナイ。ウレシイ。」
「パンヨー?…んー。あ、友達。友達は『いる』『いない』だね。大丈夫。僕もいないよ。」
「不对。友達、必要。」
そんなこと言われてもとシューは思うが、美代子は友達といえばとウィリアムやマリアンヌのことを思い出す。美代子の基準でいけば彼らも立派な友人だ。
「ああ、嘘。居た。」
「良かっタ。」
2人が言語を教えあいながら、話しているとサルーンにユーリが入ってきた。
「坊っちゃま。友達になれましたか?」
「恐らく。」
曖昧な返答に苦笑いしながら、ユーリは続ける。
「今の仕事を終えたら、カーティスには休みを与えてもよろしいでしょうか。このところ働きづめでしたので。」
カーティスの上司として、彼は休みなく働く彼に心配していたのだろう。
「うん、どうぞ。」
元々シューには彼を縛り付ける気はないので、あっさりと返すのだが、ユーリは顔をしかめた。
「本当に大丈夫ですか。」
「はい、大丈夫です。」
シューが前と変わったのはユーリもわかっているが、それでもシューが心を許している使用人はカーティスだけなので不安でしかないのだ。とは言っても永遠にカーティスがシューに付いているのも無理な話なので、シューにも他の使用人に慣れてもらう必要がある。
「では、このままこの男がシューおぼっちゃまのお世話をさせていただきます。」
ユーリに言われるとフットマンの男は恭しく頭を下げた。他にも仕事があるユーリが下がろうとするとシューは引き止めた。
「カートにちゃんと休んでねって。」
「はい、伝えておきます。」
カーティスへの労いの言葉にユーリは嬉しそうだった。
出て行ったユーリを見て気づいた。
「あ、頼んでない。」
光の魔道書が欲しいと言うのを忘れた。何かを頼む時いつもカーティスが代弁していたのを思い出す。それから、ちらりとフットマンの男を見る。
「あの、さっきの話してきてもらっても。」
「何をでしょう。」
彼はなんとも思っていないだろうが、カーティスならすぐに気がつくから、意地悪されている気分になる。シューは左手を右手で掴んで握る。
「彼が言っていた光の魔道書が欲しいです。」
「ああ、すみませんでした。少し席を離しますが、メイドに何かあれば。」
彼は得心が行くと、近くにいたメイドに言付けするとユーリの後を追った。
「ねえ、意地悪されてないよね?」
イールゥイに言うと彼は笑い飛ばした。
「イジワル?気にする、ナイ!」
それくらい不思議なことではないと明るく言わた。これはシューの気にしすぎなんだろう。
「书、気にする、オカシイ。」
「そりゃそうだよね。」
美代子も気にすることではないと言っている。カーティスが休みの間の代役、とは言っているが今までが特別だっただけでこれからは当たり前になるのだから、気にしてはいられない。
「书は、彼、キライ?」
「分からない。ほとんど知らないもの。」
一応タウンハウスで10年以上暮らしている訳だから、上級使用人達の顔くらいは分かる。名前までは把握していないが。
「ソウ。キット、彼は同じ。」
「あの人も僕と同じように僕のことが分からないから、嫌いじゃないってこと?」
美代子ならまだそうかもしれないけれど、シューの悪いところを知っている上級使用人達には良い印象を持たれてない筈だ。
「知らナイ人、見る、顔、はかる。」
「知らない人は見た目で判断する…って言いたいのかな?」
「书、顔、良い。」
見た目が良いし、温室育ちだから言葉遣いも悪くはない。確かに知らない人間なら、シューは得する見た目ではあると思う。
「まあ、残念だけど、全く知らない人ってわけじゃないけどねぇ。」
「ここ、人、イッパイ。キット彼、书、知らナイ。ダイジョブ。」
使用人の数は多くてもフットマンの数は限られているし、フットマンで一番下のカーティスがシューの黒い噂を知っているくらいだから、きっと彼もよく知っている筈だ。でも、ただイールゥイはシューのことを励まそうとしているだけだ。その言葉を否定する必要はない。
「谢谢。」
「不客气(気にしないで)。」
覚えたての彼の言葉でお礼を言うと、イールゥイは胸を張って笑った。
時間の許す限りイールゥイの言葉を教えてもらっていたけれど、彼も仕事が他にあるし、シュー自身が、もう時間がなかった。戻ってきたフットマンは、値が張るものだから相談するそうだと言うことを告げ、それから、次の予定、つまり、お茶会の練習があるのだと言う。イールゥイと別れるのが惜しいけれど、こればかりは仕方ない。ちゃんと会いに行く約束を取り付ける。
「じゃあネ。また会おウヨ。」
イールゥイはブンブンと本当に嬉しそうに手を振る。コミュニケーション能力が高い人間と話していると、シューもコミュニケーション能力があるような錯覚を覚えて嬉しい。そう思いながらシューは目をこすった。
「坊っちゃま、大丈夫ですか?」
フットマンが尋ねる。大丈夫か大丈夫でないかといえば、大丈夫ではない。神殿の早起きは昼寝を取ることでバランスがとられていたのだが、今日昼寝の予定はない。恐らくカーティスが気にかけて作った空き時間を全てイールゥイに使ってしまった。
「ま、何とかなる。なんとか。」
座学でなければ大丈夫だ。
中国語は高校生時代に勉強して以来。凄い忘れてました。簡体字で打とうにもピンインを忘れているので、わざわざピンイン調べなきゃいけなくて…。
次イールゥイが出てくるときはもっと流暢にオルレアン語またはアルバート語ができているのでここまでややこしい事にはならないです。