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二人旅

「総司、ちょっといいか。」

 土方は、床に就こうとした総司の部屋を訪れていた。

「どうしたんですか?こんな遅くに。」

「お前に休暇をやる。なつを湯治に連れて行ってこい。」

 そう言うと、土方は総司の前に金を置いた。

「…え…?湯治…ですか…?」

「なつは京へ来てからずっと働き詰めだった。朝早くから夜遅くまで。湯治はなつの疲れを癒してもらうためだ。一人で行かせる訳にはいかないから、お前が護衛として付いていけ。」

 土方の素直じゃない優しさが嬉しい。本当は、総司の体を休ませようとしてこんな事を言っているのだ。

「分かりました。護衛として、付いて行きます。」

 土方の言葉通りに返事した。しかし土方も分かっている。総司が土方の優しさを分かっていながらこう返事することも。


 翌朝、玄関では気分の乗らないのかそれとも申し訳ないのか、なつはなかなか出発できないでいた。

「本当に良いんですか?また仕事を山盛り残しておいてくれるんでしょう?それなら毎日少しずつの方が良いんですけど…」

「何を言ってるんだ。少しは気分転換もしないと駄目だろう。…仕事は…気分転換してまた頑張ってくれ。」

 近藤はハハハと笑い、なつの肩をポンポンと叩いた。

「総司、なつを任せたぞ。」

「分かってますよ。護衛ですから。任せて下さい。」

 後ろ髪引かれながらも、総司はなつの背を押し、二人は出て行った。

「……歳…湯治の本当の目的は…総司だろう…?」

 近藤には分かっていた。土方と総司が隠している事は重大な事だと。何年一緒にいると思っているんだ、と言うと近藤は部屋へ戻って行った。


 なつと総司は、自分達が新選組である事を忘れたかのようであった。こんなにも平和でのんびりとした時間。江戸にいた頃のようだ。

「総司、昔よくあぁやって遊んでたね。」

 子供達が木の枝を持ちながら走り回っているのを見ながら言った。

「総司はいつも私より先に行って、必ずあたしが追い掛けてた。あの時は少しでも追い付いて追い越したかった。」

 総司は昔を懐かしむなつを愛おしい目で見つめていた。

「でも、もう追い付けないくらい強くなっちゃったな…」

「なつに追い付かれちゃ新選組の一番組長は務まらないよ。」

 総司は憎まれ口を叩いた。

「なんか総司が遠くなっちゃったなぁ。」

 笑いながらそう言うなつ。そこにはどこか寂しさが隠れていた。


   私からしたらなつの方がよっぽど遠くなっちゃったよ…


 総司は心の中でそう思った。無邪気に剣を振っていたなつが、身体を売らなければいけない任務を任されている。その情報にどれだけ新選組が助けられているか分からない。


   でも本当は、私だけのなつでいてほしい。何処にもいかないでほしい


 朝早くに屯所を出たにも関わらず、寄り道やら休憩やらを多くとったので、湯治場へ到着したのは夕刻であった。湯治場の近くの旅籠に入り、宿泊の手配を済ませる。古い旅籠だが、部屋は広くもなく狭くもなく、調度良い落ち着いた雰囲気だった。

「なつ、先にお湯入ってきなよ。疲れたろう?」

「いいの?じゃあ久しぶりに広いお風呂で泳いじゃおう!」

 楽しそうに出ていくなつを見て、総司はふと思った。もし、なつと二人の生活になれたら、こんなに幸せなのだろうか。こんななつをずっと独り占めできるのだろうか。他の男の目になつを触れさせないでおくことができるのだろうか。

 そう考えた自分に総司は自嘲気味に笑った。


   なつを独占するにはこの病が邪魔をしている。



 なつと総司は交代でお湯に浸かり、部屋へ戻ると食事が用意されていた。二人、横に並び、なつは総司にお酌をする。その様子はまるで夫婦だった。二人がほろ酔いになってきた頃、女将が部屋へ入って来た。

「ようこそおいでくださいました。いやぁ〜番台から話は聞いておりましたが、お似合いやわぁ。」

 女将は少し興奮ぎみに話を続けた。

「番台から素敵なご夫婦がお泊りやって聞きましてん。ほんまに美男美女ですなぁ。」

 なつと総司は女将の勢いに負けて言葉が出ない。

「ほんまに素敵な旦那様と奥方様やわぁ。」

「…あの〜…実は夫婦じゃ「ありがとうございます。先月、祝言をあげたんです。」

 えっ?!と驚くなつは無視して女将と話を続ける総司。

「いやぁ〜ほんなら今、幸せどっしゃろ?うらやましいわぁ。」

 なつはびっくりしつつも総司がそう言ってくれた事が嬉しかった。

「総司…夫婦なんて嘘ついて…」

 なつは嬉しさを隠せない笑顔で言った。

「良いじゃないか。別に誰にも迷惑かけないよ。それに―――」


   私は夫婦になりたい…


 そう続けようとして、総司は言葉を止めた。


   私は長く生きられない。そんな人間と夫婦になってもなつは幸せになれない。


「…それに…?」

「…それに…あの女将さん、夫婦だって信じてたからさ。」

 総司は尤もらしい事を言った。総司の優しさに顔がほころぶ。


   何故私は病なんだ。病なんかじゃなければ、今すぐにでも夫婦になるのに…。


 総司の哀愁にも似た表情に気付いたなつ。そっと総司の肩に頭を乗せた。突然のなつの行動に顔を赤くした総司の顔を見て笑った。この時は京での戦も、総司の病も忘れられた。二人は見つめ合い、口付けを交わした。

 総司は部屋の明かりを消し、なつを布団に横にならせた。覆いかぶさり、なつに何度も口付けをする。

「///総…司…/////…私は………」

 なつの言いたい事は分かっている。だからこそなつを抱きたい。

「なつが負い目に思う事はない。私はどんななつでも愛している。だから今日限り……忘れよう………」

 そう言うと、総司は深い口付けをする。何度も何度も唇を合わせ、二人の息が上がる。器用に解かれる帯、激しくなる総司の息遣い、求めている所に這わされる舌。なつの感じる声に総司も感じた。

 自分の意とは反対に波打つなつの身体。総司は限界を迎え、そっと入口にもっていく。なつの身体が強張った。その身体を優しく抱きしめた。

「なつ…大丈夫…?」

「…うん…大丈夫…//」

 ゆっくりと訪れた総司は優しく、温かかった。宮部に抱かれたという事実を忘れさせてくれる。そんな温かさだった。

 誰に何を言われようと、決して消え去らなかった罪悪感。総司に愛される事で、ようやく浄化されたのだった。


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