悪意のない悪
シュー・アルバート(13) 主人公 後天的に闇属性を得た精霊の力を受け継いだ人造光属性の人間
マリアン・ホワイト(15)ゲームの主人公 光属性 努力家かつ天才
イフリート 火の最高精霊 シューの実母エリザベスを気に入っている。
エリオットSr.アルバート(41) エリオット・オズワルドの父親 ディアナとは恋愛結婚であると主張 火属性
レオン・カルヴィン(15)火属性 無骨で器用 カルヴィン辺境伯の後継候補
ラッセル・カルヴィン(15)土属性 アイデアマンだけれど、お調子者 カルヴィン辺境伯の後継候補
ニクラス・オールセン(15)風属性 オールセン伯爵の次男
シューとイフリートが放った魔法は、辺りを赤道の真昼間のように明るく輝かせた。その輝きによって影が濃くなり、その影からにゅるりにゅるりと異形たちが出現する。
「なっ。」
老獪なエリオットSr.はケロリとして表情は全く変わらないが、若い彼らはギョッとした。
「お出ましだね。第1章のボスーーーカイム・ミュラー。」
原作で第1章宝探しゲームに出てくるボスのカイム。第二章ボスの状態異常が厄介なガイルとは違って第1章ボス、カイムは腕力だけだ。単純。
その力に育成を怠ったプレイヤーや縛りプレイをするプレイヤーは苦労するかもしれないけれど、普通は難なく倒せる敵だ。
「準備こそしてないけれど、それなりに研鑽を積んでる主人公、現時点で最強の魔道士にその相棒の最高精霊…、恐ろしいとも思わないね。」
その大きな血走ったカイムの目が、欄干で立っている。シューを睨みつける。それらを見て
若者たちもぎゅと己が得物を強く握りしめる。
「燃やすぜ燃やすぜ!」
誰よりも先に飛び出たイフリートの燃える髪の毛をエリオットSr.は乱暴に引っ張る。
「ちょっと待て、イフリート。」
「んだよ、エル。」
「水属性が足りない。昨日雨が降ったとはいえ先程のお前の炎で草木は乾いてきている。辺り一面砂漠にする気か?」
「な…!お前お前ぇ、ここまできて何にもさしてくれやしねえのか?」
「アルビオンほどの湿度もない。ここはよく燃える。」
ショックに打ち震えるイフリートを横目にシューは光の魔導書を広げる。
「旧き友よ、消えた身でも尚、世界を嘆き苦しむ叫びを届けよ。ステロペス!」
黄金に光る目と同時に周囲が強く光り、影たちは断末魔の悲鳴を上げる。闇属性の者たちの肌が焼けていくが、他の属性であれば大きな痛みもない。
「わぁ、こんな光魔法があるんだね。光の矢しか使えたことがないよ。」
「それは強力なアルテミスやアポロンの魔法だね。」
凄惨な光景の前でのんびりとした声でシューに話しかけるマリアンに、内心驚きながらシューも穏やかに返事をする。この程度では簡単にマリアンは悲しんだり、恐れたりはしない。頼もしい限りである。簡単な光の矢の魔法はシューも使えるのだが、マリアンが使うそれは同じ光の矢とは言えない。
「…古い魔法は効率が悪い。凄い一気に魔力が持ってかれるよ。」
とはいえ、何もできなかったフラストレーションは解消された。
「今のでかなり削られたな。僕たちも行こう!こんなところに魔族がいたらマフィア以上に暮らしていけない!」
「おお、そうだな。」
「私もシューに続くね!」
血気盛んな若者たちは、橋を回り、川辺へと向かう第二回戦へと勢いよく飛び込んだ。
「なあなあ、本当にダメなのか?」
「イフリート、私に力を貸してもらおうか。それでいいか。」
「仕方ねえな、それで手を打つぜ。」
子供のように駄々こねるイフリートに押し負けてエリオットSr.は魔法を使い始める。いや、うまく丸め込んで自分に力を渡すように誘導しただけかもしれない。
「全ての罪を焼き尽くせ、地獄の業火よ。」
他の人の炎魔法を見たことがあるが、イフリートやエリオットSr.の魔法が1番恐ろしい。他に燃えるものがないのに、その生きている体自体が白色の炎で大きく燃え上がるのだから。
ノースリリーの時の方が魔族との本格的な戦いで厄介だったこともあって、今回ゲームシナリオでは格好良く作られたムービーがあった敵でも呆気なさを抱くのは仕方ないことだった。
「…お父様が一緒に来ると、僕の力を鍛える暇もない。」
