2.香山譲
結婚することを決めたのは本当に突然で、自分でも驚きとなぜか納得の半分ずつだ。
いつものように事務所でメンバースタッフ全員参加の会議を行っていて、次の撮影地は海外にしよう、航空企業のイメージキャラのオファーついでで。いや、オリンピックのこと考えて日本素晴らしいとかその方向性のほうがいいんじゃない時代は戦国とかで。じゃあ戦乱で果たせなかった恋とか?現代で再会?
なんてまとまりのないコンセプトが流れていき僕の隣で飽きてLINEしてたハリー(もちろん芸名)からこれ帰れなかった場合の泊めてくれる子探すべきかなとかいうなぜ僕に聞くのかわからないメッセージに答える代わりに頭を軽く小突いた時だった。
頭の中に、女の子の容姿が詳細に浮かんだ。長いストレートの黒髪。大きい目。体系は普通。小学生向けファッション誌で中堅人気の読者モデルになりそう。つまり普通だが普通よりかわいい。僕には誰よりも特別な存在だと一瞬で頭も体も理解した。
容姿だけでなくその子の名前生年月日そしていまその子がどこにいるかも一瞬で浮かんだのだからおかしいことなのだと気が付くべきだったのだがその日の僕は何の疑問も持たずただその子に会いたい。迎えにいかなくてはいけないとそれだけが心に浮かんできた。
とにかく動かなくてはいけないと机をけるように立ち上がった。
普段の僕はみんなのやさしいお兄さんというファンからのイメージをスタッフやメンバーの前でも守っている(それが元々の性格で変える必要ないからね)。そんな僕が無言で会議中に立ち上がるなんて今までないのでスタッフメンバー皆大いに驚き慌てだした。
マネ「譲。確かにMVの中で集団で殴られるシーンはやりすぎだよな!社長、だから言ってるんですよ!この間もMVが過激だってワイドショーで批判されたでしょいいかげん情報番組で流してくれなくなりますよ!」
社長「ただへらへら踊ってるだけじゃなくて社会性メッセージがあると思わせるのがファンの求めるものだろ。この間のMVの車上荒らしからの警官に捕まって殴られてパトカーに押し付けられたところエッチだって評判だぞ!」
マネ「どんな意見ですか意味が分かりません!!!」
マネと社長の言い合いも耳に入らず退室しようとする僕に社長が追いすがる。
社長「いや俺が悪かった次回はもっとお前をいいポジションに…」
僕「結婚します」
マネ・社長「は?」
社長「・・・・おお!譲もやっとメンバーとのいちゃつきを考えてくれるようになったのか!今人気なのはお前を取り合うハリーとGで・・・」
マネ「社長そんなわけないでしょ!!何?映画で共演したアイドル?今やってるバラエティの一緒に司会してる女子アナ?・・まさかCMで共演した母親役の女優じゃないよな!!お前のこと生める年齢だぞあの人・・・!!!」
全部違いますとだけ答えて何とか会議室から脱出した。エレベーターで震えるスマホを見たら「とびお」から「明日7時の収録までには戻ってきてねん」というのんびりとしたメッセージが入っていた(とびおはGの本名だ)
事務所を出てすぐにタクシーを捕まえ駅に急ぐ。このままタクシーでも彼女のもとへ行けるお金はあるが、急に長距離運転を引き受けてくれるタクシーは難しいので公共交通機関を使うことにする。
もう終電の時間だが深夜高速バスはいっぱいあるし平日で連休やイベント事も重なっていない。窓口でプライバシーを守れそうな席を購入しバスに乗り込みしばらくしてそのまま眠りについた。
夢の中で彼女に会える気がした。なんとなくだけれど。