I Love …. Another....Me.
シュー・アルバート(13) 転生前は20代女性の西田美代子
エリオットSr.・アルバート(41) シューの父であり、シューの実母のエリザベスの親友。
イフリート エリオットSr.に加護を与えた火の最高精霊
エリオットJr.・アルバート(19) アルバート家長男 次期アルビオン公爵 オルレアン騎士団を辞めてアルビオンに戻った。
オズワルド・アルバート(17) アルバート家次男 魔法や騎士としての能力は平凡だが、外交能力は高い。
クー 戦のスピリット 既に消滅している?
悪魔 人族側では魔族という区分けされているが、厳密にいえば魔族ですらない精霊の加護を得られない種族。ただ、光属性以外の生き物は、精神乗っ取りをしてくる厄介な存在
アルバート家の主人であるエリオットSr.・アルバートの私室の扉は、アルビオンを象徴する薔薇と炎が象られており、この扉だけでも何人の血が流れているんだろうと想像すると中々恐ろしく、容易に開くことができない。
「何をしているんです、お坊ちゃま。」
執事のアーサーが、入るのをためらっていたシューを招き入れた。
「聞きたいことがありました、ミスター。」
「私に答えられることです?」
シューが首を横に振ると、そうですよねと自嘲気味に笑って部屋の主に話を振る。
「だそうですよ、旦那様。」
「今度はなんだ?」
家に帰ってきてもアルビオン関係の仕事が残っているエリオットは、手を動かしながらシューに訊ねる。自動化できればもっと早いのにと、まだ見ぬ未来に思いをはせる。
「これはイフリートの提案でもあるんですが、イザナミと会って、僕から発する死のにおいの特定をしてはどうか、と。」
「法務省は、一番私の権力が及ばないところだ。」
それはそうだろう。宰相閣下とはいえ元外敵の国の人間だ。そこにはアルビオンの力を及ばすことができない。
「イザナミは闇の精霊ですし、会うのは厳しいとは思いますが。」
「またあのように暴れられると困るのだが。」
「ええ、そうでしょうね。」
「シュー次第だが、忍び込ませることくらいどうということでもない。」
「え?」
反対されると思って話し出したことだったのだが、突然父親はシューに罪を犯せとでもいうように話した.
「何とかなるという話だ。」
「…は?」
「どうとでもなるんだ。見つかってしまえば終わりだが、見つからなければどうとでもなる。明後日、夜は確かユーゴ・オランドが彼女の警備をしていたな。」
「…見つからなければいい、と。」
「それができるか、シュー。」
正直言って今まで忍び込むときは悪魔の手を借りていたが、今回は自分ひとりだ。何とかなるのだろうか、という不安が頭をよぎる。
そうして、父親は王宮の見取り図や警備の仕組みをシューに言って聞かせた。父は自分の力はあまり貸すことはできないから、見つかってはならないとシューを言いすくめる。
「本当に大丈夫なんですか。」
父親よりシューのほうがこの計画を恐れた。
「我が息子ならできるはずだろう。」
そんな期待をされても、今までは悪魔と闇の精霊がいたが、彼らのの協力をなくしてシューはできる気がしない。
「が、頑張ります。」
「カーティスはそんなことには慣れていないだろうから置いて行きなさい。」
「…言われなくても。」
安全な場所で祈ってくれればそれでいい。
シューは必死に見取り図だったり、警備の交代を頭に叩き込んだ。
「ここはジェーン・トライがいるから、こうして。」
「…本当にやるんですか、シュー。」
「誰よりもお父様が乗り気なんだもん。」
カーティスが、ハーブティーのお代わりを持ってきたが、それに目をくれてやる余裕はなかった。
フィリップもシューを手伝って同じように見取り図を読むが、悩まし気にいう。
「本当に、これで大丈夫なのか?」
「イザナミにあって解決の糸口になりえるのか、僕には全く分からないけど。ハデスだって分からなかったのに。」
シューのつぶやきを聞いたせいか、ふたたび暖炉の炎が出て、イフリートが顔をのぞかせた。
「ハデスは優秀な管理人で愛妻家でハデスは生きているだろう。でも、イザナミはもう死んでいるから、また視点が違うだろ。」
