レオン
この話4月1日にはできていたのですが、変更するかもと思い中々投稿できませんでした。
変更予定がなくなりましたので投稿いたします。
98話
治安悪化とアレクサンドラ・リースの脱獄を理由にシューの護衛が更に増えることになったとアーサーから態々通知が入った。学院のオズワルドだってここまで護衛はいないだろうが、オルレアンの神殿ということで父エリオットも不安なのだろう。
「今日からシューの護衛につく。宜しく。」
「いや待ってなんで。」
護衛だから、アルバートの屋敷から来るとシューは踏んでいた。屋敷と連絡係をしてくれているジルだろうとカーティスとも話していた。
「なんでレオンなの?次期辺境伯候補だよね?!」
新しい護衛だと紹介されたのは、レオン・カルヴィン。紛れもなく次期辺境伯候補である。辺境伯は、国境を守る大切な役職であるから、権力も王家への忠誠心も高く、その地位はブローシュ侯爵と比肩するとも言われる。長男を働きに出さないと暮らしていけないカーティスのような貴族名鑑の末席の貴族とは訳が違う。
「古来から長男が騎士修行の一貫で別の家の執事をやるのは、普通だが?」
「いや、古来からと言うよりただの古い風習だよ。そんなのグラディウス家くらいしかやってないよ。」
そういうグラディウス家も長男ではなく次男のユーリを遣しているわけだが。しかも、護衛というのは執事の業務ではない。
「それに…。」
エリオットJr.やシューがシャルルとマリアンヌと仲が良いとはいえ、アルバート家とオルレアン王家は微妙な力関係だ。そこに忠誠心の高い辺境伯候補が、エリオットJr.ならともかくとしても、アルバート家三男の護衛となるのは、外聞がよくないだろう。
「問題ない。陛下と公爵閣下は許された。」
「ええ…、どんな思惑が。」
「特にアルビオン公爵閣下は熱心に俺の話を聞いてくださったから。」
さすが外面だけは完璧な男だ。特にオルレアンでは。
「まあ、あくまで護衛だしな…。」
そうカーティスのようなことまでやる必要はなく、護衛だけなら普通に騎士の範囲の仕事だ。
「うん?ということは、レオンからお父様に頼んだの。」
「護衛の話はそうだ。先週末偶然音楽会でお会いして、少し話をしたんだ。そうしたら、御子息たちの話をしてくれたんだ。」
「お父様がなんの話をしたのか…。」
「前はそんなに仲良くなかったのだが、シューが心を開いて以降、徐々に上2人の仲もよくなっていったという話を聞いた。」
シューが心を開く、というよりは復讐のやる気を失っただけだったのだが、確かに美代子の記憶を取り戻して以降は素直に心の声を口にはしている気がする。
「だから、ヒントが欲しくてな。」
「…つまり、ラッセルとの仲をどうにかしたいってことだ。」
レオンがラッセルと仲良くしたいと思った時点で、もはや解決はしているのではないのかと思ってしまうが、素直ではないのが仲の悪さに拍車をかけている。
「でも、あまり役には立たないと思う。どちらかと言うとオズ兄様の方が仲をとり持とうとしていたし、僕はその逆でもう兄弟なんてどうでもいいと、自分のことだけを考えて口にしていたら、あれよこれよと改善していったので。」
シューの場合は、本当に偶然だったとしか言いようがない。エリオットJr.が合理主義の中に人の感情についても考慮してしていたし、オズワルドは嫉妬で目が眩むことはあっても基本的には共感能力の高い優しいひとであるから、なんとかなったのだから。
「…参考にする。」
レオンは眉間に皺を寄せて、考え込んだ。
例え治安が悪化していても、神殿に殴り込みに来るような愚か者はおらず、現世から隔絶されたような静かな場所で護衛をしても暇そうであった。やがてレオンは、カーティスの問診が気になったようで手を貸し始めた。レオンのことが少し気にしていたシューの肩に乗ったフィリップだったが、数刻も立つとラピッドセラピーを施しはじめていた。
シューは休憩時間になると聖堂へ訪れた。いつも朝と夕に祈りを捧げる場所だ。
