自覚
土方となつの言い合いが一息つくと、なつは疲れたと言い、部屋から出て行った。
「あいついつの間にあんな口が達者になったんだよ。腹立つ…。」
土方はイライラしっぱなしである。
「あ、そうだ。俺は考えてたんだが、なつをこのまま女中に留めておくのはもったいないと思 うんだ。」
土方がいきなり、妙な話を持ってきた。近藤と山南は怪訝な表情を浮かべる。
「どういうことだ??」
「平助との試合、見たろ?あいつ、俺らが江戸にいた頃より遥かに強くなってる。言葉は悪い があの力を利用しないのは勿体ねぇ。」
「なつを隊士にするつもりか?!」
「隊士にはしないさ。女人禁制だからな。でも表に出さなきゃ良いんだ。」
近藤はしばし考え、土方の言いたい事を予想した。
「表向きは女中…ってことか…」
「流石だな、俺の考えてる事をよく分かってる。なつには密偵として店に出て貰ったりできる んじゃねぇか?あの強さなら己の身も護れる。」
土方は言い切った。
今まで黙っていた山南が口を開いた。
「ちょっと良いだろうか?なっちゃんに密偵になってもらうということは、遊女になってもら うという事だろう?確かに妙案だ。女になら口も開きやすい。しかしそれを沖田くんが納得 するだろうか…」
総司となつは、誰がどう見てもお互い想い合っている。それに気付いていないのは当の本人だけなのだ。
「あいつには俺が言う。………………っていうかあいつらはなんであんなに面倒なんだよ!」
またしても土方のイライラに火をつけてしまった。
「総司も総司だ!俺があいつの年の頃にはもうかなりの女抱いてたぞ?!」
土方の話はかなり脱線し始めた。
「…お前と総司を一緒にするな…」
近藤は溜め息交じりの声で、幼馴染みの発言を一掃した。
土方が自室へ戻ると、覇気の無い顔の総司が土方の布団で寝ていた。
「遅かったですね…………ハァーーー……」
深い溜め息をついた総司。
「なんだよ、その溜め息は。辛気臭い顔しやがって。」
「……土方さんには私の気持ち分りませんよ…。」
総司はなげやりに言った。
「あぁ分かんねぇなぁ。好きな女が追い掛けてきたにも関わらず、顔も見ない目も合わせな い、毎日毎日溜め息ばっかりついてるお前の気持ち、これっぽっちも分らねぇよ。分かりた くもねぇ。」
土方は早口に捲くし立てながら言った。その迫力に圧倒されぎみの総司。
「…そんな言い方しなくたって…それに何ですか?好きな女って。そりゃなつは好きか嫌いか で言ったら好きですけど、私にはそれ以上の気持ちはありませんよ。」
そういう総司を呆れた表情で見る土方。
「………っっ…何ですか…」
「…………餓鬼……」
一言呟いた土方。言葉の出ない総司。
「……お前には本当の事を言う。俺はなつに惚れてる。」
「……え…?」
土方は勝負に出た。総司に嫉妬させるという勝負に。もちろん、なつに惚れているというのは方便だ。
「お前がなつを女として見ていないんなら、俺は遠慮なくなつを貰う。今までお前に遠慮して いたが、もう遠慮しねぇぞ?良いんだな?」
総司の頭の中に、土方と仲良く肩を並べたなつの姿が浮かんだ。
……嫌だ…なつの隣は…私だけのものだ………
「お前のその感情、なんていうか知ってるか?」
「感情…?」
「あぁ…『嫉妬』っていうんだよ。俺がなつと仲良くしているの想像しただけで嫌になっただ ろう?見たくないって思っただろう?」
「…はい。」
「…それを嫉妬っていうんだよ。」
総司には困惑の表情が浮かんだ。
「………でも嫉妬なんてまるで私がなつを好きみたいじゃないですか。」
土方は力が抜けてしまった。どこまで鈍感なんだ。
「お前は馬鹿か!嫉妬するってことは相手を好きだって証拠だ!」
もう土方は手に負えないといったように言い放った。
そうだったのか……私はなつの事が好きだったんだ………。
ようやくなつへの想いに気付いた総司。好きだと思い始めると、気持ちは大きくなる一方だった。