I have no idea.
シュー・アルバート(13) 主人公 普段は神殿で生活している
マリアン・ホワイト(15)元のゲームのヒロイン。魔法の天才。
レオン・カルヴィン(15) ゲームの攻略対象の1人。双子のラッセルとの仲は微妙。
アイザック・ベーカー(16)神殿の少年の1人。ディーン・ターナーと仲が良く、シューのことを目の敵にしていた。
ディーン・ターナー(享年16)神殿の少年の一人。5番目の子供で、あまり親には気にかけられていない。最愛の弟が死んで以降、ずっと気落ちしていた。
「シューって骨折治すのが上手って聞いたけど、それどうやるの?」
オルレアンに戻ってから初めてマリアンの授業に来ていた。魔法の使い方はもうほとんど慣れているように見えるし、アルテミスとの仲も良好であるからシューは不必要に思えた。しかし、マリアンは魔法に関しても天才で、シューが「病気ごとに魔法を変えて、効率化を図っている」ことを看破した。光魔法のみで対応できるものについて少しずつ話していたのが、そういえばと思い出すように尋ねた。
ここはオルレアンの王宮だ。迂闊に闇魔法について言及できないのに、闇魔法を用いてどう骨が折れたかを確認しているなんて言えるはずがない。
「確かに、シューが光属性生まれということもあるが、それを抜いても他の人間よりだいぶ早いな。」
一緒に来ていたレオンにもそういわれる始末である。
「なかなか私の場合骨折患者を手当てすることってあんまりないんだけど、他の怪我と違って治すイメージが全然浮かばないし」
「僕よりもアルテミスに聞けばいいよ。」
「精霊の魔法っておおざっぱじゃない?おざなりにやっても何とかなるじゃない。でも、私は人間だし、シューに聞くのが一番うまく行くんじゃないかなって思ったんだけど、。」
「強すぎると、確かにそうかも。シトリは完全に理詰めでやるタイプの精霊だけど…。」
こればかりはマリアンに教えるわけにはいかないのだ。いずれ彼女自身が気づくのを待つばかりである。彼女の五感はよく優れている。今はよくわかっていなくても、そのうちシューの闇属性である部分に気が付いていくだろう。
「教えてくれないんだ…。」
もし横にいたのが、ティキだったら教えてやれと笑っただろうし、フアナだったら教えてやる必要はないと突っぱねただろう。だが、あの魔法の秘密を知る者は既にいなくなってしまった。
「考えているよ。」
神殿に帰る馬車の中では、何も言わずシューは考えていた。どのように断るべきだろうか。
さて、シューはディーンが亡くなったことに大変悲しんでいた。彼が亡くなった理由は、ただ貴族のように馬車に乗っていたからだった。勿論彼は正真正銘の貴族の息子であったわけだが、市民に恨まれるような存在ではなく、身分問わず神殿に来た者たちを治していた治癒魔法の使い手だった。それでも、市民たちは神殿のローブを脱いで、馬車に乗っていた彼がそうだとは気づくことは無かった。アルビオンの食糧支援によって物価の上昇は収まり、少しずつ市民の暴動は減ってきたところだったが、全てが無くなったわけではない。
突然、シューが乗っていた馬車は停止した。何かが車輪に挟まったようだった。そして、次に聞こえてきたのは御者の叫び声だった。
「な、にが起こった!?」
シューをかばうようにカーティスが剣を構え、レオンも守るように防御強化の魔法を唱えた。
開けろ開けろと喚き、ガンガンと馬車の戸が何度も何かで殴りつけられる。蝶番が壊れるのも時間の問題だった。
「御者は無事…、かな。」
恐らく引きずりおろされた彼は無事では済まないだろう。最悪殺されているかもしれない。シューが魔法をかけようにも、場所が不明だ。
「外に出よう。」
「何を言っているんですか、シュー!」
「彼らが僕に怪我を負わすことは不可能に近いもの。それに、見えてないと魔法がかけられなくて難しい。」
「そう、なのかもしれないけれど。」
「あと、ケガさせるくらいなら問題ないけど、殺さないでね。また市民と貴族の間の溝が深くなるのは厄介だから。」
もとより貴族が襲われる原因は、市民よりも命が重く扱われることだろう。シューは決意をすると、転移魔法で馬車の上にと移った。
突然現れた少年に、馬車を襲っていた人間たちは驚いて動きが一瞬止まった。その隙をついてシューは魔法で彼らの身体にロックをかけ、動けないようにした。
「ぼ、私は、アルビオン公爵家三男、シュー・アルバート。そして、神殿に仕える治癒魔法の魔導士だ。その人間を殺そうとする意味、きちんと理解しているな?」
