協和と悪戯
「総司っ!」
なつは総司の部屋へ飛び込み、総司に抱き着いた。
「…なつ……」
「何を隠してるの…?お願い、教えて。」
総司の耳元で囁いた。
「何も…隠してないよ…?」
「嘘…土方さんは知ってる事があるでしょ?何を言われても大丈夫。覚悟は出来てる…」
総司はなつを抱き締めながら言った。
「しばらくこうしてて…」
総司はそれきり黙ってしまった。でもなつは何も言わない。言われた通り、総司の鼓動の音を聞いていた。
どれくらいそうしていただろう。総司はようやく心を決め、深呼吸をした。
「なつ、正直に言う。だから、私が喋り終わるまで何も言わないで…。」
なつはコクリと頷いた。総司はなつと体を離し、二人は向き合うように座った。
「私は労咳だ。」
総司は顔色も変えずに言った。
「私は池田屋で血を吐いた。それを知っているのは土方さんだけなんだ。医者に言わすと、労咳は安静に暮らしていたら天寿を全うする事が出来るらしい。」
なつは総司から発せられる言葉のひとつひとつを噛み締めるように聞いている。
「でも私は…剣の道を棄ててまで天寿を全うしたくない。私は一生、剣士でいたいんだ。」
総司の目は真剣だった。
「もし次に血を吐いたら、まずいらしい。私はいつまで生きられるか分からない。多分…なつより早く逝ってしまう。」
なつは気付いた。自分が池田屋事件の後に言った言葉が総司を悩ませていた、という事を。
「だから、なつと離れようと思ったんだ。私といたら余計になつが悲しむ事になる。なつの悲しむ顔を見たくない……―――」
総司の顔が歪んだ。
「…でも…私が嫌なんだ。なつが私の傍からいなくなる事が。他の男の所へ行った方が幸せになれるのは分かっているのに……。」
総司の目から涙が零れた。
「私は我が儘だな…なつの幸せを願っているのになつを幸せの元に送り出せない。」
総司の言葉は止まった。次から次に流れる涙には悔しさが溢れていた。愛する女を幸せに出来ない悔しさが。
「総司…間違ってるよ…?」
なつは総司に語りかけるように優しく言う。
「あたしが総司じゃない人の所へ行って幸せになれると思う?」
総司は俯いたままだった。
「総司が労咳だから他の人に乗り換える?冗談はやめて。あたしは体の丈夫な人が好きなんじゃない。総司が好きなの。総司が労咳だから何?それは別れの理由にならないよ…」
なつは優しい笑みを浮かべていた。
「総司は新選組一番組長。常に命懸けの生活をしている。それくらいの覚悟は出来てるよ…」
総司はなつの言った言葉の意味を理解した。いつ命を落としてもおかしくない新選組。総司の死が明日であったとしても、なつなら受け入れてくれるだろう。
なつを置いて先に逝ってしまっても、なつなら大丈夫だ。
「…ごめん……」
総司は一言呟き、なつを抱き締めた。
『ごめん』
その一言でなつには伝わった。なつを理解してなかった事別れを考えてしまった事先に逝ってしまう事…
それでも良い。総司の命が続く限り、あたしは総司の傍にいる。
その日、お互いの存在を確かめ合うかのように、身体を重ねた。
先日、別れの危機を脱したなつと総司。これは土方が気を使ってくれたから。二人は朝から土方の部屋へ向かっていた。
「こんな朝、早くに土方さん起きてないけど良いの?」
「良いの良いの!」
総司の目はまるで悪戯をする前の子供のようにキラキラしていた。なつはこの目をよく見た事がある。試衛館にいる頃、二人でよく悪戯をしていた。あの時と全く変わらない目。なつはそれが嬉しくなった。
土方の部屋へこっそりと忍び込む。案の定、土方はぐっすりと寝ていた。総司の手には一本の筆。総司は手慣れているかのようにサラサラと書いていく。書かれている場所は…土方の……顔………。
『七草も 五つまでは 覚えけり』
「土方さん、五つまでは出てくるのにあと二つが出てこないんだ。悩んでる姿見てみたい。」「何が出てこないんだろ。ホトケノザとかかな?!」
実に楽しそうな二人。二人はこれを書き終えると怪しい笑みを残して出て行った。
土方は自分の顔に自分の作った句が書かれているなんて…夢にも思わないだろう。
「副長!おはようござ…い…ます…」
平隊士が土方に挨拶をしていくが、どうも様子がおかしい。が、特に気にしていなかった。いつも土方の姿を見付けると、あまり近寄らないようにしている平隊士達。
そこへ永倉が通りかかった。
「副長、おはよ…う…ござ……プッ…」
土方の顔を見て、笑いながら去って行った。
なんだよ、失礼な奴だな。
そこへ斎藤が…
「副長、おはようございます。昨日の不逞浪士です…が………何でもない…また後ほど……」
今にも笑いそうな顔をした斎藤があっという間に去って行った。
どいつもこいつもいったい何なんだ!あ〜腹が立つ!!
隊士達の人を馬鹿にしたような態度に土方のイライラは募っていった。そこへ必ず貧乏くじを引く男が………藤堂平助、彼が土方の前を通りかかった。
「副長、おはようござ…いま…す………プッ…」
ブチンッ!という音が確かに聞こえた。
「どいつもこいつも人の顔見て笑いやがってぇぇぇーーー!!!!いったい何なんだ?!え?!」
平助の胸倉を掴んで前後に力いっぱい揺らしている。平助は既に気を失いかけていた。土方の怒号を聞きつけて近藤がやってきた。
「歳!離せ!平助が…平助が……」
土方の顔を見て、近藤の動きが止まる。
「…歳……顔洗った方が良いぞ……クックックッ…」
必死に笑いを堪える近藤。気を失った平助はその場に放置されたままだった。
近藤にはその悪戯の犯人が分かっていた。土方に恐れも無くこんな事を出来るのは二人しかいない。
総司、なつ。お前達も相変わらずだな。
土方は井戸へ来ていた。
顔を洗えってどういう意味だよ…
そう思いながら桶の水に映る自分の顔を見た。映った顔にはおでこと両頬に文字が書かれていた。字が反転して読みにくく、理解するまでに少し時間がかかったが、そこに書かれているのは間違いなく自分の作った句。土方は体の奥底から込み上げてくる怒りに体の震えが止まらなかった。
そこへまたもや運悪く登場したのは平助。気を失っていたが、しばらくして気がつき、ボーっとするので顔を洗いに来たという訳である。井戸の傍から放たれる強烈な殺気。戻りたくても足がすくんで動けなくなってしまった。
わなわなと体を震わせる土方。バシャバシャと顔を洗ったかと思うと、地を這うような呻き声が聞こえてきた。
「う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛…総司…なつ………てめぇらぜってぇ許せねぇぇぇーー!!!!!!!」
土方の怒りの声は広い屯所に響き渡り、皆を恐怖に陥れたのだった。