これはぼくのもの!
シュー・アルバート(12) アルバート家三男 光属性兼闇属性 嫌いなものは父親
カーティス (14) シューの従僕 風属性 嫌いなものはルル
アーサー・アヴァロン(42) アルバート家執事 土属性 嫌いなものは無計画なもの
ユーリ・クラディウス(19) アルバート家執事見習い 風属性 嫌いなものは無慈悲なもの
ポール・クラウス (51) オルレアン王都の光の神殿神殿長 水属性 嫌いなものは金にならないもの
アレン (26) クラウス神殿長秘書 水属性 嫌いなものは金の亡者の豚
前回のあらすじ:王女殿下からお茶会に誘われました。
王女殿下からきちんとした招待状がシューに届いた。花が描かれた招待状がとても可愛らしい。しかし、シューに渡したクラウス神殿長は何がなんやらという困っていた。
「これ断れないですよね。」
「断らない方がよろしいと思いますよ。」
今まで一度も参加したことのない、アルバート家三男が王女殿下のお茶会に参加するというのはセンセーショナルな話だ。悪目立ちするに決まっているのだ。
神殿長室から退去してシューはため息をついた。シューと王女殿下の話を全て聞いていたカーティスはフォローをする。
「大丈夫ですよ、なんとかなります。王女殿下の招待客に対して失礼な態度を取る御仁などおりません。」
寧ろ突然仲の悪い貴族の招待ではなく、よかったのではないかと、カーティスは不貞腐れるシューに何度も説得する。
そこへ神殿長付きの少年がシューの元に走って追いかけてきた。
「シュー、面会だよ。」
面会に会うのも面倒だ。ウィリアムや王女殿下ではなく、このタイミングは絶対アルバート家のものだ。呼びにきた少年に礼を言ってシューは来賓室へ行く。最近シューは修練の時間が面会で無くなることが多くて不機嫌でもあった。
「シュー・アルバート、参りました。」
戸を叩くとあまり聞きたくない声が返ってきた。
「シューおぼっちゃま、どうぞお入り下さい。」
「ミスター。」
こんなに早く執事のアーサーに再会するとは思ってなかった。あの時と同じようにアーサーの促すままにソファに座る。
「そんなに畏まらずに。どうぞお茶でも召し上がってください。」
カーティスがお茶を持ってきて、アーサーとシューの前に出した。今度はアーサーの部下より早く反応が出来たらしく、彼はどこか満足げだ。
「美味しいですね。」
カーティスは嬉しそうに頭を下げる。シューは面白くなくて気分は更に低下した。
「早く要件を、患者を待たせてますから。」
「光魔法の才能が開花したようですね。最近では私どもの所まで、シューおぼっちゃまの名声が届いております。」
にこにこと笑うアーサーが、仮面がカタカタと笑い声を上げているように見えて恐ろしい。その仮面が壊れたら、シューを襲いかかってくるのかもしれない。
「ミスター、王女殿下のお茶会の話に来たのではないのですか?」
「はい、すみません。ついおぼっちゃまの活躍が嬉しくて。」
「僕の活躍が嬉しいなら、何で僕をあの屋敷から出さなかったのかお聞きしたいですけれど?」
「さあ、旦那様の意向ですので、私は知りえません。知りたいことをお伝えできなくてすみません。」
父付きの執事が父の意向を知らない筈がないのに、アーサーは知らないと言う。もし本当に彼が知らないなら、貴族には完全なプライベートなんてないのに父親がどんな風にその秘密を隠しているのかが分からない。
「お父様はダメだって反対したんですか。」
「おぼっちゃまは旦那様に対してあまり良い印象がないようですね。」
「あると思っているのなら、全てのご自分の行動を振り返って頂けませんかね。」
アーサーは苦笑いをする。
「お茶会には参加して下さいね。」
何を期待していたのか分からない。でも、放任の父親が行くなというのをどこかで期待していた。
「参加したことがありません。」
恥をかくのは嫌だというとアーサーは首を振った。
「おぼっちゃま、私は今日お迎えに来たのですよ。おぼっちゃまが参加したことがないのであれば、それ相応の練習がありますし、外出するための服もお持ちではないので、仕立て屋をお呼びする手筈も整えております。」
アーサーの言葉は物腰は柔らかいものの、強制力があった。
「患者たちは。」
「私から謝っておきます。神殿にも了承を取りました。」
