お父さんが私を食べたの
シュー・アルバート(13) 主人公 前世は美代子
カーティス(15)シューの従者1 心配性
フィリップ・アヴァロン シューの従者2 (相性があるが)心が読める
レオン・カルヴィン(15)カルヴィン辺境伯の後継候補1 シューの護衛を一時的に担当
ラッセル・カルヴィン(15) カルヴィン辺境伯の後継候補2
ニクラス・オールセン(15)オールセン伯爵の次男
エリザベス・ノーランド シューのナニー シューが8歳の時に亡くなっている。実母
エリオットSr.アルバート(41) シューの父親 オルレアン王国宰相であり、アルビオン公爵
その後、宿屋のマスターに英雄譚を伝えると、マスターは最初こそ半信半疑の様子だったが最終的に笑って感謝をしていた。
「そうか、とてもいい語り草ができた。本当にありがとう。」
その言葉を最初に言いだしたレオンに、少し離れた場所に立っていたラッセルはすねたように、
「誰があんな言葉吐いて『無難』だよ。めちゃくちゃ面白いじゃん。」
とこぼした。だが、レオンは首を振った。
「最初に俺に対してその言葉を言ったのは、ラッセルだよ。いつだって俺はお前のアイデアが羨ましくて覚えているだけだ。」
恰好つけない。素直であれ素直であれと心の中で唱え続けてようやく、レオンはそう振り絞った。今いうことができなければ、恐らく“次”は中々来ないだろうと分かっていたから。ラッセルは小さく「あ、そ。」とだけ返していたが、恥ずかしそうに顔を隠した。
お互い今までのことが長すぎてすぐには素直にはならないし、後継者問題の解決はしていないなら、完全な和解はまだまだこれからだろうけれど、その和解に向けての第一歩が始まった。
その後ろで、背の高い少年は面白くなさそうに眉を顰めていたが誰にも気づかれることは無かった。
「ニック、今日も疲れたね。早く帰ろう。」
「ああ、うん、そうだな」
マリアンはニコニコと嬉しそうに笑った。
――――歴史なんて簡単に変わるんだよ。
いい方向にそれが向かうも限らないけれど。
マリアンを王宮に送り届けたあと、神殿に戻ろうとマリアンの部屋から出たとき、マリアンヌに呼び止められた。
「シューちゃん。」
「アンヌ、久しぶり。」
彼女の顔がいつもより少し深刻さが顔に現れていて、人払いして二人で顔を突き合わせて話した。
「第一章のボス『カイム』を倒したんだよね。」
「そうだね、今のところは原作よりうまく事が進んでいる。大筋は。」
「それでも、アレックスが魔族側に行ってしまったから、楽観視はできない…よね。」
「うん。それが今後どんな悪影響を及ぼすのかは未確定だね。僕らが『一回目』と呼んでいた話では、アレックスはこちら側だったようだし。」
「『一回目』をもう一度検証してみたいな。」
それはシューもずっと考えていたことだ。この世界に「テディベア」が無いのと同時に「不思議の国のアリス」のお話があるが、ルイス・キャロルもセオドア・ルーズベルトが存在していないのは変わりないのに。
「調べる方法はこの世界に残ってないでしょ。残っているのはこの世界が『二回目』であるを示す『証人』一人だけ。」
だから、目の前のことから一つずつ手にしているはずだ。真理亜もそれは分かっているはずなのに、今日の真理亜は随分臆病風に吹かれているような気がする。
「他のボスは、こちらの大陸側には今のところいないから、これ以上原作の話を進めることはないけど、シューちゃんはずっとこのまま美代子だよね。」
「…それは、僕が別の何かになるかもしれないって。」
真理亜には「精霊のシュー」の話はしていない。続編でシューが絶望した理由が明かされたとのことだったが、美代子は知らないし、真理亜の記憶はかけている。そして、シュー自身も『一回目』の記憶はない。エリザベスが父エリオットの為に作った、人工的な光属性の人間だったことと「精霊のシュー」の禁忌に触れた人間に対する怒りだと思っている。ただ明確に「1回目」と今の自分は違うと理解しているから、本当に「1回目」が本当にそう思ったかは分からない。
真理亜は突然シューが美代子を失って「1回目のシュー」と同じ状態になることを恐れているのだろう。