堂々と宣言するシューに、アルバートを名乗ることにためらいは無かった。強盗たちとともに、民衆たちもシューの一挙手一投足に興味を抱いていた。
「なにが治癒できるからって偉そうに!アルビオンのせいで、オルレアンはこうなっただろう!?」
ロックで体が動けない人間の一人が口を開いたが、その内容はシューが想像にしない「嘘」だ。しかし、
彼らにとっては大切な真実だったらしい。
「アルビオンがオルレアンを陥れた!」
「こうなったのはアルビオンのせいだ!」
彼を皮切りに、アルビオンを罵る言葉がどんどん溢れてくる。この不作から、マティルダの暴走、襲い掛かってくる不幸がオルレアンの民衆の中でそうなっているようだが、きっと何を言ったところで都合の悪い真実などシューが発しても信じてくれないだろう。
「反論してこないということはそれが真実だからだろう!」
「君たちが自分たちでつかんだ真実と、僕が話す真実ならどちらを信じるかなんて、目に見えているよ。とはいえ、僕も君たちに襲われてしまうと、アルビオンとオルレアンの問題が根深くなってしまうから襲われるわけにもいかないんだよ。」
シューは血まみれて倒れている御者をようやく見つけると、すぐに治癒魔法をかけた。シューがためらっていたら、きっと彼は死んでいただろう。
「私が発言するのは2つ、アルビオンはオルレアンと喧嘩はしない。そして、オルレアンの民を殺すわけにはいかない、さっさと去れ。」
シューがなんの咎めをすることなく、ロックの魔法を外すと彼らは勢いを減らし、いぶかし気にシューを見やる。
「ここで君たちがまだ僕たちを攻撃するのなら、なんらかの処分を加える。しかし、サッサと去るなら今回に関しては不問だ。」
強盗たちは顔を見合わせ、分が悪いと正常に判断した彼らは、とっとと尻尾をまいて逃げ出していった。
「…所詮革命なんて程遠い暴力屋だったわけか。まあ、よかった。」
シューは馬車の上から降りると、状況についていけない御者のもとへかけよった。遠隔での治癒魔法はおおざっぱであるから、確認の為である。
「気は確か?ムッシュー・ベフトォン。」
「ああ、はい。あの盗人たちは…。」
「とりあえず追い払ったよ。貴方が無事でよかった。死人がでたら、厳しい対応が必要だからね。」
シューがそんなことを言っていたら、馬車から降りてきたレオンやカーティスは厳しい顔をしていた。
「アルビオン公爵家に対する罵詈雑言は見逃してよかったのか?」
「彼らがアルビオン経営に携わる人たちだったら処罰の必要性はあったかもしれないけれど、大した身分でもない彼らの言葉を一々気にしているほうが愚かだ。」
彼らの認識を変えるのに、無理やりなんて意味がない。更に貴族と平民たちの世界に分断が招くような真似はとっていくべきではない。
「しかし、オルレアン王都は他よりもずっと貴族は恨まれている。」
アルビオンにいたときは、それなりに(あくまでそれなりに)、民衆たちには好かれていたように思えたし、ここまで攻撃的ではなかった。
「それは俺も思っていたところだ。辺境伯領はもっと民と近い位置にいたせいかもしれないが。」
アルビオンやカルヴィン辺境伯領に関しては、元々魔族の侵攻が多い地域で、貴賤関係なく協力する文化がある。しかし、長らく民衆や騎士団以外の貴族たちが、共通敵である魔族と会うことも稀であるから他よりも分断が大きいのかもしれない。
「はあ、さっさと帰ろう…、ムッシュー、馬は大丈夫そう?」
「暴れて足を少し痛めたようです。馬車は引けそうにないですね。」
「人間に対する治癒魔法になってしまうけれど、ないよりはマシかな・・・。痛みはとれるはず。」
治癒魔法をかけてやると、馬の様子は少し良くなったようだが、無理をさせることはできない。
「ムッシューは、なんとか帰れるかな?僕らは歩いて帰るよ。」
「え?」
カーティスが険しい顔をする。
「大丈夫大丈夫、光の神殿のローブを襲う愚か者は大体僕らでなんとかなるでしょう?レオンもいるんだし。」
「そうかもしれないですが…。アルビオンとは違うんですよ。」
「それに大通りだし。」
「まあ、あと500メートル程度だろう。馬車を待つよりも歩いた方が早い。同じ数の護衛ならそちらのほうがまだ安全だ。」
レオンも横からそういうので、カーティスも渋々ながら了承し、御者の男に頭を下げてから残りの道を歩く。
「うちで買わせるものはねー!とっとと出てきやがれ、醜い闇め!」
大した距離も進んでないうちに、目の前の店から一人の男が店から打ち捨てられるように追い出された。
「大丈夫、ムッシュー?」