「…そうなの?」
「生きているうちに炎で焼かれて死んで、なぜか黄泉の国の女王となっている精霊の中でも異色の存在らしいぞ。俺様が身を火の粉にして調べた中じゃあな。」
「死んだ精霊?」
「普通精霊は消滅するもんなんだけどよ、イザナミは死んでるし、精霊として存在はしているよくわかんねえんだよなあ。」
「どういうこと?」
「俺みたいに火から生まれた訳でも、水から生まれた訳でもない。恐らくそうい自然系じゃあなく、生物として産まれた精霊、神なんだろう。精霊の核が生きものっていうこと。」
精霊の核というものは様々ある。シューは大気、フアナは人の心、シトリは人が作った糸。昔からいる力のある精霊は、自然物であることが多いが、古来の精霊という中では珍しく実態のある生き物が核となったということらしい。シューはついていけないが。
「じゃあ、核が消えたのに消滅していないだどういうこと?」
「…世界七不思議の一つだなぁ。」
「あとの6つは?」
「言ってみただけだ。」
本気にするなと大袈裟に首をすくめる。
「最初の結界を抜く算段だが、死の匂いを活用するってのはどうだ?」
「どういうこと。良くも悪くも僕は光属性生まれなんだけど。」
「忍び込む日になったら教えてやるから!この千年間で一番勉強したぜ。」
精霊がウキウキしていると悪寒が走る。精霊に常識なんて当て嵌めてはいけないのだから。
作戦決行日の夜。イフリートの考えに乗る予定であると父親に告げると、彼も不安そうではあった。まだシューが脅すことのできる悪魔の方が良かったかもしれない。かと言って他に良作もないので、エリオットSr.とエリザベスのことを愛していたイフリートを信じる他ない。
黒いマントに黒いスラックスに黒い靴。なんの因果か完全に闇に紛れるその恰好は、マリアンヌが一番に忌避している、物語の悪役「シュー・アルバート」じゃないか。もしこの恰好で彼女と出逢ったらなんて考えたくもない。
「よ、テディ。」
王都にある火のランプがふわっと燃え上がると、そこにイフリートは口角を吊り上げて笑って現れた。
「また火を伝ってきたのか。」
「俺は力が強いからな。ちよっと魔法を使っただけで結界魔導士にバレやすいから仕方ねえだろ。」
会話をそこそこに、イフリートはさてやるかと話を切り替えた。
「何をするの?」
「テディは知っていたと思うが、たまに俺はテディーの中の異質な気配を燃やしていた。まあ、それは精霊のシューなんだけどよ。」
「…精霊のシューの感情が消えているのは、理解していたよ。」
シューがそういうと、精霊らしくない慈愛に溢れた顔で、悲しげに笑った。
「今回はその逆だ。」
言うや否やイフリートは白い炎を身に纏う。その白い炎の揺らめきは蠱惑的で視線を逸らすことはできない。
精霊は横柄で自尊心が高くて、他者を排斥したがる。圧倒的に大いなる力を持ち、世界を統べた者の末路なのだろう。
シューの前に現れた黒髪の冴えない女の幻影が、白い揺らめきに消えていく。嫌いで憎くて、でも、愛している自分が消えていく。次に優しくシューに絵本を読んでいる大切なエリザベスの思い出がセピアに変色して遠くに行ってしまう。
そうして鮮明に蘇るのは、シューの悲しみの記憶。
ーーー魔法の知識しか取り柄がない癖に。
オズワルドの憎々しげな声。
ーーー役に立たずは止めろ。
エリオットJr.の無関心の声。
ーーー産まれてこなければよかった。
エリザベスの悔恨の声。
ーーーこの家の病巣が。
ーーー不幸を呼び込む災いは消えろ。
使用人たちの恐怖と侮蔑の声。
そして、両親の遠い腕。あの時誰もシューを見ようとしなかった。
彼女が遠くにやったシューの記憶と感情たちなのに、再びそれが近くに戻ってきた。感情が抑えきれなくて、シューの瞳から涙が溢れ出す。
「…悪いな、テディ。解決しに行くぞ。」
イフリートの熱い手が、シューの現実を思い出させる。オズワルドのシューへの愛をくれた記憶が、エリオットJr.の罪を共有した記憶が、両親とイフリートの来歴を話した記憶が消えた訳ではないのだ。自分は今きちんと現実に立っている。
