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ひと騒動

なつは着替えもそこそこに屯所へ急いだ。西本願寺の屯所は島原から程近い。籠を呼ばずとも走って帰った方が早いのだ。

 息を切らしながら屯所へ帰って来た。止まる事もせず、局長室へ急いだ。

「「「?!?!」」」

 疾風の如く永倉、左乃助、平助の横を通り過ぎたのは、格好は町娘、化粧は遊女という何とも不思議な姿をしたなつなのであった。

「な…何だ…?今の…」

「…なつ…だよな……」

「私のなつちゃんが…」

「「いや…お前のじゃないだろ…」」

 二人に突っ込まれる平助であった。


 破壊音にも似た音が近藤の鼓膜を揺らし、それに加えて現れたなつの姿に近藤は口を開けて動きを止めた。肩で息をし、鬼のような形相で近藤を捉えるなつの眼差し。まるで蛇に睨まれた蛙状態であった。

「お…お帰り……」

「土方さんと…伊東さんを…」

 普段ならなつが土方らを呼びに行くところ、今回ばかりは局長自ら行くのであった。

「あの…歳…なつが…」

「おぉ。帰って来たか。早かったな。」

「あん…心の準備をしておけ…」

「何言ってんだよ。そんな驚く内容じゃねぇだろ。」

「…いや…じゃなくてなつにだ…」

 訳の分からないといった様子で土方は笑った。しかしなつを見た瞬間、近藤を笑った事を後悔したのだった…


「「「…………」」」

息こそ戻っているものの姿はまだ町娘に遊女。おまけに走って来たためか、髪や着物が乱れている。直視は出来ず、視線を反らしたまま固まる三人であった。

「坂本が現れました。」

「お…おう……」

 普段、物事に動じない土方すら、どもってしまう。

「よく分からない男で訳の分からない事を言っていました。南蛮で言うとこのびじ…びじ……」

「「びじ?」」

「ビジネス」

「それです!びじねすをするって言ってました!」

 博学の伊東。なつの意味不明な言葉にも理解したようだ。

「取引です。他に何か言ってませんでしたか?」

「坂本は桂の所へ、もう一人仲間の中岡慎太郎という男が、吉之助っていう人の所へ行くって言ってました。坂本は桂の所へ行った後に向かうと…」

「吉之助…薩摩の西郷さんだ…」

 近藤は面識があるようだ。

「なんでそんな奴のとこに…」

「おそらく坂本は、長州と薩摩を繋げようとしているのでしょう。」

「びじねすをするというのはどういう意味ですか?」

「確信は持てませんが…お互いに無い物を補い合うといった所でしょうか。」

 伊東は顎をさすりながら話し始めた。

「風の噂で薩摩は飢饉だと聞きました。米が無いと…。しかし、先日の薩英戦争で、薩摩はエゲレスとの仲を深め、武器を輸入していると聞きます。」

 さすが伊東である。なつにも分かりやすいように話してくれている。

「長州は高杉晋作らが反乱を起こしたため武器が不足しているとの噂です。もし、薩摩が長州に武器を渡し、長州が薩摩に米を渡すとなれば…」

「両藩が手を結ぶという可能性があるという事ですか?」

「その通りです。」

 信じられない。誰もがそう思っていた。

「薩摩と長州はどちらも外国と戦をして負けている。となると攘夷ではなく、開国派となるか?」

「おそらく。そして(マツリゴト)の実権を狙っている。そうなると邪魔になるのは会津藩と幕府。倒幕を考えるでしょう。」

 共に助け合ってきた薩摩が敵になるのだ。これは大戦になるかもしれない。皆の中に様々な不安が取り巻いていた。


   これから日本はどうなるのだ……―――


「…とりあえずなつ、ご苦労だった。」

「いえ…」

「…それから……」

「はい…?」

「風呂に入れ…その格好を何とかしてこい。」

 なつはようやく自分の姿に気付いた。無我夢中でやっていた時は気が付かなかったが、確かにとんでもない格好をしている。なつは慌てて風呂へ駆け込むのであった。


なつは大慌てで風呂に入っていた。よく考えれば遊女の化粧のまま屯所へ帰って来るなんてやってはいけない事だった。なつが密偵をしているのを知っているのは幹部とおそのとおまさだけなのだ。平隊士には、なつが島原へ行っている間は親戚の所へ行っている事になっている。見つからなかったから良かったものの、ばれていたら大変な事になっていた。

 こんな失態をするといつもなら土方が怒るはずだが、今日はそんな余裕も無い程、なつの雰囲気が強烈だったのかもしれない。風呂の中で反省しながら化粧を落としていた。


 なつが帰って来ている事も知らずに、風呂へやってきた男が一人。着物が置いてあるにも関わらず、考え事をしているためか気付かない。脱衣場と風呂の間の戸を開けた。目に映ったのは、桶から湯を肩にかけている、白く透き通った身体を持つ女の背中。一瞬、時が止まった。

 なつは湯が流れる音で戸の開く音が聞こえなかったのか気付いてない。

 ……が、戸を開けた事で冷たい風がなつの肌に触れた。振り返ると、仁王立ちの男。

「い゛やあぁぁぁぁ!!!!」

 なつの悲鳴が広い屯所に響いた。

悲鳴を聞きつけて、続々と隊士がやって来た。しかし、風呂の前には総司。それも裸なのだ。なつがいる事に気付かず、風呂に入って来たのは総司だった。

 なつが悲鳴をあげたのは湯煙で総司だと分からなかったから。

「皆さん!何でもないですから戻って下さい!」

 裸でそんな事言われても説得力が無い。

「おい、総司、何やってんだよ。」

 左乃助はいやらしい笑みを浮かべながら総司を見る。

「何でもないですから!」

「何でも無くてあの悲鳴はねぇだろ!なつは?!」

 慌てて駆けつけてみればこの姿。土方は呆れながら言った。

「私だと気付かなかったんです!お互い身体は見慣れてますから分かっていたらあんな悲鳴はあげません!」

「//////////////////」

 皆、考えている事は同じだった。平隊士達は様々な妄想をしながら戻って行った。そして、幹部の中にも深手を負った者が一人。彼は永倉と左之助に付き添われて、部屋へ戻っていった。

「…とりあえず総司、風呂に入るなり着物着るなり何とかしろ。風邪引くぞ。」

 総司は風呂へ入る事になり、近藤達が戻ろうとすると………

「なつ?!」

 悪いと思いながら覗くと、湯舟に寄り掛かりぐったりとなったなつの姿があった。外で揉めている間になつはのぼせてしまったようだ。

なつはおそのとおまさに着物を着させてもらい、その後総司が部屋へと運んだ。布団に横たわり、のぼせた身体を総司が団扇であおいでいた。初め、真っ赤だったなつの顔もだんだんと元の色へ戻ってきた。

 総司はなつの頭を撫でながら考え事をしていると、うっすらと目を開けた。なつの目に映ったのはボーッとした表情の総司だった。

「…総司…?」

「…気が付いた?なつがあんな悲鳴あげるから大変だったんだぞ。」

 総司はなつのおでこをコツンとつついた。

「…だって…//////」

 なつは総司の手を握った。しかし、総司はその手を離し、ニコリと笑うとおやすみと言い、部屋を出て行った。


   ………何で………?…総司の態度がおかしい。お願い…離れて行かないで…


 総司も苦しい表情を浮かべていた。大好きで愛しいなつにあんな顔をさせてしまった。


『私を置いて逝かないで…』


 池田屋で言われた言葉が総司の頭からは離れなかった。


   私はなつより先に死ぬ。それならば、悲しみを知らない間に別れた方が良い……


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