アポロンやアルテミスへ祈る場所だが、シューはハデスに願う。せめてディーンやその他犠牲になった人たちが冥府では憎しみに染まらずに、穏やかでいられるように。
一頻り祈ると、レオンは不思議そうに告げた。
「何故そこまで熱心に祈る?」
「レオンは…。」
「レニー。父からはそう呼ばれるから、それでいい。」
「レニー…、そっか。レニーは親族が暴動で亡くなったと聞いたけど、悲しくない?」
「…悲しいか。親族とはいえ、年に一度会うかどうかの人だった。あまり悲しくはない。だが、やはりどこかシコリが残る。原因が病気だったり、戦争だったりとするとまた違ったかもしれない。」
暴徒となった民衆を敵、とは言えない。敵とは魔族で、民衆は騎士たちの守るべきものであるはずだ。貴族たちの傲慢と独占が暴動の原因であったとしても、身内側に殺されたようなものだ。
「ディーンはまだ15、16だったんだよ。それでも、必死に人を治癒している人だった。たかが勘違いで殺されていい人じゃない。」
「それは…、その通りだろう。市民たちだって、ここは大切だろうからな。」
この厳しい冬をぬくぬくとアルビオンで過ごしていたシューよりも余程ディーンはオルレアンで多くの人を助けていたはずだ。
「それくらい、この国には危機が迫っている、のだと思う。市民に寄り添った貴族が殺されるくらいには。」
エリオットSr.・アルバートが、オルレアンを憎んでいなければ、食糧支援はもっと迅速だったかもしねないし、オルレアンがアルビオンに対して柔和な態度だったら、エリオットSr.・アルバートも憎んでいなかったかもしれない。
全ての憎しみが巡り巡って、王都の暴動につながっていたとしたら、決して他人事ではない。
「彼のために泣ける程僕は、彼とは親しくないんだ。ただの神殿繋がりで、また会いたいとか、遊びたいとかそういう人じゃない。なのに、こんなにも悲しい。その発散もできない悲しみを紛らわせるにはこれしか、分からない。」
すると、レオンはシューの横で手を合わせた。
「…レニー?」
「それならば、俺も祈ろう。」
そう言って熱心に祈るレオンはきっとラッセルの言う卑怯者ではない。アルビオンとオルレアンのように、意地と見栄でこうなってしまっているのだ。
「ラッセルはレニーのことを卑怯だって言っていた。ラッセルに作ったオルゴールの貯金箱も、動く絵巻物も、アイデアを盗んだ、と。」
「盗んだつもりはない。アイツがアイデアはいい癖に、詰めが甘い。失敗して壊して不貞腐れていたから作り直しただけだ。何かを行動に移すたびに何かをやらかす。その度に尻拭いをしてきた。それと同じだ。先日のスライム狩りの時はニクラスとマリアンがいたから、何も起きなかったが、前に死んだと思ったらまだ生きていたスライムの酸を食らって痛い目にあっていた。」
「最後の方は分からないけど、アイデアは盗んでないと伝えた方がいいかも。それに関しては随分気にしているようだった。僕は、2人が欠けた部分をそれぞれが補っているように見える。」
「…それはそうかもしれない。」
「辺境伯の座は一つだけだから、すごく難しいかもしれないけどさ。」
どちらか妥協しなければならない。しかし、現状ラッセルもレオンもきっと妥協することできない。妥協することを納得できるようなきっかけがない。
「ああ。」
困ったなとレオンは頭を悩ませた。
シューは手紙を書いた。
宛先はオズワルドで、もしエリオットJr.と同じ地位(公爵継承権第1位)にいてどちらか1人にしか与えられなかったとしたらどうするかと言う質問だった。長ったらしい挨拶を飛ばして、質問だけを書いた手紙をオズワルドは笑った。
初めての弟からの手紙にオズワルドはその手紙を持って、ウィリアムの寮の部屋を訪れた。
「で、リアムはどう思う?」
「俺か?分からない。兄弟がいないから。オズはどうなんだ。」
「俺?あんな化け物見たら、競う気なんて無くなるよ。とはいえ同い年だったら、憎かったかもしれないね。もしくは弟だったら、シューにやったようにきっと当たり散らかしてたよ。」