了承と言いながら、それはアルバート家から言われればただの命令だ。またディーンに何か要らぬお世話を受けそうで凄く嫌だった。
「僕の患者は重篤患者が多いんですよ。」
「おぼっちゃまがここに来る前までも回っていたのですから、大丈夫でしょう。」
正直に言って全然回っていない。シューが神殿に来た後も患者は次から次へと来るのだ。シューはまだ入院した患者たちのみしか治していないが、外来で次々と人は亡くなっている。遠くから来て医院の前で亡くなることは少ないことではない。衛生の概念が薄いから、入院患者たちも長期間の治療の間に感染症にかかって亡くなることだってある。シューが診た患者たちは、すぐに治して医院から追い出しているから、感染症にかかった例はないが、シューが治せる患者なんてほんの極一部でしかない。
「おぼっちゃま、人は亡くなりますよ。しかも、ここだけの話ではない。アルビオン(アルバート家領)でも同じです。」
だから、言い訳はやめなさいとできの悪い息子を叱るように諭した。
確かに言い訳だった。でも、シューの脳裏にシューが担当だと喜んだ鍛冶屋の親方を思い出すと、心が暗く淀む。
「待ってください。今日の担当する患者だけでも治してから行きたいです。」
更新される担当分けは朝方発表されるから、その日のうちに全ての担当患者を治すシューにはまだ明日の担当患者は分からない。
「それは筋ですが、私も仕事に戻らなければなりません。後でユーリに馬車を手配させるように言うので夕方に向かいましょう。」
アーサーは納得したようで、カーティスに神殿への伝言などを頼んだ。
そうとなれば、急がなくてはならない。アーサーが帰るのを見届けるとすぐさま医院に走った。毎回医院と来賓室が遠いのが腹が立つ。転移魔法で移動してしまいたいが、まだシューは自分以外の人間を転移させることができないので、カーティスが置いてけぼりになるのだ。
「おい、俺様を抱いてけ!」
小さい図体で走ると疲れるらしい。ええ、急いでいるのにと文句を言いながらも彼を持ち上げる。フアナのように飛んでくれれば楽なのに。
「そういえば、その二人もアルバートの家に連れて帰るのです?」
「付いてくぜ、超付いてくぜ!」
カーティスは親の仇でも見るようにルルを睨んだ。一応中身が中級悪魔だから、ルルがティキに戻った時カーティスは復讐されないかが不安だ。だから、ちょくちょくシューがルルの肩を持つ。それが更にカーティスのルルへの不信感を募らせているのだが、シューは気づかなかった。
今日の担当は20人、他の人が1日に5人くらいしか担当していないから、シューの魔力量の尋常じゃないのが分かると言いたいところだが、シューはかなり効率の良いやり方、原因を理解してから治すということをしているから、簡単に魔力量の差とは言いづらい。(他の人はどちらかというと症状を治す、咳なら咳を止める、熱なら熱を引かせるという方法を取っていて、これが魔力も時間もかかるのだ。)そして、これは闇魔法を研究したシューと、闇の精霊フアナがタッグを組んでいるからできることであって誰にでもできるものではない。
「カーティスは問診取ってきて。この票通りに。」
美代子の知識を使って問診票を書く。美代子は医者ではないから簡単なものだが、あとはシューの魔法で原因を探るからそれでなんとかなる。
「しかし、私の役目は…。」
「護衛でしょ。大丈夫、同じ部屋なんだから。水汲みに行った時の方がよっぽどひどい。」
前歴があったため、カーティスは何も言えなくて素直にシューが作った問診票を手にする。
カーティスには、10人目から問診をしてきてもらうことにした。最初の方は自分でやった方が早い。
最初の患者は、20代後半の男性だが、高熱に魘されていた。シューが枕元に寄って熱を測ろうとすると、彼は薄っすら目を開ける。
「天使様…?とうとうお迎えが?」
最近よく熱に魘された患者にはそう言われるが、大体シューはこう返す。
「残念ながら、呼び戻しに来たところだよ。」
【シュー、合併症を引き起こしているわ。まず…。】
氷もないから、水瓶に入っていた水で濡らした布を額に載せる。あまり冷たくないからただの気休めなようなものだ。元々熱のある患者の額を冷やすのも気休めだから、ほとんど効果はないような気がする。水魔法も覚えようかと最近は考えるようになった。
