Prolog
静かな空間にページをめくる音だけが広がる。先程から私は開いた教科書のページを進めては戻すを何度も繰り返している。
友達の放課後の誘いを断ってわざわざ図書室の自習スペースに来たというのに勉強の方は一向に進んでいなかった。勉強よりも頭の中を圧迫する考え事があったからだ。
私は今、気になる人がいる
今日も授業中気付いたら彼の方を見ていた。彼の席は私の席から四つ離れた横にある。その時の彼は授業に集中していたのか真剣な眼差しで机に向かっていた。席も遠いし集中しているようなので私が見ていることには気付いてないだろう。
なぜこんなにも気になるかは自分でも判らない。いや、判っているが恥ずかしいから自分では気付いてないふりをしているだけなのかもしれない。
この気持ちを整理するために勉強するふりしてここに来ている。だから決着を付けなければ。
私は彼のことが好きなんだ。
こんな私を客観的に見たら少女漫画に出てくるような恋する乙女だ。自分を恋する乙女呼びしてしまった事と、ごまかしていた気持ちをはっきりとさせてしまった事で顔が真っ赤になっていくのが鏡を見なくてもわかった。恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。丁度開いている窓から涼しい風が入ってきたおかげで少し落ち着いた。
自分の気持ちに向き合ったら今度は別の悩みが出てきた。私はこの気持をどうすれば良いのだろうか。誰かに相談する?恥ずかしくてとても出来ない。彼にこの気持ちを伝える?多分恥ずかしさのあまり体中の水分が沸騰して蒸発してしまうだろう。
もしここが図書室でなく自分の部屋だったら頭を抱えながら動き回りたい気分だった。
その時、図書室の入り口の扉が開く音がした。何気なく視線をそちらに移すと・・・彼がいた
驚きのあまり一瞬カラダが固まってしまった。そして彼がこっちを向きそうだったのですばやく視線を落として勉強しているフリをした。
私の脳内は大パニックを起こしていた。丁度考えてた時に何故?どうして?勉強するため?漫画でも読みに?このタイミング?どうして?どうして?心臓も慌てて動いてる
彼にばれないように顔を下に向けたままこっそり視線を戻すと彼はいなくなっていた。
「あれ?誰か友達でも探してたのかな?」
そう思いながらホッとした。と同時に心のどこかではがっかりしている自分もいた。
「がっかりしているが声かけるにも遠いしそもそもそんなに会話したこと無いし」
などと自分に言い訳していたらまた彼が入ってきた。せっかく落ち着いた心臓が瞬く間にフルスロットルで動き始めた。
「彼は私をからかっているのか!」
などとありえない事を考えながら必死で勉強するフリを続けた。そうすると足音がこちらに近づいている。彼も勉強するのだろうか。もしそうで自習スペースに来たなら挨拶ぐらいはした方が良いだろうかと考えてると
「あの・・・片瀬さん」
と彼が私に声をかけてきた
声をかけてくるなど全く考えていなかったので驚きのあまりすぐに返事が出来ず変な間が出来てしまった。これではまずいと思い平然を装って顔を上げて彼の顔を見ながら
「ん?どうしたの?」と答えた。これ精一杯だった。
すると彼は私に話したいことがあるらしく一緒に図書室を出て廊下に出た。
私達は少しひんやりした廊下で向かい合った。
彼は落ち着きがなく先程から後頭部をよく掻いている。
緊張が三半規管を麻痺させたのか自分がちゃんと立っているのかさえわからなくなっていた。このシチュエーション、そしてさっきまで私が考えていたこと。それらを足すとどうしても意識してしまう、考えてしまう。考えすぎだよと自分に言い聞かせても焼け石に水でやっぱり意識してしまう。私は顔が赤くなってないことを祈りながら必死に立っていた。
頭が熱暴走を起こしそうになった時彼の口が開いて私にこう言った。
「片瀬さん、好きです。僕と付き合ってください」