異体
今日は江戸から新入隊士が来る事になっていた。その人は伊東甲子太郎といい、平助が試衛館に入門する前にいた所の道場主である。その門人を引き連れて、新選組に入隊することになったのだ。
なつは玄関を念入りに掃除していた。そこへとびきり嬉しそうな声が聞こえて来た。
「なつちゃ〜ん!」
未だ未練たらたらの平助である。
「平助さん、お帰りなさい。」
「只今戻りました。紹介します。伊東道場の伊東甲子太郎先生です。」
「ようこそおいでくださいました。新選組の女中をしております、なつと申します。」
深々と伊東一派に頭を下げた。
「藤堂からよく貴女の話は聞いております。なつさん、お噂通りお綺麗な方だ…」
伊東はなつの肩に手を置き、今にも口付けしてしまいそうな距離で言った。
「…っ…伊東先生、皆さん、長い旅でお疲れでしょう。お部屋へご案内します。」
伊東からさっと離れると部屋へ案内した。
「土方さん、私あの人はどうも好きになれないなぁ。」
陰から覗いていた総司は土方にそう嘆いた。
「総司…俺もだ…俺の苦手な頭のきれる奴がまた増えやがった。」
「一人目は山南さんでしょ。」
土方を冷やかすように言う総司。それに土方は、肯定とも否定とも取れる笑みを浮かべた。
「遠い所、ご苦労様でした。伊東先生に加わっていただき、心強い限りです。」
近藤は伊東を局長室に招き入れ、歓迎した。
「伊東先生には参謀をやっていただきたい。」
山南の発言に、土方は目を見開き山南を見た。
「まだ入ってすぐじゃねぇか。新選組の事を大して分かってない奴がそんな大役できるか。」
「そんな事はない。伊東先生は平助から私達の報告を逐一受けているんだ。よく分かってらっしゃる。」
「仕事の話をしてんじゃねぇよ。俺が言いたいのは…――」
「まぁもう良いじゃないか。伊東さん、参謀の役目、受けていただけますか?」
このままでは土方と山南の口論が激化しそうなので、近藤が口を割って入った。
「かしこまりました。参謀のお役目、しっかり努めさせてもらいます。」
伊東が了承した所で、その場は解散となった。しかしすぐに伊東は自室で、一派を集め、不敵な笑みを浮かべていた。
「新選組…既に幹部はバラバラのようだな…土方と山南には確執があるようだ。上にまとまりがないんじゃ新選組は時期に崩壊する。我々の力が試される時だぞ…――」
そういう伊東を見ながら複雑な心境なのは平助だった。伊東は自分の師である。しかし近藤もまた師なのだ。
もし分裂となれば、自分はどちらにつけば良いんだ…?
平助の心は揺れていた。
なつは伊東達の歓迎の宴の食事作りに大忙しだった。パタパタと動き回るなつの側で溜息をつく男が一人。平助だった。
「どうしたの?平助さん。伊東先生が来てくださったのにそんな浮かない顔して。」
「伊東先生が来られたからだよ…」
それっきり平助は黙ってしまった。なつは心配そうに見つめる。その間を割って入るように、鼻歌を歌いながら浮かれた男が入ってきた。
「〜〜♪〜♪〜」
「どうしたの?左之助さん、ご機嫌で。」
左之助は聞いてくれるのを待ってましたとばかりに話し始めた。
「そんなに聞きたいか?聞きたいか?なら話してやるよ。実はさぁ…俺、おまさちゃんと恋仲になったんだよねぇ…」
とても幸せそうな左之助。左之助はずっとおまさに想いを寄せていたのだが、当のおまさは全く相手にしていなかったのだ。それがここへ来て恋仲になったとは、どういう心変わりなのだろう。
「おまさちゃん、照れ屋さんだから、本当はずっと俺の事好きだったのに言えなかったんだよ…」
否定したかったが、あまりに左之助が幸せそうなので、黙っているなつと平助なのであった。