He did.
読みづらい話なので後々書き直すかもしれません。
シュー・アルバート 本作主人公 前世は西田美代子 境遇は反対だが、元の性格は2人とも似ている。
カーティス シュー・アルバートの従僕(護衛)生真面目で素直な性格
オズワルド・アルバート アルバート次男 おちゃらけた性格 全員に渾名を付ける。素直じゃない。
王女殿下が視察を終えたあと、シューは修練の時間を空けて、貴賓室に会いに行った。クラウス神殿長が貴賓室の前で立っていて、シューに王女殿下に失礼の無いようにと再三注意を受ける。初対面であのような態度を取ってしまったから仕方ない。しかも、最近クラウス神殿長もシューに慣れてきたようで、最初の頃より扱いが少し雑だ。
「殿下、シュー・アルバートが参りました。」
シューが戸を叩き、名を名乗ると王女殿下の護衛の男が戸を開けた。
「どうぞ。」
歓迎の言葉とは裏腹に、護衛の男はシューを訝しそうに見る。
「ありがとうございます。」
王女殿下はシューが入ってくるのを確認すると、向かいの席に座るように促す。彼女の傍には2人の侍女が控えていて、1人にシューの分のお茶も頼んでくれた。
「改めまして、初めまして。マリアンヌ・レーヌ・ド・オルレアンでございますわ。」
ゲームの彼女よりも2年若いので、とても幼く感じる彼女の笑顔も強張っていて、緊張しているのだと分かる。シューと同じようにゲームの記憶があるのならば、天敵が目の前にいるのと同じだ。
「お目にかかれて光栄です。シュー・アルバートと申します。先ほどの無礼をお許しください。」
「いえ、怖がらせたのはこちらてすもの。知らない筈の人間に名前を呼ばれたらそれは怖いものですから。」
前世の記憶の彼女よりも随分物腰が柔らかで、王女の意地で肩を張っていた彼女の面影はない。フアナの言うように彼女もシューと同じである可能性は高い。
「ええっと、席を外させましょうか。」
「護衛の方が許してくれなさそうです、お互い。」
カーティスもシューの側にいるのだが、シューが頼めば部屋の外で待ってくれるかもしれない。しかし、彼はルルのことを目の敵にしているようで、ルルがシューの膝の上にいるから反対して時間がかかるだろう。
「そうね、何から話しましょう。」
「『光の奇跡』でなんとなく分かっております?」
「…ええ、サブタイトルですわね。」
ゲームのタイトル「ザ・ストーリー・オブ・マジックー光の奇跡」が、この世界の原作で、2人ともそれの主要登場人物である。王女殿下の認識もシューとは変わらない。
「このまま話しましょう…不都合があれば、僕が貴女に使った魔法を使います。」
お互いいい記憶では無いけれど、記憶をあやふやにする魔法は、闇魔法であり、闇魔法が禁術とされる前から禁止されているので口に出すのすら憚れる。この言い方をすれば彼女にだけ伝わる。
「禁じ手のような気もするけれど…。」
「結界魔法で聞こえないようにしても、外から抗議を受けるでしょう。」
2人の会話に従者たちは既に不思議そうに首を傾げて、特に王女殿下の護衛はシューを射殺さん勢いで見つめている。このまま話すことに王女殿下が納得したところで、シューはすっと立ち上がって日本人の挨拶のように頭を下げた。
「じゃあ、再び改めまして。私は西田美代子です。看護師をしていました。足のむくみと師長のシフトがキツイのが最近の悩みです。」
周囲の人間がぽかんと間抜けな顔をするのを見て悪戯が成功したようにシューは笑った。
「なーんて、僕も私の真似が上手くなったもんだ。」
シューは彼自身には馴染みのないピースサインを少女のように顔の横に作る。
「あっはははは。」
シューの美代子の挨拶に、マリアンヌは抑えきれなくなってしまったようで、王女殿下であることは忘れて下品に笑う。
「面白いね。好き、そういうの。」
「王女殿下?」
「いいの。あたしは真理亜、キャバ嬢をやってたの。悩みは推しのグッズが手に入らないこと。」