「脱水症状にもなりかけてる…。」
でも、この世界ストローや吸い飲みなんてあるはずもなく、仕方なしに光の魔法で体内の水分状態を元に戻す。
とりあえず彼自身にも病気と戦えるようにしたあとは、シューの魔法でウィルスを駆逐する。とは言っても抗体ができる程度には残しておくのが、シューのやり方だ。どうしてもこの世界の衛生状況はよくないから、ウィルスを全て駆逐してしまえばまた同じ病にかかりやすくなる。
彼には複数のウィルスが彼を攻撃していて、いつもなら1種類ずつ対処するのだか。
「ええい、まどろっこしい!」
【無茶はしないで!】
時間が足りないと一気に全ての種類を駆逐する。ことばで表すと簡単だが、ウィルスにはそれぞれ個性があるため、それぞれ微妙に魔法を変える必要がある。つまり、一人で複数の機械を操るようなイメージだ。
格闘すること20分程、シューは一息ついた。
【大分通常の状態に戻ったわね。】
「今度こそ失敗するかと思ったのによー。」
「五月蝿い。初めてでもないし、なんとかなるって思ったんだよ。初めて見るウィルスだったらちゃんと一つ一つ丁寧にやるし。」
荒れた呼吸ではなく、ちゃんとした寝息が彼から聞こえるのを確認してから、次の患者のところへ行く。
シューが5人目の治療を終えたところで、カーティスが駆け寄る。
「問診が終わりました。半数が骨折の患者ですね。悪化したような方もおらず、大人しくしております。」
悪化したというのは無理に動いたなど以外に神殿の人が上手く治癒魔法をかけられなかった場合もある。後者の方は少し面倒だが、今回の担当にはないようでホッとする。
神殿の鐘の音が鳴り、あと3時間程度だと言うことが分かる。ギリギリではあるが、なんとかなりそうだ。
「シュー、休憩は…。」
「そんなしてる時間ない!アーサーがああ言ったら絶対に迎えが来たら強制連行だよ!」
大体一人ずつの間に少し休憩を入れるが、今日は違う。
「あの王女の言うことなんて無視すりゃよかったんじゃねえの?」
ルルがニヤニヤとシューの答えを待ち笑う。シューは一瞥するだけで、患者の治療に専念した。無視されたルルはちえっちぇとブツブツ呟いた。
王女殿下の言うこと、アーサーの言うことは無視することは可能だけれど、王女殿下の言う通り無理にでも強くならないとバッドエンディングは回避できないとシューも思う。今のシューはどんなに頑張ってもゲームのシューにはなれないし、恐らく魔法もあのレベルまで到達しない。だからこそ、ゲームのシューが手に入れられなかったものを手に入れることが、バッドエンディング回避に重要だと考えた。
【シューが決めた道なのだからとやかく言うことではないでしょ、ティキ。】
【うっせぇ。これが俺様の楽しみなんだから、ほっとけや。】
【あら、彼女たちが話していたバッドエンディングになったら、その『楽しみ』がなくなっちゃうんじゃないのかしら、悪戯王?】
【そりゃあ、てめえさんも同じだろ。心の精霊さんよ。】
傍目から見ると、彼らは黙ったままお互いを睨みつけるだけだった。
「置いていきますよ。」
カーティスが冷たくではあったが、2匹に声をかけ、お互い競うようにシューを追いかけた。
最後の20人目を治して、シューは深く息をついた。前世でも今でも怪我ではなく病気は目に見えないことが多いから、治ったように見えて治ってないこともあるので、いつもなら具合が悪くなったらまた直ぐに神殿に来て欲しいと頼むのだが、暫くシューが不在であるとなかなか言いづらい。何しろまだ治療を受けられない患者が多くいるからだ。
「急な治療だったし、もっと経過も見たいんだけどね。本当は。」
「とは言ってもこの数ヶ月間再びシューを訪ねる方はおりませんので、杞憂ではあるとは思いますよ。1番の重い症状だったウィリアム様もあれから変調があるとは仰ってないようですし。」
「だと良いんだけど。」
そろそろ神殿の玄関ホールに行こうかと2人で向かおうとした時、病室の扉が開く。そこに入ってきたのは、アルバート家の執事見習いのユーリ・クラディウスだった。
「お迎えにあがりました。シューおぼっちゃま。」
「え、なんで?」
アーサーはユーリに馬車の手配をするようには言っていたが、ユーリが迎えに来るとは思ってなかったのだ。
「シューおぼっちゃまが一向に帰ってこないので!」
