Happy REbirthday
エリオット・アルバート シューの父親
エリオットJr. アルバート家長男
オズワルド・アルバート アルバート家次男
シュー・アルバート アルバート家三男 主人公
カーティス シューの側仕え兼護衛
王女殿下 マリアンヌ・レーヌ・ド・オルレアン 前世は真理亜
ミカ(未登場) アルバート家魔法講師
朝食の場にもディアナ公爵夫人以外家族全員が揃った。ワーカホリックで家にあまりいないダメな父親もちゃんといた。
「エリオット、騎士団はどうだ。」
「勉強になることが多いですよ。今度西の森の魔族の討伐に行くことになりました。」
西の森、王都から街道を暫く行った先にある森で、ガイルの支配地域だ。シューは耳を澄ませる。
「そうか、近頃アンデッドの類が集まりつつあるようで懇願が来ていたからな。漸く動いたか。」
アンデッドなら、光魔法を使える人間を連れて行くだろうか。アンデッドの弱点は光魔法、特に治癒魔法だからだ。ゲームではない今のシューに足りないものは実戦経験だ。
「はい、兄様。」
「…どうした。」
「僕も行きたいです。」
シューが散歩に行くかのような気軽さで手を挙げて、カーティスとオズワルドがぎょっとした様子だった。
「子供が来るべきところではない。」
一蹴されて睨まれた。
「光魔法が使えるからといって連れて行くはずはない。騎士団の連携も乱される。」
当たり前だけれど、それだけで引き下がりたくはない。
「騎士団の人に光魔法が使える人が多いなら仕方ないです。諦める。」
騎士団に全く光魔法が使える人が居ないということはないだろう。ただ決して多くはないし、治癒魔法に関して負ける気はしない。
「聞こえてなかったか?連携が乱されると言ったんだ。お前のせいでリスクが上がる。」
「アンデッドの討伐で1番困るのは状態異常ですよね。僕ならすべて治せます。」
「だからなんだ。そのメリットのためにリスクを買えと?」
これは何を言っても変えられないようだとエリオットJr.から視線を外して、自分の皿を見つめる。
「エリオット、連れて行ったらどうだ?」
黙って2人のやりとりを聞いていたエリオットが突然口を開いた。
「お父様?シューは剣も使えないですし、馬にすら乗れないのですよ。騎士団に迷惑をかけるに決まってます。」
「それまで時間はあるのだろう。ある程度の連携などの確認はできるはずだ。」
「待ってください。今シューが家に戻っているのは王女殿下のお茶会の誘いがあるからでしょう。そちらを蔑ろにするつもりなのですか?」
「お茶会の練習など2日でどうにかできるだろう。」
無茶な要求をしたのはシューの方だが、エリオットも大概無茶苦茶なことを言っている。2日でどうにかなるのなら、シューはこんなに前から家に帰っていないのに。だが、父親に試されているような気がして、はしたなくスプーンを置いた。
「できます。」
「えええ、シューちゃん。無理すぎるよ、覚えることいっぱいあるし。」
シューの発言に今度はオズワルドが声をあげた。
「やります。」
「じゃ、じゃあ、俺も討伐隊に参加したー。」
「お前は学院だろう。」
「はい。」
オズワルドはしゅんとする。シューには光魔法のことがあるから、大義名分があるが、オズワルドにはそういうものはないし、騎士団所属ではないから何も言えない。
「シューがやる気で、お父様もそれでいいのなら、私からはこれ以上なにもいいません。」
というエリオットJr.は納得が言ってないようだった。
「その討伐隊は来週で、王女殿下のお茶会はその次の週だ。死ぬ気でやれ。」
「今日から兄様について行くべきですか?」
「今日は仕立て屋が来る。明日連れて行く。」
「承知しました。」
朝食を食べ終わり、食堂を出て行くところをエリオットJr.に呼び止められた。
「この後俺の部屋に来い。」
機嫌の悪いエリオットJr.に呼び出しを食らって、何気ないように返事はしたものの気分は重い。
エリオットJr.の私室の戸を叩く。開けたのはユーリだった。
「ようこそ、シューおぼっちゃま。」
エリオットJr.に入るように言われて、そのまま部屋の椅子に腰かけた。
「お前はどう思っているんだ?」
突然のエリオットJr.の質問には頭をひねった。
「俺はずっとお父様はお前の存在を隠したいものだと思っていた。だから、俺もそうしていたが、ここ最近のお父様は逆だ。」
シューが父親を可笑しいと思っていて、それをエリオットJr.も変だと感じていたのだ。
「神殿に行かせることを許可したりーーーこれは渋々ではあったがーーー、何より今度の討伐隊だ。」
「うん、まさかお父様に賛同されるとは思わなかった。それに、今度のお茶会だって、今まで一度も参加させなかった。だから、お父様が断るものだと思ってたよ。」
「お前も分からないか。」
エリオットJr.はふうむと考え込むように顎を抑える。