マリアンヌもシューと同じように前世の自分の振りをして自己紹介をした。完全に2人の世界から置いてかれた従者たちはただただ混乱するのみだった。
「真理亜?」
「自分でつけた源氏名よ。実はマリアンヌから取ったんだけど。」
「あはは、そしたらまさか本当にマリアンヌになるなんて。」
「でしょう。とは言っても、ストマジをやっていた頃はマリアンヌのこと好きでは無かったのですけれど。」
王女殿下はすっかり周りのことは気にしなくなり、どんどん話し出してくれた。ずっと誰にも言えなかったことを一人で抱え込んでいたのは恐らくストレスだっただろう。シューにはルルもフアナもいたから、一人で抱え込んでいた訳ではなかった。
「どうして?」
「頭の固い女と思っていたのが一番でしたわ。そして、あまりに恥ずかしい話ですが、『あたし』の推しはオズワルド様、いえ、正直に話しますと、アルバート兄弟が好きでした。彼女のせいで、シューちゃんが学院から追放されたので許せませんでした。」
「いや、シューの自業自得でしかないと思うんだけど。」
「まあ、冷静に見れば悪いのはそうなんですが、恋は盲目とも言いますし、マリアンヌになる前はそうだったんですよ。」
ゲームの中盤でシューは学院から追放された。ヒロインの活躍により、マリアンヌの犯行がシューに唆されたものだと、前期終わりのパーティーで集まった登場人物の前で明らかにされた。しかも、シューの余罪はそれだけではなくて、それまでヒロインの周りで起きていた不穏な事件の数々もシューが唆したものであると発覚した。シューは取り押さえされそうになった時、ヒロインに対して、ある攻撃魔法を使った。それはヒロインに大怪我をさせるものであったが、致命傷にはならないはずだった。しかし、近くにいたマリアンヌがヒロインを庇い、当たりどころが悪く亡くなってしまった。
「殿下は僕のことを嫌いだと思っていました。なにしろあった時化け物を見るようでしたから。」
「マリアンヌになってからは、死亡フラグを回避したかったのです。シューは私にとって死亡フラグの塊じゃないですか…。あのような性格のシューが光の神殿に実際にいるなんて思ってもなかったですし。」
「実際に…?」
シューは言い回しに気になって、王女殿下に詳しく尋ねると彼女は詳しく教えてくれた。
「ええ、最初の時ヒロインに対して『光の神殿から来た平民』って自己紹介していたでしょう?」
「…そうでしたっけ?」
そう言われて美代子の記憶を必死に辿っても、戦闘画面ばかり思い出してしまう。
「でも、シューの独白には『家から出してもらえなかった』『あの家は監獄だ』なんて言っていたから、ファンの間では『平民』を名乗るための嘘の経歴だって言われていたんですよ。」
「だからか、何度もシューを倒しに行っていたからシューの独白ばっかり覚えていたんだ…。美代子の知識はざっくりしてる…。」
シューが神殿に出家したのはゲームと同じだとしたら、それが凄く不安だった。結局未来と同じ道をシューは辿るのだろうか。
シューの不安には気づかぬように王女殿下は笑って話を変える。
「ふふ、真理亜はストマジの廃人でしたから、好きではないキャラであってもDLCは全て購入いたしましたし、台詞を覚えるほど、ヒカヤミも何度もプレイいたしました。」
「ヒカヤミ?」
「あら、ご存知ありません?」
「ご、ごめんなさい。ゲームの方も学生時代やってて、看護師になってからは忙しくて、全然。」
美代子が謝ると真理亜はつまらなそうな顔をしたあと、神妙な顔をした。
「ヒカヤミはストマジの続編とでも言える、携帯ゲーム用のRPGですわ。正式名称はザ・ストーリー・オブ・マジックー光と闇を繋ぐもの、ですね。これはストマジから恋愛要素が減ったので、乙女ゲームとは言えませんが…。」
「え、恋愛要素を削ったの?元は恋愛ゲームだったのに?」
