It’s still far from the truth.
シュー(13) 主人公 前世は西田 美代子
マティルド ゲーム2作目の主人公だと思われる少女 過去を知っている様子ではあるが。
イザナミ マティルドに加護を与える精霊
ハデス 冥府の王 シューに加護を与える精霊
女王の威風堂々とした佇まいに、ただのシューは気おされながら発言する。
「お初にお目にかかります、女王陛下。アルバート家三男シュー・アルバートと申します。」
「…慇懃にどうした。御託は良い、退け。」
「僕は彼女を殺したいわけではない。本当ならば、助けたかった。」
マティルドを守るように立ちはだかるイザナミにシューは訴える。
「何故助けぬ。白露が本当に助けたいと思っていたのはお前であろう。」
黄泉の女王に白露と呼ばれるマティルドは、シューが未だに家族と不和で、近い将来殺されると考えている。きっとその未来もあっただろうけれど、今のシューがたどっている未来ではない。
「…今の彼女と僕が相いれなかった。僕たちは今会うべきではなかった。」
「嫌いな男じゃ。」
「貴女にとってはただの言い訳でしかないですね。」
シューがマティルドを救わない限り、イザナミはきっとシューを信用しない。それが誠実であると思うし、自分の救いだけしようとするのは間違った道理だ。
「陛下。」
黙ったまま、鋭い視線で発言を続けるように促す。
「彼女に治癒魔法を使って、お話をさせてもらっても?」
前回もそれでうまく話は出来なかったのにそれを頼むという自身のエゴを恥じつつ、もう一度挑戦することを放棄するのもできず、そういった。
「ふむ……。よい、やって見せよ。」
断られると思っていたが、長考の後に許された。
「…機会をいただき感謝します。」
クーはシューに魔力を与えて救った。シュー自身が治す力があったからだ。でも、今回はそうではない。シューがいつも神殿で行っているように、彼女に治癒魔法と回復魔法をかける。
閉じた双眸がゆっくりと光を取り戻して、その瞳にシューの姿を認めると勢いよく彼女は起きてシューに抱きついた。
「久しぶり!シュー!やっぱりシューはいつも助けてくれるのね。」
「…一番最初に君をここに送ってしまったのは僕だろう。」
「でも、ちゃんと来た!」
忘れないでといった彼女の悲鳴に似た声を思い出す。
「マティルド。」
「なあに。」
「…僕はイザナミを知らない。君は彼女とどこで出会ったんだい?」
イザナミはシトリの国の精霊で、この国で生まれた彼女が出会うことがあるのだろうか。
「イザナミ?…どこでだったかな?」
どこから広げれば、イザナミに繋がるだろうか。真理亜の記憶が正しいのであれば、彼女にそんな和の精霊と出会う余地はないはずなのだから。
「…君と僕が出会うのは、5年後だよ。前回そんな未来…、来なかったんだから。未来で君を救ったのは本当に僕なの?」
マティルドはううんと首をかしげる。
「…来なかった未来?」
「そう、だって2年…、来年魔王によってこの人族の世界は崩壊するんだよ。僕はそれを知っている。」
彼女に諭すように話すが、得心しそうにない。しかし、それを聞いたイザナミが言う。
「ほう、面白い話をするな。二つの魂を持った男よ。」
今度はシューがえっと首を傾げる番だった。
「貴女は魂が見えるんです?」
そんな力があるとは知らなかった。
「ああ、妾は魂を司る精霊じゃからな。」
だからこそ、死してなおこの世界に留まり続けているのだと話す。黄泉、循環の精霊とは言われていたが、最も本質的なものは魂なのだと言う。
「魂って何ですか?人格?」
「人間の考え方なぞ知らぬ。妾が感じているのは生命の核となる部分ということ。悪鬼どもが身体を持たずとも『生きている』となる核心じゃ。」
魂の概念はなかなか理解し難かったが、大体のイメージを頭に入れた。
しかし、続けて
「妾も独特じゃが、おぬしも独特じゃな。死した男児と強い女の魂を持っておるな。」