「…お父様はお前を試しているようにも最近感じるんだ。」
「試す…。」
そう言われても最近漸く父親とまともに話しているくらいだから、シューには分からない。
「…そもそもだ。」
「なんですか。」
「シューの母親を調べていたのだ。」
娼婦であるシューの母親の話はシューは一度も聞いたことがない。シューの中ではディアナ公爵夫人よりも更に遠い人だ。
「どうだったんですか?」
「分からない。分からなかった。今までは母親も闇属性だと思っていたから違和感はなかったが、シューが光属性なら話は変わる。」
「僕のお母様も光属性の可能性?」
「もしくはそれ以前に光属性のものがいたか、だ。」
「隔世遺伝ってやつか。どう考えても光の属性は劣性遺伝だし。」
しかし、エリオットJr.が言いたい話はそこではないのはシューもよくわかっている。
「光属性の家系が娼婦をやっていたことがお兄様の疑う要素なんですよね。」
光の属性に関係のある家族は一応王国の庇護にあたるはずだが、娼婦という身分の低い仕事をしているのが、エリオットJr.には不思議なことなのだろう。アルビオン公爵の相手なら高級娼婦だろうから、シューとしてはあまり不思議には思わないが。
「それ以上にお前の母親が見つからない。」
「…どういうことですか。」
エリオットJr.はシューの母親を調べていたが、シューの母親であろう人物が一切出てこないのだ。
「お父様が意図的に隠していた、にしても限界はあるはずだ。いや、もしお父様が隠していただけだとしても、その意図は?」
エリオットJr.が一人で頭を悩ませている中、シューは底冷えする恐怖を感じていた。ディアナ公爵夫人もシューの本当の母親もシューには夢幻のようなものだったはずだが、自分の存在が不明確になる恐怖が襲っていた。
「兄様の用事はそれだけですか?」
「この件に関してどう思う?俺はお前が神殿に行ってからずっと疑問に思っていたんだ。」
「僕が、本当にお父様の子供かどうか?」
「違う、そんなこと俺にはどうでもいい。どっちにしろ今はこの家の人間だ。」
普通の貴族は血縁を気にして貴族ではないと家を追い出してもおかしくはないと思うのだ。でも、この家のナンバー2であるエリオットJr.がそう言うのなら、あまり気にしなくてもいいということだ。合理主義のエリオットJr.らしい言葉だったが、それがなんだか嬉しかった。
「ミカはお前のことをなんの属性だと思って育てたんだ?」
「闇でしょ?」
「本当は光属性の人間が闇属性の振りをする、それはとても難しいことだ。ミカはそれを見抜いて、お前を優秀だと褒めていたのか?」
「ああ、そういえば。ミカは知ってたのかも、光属性だと。それで火魔法を成功させたから。」
「…光属性が火なんて普通はありえないぞ。」
エリオットJr.が頑なにシューを光属性だと信じられなかったのは、シューが火の魔法を使っていたからだ。とはいっても、火魔法の中でも簡単なものでしかないが。
「そっか、ミカにはバレてたんだなぁ。だから、あんなに褒めてくれたんだ。」
「そうおもうならそれでいい。」
エリオットJr.は眉間からシワをとると、ソファの背もたれに寄りかかる。シューの母親の存在が確かめられないことはシューには恐怖だったが、エリオットJr.がどうであろうとこの家の人間だと認めてくれたことやミカがシューの本当の属性を知って心から褒めていてくれていたことが分かると安堵感の方が強かった。
「お前から何かあるか?」
「何かって?」
「俺に聞きたいことがあるか?」
そんなことを聞かれたのは初めてで戸惑う。いつもエリオットJr.から一方的に何かを言われて頷くことばかりだった。
「聞きたいことはないけど、言いたいことはあるよ。こうして2人で面と向かって話したのは初めてですよね。」
エリオットJr.はそうだなと弱く肯定する。
「お父様がお前を隠したいのなら、積極的に関わるのは良くないと判断していたからな。」
「どうして?」
「お前は俺の事を完璧超人かと思っているのか?変に関わって失言するリスクの方が大きいと思っていた。俺も子供だったしな。」
オズワルドが父親のことを不器用だと言っていたが、その1番良く似た息子も不器用だったみたいだ。シューのことを無いもののように扱っていたのは、シューのことが嫌いでもなんでもない。合理主義の完璧主義のせいらしい。
「うん、なんか良くわかりました。」
「なんだ、その言い方は。」
「いえ、心の底から、安心しました。」
そういったシューは笑っていた。エリオットJr.は一瞬目を見開いたが、また彼も何か納得したことがあったらしくすぐに瞳を閉じた。
エリオットJr.が出勤するための馬車を窓から眺めてから、仕立て屋が来るという時間まで、家族共用の書斎で待つ。シューの1人の城より、部屋の大きさも違えば、机と椅子しかないシューの部屋と違って、ソファや椅子など寛ぐ場所となっている。現代でいうリビングルームに近い。カーティスが脇でお茶を用意するのを見ながらぼそりと呟く。