「ストマジ自体、他の乙女ゲーに比べれば糖度低くて、RPG要素が強くて乙女ゲープレイヤーにはとっつきにくいゲームでしたわ。真理亜はそれが新鮮で面白かったみたいです。元々RPGも彼女は好きだったのもありますけれど。」
「美代子は乙女ゲームはこれしか知らないから…。」
マリアンヌはシューに話していいのか迷っているようだった。シューが興味津々でマリアンヌを見つめていると、彼女は根負けした。
「光と闇を繋ぐものは、本編で投獄されたあとのシューを描いた作品ですわ。シュールート攻略しているデータ連携で、少し設定は変わりますが、主人公の女の子は闇属性でそれまで迫害を受けていて、小さな村でひっそりと生きていたところに、釈放されてから月日が経った後のシューが現れるんです。」
「僕が?」
そこまで言うと彼女は首を振った。
「ええ…、でも、貴女が知らないならこれ以上言うのは良くない気がしますね。それよりもストマジのバッドエンディングを回避することの方が重要ですから。」
「そっか、残念だ。あ、すみません。敬語外れていました。」
「いえ、気楽に行きましょう。私たち、同じ仲間なのですから、他人行儀は嫌ですわ。」
同じように世界がゲームであることを知っていて、尚且つそれを悪利用しようとしていない事が彼女に認められたようだ。大概猫を被るのが面倒なシューはすぐに気心しれたような話し方になる。
「ありがとう。それで、バッドエンディングの回避ってなんですか?」
「…もしかして、バッドエンディングも見ていないのかしら?」
マリアンヌが語るには、このゲームのバッドエンディングとは魔族を率いる魔王を倒せなかった話で、一番親密度の高いキャラクターがヒロインの代わりに死ぬらしい。そして、絶望している間にオルレアン王国が滅びる。ヒロインは故郷が焼け野原になって、兄アンドリューの遺体も見つけるというこれでもかとバッドを詰め込んだエンディングなのだという。
「…そんな過酷なエンディングだったの?」
「結構SNSで話題になっていたけれど、あまり見ていませんでした?」
「アカウントを持ってはいたけれど、SNSはほとんど見てないよ。偶にインターネットの攻略は参考にさせてもらっていたけど、見るのも面倒だったから、ちゃんとは見てないし…。あ、でも、友達がバッドなんて有り得ないって叫んでたのは聞いたな。好きな人とゴールできなかった話の方だと思ってたよ。そっちだったら、美代子も見ていたし。」
美代子は朴念仁の恋愛音痴だから、恋愛バッドエンディングはたくさん見ていたが、本編のバッドエンディングがあるなんて想像していなかった。
「美代子は一発で魔王を倒せたの?あんなに強いのに我流で?」
「ああ言うゲームって負けたらゲームオーバーだと思っていたから、魔王戦前でセーブして負けたら、セーブしないで再起動したりして。」
小さい頃からやっていたよくやっていたゲームが可愛いモンスターを育てて対決するゲームで一本道シナリオだったから、負けたら電源オフしてやりなおすということを何度もやっていたせいで、このゲームでも同じように美代子はしていた。
「なるほど、確かにそうすればバッドエンディングは見ないね…。でも、バッドエンディングの映像は凄く丁寧に作られていましたわ。ストマジが出てから5年経ったくらいにゲームプロデューサーが、『少しでもバッドを回避したいと思わせるエンディングを作りたかった。戦う意義に真実味をもたせたかった』って言っていました。そのバッドエンディングの作り込みを賞賛してこれがトゥルーエンドだったのでは?とも言われていました。」
「…もしかして、この国は滅亡の危機に瀕している?」
本編はまだ始まっていないし、シューも魔族に大して与していないが、あと2年後シナリオが開始したら、どうなるのだろうか。シューが神殿仕えになったことは大きな違いではないようだし、不安だ。