「だって、原作でも、4章まではずっと味方のふりをしていたじゃない。あたし、シューちゃんが、このゲームを知っている美代子だからちゃんと味方だって分かるけど、美代子じゃなくなったら、あたし。」
いくら今の美代子がゲームのシューと同じような行動をとっていないと知っていても、真理亜は逐一シューを観察しているわけではない。だから、真理亜にとってシューが美代子であることが一番大事なのだ。
「じゃあ、もう会うのは止める?怖いというなら、僕はもう来ないよ。」
「違うの、違う。分かっていますわ。ごめんなさい。」
少し前までダンタリオンという悪魔を利用していたり、シューが一番心の支えとしてきたのは悪魔のティキと闇の精霊たちだ。それもあって今でも光の精霊を借りることはできない。美代子として人が死ぬのを怖がりながら、シューはあっさりと敵に手を下すことができたから、真理亜を安心させる材料はシューにはなかった。
「ねえ、どうしたの、真理亜。」
「うん、ごめんね。最近よく美代子が居なくなる夢を見るの。シューじゃなくて、美代子が。」
「それっていつから。」
「…見始めたのは、あの私が起こしてしまったマティルドの事件の夜よ。美代子が消える夢を見たから怖くて、問い詰めたくてマティルドに会いに行って暴走をさせてしまったの。それから、見たり見なかったり、よ。」
大体シューがエリザベスの研究所を覗いたあたりからマリアンヌは、美代子が消えていなくなる夢をみているようだ。シューも、いつか精霊のシューが復活する可能性を危惧してカーティスに頼んだ。
美代子の記憶なんてなければ、苦しくなかったかもしれないと思うこともないわけじゃない。ただ、美代子の記憶のお陰でより世界がクリアに見えるようになって、ボタンが一つずつ掛け違っていた家族とも仲直りしてきた。
だから、例え今美代子の記憶が消えたとしても同じ未来は辿らない。
「大丈夫だよ、僕は、美代子だよ。」
「うん、…そうだよね。」
「怖がらなくていい。」
完全にゲームと状況は変わっている。
「…うん、僕も調べたいことあるし、もう少しトーレンにも聞いてみるよ。どこからの角度なら話せるのか、分からないけど。」
トーレンが本当に望んでいるのは今ここにいるシューではなくて在りし日の精霊シューだから、少々怖さもあるけれど、なにかしら答え合わせがしたい。
そうして、久しぶりに職人街の角を曲がる。少しだけトーレンが親方から解雇されていたら、どこか安心したのだけれど、そんなことはなく、人好きのする笑顔でシューと従者二人を迎え入れた。
「ものすごく久しぶりですね。」
「…イザナミの時に声はかけたでしょ。」
「おお、覚えていてくれているんですね。」
感嘆するトーレンがやはり恐ろしくて、フィリップの後ろに隠れた。
「トーレン、私は忘れてはいないので、注意してくださいよ。」
ティキを殺したトーレンをカーティスはまだ忘れてはいない。
「今日はどうしたんですか。」
「…トーレンはテディベアを知ってる?」
「てでぃべあ?聞いたことありませんね。なぜ?」
テディベアはやはりこの世界にはなく、あちらの世界にしかない。そして、あちらの世界の一端すらも彼はきっと知らないのだろう。
「不思議の国のアリスはどうかな。」
「どんな話でしたっけ。」
「白いウサギを追いかけてワンダーランドに行く話だよ」
「それは奇妙なお話ですね。」
ただの徒弟だった彼が児童文学に触れる機会なんてどこにもなかったのかもしれない。
「君は一度目の…精霊だった時にはこの話知らなかったんだね。」
「ええ、知らなかったです。」
ゲームではシューが様々な話題で絵本や、大多数の人間が知っていることが多い児童文学をネタにすることが多い。幽閉され、ヒロインなチョコレートプディングなんて作ってはダメと言った時のように。そこには不思議の国のアリスもあったが、世界観と物語が合ってない。この妙な違和感は何だろう。
この世界はゲームを下敷きにした世界であっても、等しくなく、細かいところに差異が出ている。それは、人物プロフィールーーーーシャルルやグイードの年齢もそうだ。
「アレックスは君に何のお話をしていたの、前の時は。」
