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負の螺旋

 河合の切腹から数日が経ち、屯所の中もようやく日常を取り戻して来た頃だった。総司はずっと胸の内にあったことを話そうと土方の部屋に来ていた。

「…何故、谷さんにやらせたのです…私なら痛みなど気付かずにやることが出来た…。ねぇ土方さん!」

「組長なんだから介錯ぐらい出来て当然だと思ってたんだよ。」

 土方は過ぎた事などどうでも良いように、総司の怒りにも平然と答えた。それに腹を立てた総司。鈍い重たい音が響いた。

「…っ…って……」

 総司は土方を殴っていた。何を言う訳でも無い。ただ土方を睨んで、出て行った。そこへなつが土方にお茶を持って来た。部屋を覗くと口端から血を流した土方の姿。

「土方さん?!どうしたの?!」

 慌てて土方の口元の血を手ぬぐいで拭った。

「お前の旦那にやられたんだよ…」

 旦那という言葉に赤面するなつ。その恥じらう表情が愛しくなってしまった。土方はなつを抱き締めた。

「…え…ちょっと…土方さん…?」

「すまん…総司だけじゃねぇよ。悔やんでんのは…」

 何の意味かは分からない。しかし土方の腕からすり抜けることはせず、土方から離れるのを待っていた。土方の声が鬼の声ではなかった。ただ一人の人間の声に聞こえた。

 そっと土方の背中に手を回し、なつも同じように抱き締めた。

「………俺が…河合を殺した…」

 土方はなつの耳元で呟いた。

「俺が…あんな事言わなけりゃ良かったんだ。」

 土方の体が小刻みに震えている。鬼が泣いている。なつはそう感じた。

「鬼の副長はいつまでも鬼じゃないと駄目なんじゃないですか?規律を護らせる、それが土方さんの役目でしょう?」

 明るく言うなつに土方はただなつの肩にあごを乗せていた。

「私は鬼を演じる土方さん、嫌いじゃないなぁ。」

 あえて『演じる』という言葉を使った。本来の土方の姿は、今、見せている姿なのだとなつは感じた。嫌われ役をかって出て、辛い思いもしてきたのだろう。その緊張の糸が切れてしまった瞬間が、今ここにある。

 なつは土方が鬼に戻るまでずっと土方を抱き締めていた。


「…悪かった……。」

 落ち着いた土方の目は元の鬼の目に戻っている。そして弱い部分を見せてしまったという恥じらいからか、なつに背を向け、いつもの声で言った。

「総司の様子がおかしい。何か聞いてるか?」

「最近、まともに話してもいないかも…」

 土方に対して明らかな苛立ちを見せた総司。総司は理由もなく人を殴ったりしない。土方の唇の端の傷を総司がつけたのなら、何かしら理由があるはずだ。なつは総司の元へ急いだ。

 総司は裏庭で一人、稽古をしていた。こういう時、迂闊に声をかけると怒られる事がある。ましてや苛立っているとき、いくらなつとはいえ竹刀が飛んで来てもおかしくない。なつは総司に気付いてもらえそうな所まで移動し、稽古風景を見ていた。


   総司…痩せたな…


 総司を見て、なつはそう思った。以前にも増して顎の輪郭が際立っている。しかしそれが美しくもあり、なつは総司に見とれてしまっていた。

「…どうしたの?何、ボーッとしてんの?」

 なつの視線に気付いた総司。しかしなつは総司が気付いた事にも気付かない程、総司に見とれていたのだ。

「総司に…見とれてた…。」

 おもわず本当の心の声が出てしまった。お互い、顔を赤らめ沈黙の時間が続いた。

「総司…土方さんと何があったの…?」

ようやく紡ぎだした言葉に総司は一呼吸おいて話し始めた。

「谷さんが介錯するのに納得出来なかったんだ。それを土方さんは『隊長なら介錯ぐらい出来て当然だと思った』って言った。河合が不憫でならない…」

 河合の断末魔のような叫び声は、なつの耳にも届いていた。後から聞いた話では、谷が介錯をしくじったと…

 でもなつはどうも納得がいかなかった。確かにさっきの土方は人が変わったようであった。でもそれだけの事で殴るまでするだろうか?他に何か胸の中に抱えているのではないだろうか。しかし総司はそれを聞くなという空気を出していた。総司は時に冷たい空気に包まれる。孤独を感じているような、見えない何かと闘っているような。

「ねぇ総司…痩せたんじゃない?最近、寝る間もないくらい働き詰めだし…」

 総司の身体は労咳に侵されている。あんなに働くのは命を削る事。でも、剣士としての総司を応援する以上、反対は出来ない。

「もっと働いて近藤さんや土方さんの役に立ちたいんだ。」

 総司の言葉には強い意志が感じられた。たとえなつだろうとここに割り込む事は出来ない。何もできない自分に腹が立ってしまった。

「………でも今日は……なつの部屋で寝るよ…」

 総司はそう呟き、また稽古へ戻って行った。


 なつはその夜、急いで片付けを終わらせた。少しでも総司との時間を大切にしたい。なつが部屋へ戻ると、総司は既に部屋で寝ていた。普段、あまり寝ていないためか、横になればすぐに寝られるのだろう。ちょっと残念な気持ちもありながら、総司の温もりを感じながら寝られるのは幸せだと思う。

 なつは横を向いている総司の背中にぴったりと体をくっつける。すると総司はなつの方を向いて二人は抱き合う形となった。

「総司、寝てるのかと思ってた。」

「久しぶりなんだから寝ちゃったらもったいないよ。」

 こんなことをしていると、総司が本当に労咳なのか疑問になってくる。この時間はいつまでも続かないのは分かっている。でも時間が止まって欲しい。そう思う二人なのであった。



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