テディベア
シュー・アルバート(13) 主人公
アイザック・ベーカー(16) シューと仲たがいしていた神殿の治癒魔法の魔導士 水属性
マリアン・ホワイト(15)原作・ヒロイン 光属性
ラッセル・カルヴィン(15)カルヴィン辺境伯の双子 カルヴィン辺境伯の座をレオンには渡したくない 土属性
レオン・カルヴィン(15) カルヴィン辺境伯の双子 ラッセルと仲が悪いのをどうにかしたい
火属性
ニクラス・オールセン(15)原作で一番最初にパーティーメンバーに参加してくれる攻略対象 風属性
エリオットSr.・アルバート(41)シューの父親 アルビオン公爵 火属性
イフリート 火属性の最高精霊
ブローシュ侯爵
夜、部屋に遊びに来てと言ったら、アイザックはすぐにやってきた。先に病気や毒に関する魔導書を用意していたので、ハデスの魔法を使わずに済んだ。
「…読めねえ。いや、何となく読めるところはあるけど。意味がつながらない。」
「…古典だからね。」
「マジかよ。オマエはよく読んだな、これ。」
「僕ってば天才だからー。あ、冗談です。」
冷ややかな目を向けられ、シューは口を閉ざした。
「つーか、どうやって手に入れるんだよ。」
「聞いたら後悔するよ?」
「分かった、聞かねえ。」
「そ、つまらないね。」
「どっちだよ。」
実際のところ、ただの犯罪の話だ。いつかきっと裁かれる時がくるのだから、それまで罪と同じくらい、人を助ければそれで良いと今は思う。
「話さないよ。」
「やっぱりそうじゃねえか。」
腹立たしいと彼は舌打ちをしたのち、再び魔導書に目を向けた。
「それは今で言う、過去を表す助動詞。」
「…おう。」
「その後は現代語で『光』。」
「…なんで俺が躓いている所が分かるんだよ。」
「僕は現代のオルレアン語が母語だ、君と同じ。」
「御坊ちゃま言語と俺の下町言葉が同じとは思わなかったよ。」
「僕はこれを持ってるくらいの悪党だから。」
良い貴族は下町のことなんて知るはずがない。しかし、アンダーグラウンドの悪党は世情をよく知っている。
「ああ、成程。最低だな。」
「知ってたくせに。」
「ああ。」
アイザックは、諦めたように同意した。彼が独自で古語を読めるようになるとは思っていないから、シューは彼が詰まりそうになるとすぐ口に出した。
「その悪党が神殿って心入れ替えたのか?」
「そう神殿の銀食器を盗んで憲兵に見つかったんだけど、被害者の司祭がそれは差し上げたものですと言って更に銀の燭台をくれたもんだから。」
「よーく分かった。オマエが絶対に本当の話をしないのがな。」
「だって、アイザックのソレはただの好奇心でしょ。僕の人生は他人の好奇心を満たすためのものじゃない。」
アイザックはそうだなと相槌を打つと今度こそ何も言わずに、闇の魔導書の精読に集中した。とはいえ、朝早くから神殿の仕事があるので1ページ、2ページの理解がやっとだった。
部屋に戻る直前、アイザックは言った。
「好奇心以外だったら話したのか?」
「勿論。」
「好奇心以外で他人の人生を覗き見する動機は?」
「さあ?」
例えば、神様の前ならば。なんて言うのはここではおかしい。精霊は超常的な存在であるが、人の罪に関しては興味がないから。
「じゃあね、良い夢を。」
「ちなみに。」
「ん?」
「さっきの銀食器の話は何の小説だ?」
シューはうーんと首を傾げて、
「一人の囚人が聖人となるまでの話だよ。」
と、答えると、
「やっぱりお前の話だったのか。」
と、アイザックは言った。
「近いかもね?僕の起こした罪はパン一つなんかじゃないけど。」
アイザックは苦笑しつつ、部屋へ戻っていった。
バタンと荒々しくその医院の扉を開けたのは、前と同じようにラッセル・カルヴィンである。
「シュー、手伝って欲しいんだけど!」
「ラッセル、静かにしろ。病人がいるんだぞ。」
シューの後ろで手伝いをしていたレオンがはあとため息をついた。
「おー、また俺の真似をしてシューと仲良くなったレオンじゃん。」
「ラッセル。」
「はいはい。で、前と同じよう伝って欲しいんだ。」
「今度は何をするって?」
シューは一度治癒を止め、ラッセルの方へ向いた。
「コネーニャ大橋の奪還だよ。」
