恵まれない土地
シュー・アルバート(13)現在家出中
マティルド(8)シューを盲信していた2番目の主人公
ヒュロス かつてシューが助けた冒険者
更に南下し、王直轄領からバルト男爵が治める領地に入った。そこは数年前に民衆の暴動が起きたテラアファミという町は内陸で王都よりも更に乾燥した地域だった。光魔法を使わないとすぐに肌が荒れて痒くなる。
「アルビオン人にはキツい。」
「ここの近くにテラベニという街があるんだ。そこは男爵が住んでる…いや、住んでないな。バルト男爵から派遣されてる役人が住む領主館がある街で、そこはここまで乾燥してないんだ。」
「…バルト男爵?」
美代子であるシューは聞いたことがないが、昔のシュー時代に何となく聞き覚えがあるのだ。殆ど引き継げてない記憶のうちだ。
「テラベニとテラアファミの間に山があるの?」
「ないぞ。簡単に行き来できる。ここら辺は秉鉉が続いているから、馬の扱いがうまけりゃ3時間かからない。」
ヒュロスの説明を聞くと更に納得できない。貴族としての役割を果たさなかった前回のシューが知っていたというだけでも不安があるのに、更にバルト男爵への不信感が増える。
「つまり、この土地は雨が奪われてるってことだよね。」
「勘のいい奴と陰謀論好きはそう思ってるぞ。」
オルレアン王都もアルビオンほど雨は降らないが、オルレアンより更に南部の地域は降雨量が少ない。だからこそ、奪ったのだろうけど、奪われた側はひとたまりもない。
「…で、この町に寄った理由はそれを教えたかった?」
旅の補給ならば、無いところに来てもしょうがないし、彼ら自身何かを恵めるほど豊かではない。
「シューの目に何が映るのか知りたかった。」
「僕は、雨を奪って豊かになろうとした人間の心を決して否定することはできないよ。戦争なんて大体そんな欲目だろうから」
「…こうして奪われるのも人として当然あることだと?」
「だからこそ、人の欲目を抑えて多くの人間の最大幸福を守る法律が必要だし、それを平等に守らせる権力も必要だと思うよ。」
「力で取り戻すことは許されないってことか?」
「…回りくどい僕が悪かった。ここにそんな法律はないのだから、奪われたものは力で取り戻せばいいよ。それのサポートくらいはできる。でも、取り戻した側が報いとして同じように雨を奪おうとするならば、それを良しとしないよ。だって傍目からしたら同じ状態続くことになるんだもの。」
「虐げられてきた人間が取り戻すだけで留まるか?」
「なら、僕がサポートする話も無しで。」
「冷静な貴族だな。」
かわいそうだと思うことはいくらでもできるが、根本的に解決には程遠い。ここは中央の法律を守らせるには遠すぎる。
「残ったものが同じなのであれば、僕は血が流れない方を選ぶだけだよ。治癒魔法の使い手としてね。」
冒険者ヒュロスは、シューが頑なにその意見を変えることがないと察するとこれ以上話題には出さなかった。
その日の夜、シューは彼らのキャンプからそろりと抜け出した。
「ミョコは何をしているの?」
「マティはずっと発動されている魔法に興味はない?」
「…私にかかってる魔法みたいな?」
「それは加護だろう。」
「そうね、確かにちょっと違うかも。」
「王都の結界魔法が常時発動されているものだけれど、あれはそれなりの人数が稼動されてる。」
「ロックの魔法はずっと継続するよ?」
「マティは力が強いからね。」
エリオットSr.もミカもその類だ。ロックの魔法が極力魔力を使わない類のものだから、他の魔法と比較できない。雨を奪うなんて大掛かりな魔法ならば、その維持にはそれなりの力を必要とする。
「抜けてみよう。」
正確な縮尺の地図がないことと2人での転移魔法は怖気つくので、キャンプ地から離れたところで燕になって移動した。闇属性はこれだから便利だ。