この男は本当に文官のトップにいるんだろうかとも思ったが、もう1人のエリオットもそういう人間だった。権謀術数の中であっても、暴力は力を発揮するらしい。
「おい、ラッセル、一人で突っ走るな!」
「うるっさいなぁ。」
「喧嘩すんなぁ、こんなところで!」
強いエリオットSr.が参戦したところで、若者のたちは少しだけ気が緩んだようだった。鎧を着たリーダー然としたニクラスが二人を諌めるが、全く効果はなし。
ラッセルが少しだけ集団から離れた。
「ラッセル!」
恐ろしい形相でレオンはその背を追う。非常に宜しくない状況であると、シューはいつでも使えるようにと光の魔導書を開いて狙いを定めたが、すっとエリオットSr.の手が制した。
「…なんですか。」
「いつまでも力のある者の助けがあると、人は自分の力を試そうとはしなくなる。」
「…僕は。」
シューが父親の顔を見て数秒止まっている間のことだった。ニクラスの怒声が響いて、慌ててそちらを向いた。
カイムのナイフのような触手が、集団から少し離れたラッセルを庇ったレオンの体を貫いた。
「レニー!」
するりとすぐレオンの体を貫いたそれはすぐ抜かれ、レオンから赤い血が流れる。
「そんな、なんで、レオンが。」
「マリアン!」
狼狽えるラッセルの声をかき消すように、シューはマリアンの名を呼んだ。
「っ、なに?!」
「君が、敵を倒せ!」
「分かった。」
マリアンはシューがマリアンに力を与えているのが分かる。まるで精霊アルテミスのようにマリアンに力を貸す。
「通せ、天と地を分ける道!アルゲス」
落雷は彼女の前の敵を焼き捨てる。英雄になる聖女マリアンのその力はただの紛い物のシューとは異なる圧倒的な威力で、敵を叩き伏せた。
マリアンが作った道を通り抜けて、シューはレオンの元に辿り着く。
「肺を貫いてる、これはちょっとまずい。」
口からも沢山の赤い血を吐いて、ヒューヒューと息が弱い。
「ああ、シュー。」
慌てるラッセルにシューは静かに願った。
「マリアンと共に戦って。」
そこで漸くラッセルの中の迷いや焦燥が無くなったようで、真っ直ぐとシューを見て頷いた。
あの一瞬、シューが目を逸らしたせいでこうなったから、少し悔いがある。しかし、シューにとったら骨折を治す方が大変で、肺を修復することはそれほど難しくはない。
「君は僕がいるから油断したのかい。」
油断していたのは彼の兄弟だったけれど、自分を蔑ろにしていいほどレオンの身分は軽くない。シューの回復魔法に話せるようになってきたレオンは苦笑した。
「俺のような無難な人間はいくらでもいる。…だから、本当は領主にはラッセルの方が向いているのだって分かってる。」
「そんなの分からない。」
「…でも、悔しいだろ。いつも粗雑で不貞腐れている奴の方が自分より優れてるなんて。」
「僕はそういうの分からない。でも、もし本当にラッセルの方が向いているのだと皆んなが思っているのなら、ラッセルはあんなに焦らない。」
アイデアは確かにラッセルの方が湧いてくるのだろう。しかし、それを完成させているのは、レオンの力だ。それをなによりも理解しているのは彼を敵視しているラッセルで、だから、ずっと焦っている。
「前にも言ったよ。僕は2人はお互いを補うようになってるって。」
2人がそう話しているうちに、怒りのマリアンとラッセルが、最終的にカイムを倒し、その取り巻きの魔族たちもエリオットSr.とイフリートの力で焼き尽くされた。
ニクラスはあっさりと倒した彼らに苦笑した。
しっかりと敵を絶命させたことを確認したラッセルは倒れているレオンへ駆けてきた。
「…なんでたよ。」
過去のことが一つ一つラッセルの頭の中を駆け巡り、それが体の中から弾けていくようにワナワナと体が震える。
「何でいっつもそうなんだよ!何で…何で!」
何でと疑問を投げかけるばかりで、ラッセルは自分の感情を上手く言い表せなかった。
「ラス。」
マリアンはラッセルの隣に立つと、優しい顏で微笑んだ。
「ラス、何で今貴方は苦しいの?」
「苦しい…。」
マリアンに投げかけられて、ラッセルは困ったように眉を顰めた。
「ずっと、何をやっても…、僕はレオンに勝てない。」
