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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
双子のラッセルとレオン
101/115

素直

シュー・アルバート(13) 主人公 普段は神殿で生活している。


レオン・カルヴィン(15) ゲームの攻略対象の1人。双子のラッセルとの仲は微妙。


オズワルド・アルバート(17) シューの兄 アルバート家次男


アイザック・ベーカー(16)神殿の少年の1人。ディーン・ターナーと仲が良く、シューのことを目の敵にしていた。

 シューは熱心に聖堂と床を磨いていた。これは修行の一環であり、精霊の前には貴族も平民も平等であるという現れでもある。そして、同じ掃除班のアイザックもまた、精霊像の台座を丁寧に拭いていた。

 ディーンが亡くなってから、シューはただの一度もアイザックが泣き言を言っている姿を見たことがない。弱った姿なんて、目の敵にしている人間に見せることはできないのかもしれないが、ディーンを失った後の彼は誰かと連む様子もなく、一人でボウっとしていることが多かった。いっそのことシューを面と向かって詰ってきた少年たちの方が精神的な回復が見られた。

 シューもお人好しではないから、面と向かって嫌いだと言ってくる人間を好きとは言えない。それでも、ただ1人の患者としてみるのであれば、どうにかしてやりたかった。

【平民は貴族にすぐ理不尽に奪われることがよくある。アイザックも『強く』そう思っていた。今回はその反対だからな。】

 黒兎の心の魔法の使い手が教えてくれた。最善の手というのが思いつかないのが、シューの悪いところだ。

 手にしていた床拭きの雑巾を、アイザックに投げつけた。見ていたレオンやカーティスが驚いて、何をと声を上げた。

「いっつまで、ウジウジウジウジしてるんだよ。ディーンが死んだのは、この国のせいだし、傲慢な貴族のせいだ。それで、いつまで経っても地べたで這いつくばるしか脳がないのか。」

【精神的に苦しんでいる人間を殺したいのか?】

「なにしやがる、てめえ。」

 シューが投げた雑巾を握りしめて、久しぶりに彼が怒っている顔を見た。

「何故彼が死に、僕がのうのうと生きているのかとだって言えばいい。」

「っ、それが、何になるってんだ。」

「少なくとも僕は、限りなく国の上に近い人間だ。」

「お前に言って何が変わる?!この国が、アイツを殺したとしても、アイツの家族がちゃんと弔ってくれないのも、何も変わらねえ!」

 変わることなんてないのだと、声を詰まらせながらアイザックはシューの胸ぐらを掴む。

 その時彼の目が漸く、シューを見た。

「変わらないかもしれないけど、変わるかもしれない。何かを恨むことで生きていけることだってある。」

「はぁ…!」

「僕は君の敵だ!」

 宣言にポカンとアイザックはシューを掴む手を緩めた。

「だって、僕は君の性格も顔も大嫌いだし、君は価値観の合わない平民だもの。」

「…俺も嫌いだ…顔もその性格も、何より貴族であることが。」

 完全にシューから手を離したアイザックは俯いた。

「…だかなぁ、敵だとは、思えねえよ。」

 彼のそれが、シューの勢いも減らした。

「ディーンのために、祈り続けたのを知ってる。死んだことに憤っていたのを知ってる。少しだけ元気がなかったのも。全てアイツの家族から感じられなかったモノだ。」

 ディーンは家族から関心を抱かれてなかった。それこそ、彼より先に病で亡くなった弟以外。貴族は見栄ばかり気にするものだから、墓ばかりはしっかりと作られて、時折事務的に花を供えてはさっさと帰る。シューとは違った。