「僕って一度死んだのかな。」
「はい?」
意味不明なことを言ったシューにカーティスは不躾に聞き直した。
「美代子のせいで、前の僕は死んだか。」
「どうしたんですか、シュー?」
シューの前にお茶と小さな焼き菓子を置いたカーティスはシューの話を真剣に聞き始めた。
「『おめでとうございます。あなたは抽選に当たりました!』」
「何が言いたいのか分かりません。」
美代子が読んでいた小説の話だ。主人公は死んだ『ぼく』、死んで抽選に当たったと言われてある自殺した少年の身体に入り、自殺した少年として生きるの話だが、最終的に自殺した少年は『ぼく』だった。自殺した少年は世界が狭まっていた。彼は自分を取り巻く環境に絶望していたけれど、客観的に見ていた『ぼく』からみればそんなことは無かった。もっと世界はカラフルだったという話だ。
「では、新しいシューが生まれたことにお祝いを致しましょう。」
「リバースデー?(rebirthday)」
「アルビオン語(アルバート家領公用語)が出来るようになったお祝いも兼ねて。」
「馬鹿にしすぎです。」
シューは頰を膨らませた。普段オルレアンの王都で過ごしていることや、貴族の公用語がオルレアンの言葉なのでオルレアンの言葉ばかり話しているシューにはアルビオンの言葉が馴染みが薄いとは言っても腐ってもアルバートの息子だから、ある程度はアルビオン語も話せる。
「お祝いは何をしてくれるのかなぁ。」
「え、と何がいいですか?」
「んー、何もいらないや。」
何かしてもらうということもいつもして貰っているし、カーティスの薄給に頼らなくても困っているものはない。
「本当の誕生日にお祝いしてもらうか。」
「それはどんなお祝いがいいんですか?」
「僕が生まれてきたことを喜びなよ。」
「喜ぶ、ですか?」
「ん、だから、今から僕の存在を噛みしめなよ。」
カーティスは困ったように眉をハの字に曲げる。
「カーティスの誕生日っていつ?」
「私ですか?」
「うん、喜んであげるから。」
「2月ですよ。」
「ああ、結構先だね。」
美代子の友達の誕生日以外で初めて覚えようと思った。大分彼に心を許してしまっていると感じている。エリオットJr.がシューを追い出す気が無ければ、もう彼のことを信を預けてもいいと思ってしまうのはシューの甘えなのか。保険として彼の記憶を曖昧にさせる魔法もフアナに任せきりではなく自分で覚えてしまうか。
2人で書斎で待っていると、ユーリ付きの使用人が応接間に来るように言われる。
「…どんな人だろう。しつこい人だと嫌だな。」
美代子の頭に商業施設の中にある声の高い服屋の店員が頭によぎる。そのため、美代子は大体同じものが大量に吊り下げられているところで購入している。
「僕服とか見るの苦手だから、適当にカーティスが選んでよ。」
「わ、私ですか。いえ、主人の服を選ぶのも従者の務めですから、頑張ります。」
「肩が上がりにくいのと生地が重いの以外はどうでもいいや。」
大体服のトレンドを掴んだりするのも有能な従者のお仕事ではあるが、カーティスは得意では無さそうだ。いつものあるものを着せているのと、無いものを作って着せるのは大体イメージが変わってくるだろう。
「まあ、僕だったらシンプルなのでも十分じゃない?トレンドとか追わなくていいし。」
「普段何も気にしない癖に、なぜ容姿にそれほどの自信が…。いえ、その自信に助けられているところはありますが。」
美代子の記憶が戻る前、シューは一切自分の容姿に興味がなかったから、あまり鏡やら水やらの自分の顔を注視したことが無かった。そして、美代子が初めてシューの姿を見たときに、まず「美人」と思った。美代子の美的センスとこの世界の美的センスがズレていたらまた話は変わったかもしれないが、そう変わらないみたいだったため、あとはなけなしの美代子の乙女心で、肌の血色、荒れなどに気にしていれば、(それ以外の点に関しては、全てカーティスに投げているが)大体シューは美しさを保てるという自負があった。
「美代子の客観的な評価のつもりなんだけど。」
美代子と言われて暫く考えたのち、彼は思い当たったのか手を打った。
「他人でいいんですか?」
「さぁ?」
美代子の記憶が戻る前なら、美代子とシューは簡単に他人と言えるのだが、今はどうだろう。
「あまり業者を待たせては申し訳ないですから、早く行きましょう。」
曖昧なシューにそれ以上カーティスは追求することはなかった。
参考文献
森絵都『カラフル』(1998年・理論社)
文庫版(2007年・文藝春秋)
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