夜叉の拷問
屯所中に古高の断末魔に似た叫び声が聞こえる。なつにもその声は届いていた。
「まだ喋らないの?」
蔵の見張りをしていた島田に聞いた。
「土方さんは喋らせるまで中にいるって言ってましたからおそらく…」
そうと言い、なつは蔵の戸を開けた。
「え?!なつさん?!」
島田が止めるのに聞く耳持たず、なつは蔵の中に入って行った。
中では土方が、古高の足の裏に五寸釘を打ち込みそこに百日蝋燭を立てていた。溶けた蝋は肉を焼き、蔵の中には異様な匂いがたちこめていた。
「なつ、お前…入ってくるな…」
古高は逆さに吊され、身体のあちこちから血が流れている。痛みで気絶しそうになる度に水をかけられ、否応なしに意識を保っている。それは見るも無残な姿。まるで地獄にでも来たような感覚に陥る。拷問をかけている土方でさえ、先ほどから込み上げてくるものを我慢しているのだ。そんな状況を、なつは顔色ひとつ変えず、近づいて来た。
「土方さん…私にもやらせてください。」
「…っ…お前が?!」
なつは古高の顔の側まで行き、声を掛けた。
「古高さん?私の事知ってる?」
「…………お前なんか……見た事もない……」
「そう。古高はん…?会いとおしたえ…?」
「?!ぼ…牡丹…?!」
なつの京言葉を聞き、自分が贔屓にしていた天神牡丹だという事をすぐに理解した。
「…貴様……新選組のもんだったのか…」
「天神牡丹は新選組の密偵やってん。痛いやろ…?はよ喋った方が楽になるえ…?」
なつは薄笑いを浮かべている。『憎悪』という感情しか持ち合わせていないような姿だった。土方の背筋が凍りついた。
「だ…誰がお前なんかに……」
「古高はん?あんたに武器の購入をさせとるんは宮部鼎三やろ?祇園祭の風の強い夜、御所の風上より火を放ち、混乱に乗じて帝を長州へお連れする。駆け付けた松平容保侯と幕府寄りの公卿様は暗殺。違うてますか?」
なつ…いや、天神牡丹は今にも唇に触れそうな距離で話した。
「……………………そうだ……」
ついに古高が吐いた。どんな拷問にも口を割らなかった古高が。
古高は一言、肯定の言葉を呟き、意識を手放した。
土方は次の過程を考えた。古高を奪われたとなったら、まず奪還しに来るだろう。そのための計画を必ず今日練るはずだ。
早速近藤に話をし、そして近藤は即座に会津藩へ応援要請を出した。
運命は今晩。京では祇園祭の宵山という誰もが祭りの賑わいに心躍らす日だった。