「アレックスですか。アレックスは家族の話や人間の物語を教えてくれましたよ。灰被りのエラの話やルンペルシュティルツヒェンのお話をね。」
「そうか、やっぱりシトリは人間の話が好きなんだ。」
精霊シトリは人間が好きだった。だから、あの悪魔と同じようにお伽草子が詳しいのだ。それでも、彼はそれを知らない。
「君は一度目の世界の話はできないといった。」
「そういう仕様ですね。」
「じゃあ、僕の憶測が正しければ頷いてほしい。」
ほとんど言いがかりに近いけれど、なにかしらの答えがほしい。
「それくらいなら可能でしょう。」
「…この世界は『焼きなおしては無い』と言っていたから、1回目の世界とは、等しいものではないんだろう。…特に君とって一番の違いは『僕』だろう。君は、美代子という人間を知っている?」
「いえ、その人物については知りませんが。」
「美しいという字に、時代の代、子供の子と書いて、美代子。」
「それは漢字圏の人物なんですね。」
やはり美代子を知らないなら、シュー自身が一番彼にとって予想外の登場人物出る可能性が高い。
「そう、やっぱり。君は『僕ら側』じゃないんだ。」
「貴方側、というのは。」
日本という国名も知らないし、美代子という名前がシトリの国の人名ではない。それ以上シューのことを掘り下げて聞くのは、かつて「アレックスが彼の望むものでなければ壊してしまうだろう」という彼にシューを壊されかねないなと思いつつ、シューは尋ねた。
「大気の神シューは『1回目』の時、憎んでいたのは『エリザベス・ノーランド』なの?」
シューという精霊は、大まかな分類をすれば光属性だが、細かく分ければ大気の神である。それは、闇属性という枠組みでもフアナが心の精霊であったり、ハデスが冥府の王であったりという細かい分け方があるのと同じだ。シューが細かく「大気の神」とつけたのは、詳しく知っているというアピールだ。
「驚いた、そこまで思い出したんですね。ですが、私にそれは答えるのが難しいです。前の時、貴方と会ったのは1年も先の話なんです。なので、正確ではなく憶測も交じってしまうのです。ただ、でも、人間が憎かったのは確かで、そして、人間を赦したのも確かです。」
「…僕は何故人を赦した。」
シューが人間を憎んでいたのは確かだろうけれど、赦す感情もシューには分からない。
「赦した理由ですか。それは貴方が一番知っているのではないですかね。」
「ええ…。」
「人間となってよくわかるのです。精霊は本当に気まぐれなんです。」
「…その気まぐれで僕は人を憎み、赦した。」
「傍目にはそう見えます。とはいえ私も心はよく分かりません。貴方の中では理屈があってもおかしくはありません。」
美代子となり、ただ人になってしまったシューだから前回のシューを理解できないのだろうか。しかし、前回のシューはかなり精霊に近しいものだったに違いない。
「…君は僕を殺したいと思う?」
「いいえ、全く。」
シューは所詮紛い物でしかない、ということに彼は気づいていないのだろうか。それとも、壊れてしまったマティルドと同様その事実を認めたくないだけなのだろうか。
「君がこの世界で、前回の話をできなくなってしまったのは『僕』のせいじゃないの。」
「そうは思いません。何をもってそう思いましたか。」
「『今回』を望んだのは『僕』じゃないの。」
バッドエンディング後、褐色肌の精霊のクーと話した内容をかすかに思い出せる。
「そうですね。」
と言いながら、シトリは腑に落ちていないように目線をそらす。
「『僕』以外がそれを望み、『僕』以外が望んだことを『僕』が望んだ。」
「そうですね。」
それを望んだのは、誰だったんだろうか。言葉が少なくなったのは世界の仕様のせいであるのならば、恐らくそこがこの世界の核なのかもしれない。
「シュー、この世界の謎を解いても世界は変わりません。」
「魔王による人族の国崩壊を阻止するためにこの2回目が始まったのなら、2回目の謎を解いて1回目の記憶を完全に引き継げれば、可能性は高まる。」
それが正しいはずなのに、シトリは動揺して見せた。精霊のシューが戻ってきてほしいのは彼で、1回目は殆どそれに近かったはずだ。彼が忌避する理由はない。