と、言われて体の先まで冷え切った感覚に陥った。
「『僕』が死んで、『彼女』が生きている?」
二つの魂と言われてシューが持っている魂は、精霊のシューと、前世が彼女のシューの二つだと思っていたが、イザナミが発した言葉はシューの心をするどく斬りつけた。
「ああ、死した男児を留めるように、女の魂が接着剤となっているように見えるぞ。」
唇が震えながら尋ねる。
「もし彼女の魂が無くなったら。」
「死ぬだろう。」
シューが言葉を失っていると、
「ねえ、それってシューは、あたしが知っているシューじゃないってことかしら。別人の魂を持った人間ってことなの?」
イザナミとシューの話を聞いたマティルドはそう尋ねた。
「…そうなのかもしれない。」
マティルドの目からシューに対する愛着が薄れていくのが分かる。当然だろう。そして、マティルドが好きではない自分はイザナミが攻撃をためらう理由が無くなる。
「葬り去ってやろうか?」
シューの足下で待機していた蟲が再びカサカサと活発的に動き始め、幾つか足に這い寄ってきた。
「…ハデス。」
「そちら側に連れて行かれるのは確かに困るな。」
蟲たちを飲み込むように、黒い穴がシューの足下から広がり、ヒラヒラとした布のような白い手がシューにまとわりつく。
「あの時の手じゃないか。」
イザナミが額に青筋を作りながら言う。
「この地では私の方が有利だぞ、女王。」
すると、シューの体が強く引き寄せられ、気づけばハデスの腕の中にいた。イザナミの壊れてしまいそうな手足とは違い、しっかりと筋肉を感じる力強い腕だ。
「それでも戦うか?」
「…よい。興が冷めたわ。」
2人の子供を差し置いて、2柱の精霊は愛子を守るように立つ。
「おぬしがその子供を寵愛しているのは、その死の部分なのか。」
「下らん。お前もなぜその子供を慈しんでいるのか説明できるのか。」
「正確には出来んな。」
イザナミもそれほど強い興味があったわけではないようで、そこで直ぐに引き下がる。
そして、ハデスが抱きしめたまま、その闇の中に連れていく。
「あ、待ってシュー。」
マティルドが呼び止めると、ハデスも止まる。
「…あたし。その。」
何も写っていなかった深紅の瞳が、漸く目の前のシューを捉える。
「あたし、生きているのが辛かったの。でも、あなたが未来で救ってくれるって知ってたから…、生きてこれた。だけど、それも間違い。」
彼女は必死に言葉を探している。何が正しく自身のの思いや考えを伝えられるのかを真剣に考え込んでいた。やっと、絞り出した言葉は
「ほんとうは、あたし、ただ死んだの。」
だった。
「…え。」
「あなたが助けてくれるまで、生きられなかった。」
「白露。」
「…あなたの目の前にいるこのあたしは、イザナミの力によって何とか現世に留まってる。」
「…死んだ?」
マティルドの言葉がシューに中々理解できない。
「そんなことはない。妾は死人に力を与えることなどできない。」
「そうね…、たぶん死に行く直前で止まってるっていうのが、正しいのかしら。」
「でも、君は確かに衰弱していた。僕はハデスと仲良いし、光魔法にも詳しいけど、死者は衰弱なんてしないし、回復させることはできない。」
「それはあたしが闇属性の中でも限りなく闇そのものに近いから。それから、イザナミの魂を司る力によって…、いきていながら、限りなく死に近い存在となったんだと思うわ。」
初めて会ったあの日、手を繋いだら、シューが身体をぐちゃぐちゃにされたような気持ち悪い感覚を抱いたが、それはそれがあったのかもしれない。
「やめろ、白露。」
「死者でもない、正しい生き物でもない。」
「やめてくれ。」
「…だから、たぶん、もう、死ぬことはできない。イザナミ本人か光の力以外では。」
そこで、マティルドは言葉を止めた。まるでそれが死を望んでいるようで。
「わかった。」