ユーリはジルを使って再三シューにたまには家に帰って来いと連絡を寄越してきたのだが、全て跳ね除けた。その影響でカーティスも一度も休んでいないし、帰っていない。
「カーティスも休みを返上でおぼっちゃまに仕えているのですよ。」
「カートにはジルが来る度に『休めばー?』って言っましたよ!休まなかったのはカートが頑固だから!」
「それはそうですよ!自分が居なくなった間に主人が何かあったら悔やんでも悔やみきれません!」
ユーリの発言にカーティスが大きく頷いていて、シューには味方がいなかった。この話題は良くないとシューは話をそらす。
「それよりも時間なんでしょ。早く行かないとミスターに怒られちゃう。」
「それもそうですね。さ、行きますよ。荷物は如何します?」
「実家にあるもの使うからいい。」
どちらかというと実家にある本を神殿に持ち込みたいくらいだ。ただ盗まれるのが怖いから持って来るのを迷った。
ユーリに導かれて、シューは玄関ホールに向かうと、クラウス神殿長とアレンが見送りにきてくれていた。
「シュー様、いってらっしゃいませ。我々はいつでも歓迎しておりますよ。」
ユーリがいるせいか、クラウス神殿長は最近の雑さが無く、畏まった態度だった。
「2月と少しでしたが、暫くシュー様に会えないと急に寂しくなります。」
「アレン、ありがとう。」
「こちらこそ。」
なんだかんだいって神殿の人間の中でもアレンには1番お世話になった。態度は飄々として掴みづらい人ではあるが、よく気の利く人だった。
「シューおぼっちゃま、もう行きましょうか。」
カーティスがシューのことを呼んだ。ユーリの前ではやはり従者らしい態度に戻ってしまうのが、少し寂しくて、カーティスに対して冷たく返す。
「それで、シューおぼっちゃま、その鳥と小汚い猫をどうするおつもりで?」
ルルを抱いたまま、馬車に乗り込もうとしたシューをユーリは止めた。
「小汚いとはにゃんだ!不細工と呼ばれるより傷つくぜ!」
「なんですか、これは!」
ユーリが綺麗な顔を歪ませてルルを指差す。シューが何も言わないでいると、カーティスがシューが神殿にいった言い訳をユーリに話してくれる。
「呪いなら光の神殿にいた方が良いのでは?」
「シューが呪いを解くって言ったからついてくんだ。」
「どうも話し方が下賤で、信用できませんが。」
シューが抱いているルルにユーリは目をやる。
「でも、ルルはウィリアム様のことを助けてくれました。」
「もし、その猫がウィリアム様を陥れた張本人だとしたら?」
ユーリがそう言うのは当然だ。あのアルバートの家に怪しい存在を入れたくはないのだ。シューだってその手を離せばよかった。ティキには助けられたことも勿論あったが、苛立たされてばかりだったのだから。
「ユーリが僕を信じられないのは分かるけれど、僕が、絶対、何があっても家に迷惑はかけない。」
「…おぼっちゃま。」
「だから、連れてっていってもいいですか。」
自分でもなぜルルをこんなにも連れて行きたいのかが分からない。シューはルルを抱きしめる手に力が入った。
「その鳥は?」
「フアナも連れていきたいです。」
すると、ユーリはシューの頭を撫でた。ユーリからそうされたのは初めてで驚く。
「そんな泣きそうな顔をしなくてもいいのですよ。」
「泣きそう?僕が?」
右手で自分の目をこする。たしかに湿っぽい気がする。
「ええ、初めて貴方の子供らしいところ見ましたよ。オズワルド様に虐められた時だって『あんな奴言わせておけばいい』って冷たく言い放ってましたから。」
子供らしい、子供らしい。もうシューには分からなかった。美代子のせいで、人間らしくなったのかもしれない。二十代の女性の記憶を取り戻して、子供らしさを取り戻すというのも変な話をだけれど。
【悪魔に心を許すのは絶対にしてはいけないものよ。】
【そうだね。気をつける。】
フアナの注意を頭の隅で答えながら、馬車に乗る。最近ルルのお気に入りになっているシューの膝にルルも落ち着く。そのルルの上にフアナは乗っかる。シューの隣にはユーリが座り、前にカーティスが座り、馬車は久方ぶりのアルバートのタウンハウスへと向かった。
前書きの人の紹介をもっと減らすべきかと思ってます。
久しぶりに見ると誰が誰だか分からなくなるなぁと思って始めたものの、そもそもこんな紹介じゃ結局分からない…ですよね。