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総司の病

 総司は一人、町医者を訪れていた。池田屋で血を吐いて倒れ、その後も身体の倦怠感や微熱は続いている。血を吐いた事を知っているのは土方のみ。絶対に他言しない代わりに医者へ行くという事を条件とされた。


「これは労咳だな。」

「………は…?」

「だから労咳だ。」

 医者は遠慮も無く、はっきりと告げた。

「そんな訳ないですよ。私が労咳だなんて…。」

 信じられるはずがなかった。総司はまだ二十四だ。不治の病に罹るなんて考えられるはずがなかった。

「血を吐く人間が普通の健康な人間だと思うか?倦怠感、咳、微熱、全て労咳の症状だ。」

 地獄に落とされた気分だった。

「安静にし、滋養のある物を食え。労咳は治る病ではない。しかし、医者の言う事を守れば天寿を全うする事が出来る。」

 新選組である総司が、安静に寝ている事なんて出来ない。それも一番組長なのだから。


   『あの女は、どっちにしろお前の死を悲しむんだな……』

   『私を置いて…逝かないで…』


 総司の頭には、宮部の言葉となつの言葉が浮かんだ。


 屯所の前では落ち着かない様子で土方が総司の帰りを待っていた。

「ひーじかーたさーん!」

 総司は土方の姿を確認すると大きな声を出しながら走って来た。

「お前な…そんな子供みたいに走るなよ。で、どうだった…?」

 呆れたように言う。

「何でもないみたいですよ!」

 誰も心配させたくない。総司はわざと嘘をついた。しかし土方に嘘は通用しない。

「…お前……何でもない人間が血を吐く訳ねぇだろうが!」

「土方さん!声が大きいっ!」

 総司は慌てて土方の口を塞ぐ。土方はその手を乱暴に払うと諭すように言った。

「近藤さんにもなつにも言わねぇ。俺だけには本当の事を言ってくれ…」

「……分かりました………。労咳だそうです。間違いないって…」

 土方の心から心配した表情に、総司は真実を告げた。

「…労咳…か……。お前…江戸へ帰れ。」

「嫌ですよ!?」

 土方が心配してくれてる気持ちはよく分かる。しかし、安静に過ごして天寿を全うする人生と、武士として生き、儚く散る人生、天秤にかけなくても答えは出ている。

「私は皆と戦いたい。私には剣を捨てて生きる人生なんて考えられないんです。土方さん分かって下さい。」

「なつを…残して先に逝かなきゃならないかもしれねぇんだぞ…それでも良いのか…?」

「……そこが辛いとこなんですよね。なつと約束したのにな。」

 総司は、本当に悔しそうだった。土方には分からない。何故病が総司を選んだのか。何故こんなにも純粋に生きている総司が不治の病に罹らなくてはならないのか。言い表せない不安が心を過った。


「なぁに、二人共!昼間っからそんな辛気臭い顔して。そんな顔してたら幸せ逃げちゃうよ〜?」

 なつは総司と土方の背中をおもいっきり叩いた。

「…ゲホッゲホッ…なつ…私、一応病人なんだからさ……加減してよ。」

「何言ってんの?!病は気から!そんな事言ってたらいつまでたっても治らないよ!」

 最近のなつはやたらと明るかった。池田屋以来、人が変わったように…。大袈裟に言ってしまえば左之助ぐらい。

「お前どこ行くんだ?」

「買い物ですよ。この格好で江戸へ行くとでもお思いですか?」

 篭と財布を見せ、土方に嫌味ったらしく言った。

「お前、可愛くねぇなぁ。…買い物って一人で行く気か?」

「そうですけど…何か…?」

「お前、これから一人で出歩くな。池田屋以来、新選組を目の敵にしてる奴が多いんだよ。」

 この所、池田屋で討たれた同士の敵という名目で、新選組と浪士との争いが絶えなかった。女中であるとはいえ、新選組に関わる者が一人でいるとなると狙われるだろう。

「とりあえずこれからは組長格の誰かと行け。」

「何で組長格なんですか?平隊士じゃ駄目なんですか?」

「念には念を入れろということだ。」

 土方の命令に仕方ないと頷いた。

「お前最近、稽古してるか?腕、鈍ってんじゃねぇか?」

「……そういえば…」

 最近は隊士も増え、壬生浪士組だった頃とは比べ物にならない量の洗濯と炊事に追われ稽古をする暇もなかった。

「私が稽古つけてあげるよ。江戸にいた頃みたいに。」


   総司の稽古、加減知らずで大変だったなぁ。

   懐かしい…ただ強くなる事にこだわっていたあの頃………。


 なつは物思いにふけっていた。

「なつ、これから刀をさしておけ。」

 土方から物騒窮まりない事を言われた。しかし、ここまでするほど危険なのだろう。土方の真剣な眼差しに冗談は言えなかった。自室へ戻り、江戸を発つ時に周斎先生に持たされた刀を取り、買い物へ向かう事となった。

 総司と買い物へ行くつもりだったが、土方と話す事があるとかで、たまたま非番で、たまたま通り掛かってしまった斎藤と出掛ける事になった。

「斎藤さんっ!晩御飯、何食べたいですか?」

「……何でも良い…」

「何か言って下さいよ。」

 なつはふてくされた言い方をする。

「…何があった…?」

 突然、斎藤が意味ありげに言った。

「何がですか?」

「…前を向けるようになったんだな……」

 斎藤が言っているのは、身体を売ってしまい、罪悪感に苛まれている時の事だ。

「山南さんに、『京の町を護るためにした事で誇りある事だ』って言われたんです。」

「…総長らしいな……」

「それにあたしが前を向いて総司を元気付けないと!」

 なつはこの時、総司の病の正体を知らない。しかし、心のどこかで大変な病なんじゃないかという気がしていた。女の勘は悪い事ほどよく働く……―――


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