それは王都に続く北の街道にかかる石造りの大きな橋で、陸路からの交易に重要な橋が地元マフィアに牛耳られ、前までは無料で通れたその橋が高額な通行料をせしめられるとのことだった。
何が困るかといえば北部の広大な農産地から採れた物が王都に来る際にはかなりの高額になってて、それが更に王都の物価上昇に多少なりとも影響がある。
「騎士団の仕事じゃない?」
「騎士団が今王都の治安が悪くてその見回りに人員が割かれててそっちまで対応できないんだ。だから、冒険者ギルドの方に主に商人からの依頼が上がってはいるんだけどね、なかなか引き受ける奴がいない。腕に覚えがあるやつはマフィアに先に金で雇われていたりしているしな。でも、今こそ貴族がやるべきなんじゃないのかって。貴族が率先して民を守る存在なんだって見せる必要があると思うんだ。」
「それに、何故僕が誘われているのかな?」
「シューがアルビオン公爵の息子だからだ。そもそもこの件アルビオンはノータッチだ。他領地のことだから、干渉しないというのは聞こえはいいかもしれないが、わざと放置しているなんて吹聴するやつがいる。食糧難になって、アルビオンが食糧支援をした方が強い発言権を維持できるとね。」
「そもそもアルビオンから離れすぎてるのに?そこに兵を派遣するとなると、かなり経費がかかる。その上、アルビオンは度重なって魔族の侵攻を受けているから、そっちに兵を割くのはリスキー。食料支援した方が安上がりだよ。」
「普通に考えれば。しかし、王都付近の民衆にとって魔族の危機を感じられていないから、彼らは少し自分たちより良さそうな暮らしをしている身近な人が黒幕だと思った方が、理論的に見えるんだ。」
「魔族を幻だって考えられる人はおめでたいね?だから、アルビオンの陰謀じゃないと示すために僕が行くって?」
シューにもメリットはある。ご飯をきちんと食べていれば神殿で治癒を受ける人は減るはずだし、アルビオンの陰謀説を多少なりとも改善できる。
「ラッセルのアイディアはいつも素晴らしいよ。ただ王都の周辺やアルビオンならともかく、そこまで行くだけでも丸一日かかる場所に通常の護衛人数ではきっと許されない。」
シューが死ぬことはないだろう。だけど、そんな勝手なことを許してもらえるのか。
なんて思考して気づく。今まではそんなこと一切気にしなかった。気にする必要なんてなかったのに。
「…あと、何人?」
後ろで記録をしていたカーティスが戸惑った。
「今日の僕の担当は後何人?」
「あと5人です。」
「じゃあ、あと25人の治癒が終わったらアーサーのところへ行くよ。」
「アーサー様のところへ?恐らく王宮ですよ?」
そこに、恐らく父エリオットもいるから、カーティスとフィリップは驚いた顔をした。
「さ、早く問診票回収してきて。」
パンと手を打ち、止めていた治癒魔法を開始する。
「シュー?」
誘いに来たラッセルがシューの返答を無く困惑してシューの顔を覗く。
「『確認しますので後ほどご連絡します。』」
「ぶっ、似合わないね!」
シューの形式的な発言に肩を震わせ、分かったと言って手を振って部屋を出て行った。
「貴族ってああ言う奴もいるんだな。」
隣のベッドで治癒をしていたアイザックがそう言う。
「ラッセルやレオンはカルヴィン辺境伯の御子息、元よりあそこは貴族と民衆の距離がここよりももっと近い。」
「へえ、辺境の人がわざわざ王都の心配か。」
「そうだよ。」
都に留まる貴族を貶すように2人は笑った。
マリアンの教師のために簡単に王宮に入れるシューは宰相の部屋へと急いだ。既に夕暮れ、殆どの役人はさっさと家路についているのだが、このワーカホリックの父親はまだまだ帰る様子はない。
「いらっしゃいませ、シュー御坊ちゃま。」
アーサーはニコリと微笑んで、シューをその部屋に招き入れた。
「話は聞いている。」
挨拶もなしに、これである。
「誰からです?」
忙しかったせいか彼は失言をした。どうせシューの周りにいるスパイだろう。分かっていればさっさとアーサーをシューの元へよこせば良いのに。ごほんと咳払いをすると、書類から目を離さず彼は言う。
「許可はしない。お前の言う通り護衛に割く人員が足りないし、何より経費がかかりすぎる。そこにアルビオンの金を使うのは、アルビオン内部からの反発が…。」