「分かってる。」
シューは暗闇の中から、冥王の書を取り出す。いつもよりもその書がシューに痛みを与えてこない。イフリートが死の匂いを利用すると言っていたから、より死者に近くなっているから彼の力を弾きにくくなっているようだ。
「深淵に誘い込む死者の声、神々の庭を混沌に落とせ。」
王宮は結界が強いが、そこは多くの血が流れた場所でもある。冥王の力がとてもよく効く場所だ。シューの体が、闇の中に溶け込んだ。
「テディ、イザナミと話したらここに戻って来い。ちゃんとな。導は出す。」
イフリートの念を押した声が聞こえる。シューはそれに応えるほど、精神的に余裕はなかった。
「シュー、死んだのか。」
芽の前に現れた冥府の王は平坦な声音をしているが、それなりに長い付き合いであるシューにはその言葉の中に喜色が含まれていることがわかる。
「死んでない。一時的に死人に近いだけ。王宮の結界を潜るために冥府を通っているたけだよ。」
「ふむ。」
やはり少し残念そうだ。
「あい分かった。その方法を歓迎しないが、シューならばそれほど悪用はしなかろう。」
「そうだね、僕もできることならこの方法は嫌だ。今回の往復だけにしたい。身体は余裕でも精神的に辛い。」
「アスクレピオスは困るのでな。さっさと行け。」
ハデスはシューの話を聞いているのか聞いていないのか分からない。
彼がシューの背を押すと、目の前の闇が扉のように開いて、光が見えた。シューは振り返ることなく、その光に向かって歩く。
「はぁ、夜勤めんどくせぇ。」
「おいおい。その気持ちは分かるけどよ。シャキッとしろ。」
末端の衛士の声ではっとすると、王宮の敷地内の使用人通路口付近に立っていた。慌てて物陰に隠れると衛士たちは気づくこともなく、そのまま塀の方へと歩いて行った。
気づかれる様子がないことに安堵してシューは黒い猫に変身すると地下牢を目指す。王宮の敷地内はたくさん火が灯されているとはいえ、暗い場所が多く、黒い猫は目立たない。
地下牢に行くためには牢の建物に入らなければならない。ここに個別の結界魔法があるわけではないが、入り口は2人の牢番が立っていて、猫なら何とか入れる大きさの窓は高い場所にある。周囲に登れる木や配管等はない。魔法で猫から黒い小鳥になると、飛んで換気用の小さな窓から入る。
地下牢がある建物は小さな火が疎に置いてある程度で、ひどく暗い。外の方がまだ少しだけ明るい気がする。ユーゴ・オランドと会う前に変身を解くと、彼が怯えないように小さな光を魔法で照らす。
地下牢は、糞尿の臭いとカビの臭いで思わず鼻をマントで覆う。しかし、シューはこの場所には既視感があった。過去で、シューはここにいた。
「シュー様、お待ちしてました。どうぞこちらへ。」
彼女の警備をしていたユーゴ・オランドの案内で、マティルドの牢へと向かう。シューの代わりにアレックスが魔族に入った。そして、シューが過去で救うはずだった彼女がシューの代わりにそこにいるのだとしたら、これからくる未知の未来をシューは肯定できるのか不安だった。
牢の奥に伏すように彼女はいた。目を瞑っているから寝ているのかもしれない。頬はこけて、肌は血が通っているのか不安になる程青白い。
「…オランド卿、暫く席を外してもらっても。」
「畏まりました。」
彼は見えない位置に行ってくれた。シューは防音の結界を張ると、その牢に手をかける。牢は魔法で鍵をかけているが、エリザベスの研究室にあったその魔法陣の方が余程難解だった。あっさりと戸を開くと、倒れ伏している少女を見る。
前回の世界では、シューの友人だった戦の神のクーがこうシューを見ていたのだろう。今なら彼の気持ちを理解することができる。愛しているから助けに来たんだと。
あの時の彼の行動をなぞるように彼女に手を伸ばそうとした。
強い力で拒絶された。
「何をしておる。」
顔を伝う百足のような蟲に、力強い眼差し、そして、土器のように崩れて割れてしまいそうな肌。シトリ越しに見たことはあったが、シューは初めて対面した。
「黄泉の女王…イザナミ。」
シューの足元にはたくさんの百足が這い、食わんとしていた。