山南敬助の恋人
手早く用意を済ませ、前回と同様、他の隊士に見つからないように裏口から出て、島原へと急いだ。
島原大門に近付くと、門の下でなつに向かって手を振る蓮華の姿が見えた。
「牡丹姉さん!お帰りやす。」
蓮華は以前島原で働いた時になつの周りの世話をしていた禿だ。
「蓮華…ただいま…元気にしてたん?」
「はい!牡丹姉さんが帰ってきはるって聞いて、明里姉さんも喜んではりましたよ!」
明里とはなつの働く店、冨音屋の太夫で、以前島原にいた時にも良くしてもらってた芸妓仲間だ。
「牡丹、お帰りやす。待ってたんえ。」
店に付くと女将の菊が大きな声で出迎えてくれた。その声に誘われてまだ化粧途中の明里が出てきた。
「牡丹!お帰りやす。あんたがおらんくてうち、寂しかったんえ?ぎょうさん話したい事あるし、うちの部屋に来てぇな。」
半ば強引に引っ張られ、荷物を蓮華に渡し、明里の部屋へやってきた。
「牡丹聞いてくれる?うちな、好きな人できてん。」
明里とは以前もよくこういう話をしていた。
「明ちゃんが好きになる人ってどんな人なん?」
なつもやはり女の子。恋の話は大好きだ。
「せやなぁ、一言でゆうたら優しい学者はんやなぁ…」
頬を赤らめながら言う明里。その人を思って言う顔は本当に幸せそうで、想い合っているのだとすぐに分かる。
「優しい学者はんて事は頭のえぇ人なんやな?」
「そうや。うちが何か聞いたらすぐに答えが返ってくんねんで?すごいやろ?それにな、頭がえぇだけじゃないねん。腕もえぇんよ?ナントカ流の免許皆伝とか言ってはったわ。」
頭が良くて、腕も良い、そして優しいなんて、山南さんみたいな人なんだろな。そんな事を考えていると、決定的な言葉が明里の口から出てきた。
「その人な、新選組にいはんねん。それもけっこう偉いさんみたいやで?新選組いうからどんな人か思うやろ?やけどあの人はほんまにえぇ人なんや……」
これは、山南に間違いないだろう。
牡丹としてのなつは、山崎の父親からの紹介であって、自分が新選組にいる事は誰も知らない。冨音屋になつがいるという事を知っているのは、土方、総司、山崎。局長の近藤すら知らず、総長である山南にも伝えられてはいない。明里と知り合ったのもたまたまだろう。
たまたまとはいえ、兄のように慕う山南の相手が、明里だったとは…。世間って狭い。そう思うなつなのであった。
その日、山南は明里の元を訪れていた。
「山南はん…会いたかった…」
座敷の襖を閉めるなり、山南に抱き付いた明里。その明里をしっかりと抱きしめる山南。本当に二人は愛し合っているのだろう。
「そうや!山南はん聞いて!今日な、前ここにいた天神が帰ってきたんよ。うちその娘の事めっちゃ好きでな、帰って来て早速あんたの事話してしもた。」
目をキラキラとさせながら話す明里を愛おしそうに見つめた。
「明里を夢中にさせるのは私だけではないのか。その天神に妬いてしまうな。」
優しく冗談を言う。
「んもう…うちが惚れてるんは山南はん…あんただけや…」
「//////////」
ウルウルとした瞳で上目遣いで見られ、山南は照れてしまった。
「今度、その天神を紹介するわな。牡丹いうねん。」
「あぁ、楽しみにしてるよ。」
まさか自分の惚れている女の言っている天神が、自分達から忍び込ませている密偵だとは…。頭の良い山南でもそこまでは気が付かなかったであろう。