最後の安らぎ
「なつ、芹沢さんにお酌を…」
「…はい」
近藤の真意が分からないまま、芹沢の横に座りお酌をした。
「…今日のお前には色気がある…」
芹沢はボソッと呟いた。
「本当ですか?それは嬉しいな。総司のおかげですかねぇ?」
なつは笑いながら言う。芹沢は何も言わずに盃を傾け続けた。ふと、なつは、新見がいない事に気付いた。
「あれ?新見さん、来てないんですか?」
辺りを見回しながら芹沢に聞く。この時、芹沢はなつが何も知らされていないことを知った。それならば最後にこの新選組を託そうと、芹沢は語り始めた。
「あいつは別の店だ。なつ、これからこの新選組にはお前の力が必要だ。お前にしか出来ない仕事がある。近藤と土方を助けてやれ。」
何も分からずはいと頷く。この芹沢の真意に気づかわれるのはもう少し先の事だった。
しばらくすると、芹沢はフラフラとなりながら、平間、平山に支えられながら屯所へ帰って行った。何も知らない平間と平山を引き連れて。
芹沢らが帰るのを確認すると、近藤達の緊張は一気に高まってきた。
もうすぐ…もうすぐで…新選組が変わる…――
急に近藤が立ち上がり、だいぶ酔いの回った隊士達に言った。
「今日は無礼講だ。なつ、皆にお酌してやりなさい。普段、総司の目があって凛とも喋れな いだろう。今日は私が許す。」
「「「おぉぉぉぉ」」」
またしても歓声を上げる隊士達。ひとりひとりにお酌をしていくなつ。お酌をされる隊士達は顔を真っ赤にしている。
土方ら芹沢暗殺組は、目を合わせて出て行く。
「斎藤さん、もしあいつらが凛に何かしたら遠慮なく殴って下さい。任せました。」
平隊士達の方を指差しながら、斎藤に耳打ちして行く総司。何故俺に頼む?!というような顔をした斎藤。その斎藤の肩をポンポンと叩いて、総司は出て行った。
平隊士達は本当に遠慮なく凛と喋っていた。
「おなつさん、京言葉はどうしたんですか?最近、普通ですよね。」
なつは島原から帰って来てから普通の言葉に戻っていたのだ。
「それは、私が気まぐれだから。」
「私、おなつ京言葉好きだったのにな〜ねぇ、また話して下さいよ〜」
だいぶ酔っ払っているのだろう。かなり凛の顔の近くで喋ってくる。
「なんなら、僕と二人きりの時に京言葉で…ねぇ…おなつさん…」
肩を抱いて、手を触り出した。
…嫌っ!!総司っ!!!!
「いだだだだだだぁぁぁぁ〜〜〜!!!!!!」
「総司?!」
なつが振り向くと、そこに総司はいなかった。
「悪く思うな。頼まれた事は断れん性分でな。」
「…何で斎藤さんが…?総司は?」
なつが総司の座っていた所を見ると、そこにいるはずの姿が無い。総司だけじゃない。土方も山南も左之助も。
「…ねぇ…斎藤さん…今日、何があるの?」
「俺は何も知らん。」
斎藤は知っている。ただ、聞かれてはまずい事。だから話せない。何を隠しているのか、それは聞かれてはまずいことなのか…。なつは心から離れないモヤモヤの原因を暗中模索していた。
屯所に着いた芹沢は、いつものようにお梅の体を求めた。
お梅を抱くのはこれが最後だ。
お梅、お前は俺と出会えて幸せだったか?
俺じゃなければもっと平穏な暮らしが出来たかもしれない。
でも…俺には考えられねぇんだ。お前に出会わない人生。
あっちの世界でも、一緒にいようぜ。
心に刻みつけるように芹沢はお梅の身体を求めた。
「…お梅、愛してる………。」
お梅の耳元で囁く。お梅は艶やかな色気を放ち、芹沢にニコリと笑いかけた。芹沢はお梅がいつも身につけていた懐刀でお梅の心臓を刺した。その懐刀は芹沢が贈ったもの。梅が刻まれた刀だった。
「…芹…沢…はん……」
お梅の顔は幸せに満ち溢れた表情だった。愛する者に抱かれ、愛する者からの言葉、愛する者に殺された喜び。お梅はこれが本望なのだろう。
お梅の身体をそっと布団へ置く。そして愛おしそうにその身体を見つめた。