「貴様何をする。」
イザナミはシューがマティルドを殺すように見えたようで身構えた。しかし、
「いっしょにいこう。」
シューは手を差し出した。これがアルビオンとオルレアンの戦争になるのなら、エリオットSr.が失脚してしまうのではという今までの躊躇いは今はなかった。
「…うん。」
マティルドは不安そうにシューの手を取り、シューもまた不安げに背後にいるハデスを見やる。
「ハデス、頼んだ。」
「人づかいが荒い。」
「アップ。」
再び闇の中へと飲み込まれていく。マティルドも同じ。闇属性であり、限りなく死人に近い彼女は、シュー以上に親和性が高いようで安心するように瞳を閉じた。
「イザナミは。」
「妾は白露のいる所にいる。しかし、…用ができた。暫し離れる。」
イザナミもまた暗闇の中へと溶けて消えて行った。
「帰るぞ。」
今度こそハデス開いた冥府の入り口がその場にいる全員を飲み込んだ。何も見えない闇の中、シューの腕の中にいるマティルドの温かみのみが感じられた。
ーーー生きろ、ミヨコ。
またあの嗄れた声がした気がした。
墨をこぼしたような闇の中に、ほうっと一つの火が燃える。
「迎えか。」
導は出すと言っていた火の精霊がいた事を思い出す。ハデスはシューとマティルドを腕の中きらそっと下ろす。
「シュー、私はこの先何があってもお前の味方だ。そちらにもイザナミがいる。」
冥府から出るのに振り返ってはならないとその火の方へ顔を向けさせた。
「ハデスは僕の魂のこと、知っていた?」
「知らなかった、というのが正しいかわからん。その形が感覚としては変わっているとは気づいていた。イザナミに言語化されて漸く納得した。」
「…そっか。」
ハデスは感覚的な物を言葉として表すのは不得手だったことを思い出して、さもありなんと思う。
「さあ、ここに長居は禁物だ。早くゆけ。」
振り返りたくなった気持ちを抑えて、ハデスが背を押した勢いのまま2人はかけだして、導を頼りに闇から脱出した。
手持ち無沙汰になった腕を見てハデスは残念に思っていると女の声がハデスを呼んだ。
「もう終わったのか。用事とやらは。」
「ああ、死体を用意しただけじゃからな。簡単じゃ。」
「…黄泉のものを呼び出したか。」
「主は妾の力を何だと思っておる。主とは違うぞ。」
「ああ、その土人形か。しかし、人の営みを優先するとは珍しい精霊だ。」
イザナミはすうっと息を飲んだ。
「あの齢の子が死の淵で愛している人を待っていた。妾は殺す力はあっても、騙すことはできても生きさせることはできない。…せめて、妾は人としての幸せが掴めるのであれば良いと思っただけじゃ。妾は黄泉の女王など言われてあるが、それ以前に母なのじゃ。」
ハデスはそう言った彼女の表情を見て少しばかり驚きながら、静かにそうかと言って頷いた。
火の導きによって辿り着いた先、赤い炎のような髪の男の精霊が元の場所にいた。
「おかえり、テディ。」
手を広げる彼は、自ら父と名乗りあげるくらいにはシューのことを愛してくれている。
「シュー、彼は?」
マティルドはきょとんと首を傾げる。
「火の最高精霊、イフリート。エリオットSr.に加護を与えてる。」
「はじめまして、イフリート。」
「あん時のチビじゃねえか。連れてきちまったんだな。」
一番躊躇っていたのはシュー自身だったから、連れ帰ったマティルドに驚いたようだったが、イフリートはすぐに切り替えた。
「よし、元に戻すか。」
「…元に戻す?」
「そうだぜ、流石にな。」
おおいとイフリートが呼ぶと空から流れ星のような火が降ってくる。鳥の形をしたそれは、エリザベスに加護を与えた火の精霊。
「フェニックス。」
どんなに傷ついても何度でも燃え上がる炎で復活する精霊は青と黄と赤の炎のような羽毛を持ち、2メートル程の長いしだり尾を持っていた。その鶴のような細い頭にある美しい目がゆっくりと品定めする瞬きをする。