「…だから、敵とまで思えねえ。」

 ただの一度もシューは彼に、ディーンが死亡したことを詰られなかった。

「アイザックは聡いんだね。でも、だからこそ無力感を抱き、喪失感を埋める方法がない。」

 シューもちゃんとしたアドバイスなんてできるはずない。シューとそれはずっと隣り合わせで生きてきたものだから。

「…悲しみはずっと一緒。離れてくれない。だから、泣いたほうがいいし、ひたすら怒るしかない。それから、太陽の光を浴びる。たくさん。」

「それが、これから生きていく、ってことなのか。」

「僕の短い人生的にはね。」 

 シューは彼を激昂させたかった。それなのに、それ以上に彼が大人だった。作戦は失敗で、相手を罵ることしかできなかった。それが悔しくて、違う方向に話を振る。

「今度サウンドバッグでも買って、庭にでも吊るそうか。」

「…邪魔だろ。墓地の範囲が狭くなる。」

「死んだ人より生きている人の方が断然大事だよ。生きているのに死んだように生きるのはナンセンス。ああ、あの端の貴族の墓の墓石どかしたら丁度いいかも。」

 最低だとアイザックは言いながら、その広角の端が上がった。

「…本当に最低野郎だ。最低野郎は長生きしやがるから、いい事なのかもしれねえけど。」

 アイザックはお返しとでも言うように雑巾をシューに投げつける。雑巾とキスする羽目になったシューは、顔は卑怯だと投げ返した。アイザックは避けて再度シューに投げる。

「…お、おい。」

「シュー!」

 レオンとカーティスは一度は止めようとしたものの、暗かった2人が楽しそうで強くは止められなかった。

「君たち、ここは神聖な聖堂だよ!」

 アレンに怒鳴られるまでそれは続いた。罰として1週間は固定でお手洗い掃除をやる羽目になった。



 上着が必要ではなくなった頃、エリオットJr.の退団の後の、身内の慰労会にシューも呼ばれた。クリストファーの時のように、シャルルやマリアンヌも参加していて、シャルルが終始落ち込んでいるのをマリアンヌが励ましているのを横目にシューはレオンと共に壁際の椅子に座っていた。違うのは、身内である兄がメインでシューもホスト側として対応するべきであるから、妙に緊張していたのだ。

「ちょっとシューちゃん、サボらないで。ホスト側でしょうが!」

 オズワルドが赤の主張が強いフラックを着て、グラスを片手にシューに注意する。

「ほらー、あの人たちとかってアンデッド討伐の際にお世話になったでしょ。ちゃんと声かけなきゃ。」

「…エル兄様と楽しそうにご歓談されているので、入りづらいです。」

「分かった、連れて行く。」

 シューの返事も聞かず、ぐいぐいと腕を引っ張り、イスコやビリーといったエリオット隊の人間達の所へと連れて行く。

「エリオット兄様と皆様、ご歓談中失礼致します。」

「おお、アルバート卿。お久しぶりです。」

「いつも兄がお世話になっております。弟のシューが挨拶をしたいとのことで、少しばかり宜しいでしょうか?」

 入れないと思っていたところを、オズワルドはスルスルと入って行く。

「構わないだろうか?」

 エリオットJr.も皆にそういうので、シューは逃げられなかった。

「お、お久しぶりです。アンデッド討伐の際、しばらくお世話になりました。シュー・アルバートです。」

 後手でオズワルドの袖口を握り締めながら、なんとか挨拶をした。

「こちらこそ、弟さんのご活躍に大変お世話になりました。弟さんがいらっしゃらなかったら、大変厳しい戦いでございましたでしょう。」

「あ、いえ…。」

「家からあまり出させたことがないので、当時は皆に苦労をかけたな。」

「とんでもありません!」

 口々に彼らはエリオットJr.とシューに感謝の意を述べてくれた。彼らも大人だから、本人を目の前にして罵るはずもないが、それらは実感の伴った言葉だった。

 シューが改まると変に緊張して喋れなくなってしまう所を、兄2人に助けられ、最初の後退りした気持ちは減っていた。

 そこから10分程度話した後エリオットJr.は、シューの肩に手を置くと、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて話していた彼らに告げた。

「ホスト側で申し訳ないが、まだ幼い為シューは下がらせてもらうがよろしいだろうか。」

「ええ、引き止めてしまってすみません。遅い時間まで付き合って頂き、楽しゅうございました。」

「皆の気遣いに感謝する。」

 エリオットJr.の対応にポカンと呆けてしまったが、オズワルドがニコニコと辞する挨拶をしたのに慌てて合わせた。

「レオンー。」

「オズワルド様。」

「様付けはよしてよ。俺は次期公爵じゃないからさ。」

「しかし、目上の方ですから。」

「堅っ。…君がまだパーティ楽しんでいるようならいいんだけど、そうじゃないならシューと部屋に戻ってていいよ。お休みの時間。」

「畏まりました。」

「うーん。君は辺境伯候補だから、僕たちに従属したように見られるのは困るんだよね。オルレアン貴族がピリピリするから。」

「…そう言った駆け引きが苦手ですまない。俺も下がらせていただく。」

「うん、じゃあね。いい夢を。」

 手を振って彼は人だかりの方へと再度戻っていった。彼は部屋にシューをすぐ返すために、やってくれたらしかった。お節介めと心の中で悪態を吐くが、妙に気恥ずかしかっただけだった。


