鴨との対面
総司と気まずくなってから、食事の時以外顔を合わせることがなくなった。唯一、顔を合わせる食事の時間でさえ、目も合わせない。
お互いが避けているのは、周りの者の目にも明らかだった。
今日は朝から屯所が慌ただしかった。皆がそわそわというか、落ち着きのない者が多かった。
「平助さん、なんか今日、ばたばたしてない?」
特に落ち着きのない平助に尋ねた。
「あ、おなつちゃんまだ知らないんだよね?今日、筆頭局長が帰ってくるんだよ。」
「芹沢さんて人?」
「おなつちゃん、芹沢さんには関わらない方が良いよ。」
平助はそう言い残し、また落ち着きなくうろうろとしに行ってしまった。
(関わらない方が良いと言われても、あたしはここの女中な訳で…洗濯とかやらないといけな いし…)
そこまで言わせる芹沢という男が、なつの興味を掻き立てだした。
芹沢らの到着は昼前だった。なつが昼食準備をしていると、玄関が騒がしくなってきた。
「おおい!芹沢先生のお帰りだ!出迎えは無いのか!!」
新見錦。芹沢の頭脳であり、腰巾着のように芹沢にくっついている男である。
新見の声に慌てて出てきた近藤。
「芹沢先生、お帰りなさい。大坂はいかがでしたか?」
「まぁまぁだな。」
芹沢は近藤に金子の入った巾着を渡した。
「………すみません…」
近藤の表情には悔しさが溢れていた。この金も大坂の商人から脅し取った金だろう。近藤にとって不本意だった。しかしこれがないと生活していけないのも事実。近藤は拳をグッと握りしめた。
「近藤…あの女は誰だ?」
振り向いた先にはこちらの様子をみているなつが立っていた。
「……あの娘は…「お初にお目にかかります、芹沢先生。壬生浪士組のお世話をさせていただ くことになりました、なつと申します。なんなりとお申し付けください。」
近藤の言葉を遮り、なつがはっきりと芹沢に向って話した。
「へぇーー…」
芹沢は舐めるようになつを見つめる。
「お前、なかなか別嬪じゃねぇか。何なら俺の夜の世話でもして貰おうか?」
「………お望みとあらば…。」
なつは芹沢の強い視線に負けまいと、睨みつけるように見返した。
「お前、面白いな。気に入った。」
芹沢はなつの頭をくしゃくしゃとなで、部屋へ入って行った。
なつは近藤の部屋へ呼ばれ、近藤、土方、山南の三人から厳しい視線を向けられていた。
「なつ、お前、自分が言った事の意味、分かってんのか?」
近藤の怒りの声がなつに降り注いだ。
「分かってますよ。でも芹沢さんだって本気で言ったわけじゃないでしょ?」
「お前は芹沢って男を何も分かっちゃいない…」
土方が呆れた声で言った。
「芹沢はそういう男なんだよ。嫌がってる女を無理にでも抱くような男だ。」
「まるで土方さんですね。」
なつの一言で、張り詰めていた空気が一気に解けた。
「…ククク…本当だな、歳…」
近藤は、大笑いしたいところ、必死にこらえている。山南は顔を背けているが肩が小刻みに上下している。
「…んなっ!!!俺は無理矢理抱いたりしねぇ!!!」
「どうだか…」
土方となつの言い合いが始まった。それを笑いを堪えながら傍観している近藤と山南であった。
なつの芹沢への発言はすっかり忘れられたようである。