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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
死と再生の神 オシリス
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洗えない服

 道中シューは努めて回復役と徹し、マティルドは直接的な闇魔法は避けて、彼女の友であるヘビのレディ・レッドに戦わせていた。


「蛇を犬のように手懐けている人間がいるとは思わなかった。」


 冒険者ヒュロスのパーティメンバーのジョシュアは素直に感嘆した。シューが闇属性の魔法を殆ど使っていないのを察してかマティルドは、イザナミの属性を伏せ、ここではあまり知られていない精霊の魔法のお陰だと言った。


「精霊かぁ、見たことねえなぁ。」

「ヒュロスほどの人でも?」

「ミルが声を聞く程度で俺たちはさっぱりだ。」


 属性の力が強ければ、その分その力の属性の精霊に好かれ“やすい”というのはあっても、力があることと精霊を近くに感じられるかは必ずしも比例しない。それこそマリアンはずっと精霊の呼びかけを無視していたから、シューやエリオットほどは好かれていない。


 日が沈み、獣の遠吠えが遠くで聞こえる中、パーティメンバーはキャンプを作成し始めた。かれこれ王都から100キロメートルは離れただろうか。イフリートがどうシューの父親であるエリオットSr.に伝えたのかは分からないが、追手がある気配は今のところない。

 多いのか少ないのか、1日の旅でも4-5回は魔族や獣に襲われた。魔族とは言っても人族の領土のために弱い個体ばかりだから、シューは呆気なさを感じつつも、何度も遭っていたら面倒臭さがある。


「人の街から離れるとすぐに魔族や獣が襲ってくるね。今まではそんなことなかった。」

「はは、アイツらも馬鹿じゃないから、大勢で移動している奴を襲うっていうのは結構少ないからな。」

「ああ、そっか。」


 貴族として出歩いていれば、他の人間が追い払ってくれることも多いから、今までのシューの道中の遭遇率はかなり低かったのだろう。本来であるならばこれが普通であるということだ。それ以前はティキやフアナが減らしていたのかもしれないが、それを確かめる術はない。


「後俺らが人の居住地域や街道を外れてるルートを歩ってるのもあるな。」

「街道を外れて歩いているのは何で?」

「無駄に通行料とか取られたりするところあってな。冒険者は避けることも多いんだよ。」


 北ルートでは、地元マフィアが通行料せしめていた所は、ラッセルの提案で解決へと向かったが、そんなのは氷山の一角に過ぎないようだった。


「恐らくほとんどが違法だよ。」

「そうなのか?」

「もちろん維持費がかかるから、自治体で金銭とっているところはあるだろうけどね。」

「ま、どっちにしろ、争う方がコストがかかるから皆しゃーなしに払ってるし、関係ないな。」


 ここらはまだ王直轄領だったと思うが、もう少ししたら違う貴族の領地だ。王国の法律も適用はされているが、それぞれの慣習法は領地ごとに異なっているから、またこれからの旅路は少し変わってくるだろう。例えばアルビオンは特に領主に強い権限があるから、オルレアン王国法よりも上となる法律が存在する。他の地域もそういうことがあり得る。


 シューが面倒だなと思いながら、目の前の焚き火に目をやる。細身のパーティーメンバーのジョシュアが、毎回この焚き火に火をつけているらしいが、火の魔法や水の魔法が使える冒険者は重宝されるらしい。確かにマッチもライターもないとなると火をつけるのも一苦労だから、ジョシュアの働きに感謝していると、突然目の前の焚き火からぼふんと一つ大きな炎が上がり、パーティメンバーの悲鳴も上がる。


「やぁ、冒険どうだ?テディ。」


 炎は人の顔の形のようになると、口らしき穴が動いた。精霊イフリートの写し身だ。


「ぼちぼち、まだ帰る予定はない。お父様には言っておいて。」

「はー、エルはシューの思いを否定したくねーって言ってるけど、あんなんでも心配はしてるぞ。すっげえわかりづらいけどな。」

「…分かってるよ。魔族との戦いが激化する前には帰る予定。」

「で、お前は何を探してるんだ?俺もなんか探すか?」

「無罪の証明がしたくて、リズとお父様の。」

「無罪?アイツら国のためなら、簡単に罪は犯すぞ。」


 何人もの人間がアルビオン領主の命令下で死んでいるというんだとイフリートは言う。それはそうなのだろうが、美代子はアルビオン臣民ではない。


「僕を殺した罪。」

「…それは大変だ。」


 普通であれば意味不明のそれを、イフリートは目の前で泣いていたシューを知っているから、腑に落ちたのだろう。


「…提案して悪かったな。」

「いいや、前進ではあると…、思ってる。それが分かれば、この大掛かりな世界のトリックも分かる気がする。」

「そうか。そのトリックが分かったら教えてくれ。気が向いたら火に向かって呼んでくれ。そうすれば分かるときは分かる。」

「曖昧だなぁ。」

「テディが物理的に遠かったら無理なんだ、悪いな。」


 だからこそ、召喚なるものがある。フアナの召喚魔法は消えてしまったけれど、シューにはあとハデスの召喚魔法が残っている。(彼が治める地域以外で彼を喚べるのかはまだ分からないが。)