「あの人が公爵に向いていないというのは、俺には癪だな。俺やラッセルよりも向いているはずだ。」

 少し寝るには早い時間だったので、シューとレオンはお茶を飲んでいた。

「年の功じゃないかなぁ。パーティー好きだから、慣れているんだよ。」

 アルバート家で一番貴族らしい貴族なのだろう。

「ちゃんとデビュタントしていないレニーよりお兄様の方が得意なのは当たり前だと思うなぁ。」

「…そうかもしれないが。…シューは、なりたいとかは思わないのか?」

「もう少し上手く立ち回れればいいって思うけどさ。」

 アイザックのこともある。立ち回りがうまければ最初から、禍根を残すことなく仲良くなれたかもしれない。

「どうしたって僕には人の心を理解する力がないから。」

「…結局『理解』とは何を示すのだろうかな。俺も良かれと思ったことが全てラッセルには卑怯だと思われていたからな。」

「なんだろう?理解してほしいけど、簡単に理解して欲しくないのもあるでしょ。」

 シューはカーティスが注いでいるお茶を見る。

「でも、レニーのそれは言葉足らずだと思うんだよね。作り直す前に『その発想凄い!できていないところはこうすればいいんじゃない?』と伝えることが出来たら、良かったんだと思う。もしくは、大人たちがレニーを褒めた時にオルゴールの構想を考えたのはラッセルなんだよ、凄いよねって強く訴えていれば…。とはいっても、僕は偉そうなことを言ってるけど、兄弟を素直に褒めるってすごく恥ずかしくなってしまって難しい。いい事なはずなのにどうして恥ずかしいのかなぁ。」

 マリアンやアンジェリカだったら、面と向かって素直に褒められるのに、兄たちだったら陰でしか褒められない。

「…本当だな。」

 でも、やっぱりどこかでそれを諦める必要があるのかもしれない。

 レオンは腕を組んで考え込んでいた。シューもレオンにそう言ったからには自分も、たまにはちゃんと言葉にして伝えよう。


 朝になり、シューは従者たちに見つけられるのも恥ずかしいので、魔法で部屋の外へと静かに移動した。自分で服を着替えるという習慣がなくなったシューは寝間着のままだったが、ここは自宅だし2階は公的な部屋は無いから大丈夫だろう。

 コンコンコンとリズミカルにその部屋の戸を叩くとオズワルドの従者マクシムが顔を出した。

「早いお時間にいかがされました、シューおぼっちゃま。」

「…部屋の主人は起きている?」

「起きてはおりますが、身支度の…。」

 マクシムが説明していると、奥からいいよと穏やかで優しい兄の声がした。おずおずと兄の部屋に入るのだが、こちらの屋敷の方が長く住んでいるのにアルビオンのオズワルドの部屋に初めて入ったせいで、嫌に緊張する。