でも、それはきっとシューが望む回答にはならないと、オズワルドは目の前の鉄仮面を見た。
「もしリオ兄様じゃなくて、リアムが兄弟だったら何がなんでも公爵の座は譲らなかったかな。」
「頼りない、か?」
「うーん、というより誠実すぎるっていうか、素直っていうか。悪い平民の商人にいいように扱われて借金地獄…なーんてね。伯爵でもちょっと不安なのに、あのアルビオンはねぇ。ジョン・アルバートの二の舞だね。」
ウィリアムはジョン・アルバートのことをよく知らない。アルビオン系貴族は、あまり彼のことを話そうとはしないことや、ウィリアムが情報戦に関しては弱いからだ。
「厳しい顔をしているね。」
「ああ、……得意じゃない。」
何人もの女性を落としてきた蠱惑的な顔でオズワルドは微笑んだ。
「はは、じゃあ、アルバートの臣下に下る?」
ウィリアムにはその微笑みの真意を掴むことができなかった。
「ジョークか?」
「君がそう望むなら、ジョークだよ。」
オズワルドは、クスリと笑って水の入ったグラスを眺める。グラスを眺める彼の瞳はどことなく寂しげに笑っていた。
「リアムの素直さや誠実なところは俺の大好きな長所だよ。ただ、貴族って狡猾で卑怯なものばかりだから。」
ウィリアムの父、ルイス・ジョーンズは良い意味で雑だったが、ウィリアムはそれよりももっと繊細で誠実だから、オズワルドも気にしてしまう。
「ああ。」
「…その点ではカルヴィン辺境伯の双子はどちらでも向いているかも。譲ってやった方がゼーったい楽なのに。」
グラスを置いて、オズワルドは勝手にベットにダイブした。
「あー、卒業したくなーーーい。」
「まだ2年生だ。」
「…将来って怖。」
オズワルドのシューへの返事は簡単なものになった。
「俺は絶対に領主にはなりたくない。リオ兄様には確実に長く生きてもらいたい。」
マクシムがシューにそれを届けたとき、苦笑いしていた。勿論読んだシューもだ。
「僕とオズ兄様ってやっぱりそっくり。」
【似たようなことをシューは言っていたな。】
「ご兄弟ですね。」
侍従たちがそう言っているのを、レオンはううんと考え込んだ。
「公爵になりたくない、か。」
「これだからお気楽な次男って言われたりするんだよね。」
総理大臣、大統領、王様、何故皆目指すのだろう。シューにはさっぱり分からないから、オズワルドの気持ちの方がよくわかる。
「オズワルド様には公爵というのは価値のない物なのだな。」
「オズ兄様は人を支える方が得意ですからね。」
だから、女性にもモテるのかもしれない。
「支える、か。」
レオンはやはり考え込んだ。
翌日、レオンを連れてタウンハウスに戻った。
「エル兄様。」
仕事に出る直前の兄を止めることができた。
「退団されるようですね。」
「ああ、お父様から再度の魔族侵攻に備えてほしいと。」
「オルレアンでお兄様が殺されたらとんでもないですもんね。魔石を作ってきたので差し上げます。」
「ん?」
シューはイールゥイから貰ったプレゼントに自身の魔法を込めたのだ。シューは魔石職人ではないので、成功しているかは分からない。
「お守りです。」
「そうか。受け取っておこう。」
懐のポケットにエリオットJr.はしまった。
「…一つだけ質問なのですが、お兄様は次期アルビオン領主であることは辛いですか?」
急に何を言い出すのかと驚いたようだが、彼は首を振った。
「全く。それが俺の生き甲斐だからな。」
兄はそれだけか?と確認すると、さっさと仕事へと向かってしまった。
「レニー、様々だね。」
「あ、ああ。考え方は様々だな。しかし、アルビオン伯爵とオズワルド様の考えが見事にバランスを取っている。」
「仲が良くなる前と後で2人とも根幹の考え方は別に変わってないから、こればかりは良いアドバイスにもならないなぁ。」
「いや。こんなように話が聞けて嬉しい。」
少しでもレオンとラッセルが仲良くなればいい。
侍女長クラリスがお茶に誘ったがシューは断って神殿に戻った。