「私はそう思っています。魔族の手によって、この国は落ちてしまうかもしれません。さすれば、ここは交易でも栄える素晴らしい土地柄で有ります故に魔族の拠点になればこの国以外も、ミヒャエル殿下の国だって落ちるのは時間の問題になるのでしょう。私は王女としてそれだけは阻止したいのです。」
王女殿下はシューを強く見つめる。
「僕に、出来ることがある?」
「…シューちゃんが敵側でないことが最大の幸せです。真理亜と私が違うとは言っても真理亜が好きだったものは好きなのです。」
例えゲームのシューのことであっても、シュー自身を好きだと言ってくれて堪らなく嬉しかった。正直に言うと、美代子がシューの事はあまり好きではなくて、自己否定ばかりしていたからだ。好きだという言葉がこんなにも涙が溢れそうになるほど温まる言葉だと今までは気づかなかった。
「ありがとう、嬉しい。」
「そんなに嬉しそうな顔をされるとは…、真理亜の記憶があってありがたいと思えましたわ。」
マリアンヌもシューの様子を見て大層嬉しそうに微笑んだ。
2人でなんの歪みもなくにこにこと春爛漫のように笑ったあと、王女殿下は真剣な顔に戻った。
「バッドエンディング回避で私が懸念を抱いているのはヒロインの力量ですわ。」
「ヒロインの力量…、確かに…。」
ゲームではフラグを踏んで行かないと、ストーリーは進まない仕様になっている。例えば魔族が少女を誘拐する話でも、ある所までヒロインが行かないと話は進まない。経験値を貯めてレベル上げをしてから追いかけても、魔族は決まって「こんなに早く追いつかれるとは」と言うのだ。
「現実の世界では、すぐには強くはならない。リセットもセーブもありえない。…ヒロインがある程度の力を持たないとこの国は魔王の手に落ちる…。」
「そうなのです。シューも同じ光属性で魔を追い払う力はありますけれど。」
「ヒロインとは違って、光の精霊には嫌われているから力は落ちるね。」
フアナの方をちらりと見るが、フアナは知らん顔を続ける。
「僕も光の精霊に好かれるように努力はするけどきっと難しいよ。あと、…軍隊で魔王を倒すというのもあるけれど。」
シューは考え込む。
「魔王は範囲魔法攻撃が可能で、一対複数でも余裕で戦えるから、魔王討伐という点では人海戦術は有用ではないね。」
王女殿下もやはり同意見だった。ゲームでも語られた、精鋭で行く理由だ。
「…ヒロインを探して訓練をさせる、これが一番良いことではないでしょうか。」
シューはゲームストーリーのヒロインの様子を思い出す。どうしても武器を振り回す彼女ばかり思い出すのだけれど、よく考えたらヒロインは軍隊に入っていたわけでもないし、国境沿いでいつも魔族に怯えていたわけではなく、ただ兄と慎ましい生活をのんびりと楽しんでいた。
「貴方は聖女なのだから、訓練を受けなさいって言うの?10代の若い子にそんなこと言っても、反発食らわないかな。僕は人間が嫌いだから、復讐心で魔法を死ぬ気で覚えたけど、幸せに暮らしている人間がそんなことできるかなぁ。」
「やっぱり厳しいでしょうか。本編でも彼女が魔王と戦う、と心に決めたのはシューが原因でしたし。」
シューはこのゲームのヒロインにとって、学院で最初に話しかけてくれた友達だった。ゲームのシューはその頃からヒロインを利用して、学院を混乱させようとしていただけだったけれども。最初は魔法は知識のみで使えない(光と闇属性しか使えないので隠していた)、気弱な弟のようなキャラクターで、魔法の知識でヒロインを助けるのだ。王女殿下の一件で全て露呈するまで、ずっとシューはヒロインの側で彼女の面倒を見ていた。だから、追われる立場となったシューの事が気がかりで魔王の足跡を辿っていくのだ。
「シューちゃんはどう思うの?」
「…王女殿下の力で攻略対象たちの力をどうにかできない?」
「どうにかできたところで、シャルルお兄様くらいでしょうか。でも、いつも忙しそうなので更に力をつけてとは言いづらいのです。」