「着替えないで廊下を歩くのはみっともないよ。それにしても珍しいね。シューちゃんが俺の部屋に訪ねてくるなんてさ。」

「…色々レニーと話して思ったことがあるんです。」

「なになに?」

 長椅子に腰掛けて、話をしようとしたがなかなかシューの口は動いてくれやしない。

「おーい?」

「べ、つに、その、あれですよ?」

「…どれですか?」

 態々シューが部屋に来たくらいだ、何かあるのだろうと真剣に待ってくれているのが余計に話しづらい。

「あと30分くらいで朝食になると思うけど、着替えないの?1人で来てるから侍従たちも心配してない?」

「それに関しては深い睡眠するように魔法かけたので余程のことがない限り無いと思います。」

「え、彼らには話せない…?マクシム下がらせようか。」

「あ、いや、そんな大ごとじゃ。」

 むしろ従者達は生暖かい目をするだろうし、シューがオズワルドに礼を言うくらいで緊張するなんてよく分かっているはずだ。その分かられているのも恥ずかしいのだが。

 うだうだしていたら、時間切れのゲームオーバーだし、余計に言いづらくなる。折角座った椅子だったが、すっと立つ。

「シューちゃん?」

「き、昨日はありがとうございました!」

 たったそれだけなのだ。たったそれだけなのに、こんなにも苦労するなんて。

 シューの剣幕に驚いていたオズワルドだったが、ようやく事態を飲み込めたようで、肩を震わせた。

「ご、ごめんね。シューが、真剣なのは分かるんだけど…ふふ。」

 シューの白い肌が真っ赤に染まる。

「じゃ、要件はそれだけなので!」

「待ちなよ。あれはシューに決死の覚悟で礼を言われるほどのものじゃないんだ。デビュタントもまだの弟をフォローするのは兄の務めだろ。だから、逆に申し訳ないなぁ。ここまでお礼を言われちゃあ、何か返さないと。」

「え、なんで?」

 礼を言いに来た礼とはなんだ。

「マクシム、何がいいかな。」

「…そこで私に振ります?オズワルド様が決めるべきところでしょう、ここは。」

 マクシムに言われてそれもそうかなんて言っている。オズワルドは悩んだ挙句、一つの箱を渡した。

「綺麗だろ、薔薇の髪飾りだよ。」

「え、お兄様これつけていたんですか。」

 少し髪を纏める薔薇の銀細工の髪飾り、綺麗だけれども、あまり男が身につけるようなものではない。

「お父様が髪を括るのに使ってたことがあったんだ。似合わなかったけど。」

「なぜ、それをオズ兄様が?」

「綺麗だったから、ねだったらくれた。ほら剣帯につけても綺麗じゃん。」

「…ありがたく貰います。」

「シューなら髪につけても似合うでしょ。ほら、付けてあげる。」

 もう一度椅子に腰を下ろすと、オズワルドはシューの髪を丁寧に梳き、ハーフアップした髪を留めるのにその薔薇の髪飾りをつけてやる。

「はい、完成。」

 シューはぴょこんと席から立つと、壁に掛かってる鏡まで駆け寄った。とはいえ、付けてくれたのは後頭部でそうそう見えるものじゃないのに、シューは何度も体を捻って見ようとした。

 見かねたマクシムが手鏡を持って、シューの後ろに立ち、合わせ鏡でそれを見せた。

「あ、ありがとう。」

「どういたしまして。とてもお似合いですよ。きっとシュー御坊ちゃまの為に作られたんですね。」

「そ、うかも!褒められに行ってくる!」

「はは、リオ兄様以外なら全員褒めてくれるよ。」

 貴族の子供とは思えないくらい、楽しそうに部屋の扉を開けて出て行った。

「失った家族の時間を取り戻そうとしているのかな?」

「歳の割に幼いですかね?しかし、元々歳の割に大人びておりましたから、抑圧されてた生来の性格が出てきたのでは。」

「やっぱり俺のせいなのかなぁ。」

「そう思うのはよしましょう。大人たちが政ばかりに目が行き、子供を疎かにしたのが全ての罪ですから。」

「この歳になると、親にも同情しちゃうからねえ。でも、シューがああして俺にお礼を言いにきてくれるんだから、俺が変に罪悪感抱くのも良くないよなぁ。」

「そうですね。」

 あと10分程度で朝食だがあの調子で時間に間に合うのだろうかと、幸せな心配をしている自分を少し嬉しく思った。


 朝食の場に昨日は居なかった父親のエリオットSr.が居て、シューは条件反射で硬直した。父親は驚いていたが、シューの髪飾りを見て微笑む。

「やはり薔薇は強い人間に良く似合う。」

「…ただでさえ女のような顔立ちなのに、余計に女性のように見えるぞ。」

 オズワルドの予想通りに、褒めなかったのはエリオットJr.だけで、思わず笑ってしまった。

「僕は自分に似合う恰好をしているだけですー、残念でした!」

「そうそう、あと10年もしたらシューちゃんだって見違えるように恰好良くなりますよ、きっと。」

 こうして家族が揃って食卓についていると、母ディアナのことを思い出す。きっとディアナが夢見ていたものは今ここにある。


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