空から見るとテラベニとテラアファミの土地は一目瞭然だった。テラアファミは草木は少なく、乾燥に強い多肉植物などがほとんどないだった。砂塵も多く、建物は基本的に汚れていた。一見オルレアン王国の文化圏ではなさそうな様相であったが、対してテラベニはとても緑豊かで、綺麗な建物が多い発展した都市だった。
「本当に馬3時間の距離?」
テラベニの中に降り立つと、都市の中でも一際大きな建物から強い魔力の発出を感じた。
「あれがミョコの言った奴?」
「そうだろうね。」
風属性らしさも感じるけれど、火属性らしさもある魔力を2人は辿った。その建物の中央の塔には大きな天窓があった。そこから下を眺めると、窓の直径と等しい魔法陣が敷かれていた。
「なるほど、雨が降ってない間に窓を開けて空中に魔法を与えているわけだ。」
現在も開いているから、そこから侵入はできるが発動している魔法の中に入るのは避け、2人は建物の換気窓から中に入った。
「面白いのね、この魔法。すごく複雑だわ。」
「雨の核となるものを放出しながら、上昇気流を発生させる魔法か。…よくできてる。」
いくらでも再現可能な魔法の構成は壊したところで、すぐに復活するだろう。
「どうする?」
「雨雲が欲しいならあげようか。」
シューとマティルドは再び天窓へと戻る。少しずつ月明かりが消え、雨雲が発達しつつある。寝ている間に雨を降らせるのは確かに効率的だ。
「我が箱庭を汚すもの、ケラウノスの錆となれ。神の力を驕るものを打ち払え。」
シューは魔法には手を出さなかったが、雨雲に雷を与えると、雨雲は負荷に耐えられず落雷する。雨も降りはじめたので、火事など大規模な災害にはならないだろう。雨が降るということは雷も落ちることもある。恵みの雨でもあり、災害の雨でもあるのだから。
「テラベニを出るまでは、歩いて行くしかなくなっちゃった。」
そのシューの行動で何が大きく変わったということは何もない。シューはただその後テラアファミの町の長に、テラベニが使用していた魔法陣を手渡した。それを活用するのもしないのもテラアファミの人間が考えれば良いと思ったからだ。
その後のテラアファミとテラベニの歴史を紐解くと、この雨の問題が最終解決したのは100年も後だった。最初の5年は、テラベニと同じように魔導陣を発動させるために時間が必要だった。途中魔族との争いの影響もあって停滞もあった。
それかは、テラアファミが西側にあったこともあり、テラアファミが優勢になり、しかし、そよあとに魔法陣の歴史が深いテラベニが勝ったりと魔法陣の開発戦争へと変わっていった。
最終的にお互いが順番に恩恵を受けるという条約を結んで町の戦いは終わった。
しかし、その世界史には登場しない小さな領地での戦いの解決を美代子もシューも知る由はなかった。
話をシューの話に戻して、キャンプでシューがどこかへあったことを知ったヒュロスが何をしたのかと興味ありげに聞いてきたが、シューがやったことを知ると残念そうな顔をした。
「搾取してる奴に報いがないっていうのはなぁ。」
「その後は知らないよ。争いで第三者の仲介があるのはいいけど、第三者の介入によってどちらかが勝ったのなら、それはまた争いを呼ぶよ。」
比較的良くなった美代子の世界にだって、勝手な第三者のせいで広がった問題はいくらでもある。そして、その勝手な第三者は広がった問題を勝手に放置する。
「僕のことをいくらでもこき下ろしてもいいけど、それで僕が方針を転換するということはない。」
すると、ヒュロスは首を振った。
「自分の心に決着がつかないだけで、シューの意見は理解できるし、それは正しいと思う。」
「あくまで僕は第三者で、無責任であることが1番な罪だと思ってるから。」
どんな我儘も全て責任が取れるなら行っていい。でも、責任が取れない範囲は手を出してはいけないのだと、エリザベスはよく語っていた。
「そうだな。」
「特に僕は非情にも治癒魔術師ではあるから、血が流れると仕事が増えるから嫌だ。」
「はは、そうだな。」