「王女殿下、貴方の魔法は?」
シューは手を出す予定もないので、王女殿下も戦いに参加できるのではないか、と尋ねてみると彼女も少しは戦闘訓練をしているらしい。
「私は水属性、光の治癒魔法とは言わないまでも、簡単な傷なら水の神癒魔法でも治せますよ。ただ魔力量が圧倒的に不足しています。因みに、ではありますが、剣術は更にダメですね。まだ練習は続けておりますが、女剣士でも無いただの侍女に負けるくらいですわ。」
「え、剣術練習しているの。」
生まれてこのかた、一度も剣に触ったことのない貴族の男だった。それが一国の王女ですら剣を握り練習しているのだという。
「…そういえば、シューちゃんは武具や重鎧は装備できませんでしたね。」
紙装甲と言われるのもしかたない。専ら魔力をあげるローブや宝石、武器は魔道書、そういうキャラクターだった。魔道書で殴ったところでダメージも出るはずがない。美代子はシューの通常攻撃を馬鹿にしているが、魔道書で敵を殴るモーションが好きで無駄に選択していた。
「三度の飯より魔法が好きな、魔法オタクだよ。」
「懐かしい、公式四コママンガでそんな話がありましたわね。」
「シャルル王子がシューを殴るところまでがお約束。」
何故か公式四コマで、ヒロインを差し置いておかんポジションだったシャルル王子。原因はシュールートのシャルル王子が、ご飯を忘れて魔法を研究していたシューに大して「ちゃんとみんなと一緒にご飯を食べなさい!」と怒ったせいである。
「シューじゃなかった、美代子はシャルルが好きだったの?」
「ちょ、突然真理亜にならないでよ。美代子のお気に入りは、武器屋のオジさんとアンドリューだよ。」
「アンドリューは分かるけど、武器屋のオジさんって…。」
「いっつも、武器を強化したりすると、心配そうに大丈夫かって聞いてくれるから。メインのキャラクターだと、シャルル、ウィリアム、Jr.様かなぁ。」
「それ、シューを抜かした鉄板パーティじゃない。さては効率厨でしょ。」
シャルル、ウィリアムは前述通りで使いやすいキャラクターだ。Jr.様こと、エリオットJr.は物理攻撃最強キャラクター。殴れば良かろう、という脳筋パラメーターなのだ。兄としてエリオットJr.を見ていると何故脳筋のパラメーターなのだろうと不思議に思う人だ。シャルルのバフで能力を上げて通常攻撃で戦うのが非常に効率が良い。ヒロインは様々な職業とスキルを変えられるのだが、このパーティでは僧侶一択だ。シューが入るとシューが回復できるから、なんでもいい。僧侶を選べばシューも蘇生魔法が使えるからお互いに復活しあって長期戦パーティだ。
「って、話逸れすぎた。ごめん。」
「私も久しぶりに話せる相手が出来て盛り上がっちゃった。結局どうします?」
王女殿下がゲームについて詳しいせいで、美代子の記憶が沢山蘇ってつい話が逸れてしまう。それは恐らく王女殿下も同じだろう。
バッドエンディングについては、魔王を倒すしかないのだろう。魔族と人族が今更和解するとは思えない。ただ懸念点はまだそれ以外にもある。
「ヒロインは、探して欲しい、と思うけどさ。アンヌは『風吹けば桶屋が儲かる』話を知っている?」
「何故風が吹いたら桶屋が儲かる話になるんです?」
「詳しい話は忘れたんだけど、一見すれば因果関係は無いように見えるけど、巡り巡って全く関係なさそうな所に影響を及ぼすっていうこと。英語だとバタフライエフェクト、なんて言われたりするんだ。」
「…私たちが少し変わったことをするだけで歴史が、未来が変わるかもしれない、と?」
シューは困ったように視線を彷徨わせた。
「変わると思うよ。僕もハッピーエンドを応援するつもりだ。ゲームを知っているからとは言っても未来は少しずつ変わっているはず。」
「物語の災厄の半分を担っているようなシューがそれをしないだけで大きく変わります、わ。」
シューの言葉を聞いて彼女は恐る恐る口を開いた。