「…君は人族の願いで生まれた精霊の癖に、人間を愛した癖に、君はこの人族が亡びることを望んだのか。」
精霊の核はその精霊ごとにさまざまだ。ハデスなら死者、ポセイドンなら海、シューは太陽につながる大気、後に封じ込められた精霊石。とはいえ精霊の核は自然が主流中で、彼が人族たちが産みだした糸、布から産まれたのは、それが人々の願いから昇華されたからのはずだった。人を亡ぼそうとすれば、滅びるのは自分であるのに。
「私は人間を愛しています、本当ですよ。そうでなければ、あの日私はイザナミ様を人と共に退けないでしょう。」
事実、マティルドが呼んだイザナミを、ほかの人間たちと協力して送還させた。そこにシューのためということはないのだろうけれど、彼もまたマティルドと同じように徹底的に狂っているのかもしれない。人を助けることも、人を滅ぼしたいという思いもその時々によって入れ替わっていて、他人から見れば明らかに矛盾が生じているのに、その矛盾にすら気づけないほどに狂ってしまったのだろうか。狂ってしまっているのなら、もうそこから確認することは不可能だ。
「真に2回目を望んだのは『僕』ではないのなら、2回目を望んだのは『マリアン』じゃないのか?」
「違いますね。」
「マリアンじゃ、ない。」
彼女が一番この世界に愛された聖女であることは間違いないはずだが、彼女ではないということはだれが知っている人間の中で近しいだろうか。
「…なら悪魔ティキ。」
「そんなはずないでしょう。」
つまらないものは聞くなと切り捨てる。
「…一番今世で変わっているのは、たぶん『アルバート家』のはずだ。その中で最も変化があるのは、お父様か。」
シューは、意を決して嫌いな彼に訊ねた。
「『2回目』を望んだのは、『エリオットSr.・アルバート』か。」
シトリは、虚を突かれたような驚いた顔をしてから、にっこりとほほ笑んだ。ただ見たことないくらいきれいな笑顔でほほ笑むだけで、YESもNOも答えなかった。
シューはアルバートのオルレアン王都のタウンハウスに戻ると、自分の机の前に座り、シトリの話を反芻させていた。
もし本当に繰り返しを望んだのが父エリオットSr.だったとしても、おそらく彼はきちんと記憶を保持はしていないだろう。しかし、エリオットSr.は、シューを除けば最も精霊とも近しい人間であるから、つじつまは合うかもしれない。
火がなかった暖炉が突然燃え上がり、驚いているとイフリートが顔を覗かせた。召喚された訳ではなく、オルレアン側に悟られないように火の元から現れたそうだが、シューにはなんの違いがあるのかは分からない。
「俺は火属性の精霊の中でも、火そのものに限りなく近いから、これならいくらなんでも悟られにくいだろって俺はすっげえ考えたんだ。まあ、でも、召喚じゃねえから移動がきつかったぜ。」
「そんな人間みたいな。」
「寧ろエルの言い分を聞き分けて、瞬間的に移動する方法ができなくて大変だったんだぞ。シューには多分顕現じゃあ見えねえだろうからな。」
実体のある本体であれば、シューもあって会話することはできるが、顕現で現れた分体の場合、素質がなければ言葉を交わすことはできない。
態々面倒な手順を踏んでわざわざイフリートがシューに会いにきた理由は、「死のにおい」について本格的に調べてみないかという誘いだった。
「別によくない?」
「死んだ人の記憶が本当にその死の匂いなのか確かめたほうが良くねえか?」
「調べる方法なんてないでしょ。オシリス?とかいう精霊も僕が会えるとは思えないしね。」
「違う、オシリスじゃない。黄泉の女王『イザナミ』にだ。」
シューはあの日トーレンを通してみた闇の最高精霊の顔を思い出すが、彼女と繋がりがあるのは死刑囚マティルドで一度共謀を疑われているのに、会えるはずがない。
「バレなきゃ良いだろ。」
「二度も王宮で騒ぎを起こした凶悪死刑囚と会えると思う?」
「じゃあ、火属性の魔族を暴れさせてやるよ。」
「…いや、それは。」
魔族を1番嫌う父に、この精霊は何も思わないのだろうか。そんなのまた悪役に逆戻りだ。
「俺が生み出したケモノだ。ちゃんといやぁ魔族には属してねえけと、人族的には人族と家畜以外は魔族だろ。」