そう言いかけた途端、バキィと何かが破壊される音がした。その手の力を持って、握っていたペンを握りつぶし、彼の手に黒いインクがポタポタと溢れる。
「気が変わった。私が護衛に就く。」
「はぁ?」
素っ頓狂な声をあげたのは、シューではなく彼の執事であるアーサーだ。
「アーサー、ブローシュ侯爵を叩き起こせ。」
「まだ寝ている時間ではないですが。」
アーサーの呆れた声を無視して、彼はボソリボソリと文句を言う。
「これだから、金の勘定のできない真性の御坊ちゃまは嫌いなんだ。」
彼の額にもう一つ皺が増えそうな勢いだ。
「シュー、一つだけ絶対に覚えなさい。金の勘定だけは他人に任せてはいけない。」
本当に彼はオルレアン一の大貴族アルビオン公爵家の公爵なのかと疑うくらいの態度だ。アーサーは仕方ないとため息をつきつつ、主人の指示を従うため部屋を出て行った。
「…畏まりました、お父様。でも、先程まで反対だったのに何故?」
「嫌がらせだ。経費もオルレアン…、ブローシュ侯爵に出させる。」
「…はあ。」
まるで子供の喧嘩だ。
「初めまして、アルビオン公爵閣下!」
感極まってシューの父に挨拶していたのは、オールセン伯爵クリストファーの弟、ニクラスだった。場所が遠いこともあって王女殿下がついて来られなかった以外は先のスライム狩りのメンバーとは変わらなかった。
「表だって私は協力できないが、君たちの命に関しては私が守ろう。」
「はい、ありがとうございます!」
父親に対して色々複雑な思いを抱いていたシューは、2人を白い目で見る。
「世界最強とも言われている火の魔導士を見て、落ち着いていられるものは少ないんだよ、シュー。」
そう言ってラッセルも興奮しっぱなしである。あのダメ父が友人たちに人気があるのは癪に触る。
「アルビオン公爵閣下が今日はいつもと雰囲気違ってオフな感じがかっこいいね!」
「オフというよりお忍びスタイル?」
マリアンがはしゃぐのもシューは不機嫌になる要因なのだが、美代子の目を使って見ればたしかにかっこいいロマンスグレーなのかもしれない。サラサラとした長い髪を高く結い、チャコールグレーの上着と黒のトラウザーズが彼にとてもよく似合う。
しかしながら、その尊敬されている彼は、気に入らない貴族への嫌がらせがここにいる動機のしょうもない中年男だ。
シューは文句を言いながら、父の後に続いて馬車へと乗り込んだ。
「若い女の子に言われたからって喜ばないでくださいよね!」
「若い女性でなくても褒められたら嬉しいが。」
「え、嬉しいんですか。」
この人は既に耳がタコになるほど聞いている賞賛の声に、まだ嬉しいというのか。それもまた、可愛らしげがあってシューは腹立たしい。
「私も人だからな。」
「青い血が流れてそうなのに…。」
「どこの化け物だ。」
そこにシューの肩をにゅっと掴んだ男がいた。
「やっぱテディもそう思うよな、俺もそう思うわー。俺の方がよっぽど赤い血流れているだろうよ。」
「…イフリートの赤は燃えているだけでしょ。」
「違えねえが、青くも燃えるぞ。」
シューはアルビオンでよく慣れていたが、イフリートの登場にざわりとわきたった。
「最高精霊!!」
「…あー、初めまして。」
「…イフリート、まだ王都を抜けてないんだが?」
王都では勝手に出てこないという約束をしていたはずなのに、とエリオットSr.は不快感をあらわにすると、普段穏やかな表情しか知らない人間たちは驚いた。
「けー、いちいち細けえなぁ、エルはさ。」
どかっとシューの隣に腰をかけると、シューの頭を撫で回す。
「…お父様もこれはある意味ストライキですけど、お立場大丈夫なんです?」
様々なものを犠牲にして守り続けていた筈なのにと思いながら、城砦の関所を公爵の顔パスで通り抜けた。慌てふためく衛士を可愛そうだなと他人事として横目で見ていた。
「ブローシュ侯爵次第で戻ると言っている。あの陛下にもな。」
「今物凄く不敬なこと言ってませんでした?」
馬車の揺れに気にも留めず、持ってきていた書類を読んでいるのを見ると、彼の三半規管とワーカホリックさは異常だ。きっと彼の幼馴染もそうだったんだろう。
「つまらねえ、テディ。面白いこと言えよ。」