「シューはヒカヤミを知らないと言いました。そして、私は言わない方が良いと思ったのですが…、一つだけ…。」
「何?」
この部屋に響く音のほとんどは彼らの会話で、2人が黙ると突然部屋には静寂が広がった。どこからか聞こえる水の滴る音がやけに響いて聞こえた。
「シューは物語の前半は、悪戯のようなことばかりで人を困らせていましたわ。一番酷いのは私の事件、というくらい。でも、後半彼は気が狂ったように、人を、殺し始める。」
夢で見た、真っ赤な情景が、鉄錆た臭いが、シューの脳裏を掠めた。呑気に寝ていたルルだったが、その話を聞いてすぐ王女殿下を見やる。
「シューは、絶望したの……物語の途中で。」
「…絶望?」
「そう、それは私もなぜか思い出せなくて話せないけれど、シューは絶望した。生きていることにも、人間にも。ヒヤカミで彼はそう話していたわ。その時に、貴方が再び『シュー・アルバート』になるかもしれない。」
王女殿下はスカートの裾をぎゅっと握りしめる。
「前世…、この世界がゲームだと、アンヌが気付いた時どう思った?」
王女殿下は、シューが何を言いだしているのか分からなくて首を傾げながら、
「…生きたい、そう思いましたわ。」
と答えた。マリアンヌは作中16歳の若さで亡くなってしまう。そして、真理亜もまた20代後半という若さで亡くなっていた。でも、真理亜は生きたいとは思っていなかった。親も真理亜の兄も真理亜は大嫌いでいっそ死んでしまえばいいそう思っていた。しかし、マリアンヌは違う。インターネットもないし、便利な家電もない、あまりご飯だって美味しくなかったけれども、マリアンヌはこの国を愛していて、王女であることに誇りを感じていた。母親が違っても兄は優しいし、父は威厳のある素晴らしい人で、愛されていた。
だから、マリアンヌは生きていたいのだ。
「私、生きたいの。」
強い光を持ったマリアンヌがシューには眩しくて少し目を逸らした。
「僕は逆だよ。絶望した。」
「え。」
「大好きな両親もいないし、ご飯は不味いし、命は狙われてる。でも、それ以上に馬鹿らしくなったよ。」
美代子が死んだことは凄く悲しい。大好きな親に会えなくなったことも苦しい。でも、それは美代子の感情だ。
「この世界には筋書きがあって、僕はその通りに歩いていた。それが凄く、悔しかった。僕の行動は環境からの反発だったでしょう?なのに、それが全部誰かの思惑で動いていた。これはゲームだから。」
シューは自分で決めてた自分の道を歩いている気でいたのだ。それが誰かが書いたお話の上だった。それがあまりにも愚かで馬鹿だと思った。シューの生き様全てを墨で塗りつぶされたような絶望感がシューにはあった。美代子の意思のお陰で、どうにかこの世界でも生きてみようと思えたくらいだ。
「…これは絶望だと思うよ。今はとりあえず懺悔の気持ちが強いから、こうして神殿で働いているけれど。亡くなった美代子がやりたかったことに似ているしね。」
シューの話を静かに聞いていた王女殿下は何も言えないようだった。
「ごめんね。何が言いたいか、と原作でシューを変えたその『絶望』に負ける気は無いってことだよ。」
「こころ強いですわ。」
王女殿下にはそう言ったけれど、シューの心中には違う思いもあった。生きていたいと言った彼女には絶対に言えることではなくて奥底にしまった。フアナにはバレバレなのだろう。
「ヒロインの子が見つからなくて育成できなくても、ある程度戦えるように僕も頑張るよ。」
「私も役に立ってみせます。」
「殿下はあまり気負わないようにね。君には君の戦場があるはずだから。」
外交やら内政やら、そういった類でシューは役に立てない。いくらアルバートの家の人間だからと言っても、実質的な権力を得ていないから、庶民相手にくらいにしか通用しない。
「ふふ、適材適所というものですわね。真理亜はあまり好いていなかったですが、真理亜のキャバクラでの処世術はとても役に立つものですから。」