「何をしたら勝ちなの?」
ラッセルは言葉を詰まらせ、マリアンの質問の答えを探すが見つからない。レオンは、違うと声を上げた。
「俺はいつもラッセルには負けていたと思う。勝ったことなど一度もない。」
「何言ってるんだよ。僕は、よく聞いていた。『ラッセル様はレオン様ほどの思慮を持ってほしい。』って!」
「…それなら、俺もよく聞いた。『レオン様にはラッセル様ほどの愛想と柔軟性があらばよいのに。』と。」
双子は比較対象が簡単にそばにいる。だから、周囲の人間は、なんの疑念も躊躇もなく気軽に比較してしまう。それを幼い頃からずっと聞かされていれば、「相手の方が優れてる、それに比べて自分は」と言う卑屈な感情と、「そんなことはない、相手にも悪い所はあるはずだ」という対抗の感情で、いとも簡単に兄弟が憎くなってしまった。
「…なにそれ。」
ラッセルは大層詰まらなそうに言葉を漏らす。
「僕らは簡単に周りの言葉に縛り付けられてたってこと?」
「…そう、だな。」
例えそれが周りの言葉のせいだったとして、だからって今までの感情は作られた偽物でしたということにはならない。そうしてお互い黙り込んでしまった。
「今すぐ仲直りなんてできないと思うけど、とりあえずこの場は私たちの勝利ってことで一緒に喜ばない?」
マリアンがラッセルとレオンの手を握った。
「おー、マリーの言う通りだな。俺もうくたくただぜ。お前たちは軽装だろうけど、俺は重鎧なんて着てるんだから。」
マリアンの言葉に共感して、ニクラスがバシバシとラッセルの肩を叩く。うぐ、とラッセルは言葉を詰まらせ、頷いた。それ以上の言葉が出てこず、お互いの手を引っ張って奮い立たせた。エリオットSr.は、一人涼しい様子で、若者たちを労わった。
「同じ国境に住む未来の貴族が頼もしくて、安堵するばかりだ。」
父親の穏やかな声を、他人事のように聞いていたシューの肩をイフリートは掴んだ。
「テディ、どうだ。楽しかったか!」
黄色い瞳は燃えるように揺らめいていて、それを見ていると漠然とした「なにか」が消えていく気がするのだ。ただ2回目だから、その正体をお粗末なシューの頭でも何となくわかってくる。何度もその燃え盛る炎が消しているのは、何度も蘇ってくる「精霊シュー」の感情だ。
「…別に楽しくない。」
戦うのが楽しいのは、人間のシューではない。燃やされた後には、美代子の感情に近い落胆と悲しみのみである。ぎゅうぎゅうとイフリートは熱い体でシューを抱きしめる。
「イフリートは、僕を消したいの。」
「そんなわけねえだろ。息子を消したい父いねえ。」
「きっといるよ。」
「そんな奴、父親じゃねえ。ただの遺伝子提供者だろ。」
「…その通りだ。その通り、精子提供者なんて、親じゃない。」
「だろだろ。」
イフリートはふんふんと嬉しそうに鼻歌を歌う。エリザベスの子供なら、自分の子供だという人外のイフリートが、本当の父親であったらよかったのにと思ってしまうのは矛盾だろうか。
「さあ、戻ろうか。王都に。」
パンパンと手を叩いて、エリオットSr.は若者たちに呼びかけた。ニクラスが丁寧にはいっと大きな声で返事をしているのは、ほほえましいのだろうけど、シューにとっては憎々しく見える。
呼びかけに双子は気まずそうに顔を見合わせて、レオンは足早にシューのもとへやってくる。
「もっと話をしなきゃいけないって、気づいたんじゃなかったの。」
「…今日はこれが全てだ。暫くまたシューの側にいたい。」
「レニーの気が済むまでいいよ。ラッセルにはマリアンがついているから。」
シューはイフリートとレオンに挟まれて安心感があるととともに、二人の従者の顔が無性に見たくなった。
さて、原作ではここの話はおおよそ1年後に起きていることが、今回で既にプロローグ、1章、2章のボスまで倒されている。あとのボスは、DLCのシュールートのボスを除けば、ラスボス、5章、4章、3章だ。このまま順調に倒していけば、無事にハッピーエンドが迎えられるはずだ。その先はアンジェリカとシューとエリザベスの目的のために生きることができるのだとイフリートの手を握った。
2022/5/7 5章ボスが抜けました。