新たな旅立ち
結局、総司の部屋の片付けはやらなかった。というより出来なかったのだ。どうしても山南の墓へ行きたくなったというのが理由。今までなつは忙しいからという理由で山南の墓へ行っていなかった。しかし、本当は山南の死を認めてしまうのが嫌で避けていたのかもしれない。
山南の墓は屯所に程近い、光縁寺という寺にある。水と花を持ち、山南の墓に近付くと、先客がいる事に気付いた。
「…近藤さん……」
まるで謝罪しているかのように手を合わせている近藤がそこにいた。
「…なつ……」
きっと近藤も悔やんでいるのだろう。近藤の事だ、山南の様子の変化に気付きながらも何も出来なかった自分を情けなく感じているのかもしれない。
「私はどうしようもない局長だな…仲間の気持ちに耳を傾けないなんて…悔やんでも悔やみきれない…」
落ち込む局長に何と声をかけて良いか分からなかった。普段は風格のある偉大な局長だが、今の近藤はとても小さく感じる。きっと近藤も普段は他の隊士達が不安にならないよう、自分を偽っているのだろう。山南の死は、それほどまでに皆の心に大きな空間を作っていた。
そんな近藤を見ているとなつは、やはり自分が皆を盛り上げないといけないと感じてくる。自分を偽っても構わない。いつかこれが本物の自分になる。
近藤と共に山南の墓の掃除をし、花を生けて来た。近藤は屯所の手前で近藤は立ち止まり、なつに向かって言った。
「なつ、無理をするな…泣きたい時には泣いて良いんだ。泣く事は弱い事じゃない…。俺達には甘えて良いんだ。」
近藤には分かっていた。なつが自分を偽ろうとしていた事を。山南が死んで、ようやく涙を流す事が出来た。心にあいた空間が少しずつ埋められていくような気がした。
いつものように仕事を終わらせ、自室に戻ろうとすると、総司が庭で稽古をしているのが見えた。総司は額に汗を浮かばせ、黙々と剣を振っている。その姿は江戸にいた頃と変わりないように見えた。しかし間違いなく変わっている。総司は人を斬るという経験をした。それは人の人生を終わらせるという事。
普段の総司は今までと全く変わらない。変わらず冗談を言ったり悪戯をしたりする。しかしふとした瞬間、影のある顔をするのをなつは知っている。その度に、胸が締め付けられる思いになるのだ。
「なつ…終わったの?」
なつが立ち尽くしているのに気が付いた。
「…うん。」
「…なつ……私は何のために剣術を学んできたのだろう…」
総司は酷く辛そうな表情を浮かべた。
「仲間を殺すために剣術をやってきた訳ではない…」
「…殺すだなんてっ…山南さんは切腹であって総司が殺した訳では「同じだよ…私が山南さんの命を終わらせたんだ…」
総司にも山南の死は大きな闇を作らせていた。
なつは総司を抱きしめた。今にも崩れ落ちそうな総司。
「山南さんは、総司の介錯を望んだんでしょ?何も悔いる事はない。山南さんの最後の望みを叶えてあげたのが総司なんだよ?誇れる事だと思わない?」
総司はなつを抱きしめ返した。その手は僅かに震えていた。
その夜、なつは総司を一人にさせておけなかった。総司までどこかへ行ってしまう、そんな気がしたのだ。総司の寝ている布団になつも潜り込んだ。
「どうしたの?珍しいね、なつから入ってくるなんて。」
「…今日は…一緒に寝たいの…////」
総司の着物に赤くなった顔を埋めて言った。
「////…そんなかわいい事言ったら…襲っちゃうよ?///」
さっきまでの辛い声とは違い、いつもの悪戯っ子の声に戻っている。
「…………ぃぃょ…」
蚊の羽の音ぐらい小さな声で答えたなつ。しかし総司はそれもしっかりと聞き取っていた。総司はなつの顔を覗き込んだ。
「……本当に…良いの…?////」
顔を赤らめ、頷くなつのその表情と動作は総司の欲求を爆発させた。もう誰も総司を止められない。
総司の唇と舌はどんどん激しさを増す。なつの敏感な所を心得ている総司はそこばかりを狙ってくる。何度も快楽の波に飲み込まれ、休む暇を与えてくれない。総司の息遣いも荒く、時おり聞こえる快感の鳴咽が、またなつを敏感にさせるのだった。
引越当日、西本願寺では部屋の仕切りを作ったりで大変賑やかになっていた。なつは壬生屯所の後片付けを任されている。二年間お世話になった壬生の方のために、隅から隅を大掃除する事にした。
台所を念入りに拭いていると、ご機嫌な二人が入って来た。永倉と左之助である。
「頑張ってるねぇ!手伝おうか?」
「良いですよ〜ここは私が任された所ですから。それよりあっちは落ち着きましたか?」
「あっちはもうほぼ終わりだ。結構良い感じになってきたぜ〜。」
壬生を離れるのは寂しいが、新しい所での生活が楽しみというのもあった。
「そういえばなつ、総司とは夫婦にならねぇのか?」
突拍子もない事を言う左之助になつも大慌てだ。
「な…な、ななな何を言うんですか?!左之助さん!夫婦なんてそんな…」
「別に良いじゃねぇか。誰も反対する奴いねぇだろ。」
「平助が反対するかもな…」
未だ平助はなつを諦めてない模様だ。
「なつの気持ちはどうなんだ?」
「あたしは……総司の傍にいられるなら、夫婦にはこだわりません。総司の傍で生きているだけで幸せなんです。」
二人は思った。夫婦という形式にとらわれなくても、女を幸せに出来る事はあるのだ、と。その後、世間話をしながら…というかなつの邪魔をしながら、引越の一日は過ぎて行った。