「うん、頼むよ。人と普通に話すことすら僕は美代子頼りだから。」
「こうして話しているじゃないですか。」
「アンヌは真理亜のおかげで慣れているのかもしれないけど、僕は基本的に上から目線になっちゃうから。」
「そういえばそうですわね。慣れていないと腹がたつかもしれません。」
お互い初めて出会った、同じような記憶のある仲間に出逢えて、その後も話が盛り上がってしまった。元々真理亜と美代子の年齢が歳近いというのもあって仲良くなるのは簡単だった。既に置いてけぼりになっていた従者たちにシューは魔法をかけたふりをする。実はシューはまだその魔法を習得できていなかった。代わりにフアナに直接心を操作して貰った。記憶を弄る代わりに、心に働きかけてその記憶を「信じられない」ようにして貰ったのだ。
別れるのが惜しく感じながら、まだシューには仕事があり、王女殿下にも予定があった為その日は解散となった。また会おうとは約束しても、王女殿下には既に婚約者が居るのだ。シューがまだ12歳とはいっても、会うのはあまりよくない。次があることを祈ってシューを待つ患者の元へ向かった。
全ての仕事を終えて、ようやく自室に戻り硬いベッドの上に寝そべる。治癒魔法はかなり魔力を使うため今日もすっかり疲れ果てていた。シューの生真面目な護衛も寝間着になる為に着替えていたのだが、指を止めた。
「シュー、殿下と話していたことは事実、なんですよね?」
「むー、自分で判断してよう。」
「何故私には魔法をかけなかったのですか。」
カーティスはシューが従者たちに魔法をかけたのが分かった。そして、自分にはかけた振りだけして、魔法をかけなかったことも。
「接点のなかったお二人が話を合わせるなんて不可能です。」
カーティスにはゲームということは分からなかったが、2人がこの世界が辿る未来を知っているということは分かった。そして、元々2人はこの世界の人間ではなくて、全くの第三者だったことも話ぶりから理解した。
「こんな話普通は信じられません。だから、シューは王女殿下の周りの方々に魔法をかけたのでしょう。」
シューは否定しなかった。
「では、何故私の記憶はそのまま…。」
「かけて欲しかったの?」
シューはゴロンと転がって、カーティスの方へ顔を向けた。
「そういうわけでは…。」
「僕はカートを信じた、それじゃあ、駄目なのかな。」
カーティスは美しい碧眼に見つめられて狼狽した。信じてほしい、ずっとそう思っていたはずだ。カーティスは着替えかけていた服を握りしめる。
「いえ、十分です。」
シューからはカーティスは背を向けていて、彼の顔を伺い知ることはできない。
「カーティスが魔法をかけて欲しいならかけるよ。厄介な話だし、誰かに話されても面倒だから。」
そもそも迷惑な話だと思う。全く知らないカーティスに向けての説明など一切していないのに、この世界は作り物の話であることだけを理解してもショックだろう。
「消さないで、ください。」
カーティスは誤解している。2年後のシューですら人から特定の記憶を消すことは成功していない。だから、完全には消すことはできないのだ。ただ曖昧にするだけ、自分の記憶を信じられないようにするだけの魔法だ。
「完全には消えないよ、どちらにしろ。あれが事実だったか、夢だったか思い出さないくらいにするくらいだもの。」
それでも、カーティスは首を横に振った。
「…それでも、魔法はかけないでください。」
カーティスはシューの方へ向き直ると、シューが中途半端にかけていた布団を丁寧にかけなおす。シューがもう一度カーティスに問いかけるが、カーティスは首を横に振るだけだった。
「おやすみなさい。今日もお疲れ様でした。」
労わるようにカーティスは眠るまでシューの頭を撫でていた。
こういうゲームの話になると、無駄話が長くなってしまってごめんなさい。
後々削るかもです。