試合
屯所へ帰って来た総司は、まっ先に土方の部屋へ向かった。理由はなつの武勇伝を話すため。
「土方さん!なつ、ものすごい事になってますよ!もしかしたら、平助ぐらいならやられちゃうかも…」
何気に失礼な事を言う総司。平助とて北辰一刀流の免許を持っている。そう簡単に女であるなつにやられる訳がない。
「確かになつはそこらへんの男よりは腕もある。でもまさか平助を超える腕は持っていないだろう。」
「信じないならやらせてみましょうよ。」
ただの興味から、なつと平助の試合は始まった。
「一本勝負。どちらか一本取った方が勝ち。」
審判の総司はそう言った。
「おなつちゃん、町での武勇伝は聞いたけど、私は負ける訳にはいかない。悪いけど、手加減はしないよ?」
平助にも意地はある。ましてや惚れている女に負ける訳にはいかない。
「手加減なんかしたらぶっ飛ばすよ?!あたしも本気でいく。負けても恨まないでね!」
なつは久しぶりに試合ができるということで、単純に喜んでいた。『壬生浪』の事を忘れている訳ではないが、今はこの試合に本気を出していた。
「始め!」
総司の号令でなつと平助の試合は始まった。
両者、相手の動きをじっと見つめ、出方を見定めていた。最初に動いたのは平助。素早い動きでなつの面を狙った。しかし、なつに平助の動きは読めていた。竹刀と竹刀のぶつかり合う音が響く。
さっと間合いを取り、次の攻撃に備える。
「平助さん!本気でって言ったでしょ?!あたしを甘くみないで!」
なつからは異様な程の威圧感が出ていた。
次に仕掛けたのはなつだった。面を打つと見せかけてスッと懐に入る。そして平助の竹刀を弾き、後ろへ飛びながら面を打った。
「一本!そこまで!」
なつは平助に勝ってしまった。
「平助さん、女だからといって手加減しないでくれるかな?はい、約束。」
なつの言葉が終わるか終らないかのうちに、飛ばされていた。まさに『ぶっ飛ばす』という言葉の通りだった。
周り者はその光景を呆気にとられて眺めていた。
「なつ…前より強くなったな…」
しばしの沈黙の後、ようやく近藤が口を開いた。そしてその言葉に皆が頷くのであった。
「近藤さん…この女は…?」
皆が声の主の方へ振り向いた。
「斉藤くんか。江戸では会った事はないか?なつだ。試衛館にずっといたという話はしたことがあるだろう。」
斉藤一。江戸で人を斬り、逃亡した果てが京であった。近藤とは江戸で親交があり、近藤らが壬生浪士組を結成して直ぐに入隊している。腕は総司、永倉に並ぶとも言われている。
「なつ、斉藤一くんだ。彼も壬生浪士組の一員だ。よろしく頼む。」
近藤はなつに斉藤を紹介した。斉藤はなつをじっと見つめている。
「斉藤さん、初めまして。なつです。掃除、洗濯何でもしますので遠慮なさらないでください。」
「お前か?京の町で噂になっているのは。」
「そうみたいですね。京の人々があんなに白状な人ばかりだとは思いませんでしたけど。」
斉藤には信じられなかったのかもしれない。こんな娘が男二人を気絶させ、平助までも負かしてしまった。斉藤はなつという娘に興味が湧いてきたようだ。