悪魔だって厳密に言えば魔族ではないのに魔族扱いしているので、確かにイフリートの言う通りだ。
それでも、犠牲者が出かねないのなら、本物の魔族だろうが、精霊のつくった獣だろうが関係がない。
「いやでも待って、僕はまだ承諾していないし、またマティルドが暴れたら。」
「テディとあのちっさいのだったらテディが勝つ。イザナミもどうやら闇属性のくせに火が苦手っぽいしな。」
「だから、マティルドはどうしようもなく狂ってしまっているんだ。ちゃんと彼女を通じてイザナミに会える?それに、僕が勝手にマティルドと会ったら、それこそ戦争の引金だよ。」
「じゃあ、どうにかしてちっさいのをアルビオンに拘束することはできねえの?」
「そこは…、お父様に確認してみるよ。」
ここまで来て今更危ない綱渡りができない。やはり大切なもの、失いたくないものができてしまうとどうしても身動きがとりにくくなる。
「イフリートが僕の為に心を砕いてくれているのは分かるよ。だから、その気持ちに応えてあげたいというのも僕の本心だ。」
「おう、あんがとな。とりあえず人間には人間の道理っつーものがあるのは、エルを見てればわかる。俺はこの暖炉を暫く住処とするから、整ったらここに来てくれ。」
「ありがとう。」
ボフッと煤が飛んで、イフリートの姿がなくなった。
「2回目」を望んだのがエリオットSr.であるならば、そこに彼を気に入っている火の最高精霊イフリートが関わってこないはずがない。
「シュー、気にしすぎてはいけないのでは。」
シューが悶々と一人で考えているとカーティスは、シューにハーブティを淹れた。
「そうなんだけどね。」
「それほど『テディベア』というのは大事な話なのか。」
シューが悩むきっかけとなったクマのぬいぐるみについて、もう一人の従者であるフィリップが不思議そうに話す。心の声が聞こえる彼にはシューが何度もテディベアについて考えていることが気になって仕方がないようだった。
「テディベアがこの世界で知らないということはたいして重要ではないんだけど、不思議の国のアリスがこの世界にあるのはちょっとおかしいんだよ。アリスのセリフで『国の名前はだれかにきかないと。あの、奥さま、ここってニュージーランドでしょうか、オーストラリアでしょうか?』っていうのがある。この世界にオーストラリアなんてないでしょ。ルーズベルトがいないからテディベアでないのなら、オーストラリアが出てくるアリスのセリフがおかしい。」
ウサギの穴で落ち続けたアリスは、イングランドから地球の反対側へ落ちてしまうのはないかと心配して、質問を練習していた。
「ああ、…そうなのか。」
「確かに言われてみればアリスにそのセリフありますね。何の疑問も抱いていませんでしたが。」
絵本や児童文学には触れたことがないフィリップは不思議そうだが、カーティスは今まで気にしたことがなかったことに驚き、眉をひそめた。
「…私が疑問に思わなすぎたという考え方もできますが、ですが。」
シューは本棚にしまってある二人の兄のお下がりである児童文学の本を開いた。作者の名前は当然のように「ルイス・キャロル」だ。
「…なんでだ。」
「シューが言っていたこの世界はミヨコの世界の創作物から作成されているのだから、それがあってもおかしくないんじゃないのか。」
「ここが虚構だから?…それなら、関所のワープポイントくらいは残してほしかったけど。」
そんなゲームメタなんてこの世界には残っていない。
「…でも、確かにゲームの中でもアリスは出てきて、テディベアは出てこなかった。」
細かい文化背景まで虚構をリアルに反映されなかったなんてくだらない話で終わるのか。
「アリス…。」
「どうかしたのか。」
暗闇の中から足を引っ張られたような恐ろしさがシューを襲った。気づいてはいけない何かをそこに見た気がして、慌てて不思議の国のアリスを棚に戻した。
My mother has killed me,
My father is eating me,
My brothers and sisters sit under the table,
Picking up bury them under the cold marble stones.