「そうだ、こんな無茶な事をした理由の一つだ。見つけられたんだ。」
シューは口をキュッと結んだ。
「何をするの?」
「冥府に入る前に燃やしたものを復活させるんだ。」
【全く…イフリートはいつも無茶をする。】
不死鳥はフアナのように頭に直接話しかける。
「…僕。」
【痛くはないぞ。】
イフリートもフェニックスも、シューの動揺には気づかなかった。シューが頷くよりも前にシューは青白い炎に包まれる。炎は熱いどころかヒヤリとした冷たさがある。そして炎の中に、美代子が幸せそうに笑っていた。入院先の病院で父や母と話している彼女、学校で友人たちと遊んでいる彼女、仕事先の病院で一所懸命に世話をする彼女。そんな彼女を引く鉄の塊。
それから、真理亜と真剣に語る私、マリアンに魔法を説明する私。シューを愛してくれたエリザベスとイフリート。もう一度家族となろうとした、エリオットSr.、ディアナ、エリオットJr.、オズワルド。
全部鮮明な記憶としてに帰ってきた。
シューは震える声で尋ねた。
「フェニックス、エリザベスの加護を解いた日。そこの赤ん坊は泣いていた?」
【赤子?】
フェニックスの加護は、火の魔法の補助以外には、自己治癒速度が早くなるのともう一つ。一度だけ死から復活することができると言われている。そして、それが使われると加護がなくなると言われている。
【ああ、確かに出産でエリザベスは一度死んでいたな。赤子は記憶が遠いが…。泣いてなかったかもしれない。】
シューは一度だって死に至ったことはない。一度だけ流行病に罹ったり、闇魔法で苦しんだりしても、きちんと最後には回復した。そして、昨年美代子の記憶を「取り戻した」時、一時シューである事を忘れかけたが、すぐに自身だと思った。美代子はそれまでのシューの12年間も途切れることなく自分のものだとしっかり認識していた。
だから、男児が死んだというのは、その生まれてきた瞬間が最も高い。美代子は、エリザベスの研究室で、母子共に死に至る可能性が限りなく高い研究の末、自身が誕生したという箇所を何遍も読み返したのだから。
それで、今生きているのが男児ではなく美代子であるのだというのであれば、美代子が前の世界から魂を無理やりつれてこられたということではないのか。
シューは膝から崩れ落ち、初めてうわあああんと声を上げて泣いた。
エリザベスがなぜそこまで無茶をしたのかを知っている。エリオットSr.とディアナも国の為に自身を捧げているのを知っている。
それでも、美代子を殺したのは彼らだろう?愛している、愛されているのに、憎い。許せない。彼らが選んだとは流石に考えないが、それでも、エリザベスがあの実験を行わなければきっと彼女があちらの世界で死ぬことはなかった。
「テディ。」
イフリートがシューと目線を合わせるようにしゃがんで声をかけたが、シューは答えられなかった。
「…何か、分かったんだな。」
これが本当に原作で起きていたシューの絶望だったのだろうか。クーと、1回目のシューが『坊ちゃんのためならやらない』と言っていたのを思い出す。あの時、もう死んだシューに向けての話を指していたいたのだろう。何が精霊のシューだ、まったく違っていたではないか。気まぐれで憎んだんじゃないんだ、あの時のシューは。
ひとしきり泣いた後、ふらりふらりと立ち上がった。
「テディ、帰るか。」
シューは首を振った。
「今は…無理。」
今家に戻ったら、バッドエンド回避などできる気がしない。
ふらりふらりと街の外へ歩みを進めるシューに、自分も連れてけと言うようにマティルドはシューの手を握った。とても小さな手を握りしめ返す。
「まあ、そういう日もあらぁ。俺がエルに伝言しておくから。」
こういう時彼が精霊でよかった。人間だったら、心配だのなんだのと引き留めそうだったから。
遠ざかる街明かりに少しばかり後ろ髪引かれながら、シューはマティルドと共に闇が広がる城塞の先へと歩いて行った。