「ま、ここから南東方向は俺の本拠地近いからまだ余裕だけどよ。」


 というと、火は元の小さな火に戻った。


「…あれが、精霊?」


 驚くヒュロスのパーティメンバーを宥める。近くに精霊魔法も精霊を召喚できる人もそれなりにいるから忘れてしまうが、一般市民には珍しいことだった。初めて見た精霊があそこまで人間の心に近しいと勘違いが起こりそうだ。



 2日目、補給のために小さな村に立ち寄った。シューが着ているものが上等な服だから取り替えないとと言うので、大きすぎてサイズが合わない服を、捲ったり紐で抑えたりと無理やり着た。シューがマリアンと兄アンドリューの服を処分した理由は「不衛生」だからだったが、借りた服は美代子からするとあまりにも不衛生で肌が痒くなってくる。


「…厚意。厚意だよ、これは。」


 魔法を使って綺麗にしてしまおうと思ったが、それではあまり意味がない。

 石鹸がこの世界に無いわけではないし、洗濯という概念がないわけではないが、ここの世界の平民は、1週間同じ服を着続けることか珍しくない。金を持たない平民として紛れる為には必要なことなのだが、現代人であった美代子も、それから貴族であったシューも、中々受け入れ難いところがあった。

 もし悲しみが減った世界を目指すならば、石鹸の大量生産を可能にして、価格を安くして、それから、庶民に啓蒙していかなればならない。火属性のエリザベスが目指すべきは医師の拡充よりもこっちだったと美代子の世界を知るシューは思う。


「殺菌灯よりやらなきゃいけないことか…。」


 その殺菌灯も今はほとんど魔導士のミカに任せっきりだけれども。


 ヒュロスと魔術師のミルドレッドが、物資の交換のために村を歩いている間、シューとマティルドも2人並んで観察していた。

 銀髪と赤い目のマティルドの容姿は珍しいらしくまじまじと見る人間が多いのだが、マティルドは恐らく彼らのことを石ころか何かと思っているせいか、さして気にする様子はなく、シュー の方がかえって気になり、シューはマントを彼女へ着せてフードを深く被せた。


「なぜ?」

「きみを好奇な目で見られるのが、僕が嫌だから。」

「ミョコが嫌ならそうする。」


 鬱陶しいシューのエゴを気にする様子はなく、そのまま受け入れた。


 その時後ろから小さい子供に、何かを叫ばれた。子供の発音が拙いのと訛りがあるのと、恐らく方言であることで、その何かが分からない。何か重要なことだった気がするが、シューが分からないと首を傾げると、子供はきっと睨み、シューへと向かって近くにあった小石を投げた。ほとんど警戒していなかったシューの額にぶつかった。


「~~!」


 冒険者の仲間であるミルドレッドが嗜めると、やはりシューにはわからない言葉で語っている。シューはオルレアン語とアルビオン語とそれらの古語を知っていて、ある程度訛りはついていけるのに、何故か聞き取れない。下町言葉だって、シューは知っているのに!


 シューが言語の天才ではないのは重々承知だが、まだ同国にいるのに知らない言語が出てくるとは思っていなかった。ミルドレッドが子供を返すと、二人のこと気にかけられなくて悪かったと謝罪してきた。シューはそれよりも彼の言語のことが気になって訊ねると、ミルドレッドは、ああと紹介した。


「ここは難民が勝手に作った村だから色々入り混じって結構独特な語彙をしているんだよ。多少のオルレアン語も南部の訛りだし。」

「何となく知っているような単語もある気がしたけどそれか。南部ってこんな発音か。…これは苦労するなぁ」

「でも、南部へ行くんだろ。」

「…オルレアン語で何とかなると思ったんだよ。」

「まあ、ここら辺の共通語であることは変わりないけど、下町じゃ多分通用しないよ。貴族はほとんど通じるだろうと思うけど。」


 大国言語というところに奢っていた。この世界は通信が発達していないのだから、各場所で言語が違うくらい容易に想像できたはずだった。あの言語が難しいと言われたマリアンの村でなんとなくであっても理解したシューの成功体験が邪魔をしていた。しかし、よく考えたら、シューはあの村の中でもごく一部の王都で仕事をしたことがある人間の家の人としか話してなかった。

 


「後学のために教えてほしいんだけど、彼は僕の何が気に食わなかったの?」

「大したことないよ。何の肥やしにもならない。」


 投石してきた時点でいい言葉ではないのは分かっていたが、訳の分からない言語で罵られていることだけが分かるのは、知っている言語で罵倒されるとは違った言い表しがたい気持ち悪さ感じる。


「ミョコが気に食わないことがあれば殺すけど。」

「やめて。それは解決どころか紛争の種だよ。」

「何故。シューはいつもそうだわ。なぜいけないの?人は人を殺すじゃない。」

「買う喧嘩は考えないといけないよ。無駄に恨まれたら生きづらい。」

「全員殺せばいいのに。」

「そうした結果、君は何の目的も遂げられず地下牢だったでしょ。」

「確かに。」


 彼女に人を殺してはならないという倫理を伝えても意味がない。聡い彼女はやはり何故と追求してくるに違いないし、その追求に対して彼女が納得しうる回答をする自信が無かった。


 草原の村はシューにとって学びが多かったとともに、これからの未来に発生しうるだろう難題に暗澹たる思いが渦巻いた。



「君の言った通りだった。王都の貧民街を覗いたことがあっても、庶民の懐事情を知っていても、僕は貴族だった。」


 悪魔の言葉が自分の中で反芻した。



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