「歴戦の芸人でも辛い振りで僕が話せると思う?せめて何かネタを振って。」
「イフリート様って、シューの事『テディ』って呼ぶんだね。」
向かいのラッセルがそう尋ねるのは仕方ない事だ。
「幼い遊び相手だから、テディベアなんじゃないの。」
と、何気なしに言ったが、ラッセルにはピンと来なかったようだ。シューはまさかと思い、思わず父親に言ってしまった。
「まさかこの世界には『テディベア』って単語ないんですか。」
「少なくとも私は聞いたことがない。それはなんだ。」
「…クマのぬいぐるみです。」
確かにクマのぬいぐるみがテディベアと呼ばれるようになったのは、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領が理由だから、この世界で呼ばれないのはおかしくはない。しかし、なら何故この世界にはチェシャー州がないのに、チェシャ猫が笑うなんて単語があったり、イングランドもオーストラリアもないのに不思議の国のアリスの話が存在するんだろう。
シューの戸惑いを流すように、父はなるほどと答える。
「そうか。今度買ってこよう。」
「え、いや…、流石に僕はこの歳でぬいぐるみは…。」
と、言いかけてあの世界的に有名な高級テディベアの愛らしさを想像して
「欲しいです。」
年齢や性別など頭から追い出して素直に言った。可愛いものは仕方ない。
「リズも欲しがりそうだな。」
「え、想像つかない。」
「リズは思考回路こそ一般人とは違ったが、大多数の女が好きな物は、普通に好きだったぞ。」
「ぬいぐるみとかフリルとか。」
「そーそー。キラキラ光るものとかな。」
ただのメイドと違って、ナニーのエリザベスは華やかな柄のお仕着せを着ていたことは間違いないが、それでも常識の範疇だ。シューに怪我をさせてはならないと、彼女は貴金属の類は身に付けていなかったから、そのあたりもシューが知る由はない。
「リズって誰?」
「僕のナニーだよ。」
「へえ、シューのナニーを知ってるってよっぽどイフリートはシューのことを気に入っているんだな。」
ニクラスがへえと感心する。エリザベス・ノーランドのことを知らなければ、精霊に好かれたのはシューだと誤解するのだろう。本来は逆だが、否定して追及されるのも不味い。素直なイフリートが答えてしまうかとハラハラしていたが、
「まあな!」
と、空気を読んだのかただ肯定するだけだった。
「シューは精霊の気配に敏感だから好かれているのか?」
「…イフリートは偶々だよ。僕はあまりイフリートの気配は読めないし。」
「エルの息子なら俺の息子だ!」
「…誤解されないだろうか、その言い方は。」
「でも、アルビオン公爵閣下の息子で純粋な火属性はオズワルド様だろう?」
火属性持ちではあるもの、土属性の方が強いエリオットJr.ならば、一番に火属性の最高精霊に好かれそうな息子はといえば、三兄弟の中ならオズワルドには間違いない。
「でも、オズワルド様のお側では見たことがない。」
ニクラスは純粋に疑問に思っただけかもしれないが、アルビオン側の空気がピリついた。オズワルドは、社交能力や外交能力が高いが、魔法や精霊の力というものに関して言えば、貴族の中では平均的だ。
「…そもそも、イフリートには戦闘能力以外の力がないんだよ、ニクラス。だから、お父様もイフリートに頼んで、王都では、いや基本的にはオルレアンにいるうちは出てこないでって頼んでるの。だから、さっきお父様が不機嫌だった。」
「おい、テディ!俺はチェスもホップスコッチだってできたろ。」
「…こういう感じの最高精霊様なので。」
「あ、ああ。最高精霊とは会ったことないから誤解していたみたいだ。」
へへんと自慢げに腕組みをしているが本当はどうなのだろう。ただの素直な精霊なら、彼がシューに好意的なのはエリザベスの息子だからだと行ってしまうだろう。
テディベアの話題が父親とイフリートによって流されたのも、意図的だったように感じる。
シューはすぐにムキになってしまうけど、真に賢い人というのは簡単に道化を演じられるものだ。
「どうかした、シュー?」
シューの隣に座るマリアンが心配そうに顔を覗き込む。
「なんでもないよ。」
会いたくはないが王都へ帰ったら、一度トーレンと会う必要が出てきただけだ。