プロローグ
心臓が激しく動く。浮足立つという言葉を身をもって経験している。地面と足の裏が接着している気がしない。三半規管がおかしくなってしまった気分だ。教室ひとつ分歩くごとに頭の中では漫画でよく見るような二人の自分が
「やっぱりやめようぜ」
「もうここまで来たんだからさいごまでやりきろうぜ」
と言い争ってる。その都度歩く速度が遅くなったり早くなったりで周りから見たら変なヤツに見られているかもしれない。しかし他人の視線を気にしている場合じゃないのだ。
僕は今日、告白する。
図書室の位置は自分の教室から二階分下に降りた上に真反対にあるので遠い。用事があって行く時はその遠さに不満を漏らしていたものだが今日に限っては覚悟を決めるためのいい距離だ。
図書館に入る。テストシーズンでも無いので生徒は数える程しかいない。自習スペースを覗くと、居た。教室で友達と会話していた通り彼女は一人机に向かってノートや教科書を並べている。彼女を見つけた瞬間さっきまでの心臓の動きは普段どおりだったのでは無いかと疑いたくなるくらい激しく動き出した。妙に喉が乾いている。一度図書室から出て大きく深呼吸をして、顔を軽く叩く。緊張のせいか熱くなってる顔と反比例して手はとても冷たかった。
もう一度図書室に入り直し自習スペースにいる彼女の元へ向かう。彼女は教科書を真剣な眼差しで見ているのでこちらに気付いていないようだ。
机を挟んで彼女の前に立ち、声をかける
「あの・・・片瀬さん」
ほんの少しだけ間があり、彼女が顔を上げた。僕の眼を見つめて
「ん?どうしたの?」と訊いてきた
なんとも言えない柔らかく暖かい彼女の声で僕の三半規管が完璧にいかれた。重力から開放されたように体中がふわふわする。しかしここで倒れてしまったら全て台無しだ。僕は乾ききった口で振り絞るように伝えた
「話したいことがあるからちょっと良いかな?」
ここまでくれば察してそうだが、彼女は表情を変えずに僕に付いて廊下まで来てくれた。
対面した彼女はスカートの端をいじっている。表情は見えるはずなのに見えない。緊張が極限まで達していて視界がぼやけているようだった。
僕は今まで生きてきた一六年間で一番の勇気を振りしぼって彼女に話した
「片瀬さん、好きです。僕と付き合ってください」