丁度シューの目の前に蹲る男に、手を差し出した。男が病気でただれてしまっている顔をこちらに向けた。
「…綺麗な坊ちゃん、俺が怖くないのかい?」
「職業柄君のような顔はそれなりに見るよ。それで風属性の君に対して闇だなんて頓珍漢な人だったね。」
「そうか、聡明な坊ちゃんは俺が闇属性じゃないこともちゃんとわかってくれるのか。」
彼は感極まったように泣き始めた。しかし、闇属性は病気になりづらいから、肌は美しいことが多いのだが様々な誤解は多い。
泣き始めた彼をどうしようかと思案していると、びゅんとシューと同じくらいの少年がシューと男の間に割って入った。
「こらー!闇の男!光の魔導士さんになにしてやがる!」
なにもされていないというシューの言葉は聞き流され、少年は男の顔を殴りつけた。幸薄そうな風属性の男は、その少年の殴打になすすべもなく、必死に耐えている。レオンやカーティスが少年を止めようとしたときだった。
「おい、クソガキ。そいつは俺の患者だ。何してやがる。」
三人の後ろからやってきたシューよりも少しだけ年上の少年、いや、同じ神殿のアイザックが少年の腕を止めた。
「ひぇ、アイザック!」
「光の治癒魔法も使えねえくせに勝手に闇属性なんていうんじゃねえぞ。」
アイザックはカーティスアやレオンがためらうほどに、少年の頭を掴み放り投げた。
「おいシュー、これだから貴族様は怠いんだ。患者を守るためには多少手荒だろうが関係ねえだろ。」
「あ、う、うん、ありがとう。ごめん、助かったよ。」
シューが素直にお礼を言うと、アイザックはふんと鼻を鳴らしてから、少年のほうに向きなおった。
「無知を晒すな。ただの風属性だと判断もできねえくせに、自分勝手に判断して相手を怪我させんな。俺たちの仕事が増えんだろうが。さっさと失せやがれ。」
「うわぁぁ。」
少年はふらふらと立ち上がると、一目散にかけていった。
「たく、妙な正義感を持ちやがって。」
「知り合い?」
「ああ、アイツは少し前に光の神殿で病気が治癒されて、それ以降自主的に光の神殿の魔導士の護衛をしているようなんだが、まあ見ての通りだ。」
アイザックはひどく面倒そうに苦笑した。シューはさっさと風属性の男の怪我を治すと、家に帰るようにと促し、シューもアイザックと共に帰る。
「それは困ったね。・・・闇属性への偏見が無くなればなあ。」
「闇属性への偏見?」
アイザックはただの庶民だ。少し前にマティルダが暴れたことは知っていて、闇属性の恐怖はシューがアルビオンに行く前よりももっと大きいものになってしまった。
「アイザックは光魔法が使えるんだから、怖がる必要あんまりないよ。確かに闇属性は病気や変質の性質があるけど、裏を返せばそれを知ることによって光魔法、特に治癒や回復の魔法が効率的になる。知っていて損はない。」
「…お前が病気を治すのが得意なのは、闇属性を知っているから?」
「そうだよ。」
闇属性への偏見がアイザックにもあったとしても、意外とアイザックは柔軟な発想ができる人だと知ったから、シューもあっさりと話した。
「そうか。」
アイザックもまた素直にうなずいた。
「それって、どうやって勉強するんだ?」
「…ご想像にお任せします。」
闇属性の魔導書は禁書だし、闇属性の精霊は彼らにとって悪魔と同じようなものだから、少しためらう。
「勉強したい?」
「俺だって治癒魔法の魔導士の端くれだからな。」
闇の魔導書はハデスが管理してくれているから、出そうと思えばいつでも貸し出すことくらいはできるのだが。
「君は大人数部屋だからな…。僕の部屋に夜遊びに来たらまあ…。」
「分かった。」
「僕が言うのもあれだけど、僕は何とかお父様たちがごまかしてくれるだろうけど、君は見つかったら処罰されちゃうかもしれない。それでも大丈夫なの。」
「それで一人でも人が救えんなら、俺はいい。」
アイザックの目には力強い光があった。シューは独りよがりだった。自分の中だけで闇属性の偏見がなどと留めていたが、オルレアンでもマリアンや彼のような人に伝えていくのも、大切なのかもしれない。何かしら行動し始めないと何も変わらないのだ。
「うん、分かった。アイザック。僕は君に会えてよかったと思うよ。」
「なんだ、急に。」
一人で決意したシューにアイザックは驚きつつ、彼も何か思うことがあったのか、シューの背を叩いた。
「ああ、俺も意見の合わない、いけ好かねえ奴と会って話すことができたっていうのは良かったと思うぜ。」
同じようなことをアイザックが考えていたとシューは笑った。
遅くてすみません!